表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

155/189

ふーん……

仲間であるはずの彼女達には一瞥もくれず去っていった“ヤクモ”と呼ばれた猫人の女の子を視線で追いかけながら、ユウさんとシキさんから聴いた話を思い出す。


あれが、件の……



~回想~


各隊長たちの説明を終えて、12番隊にいるという女の子の残り一人となったのだが、ユウさんとシキさんの様子は先のアルセスの時以上に冴えない。


彼女達の話の際にもチラチラとその女の子について触れることはあったのだが、核心についてはいつも出てこなかったというか、あえてそうした、というか……


それが何となくだが、二人の好ましくない雰囲気から分かったような気がする。

この子については一筋縄じゃいかないんだろうな……



話し辛い内容だと推測し、少し間を置いて俺から尋ねることに。


「その、12番隊にいるという女の子も、ユウさんが過去に闇市で解放した子なんですよね?」

「……うん、“ヤクモ”って、言うんだ。猫人の可愛い女の子でね」


“ヤクモ”か、名前の感じからして日本人っぽい。

こっちでは『ヒノモト人』って言うのかな……


「……ヤクモは私達6人の中でも少し特別な存在でした(・・・)。強く、賢く、それでいて誰よりも体が弱い子でもあって……」

「ハハッ、それでとってもマイペースなんだよね、ヤクモは。いないな、と思って見かけた時にはスヤスヤと昼寝してて……」


とても懐かしそうにそう語る二人の表情には乾いた笑顔が張り付いている。

そこには過去の故人について思い出して語らい合うかのような清々しいものは無い。


明らかにどこか無理をしている作り笑いだ。


……ふむ。


「それで、その人はどう言った役割を?」


二人の様子について、ここは目を瞑って先を促す。

それでシキさんは少々苦々しい反応を示すも、ユウさんは優しい視線を彼女に投げかけてから俺に応えてくれる。


「……ヤクモは僕の側近として動いてくれていた(・・)んだ。僕がいなかったり、どうしようもなかったことに対して、ヤクモは独りで立ち向かったり、凄いアイデアを出してくれたりして、要するに僕の片腕だね」

「……私達も、ヤクモがユウの懐刀として一番適任だと思っていましたし、大切な仲間だという事以外でも、ヤクモがいるだけで心強く、ユウがいない戦場でもあの子の存在が私達を鼓舞していた(・・)ことは今でも鮮明に記憶に残っています」


……彼女のことについて情報を提供してくれるのは有り難いのだが、どうしても二人が過去形で語るのが引っかかる。


そこについて二人が触れないこともそうだが、やはり触れないだけで何か(・・)はあるのだろう。

それが出て来るかどうかは分からんが、その子と接触する機会はあるかもしれない。


出来る限りの情報は聴いておきたいな……


「強い、ってお話でしたが、具体的にはどれ位?」

「うーん……色々と挙げればきりがないけど、僕が『トリニティ』のスキルを使ったのは、多分6人の中じゃヤクモだけ、かな?」

「……そうですね、少なくとも私達6人の中じゃ一番強いかと」

「一番……その、1番隊の隊長をしている、オルトさんよりも、ですか?」

「オルトさんについては恐らく、としか言えませんね。二人は特に親しくって、ヤクモ自身もオルトさんとは手合せをしようとはしませんでした。ですがオルトさんはそれでも『ヤクモの方が私より強い。恐らくアイツだけがユウとまともに渡り合えるだろう』って言ってました」


ここで、初めてユウさんはその記憶自体を慈しむかのように笑顔を浮かべる。


「へ~、そうなんだ。それにしても、確かにそうだったね。フフッ、いつもオルトはヤクモにからかわれてたよね。『勘弁して下さいよぉ~、オルトさんは鬼ですか~?』って」

「え? 確か、オルトさんって……」

「ええ、オルトさんは『鬼』と言われることをあまり好ましくは思っていません。ヤクモはですからあえてそこに触れてからかっていたんですよ。それでオルトさんが怒って、二人が追いかけっこになって―と言うのが定番でした」

「そうですか……」


それを聞く限りではそう言ったことを口にし合える程仲睦まじくじゃれ合っているように思える。

特に問題は無い……話が過去形に終始している事以外には……


「体が弱い、ってことはどうなんですか? それが強いってこととは中々両立しないようにも……今