ヨミについて……
間が空いて申し訳ないです。
今週にもう一回あげられると思うので勘弁して下さい……
ヨミさんについて調べて分かったことを俺達に話すため、ライザさんは一時席を外す。
そうして戻ってきた彼女の両手には資料の山が積み重なっていた。
それを机の上に置くと、ドサッという音を上げてその量が見かけ倒しでないことを伝える。
「これが、最近までのヨミさん捜索に関する主な資料です。私に提出されたものについては全てですね」
「結構な量ですねぇ……概要の説明をお願いできますか~?」
そう言いつつヤクモは既にその山積みの資料に手を伸ばして目を通し始める。
俺もそれに倣い、手近なものを一枚手に取りライザさんに話すよう促す。
レンは聴くことと読むことを並行して行うのは厳しいようなので「無理はするな」と言って、先ずはライザさんの話を聴くことにだけ集中させる。
「分かりました。では、先ず私達がこの任務を受けたところからお話します―リュート様が、ユウ様からヨミさんの捜索を任されたのは凡そ半年前です。ちなみにヨミさんが失踪されたのは1年と半年程前になります」
「そうなの? いなくなってからと、捜すと決めてから結構間が無い?」
レンは普通に思った疑問を口にする。
「レンさんの言う通り、確かに間は開いてますね~、でもあの時はそれどころじゃなかったんですよ実際。シオン様がいなくなられて、騎士団の再編なりそのご本人の捜索なりで一杯一杯でした……」
「ヤクモ様のおっしゃることもそうですし、それにわざわざ騎士団とは無関係の方を捜索するという手間をとるような余力も無かった、という事もありますね。冒険者の問題は冒険者が、我々の問題は我々が、というのが基本でしたから」
「ふ~ん。そっか」
「それで、捜索って言ったがどういう感じで進んだんだ?」
俺は『Sランク冒険者 ヨミ が失踪する前に目撃された場所』という報告書から目を離さずに話の先を促す。
「はい。我々が彼女を捜索することになると、どこから聞き付けたのか『ルナの光杖』が情報を提供するとの申し出がありまして」
『ルナの光杖』が?
……彼等は彼等で同じ冒険者だからヨミさんを捜そうと思う動機はあるんだろうが、それを騎士団に提供する、というのはどうなんだろう?
まだ見つかっていないことからすると、少しでも手がかりが欲しいのだろうか。
「……確かにこれにはそう書いてありますねぇ……とすると、先ずやったのはその裏取りですか」
ヤクモは既にまた違う資料を手に取っているようで、ライザさんに確認する。
「はい。失踪前の目撃情報、ヨミさんの行動パターン、それに受けていた依頼などを私が中心となって確認して行きました。現地にも足を運びました」
「なるほど~……それで、それ以外には何をなさったんですか~?」
「そうですね……『ルナの光杖』からもたらされた情報を確認する以外には、リュート様がユウ様からヨミさん自身の人柄について色々とお聴きになったようですので、それを参考にまだ行っていない地へと……―ですよね、リュート様?」
そこでチラッと顔を上げると、水を向けられたリュートさんはまだ半目状態で眠そうにぽわぽわとしていた。
「ふぇ~? ぅぅん、そうそう~。ユウがリュートのこと大好き、だからぁ、リュートと話すきっかけを作るためにぃ……」
「いや、そんな話してませんから!! しっかりして下さいリュート様!!」
そう言ってリュートさんの肩を掴んでグラグラとゆすってみるも、歌舞伎の連獅子かどこかのロックンローラーのように髪がバァッサバァッサとするだけで彼女自身の目を覚ますには至らない様だ。
「ライザさん、もうリュートさんは放っといていいですよ~」
「い、いえ、しかし……」
「朝のリュートさんのダメダメさはライザさんも良く知ってるはずです。必要とあればボクが起こしますから、今は寝かしといてあげましょう」
「……分かり、ました」
ヤクモの言葉でライザさんは頭を揺らす手を止める。
……何か、こういうのを聞いてるとお互いのことを知り尽くしてて信頼し合ってるなぁなんて感想が漏れ出てくる。
ふむ、1年程間を隔てていてもやはりお互いのことを想い合っていたからこそ、なんだろう。
「―それで、色々と調べはしたけれど、見つからないまま今に至る、という感じですか~?」
「はい。現地で話を聴いたり、失踪の原因を推測したりとできることはやったんですが……」
「なるほどです……あっ、先輩、そっちの紙とってもらっても良いですか?」
「ん? おう。ほれっ」
そうして俺が読み終えた資料をヤクモに渡してやる。
「ありがとうございます。…………」
ヤクモは受け取った後また直ぐに目を資料へと落としては集中しだす。
俺もヤクモが読み終えたであろう資料の束を、彼女の邪魔をしないようそっと手に取っては同じく目を走らせる。
……………………
…………
…
ふぅ……
大体目は通せた。
ライザさんの説明通り、『ルナの光杖』がヨミさんの捜索に関してかなり尽力したようで、5番隊が行った主なことと言ったらその裏付けのために現地へと赴いて聞き込みをしたこと。
それとユウさんがヨミさんと知り合いだという事から分かる人柄を元に、どんなところに赴くだろうかという推測、その確認。
後者については殆ど成果は上がらなかったようで、実質俺達が手にした情報と言うのは『ルナの光杖』から得たものと大差ないことになる。
まあ仕方ないっちゃあ仕方ない。
シキさんから聴かされていたのは大まかな情報だったので、そこから考えたら前進と言える。
自分の足を運んで自分の眼で見る―それに尽きるということだな。
「……その、どう、ですか?」
ライザさんは遠慮がちに俺達に尋ねてくる。
「う~ん……大体どういう感じかは分かったかな? どう、お兄ちゃん?」
レンはまだライザさんの話を聴いただけなので本人の言った通り漠然と掴んでいる、という感じだろう。
「まあ俺も似たり寄ったりって感じか。ヨミが失踪した状況や受けてた依頼なんかも一応頭には入れとくが、こりゃ直ぐにどうこうってのは難しそうだ。根気強く行くか。―ヤクモ、お前はどうだ?」
「…………」
ヤクモに話を振ってみたが、返事が返ってこない。
不思議に思いヤクモに顔を向けると、何枚かの資料を見比べながら考え事をしているように見える。
あれは……俺がさっき見ていた『Sランク冒険者 ヨミ が失踪する前に目撃された場所』か。
何か引っかかることでもあったのだろうか?
何か閃きそうなのかもしれないので、少し待つことに―と思った矢先、ヤクモの顔が上がる。
そして手に持っていた資料を指さしながら俺達に告げる。
「……これ、明らかに“大賢者の遺産地”に集中してないですか?」
それを聞いた途端、資料に目を通している俺はヤクモが何を言いたいのか、それが頭の中に浮かんでくる。
「“大賢者の遺産地”……そう言えば!?」
何かに思い至ったのか、ライザさんは椅子を倒す勢いで突然立ち上がる。
「う、うぁあぁ、な、なに、ライザ!? いきなりどうしたの!?」
横でいきなり大きな音を立てて立ち上がったライザさんに、リュートさんは目を剥いて驚く。
「そうです、“大賢者の遺産地”ですよ、リュート様!! あぁ、もう、どうして気づかなかったんでしょう……」
興奮冷めない様子のライザさんに、しかし、眠気の吹っ飛んだリュートさんは微妙な表情のまま目を泳がせる。
「へ、へぇー……“だいけんじゃーのイサンチ”ね…………う、うん、知ってるよ? も、勿論リュートも考えたし!?」
「じゃあなぜおっしゃって下さらなかったんですか? ヤクモ様が気づいて下さらなかったら今後ずっと分からなかったかもしれないんですよ!?」
怖い顔して詰め寄られたリュートさんは目をこれでもかと言わんばかりに右往左往させては視線を合わせようとしない。
これは…………リュートさん、知らないな。
「え、えぇーっと……そ、そう!! ライザがき、気づくかどうか試してたんだよ!! いつまでもリュートに頼ってばっかりじゃ、ラ、ライザのためにならないしさ!! ―ね、ねぇヤクモ!?」
必死だなぁ……
話を向けられたヤクモはしかし、キランッという効果音が付きそうな位目を輝かせて意地悪くニヤリとほほ笑む。
「えぇえぇ、その通りですよ~。まさかユウさんから一つの隊を任せられているリュートさんともあろうお方がそのことに考えを至らせない、なぁんてことはないですよねぇ~?」
「も、勿論!! ああああああったりまえじゃん!!」
……顔、引きつってますよ、リュートさん。
「昔々、若くして富、名声、そして美貌を兼ね備えた賢者さんが自分の孫にパンツを初めとした下着類を残すために一つの土地を邪悪なる魔女から奪い取った、というあの“大賢者の遺産地”のことだって、勿論リュートさんは知ってましたよね~?」
ヤクモが投げた釣り針を、リュートさんは逃さずに食いつく。
「してやった!!」という表情で豊満な胸の下で腕組みしながら大仰にうなづいてみせる。
「勿論だよ、リュートも普段下着姿で寝てるからさ、そう言う話には明るいんだよね!! もう賢者も様様って感じ!! 面白いよね、あの話!!」
「「「「…………」」」」
「あ、あれ?」
「リュート様……」
「リュートさん……」
彼女と近しい関係にあるライザさんとヤクモから、とても残念な子を見るような視線が浴びせられる。
一方リュートさんはと言うと、この部屋の中に漂う何とも言えない微妙な空気が何を意味するのかを俺達の表情から必死に読み取ろうとしている。
「……リュートさん、流石に知ったかも度が過ぎると、ユウさんに嫌われますよ~?」
「……リュート様、知らないなら知らないとそうおっしゃって下さい。根気強くお教えしますから」
二人の言葉を聞いた途端、リュートさんの顔は噴火した火山の如く紅に変わる。
そしてまた先程のようにユウさん人形を胸の前に突き出しては可愛らしく目をギュッと瞑って言い訳を始める。
「は、はぁ~!? リュート、知ったかしてませんしぃ~!? リュート何でも知ってるもん!! さっきマーシュに近づいてエッチな気持ちになった時にリュートのパンツが湿ってた液体のことも、胸の先っぽを自分で弄ったら気持ち良くなることも、全部知ってるもん!! ―ね、ねぇユウ!?」
『うん、そうだね!! リュートが自慰して感じてる姿見てて、僕も下着がヌルヌルになってくるよ!!』
……だから、そんな爽やかに変態的なことユウさん絶対言わねぇよ。
「……リュートさん、アホなのは結構ですが、今後アルの前でそれやらないで下さいね?」
「リュート様のご指導……私はどこで間違えてしまったんでしょうか……」
ほらっ、ヤクモは目を細めて刺々しい視線送ってるし、ライザさんはライザさんでもう視線がここじゃないどこかに行っちゃってるし……
「お兄ちゃん……これからもライザさんは大変そうだね……」
「そうだな……」
完全に他人事のレンと俺はライザさんが現実逃避の彼方から戻ってくるまでそのひと騒動をぼんやりと眺めているのであった……
「はぁ……リュート様、ですから“大賢者の遺産地”と言うのはですね、ヤクモ様がおっしゃったような、基礎の教養が有れば即座に嘘だと分かるようなものではなく、定められた法以外にも言わば見えないものとして機能している法のような何かが存在する地のことを指すんです」
そう、この世界で言う“大賢者の遺産地”とは、俺がこの世界で初めて殺した盗賊達、それに召喚士の爺さんがそうだったように、特定の犯罪を犯すと自動的にペナルティーが科せられる地のことを指す。
話の筋としては、ヤクモが言ったようなアホみたいな嘘では無く、今のように法律という概念・考え方がなかったような大昔、その過去の大賢者が犯罪行為を戒めるために、大陸全土に渡って凄い魔法を展開したものが、今現在でも残っている、というものだ。
つまりそこでは元の世界で言う刑法のように人が作った法と、その犯罪行為に大岡裁きなんて余地は無く一律にペナルティーを科す不可視の法との2つが存在することになる。
「その不可視の法をボク達は“大賢者の遺産”、残っている地を“遺産地”というわけです」
「“大賢者の遺産”は一長一短あって、先ず第一に私達の念頭にあるように、犯罪行為を事前に抑制する効果が期待できます。これが何を持っても先ず挙げられるこの遺産の長所ですね」
ヤクモとライザさんの説明に、リュートさんは泣く泣くお勉強タイムに突入することに。
「弁明の余地なしに能力値が下がったり、スキルが無くなったりと色々とデメリットがありますからねぇ~。普通、そこでの犯罪行為は避けようって考えになりますよ」
「なるほど……でもさ、そうは言ってもやるやつはやるよね?」
リュートさんの疑問はもっともだ。
俺が殺した盗賊たちは何てことは無い雑魚ではあったが一度盗賊行為を行っていたり、もう後が無いなんて逼迫した状況だったりしたら事前の予防のための威嚇効果というのは期待できない。
「そうですねぇ~。そこは“大賢者の遺産”ではどうしようもないことです。だから普通の成文法で対応しないといけない訳ですが」
「それ以外にも“大賢者の遺産”の長短はあります。先程リュート様がおっしゃったように犯罪行為をする奴はこんな威嚇があろうとなかろうとするんです。―ところで、どんな行為が“大賢者の遺産”に引っかかる犯罪行為か、というのは厳密にはよく分からないんです」
「でも、殺人とか、窃盗とか、色々と……」
「それは今迄そこで殺人や窃盗を行った者等を観察、そして統計を取ってこれは“大賢者の遺産”にあてはまるだろうという確実性のある予想でしかありません。ですから、誠実に暮らそうとしている犯罪行為とは無縁な者にとっては逆にどんな行為でペナルティーが科せられるか、というのが分からないのです。だから今分かっているのは殺人や窃盗と言った犯罪の代表格位なんですよ」
「へぇ……」
「まあそこは犯罪なんてするつもりが無い人々はそもそも悪いことをしようという考えがないですし、“大賢者の遺産”に引っかかるものの統計からしても、悪い行為と呼べるものしかペナルティーにはなっていませんから、安心と言えば安心ですね~……―今のところは」
「それってさ……いらない人にとっては本当に邪魔だよね? 何とかできないの?」
「はい、おっしゃるようにそう言った“大賢者の遺産”のデメリットを良しとしない統治者にとっては、あっても邪魔でしかありませんから、それをどうにかする方法というのが『王国の宮廷魔導師』を派遣してもらう事です」
「え!? そうなの!?」
「はい。他の国では異なるでしょうが、リューミラル王国では彼等が使う大規模魔法によって“大賢者の遺産”の効果を打ち消す結界を張ることができるんです」
「とは言っても本来宮廷にいるべき魔導師を派遣してもらうわけですからねぇ……膨大なお金がいるわけですよ~」
「そのお金が払えないところはそのまんまにしとくんだよね?」
レンの確認にライザさんは首を縦に振る。
「はい。そのかかる莫大な費用もデメリットの一つでしょう。ですから先程言ったような威嚇力を期待したり、費用の面から“大賢者の遺産”を残している“遺産地”と言うのは少なくないんですよ。―そこで、話がようやく戻りますが……」
本当にようやくだよ。
やっと戻ってきたか。
「つまり、ヤクモ様がおっしゃったように、ヨミさんが失踪なさる以前に目撃されたのは“大賢者の遺産”が残っている“遺産地”に集中している、ということなんです」
「気付いてなかったんですから当たり前ですが、この資料にある地は規則性が無いようで、その殆どが“遺産地”となっているわけです」
「はぁぁ……なるほどねぇ~」
「『なるほどねぇ~』じゃありませんよ、リュートさん。リュートさんのせいでかなり遠回りしましたよ?」
「うっ!? ……リ、リュート、悪くないもん」
リュートさんは頬を桜色に染め、拗ねたように唇を尖らせてユウさん人形をぎゅっと抱きしめる。
「はぁ~……まあ良いです。―それで、どうしましょうか、先輩?」
「ん? う~ん……」
ヤクモのおかげでさっき以上に前進はしたがどうしてその“遺産地”に集中しているのか、という動機を考えないといけない。
しかもそもそもいなくなった理由とその動機がリンクしているのかすらまだ分からないのだ。
いなくなるまでは何かしらの必要でその“遺産地”を回っていたがその最中誘拐された、ということも有り得なくはない。
うーん……
「取りあえずもう一回現地に行ってみるか? 新しい情報が入ったわけだし、それを含めてだとまた違った視点で見れる。何か見落としていた点が出てくるかもしれん」
「うん!! ボクはどこまでもお兄ちゃんについて行くよ!!」
レンは俺の提案に力強く頷いてくれる。
「そうですねぇ~。数はそこそこありますけど、そこは5番隊に協力してもらいましょう。―いいですか、ライザさん?」
「はい、大丈夫です」
「ちょ、ちょっと!? 何でリュートに訊かずにライザに訊くのよ、ヤクモ!?」
「え~……だってリュートさんにまともな判断を期待するのって……ねぇ?」
「うっ!? ……い、いいもん!! リュートにはユウがいるから勝手にすればいいじゃん!! ―ねえ、ユウ?」
『うん、そうだね!! 世界が敵になっても、僕だけはリュートの味方だよ!!』
仲間外れにされて拗ねたリュートさんはユウさん人形と二人の世界に入り込んでしまった。
そのため、またライザさんが主に対応することに。
「他の仕事と並行して小隊を各地に派遣することになります。先ずは王都から近いところから攻めて行きましょう」
「じゃあその間は待っとくか。あんまり急ぎ過ぎても5番隊だけに負荷がかかり過ぎるし。もう一つ位隊を割けたら言う事ないんだけどな」
何か分かっても王都にいなかったら入れ違いになったりして余計な手間がかかることもあるしな。
「先輩の言う通りそうしましょうか。贅沢言っても仕方ありませんし。……じゃあ、そうですね……一番遠い『ラセン』の町はボク達が直接行きましょう。―遠いってことも有りますが色々と有名な所でもありますしね~」
ヤクモの言葉に、ライザさんは同意するように大きく首肯する。
「はい、確か別名『竜の町』と呼ばれるところでもありましたね。前の統治者の際に竜が出て以来、頻繁に竜が見られるようになったとか」
「ええ。―それに、一つ前の『勇者の死体』があがったところでもあります」
ライザさんやヤクモが付け足した情報に本来なら驚くべき時なのだが、俺達がそうする前に現れた訪問者の方に驚かされることになる。
ドアが突然大きな音を立てて開かれ、訪問者の来訪を告げる。
「ヤクモさん!! 帰っていらしたと聞きましたが!?」
そこにいたのは何故かドヤ顔を決めた我等が12番隊の隊長―ハイエルフのミレアであった。




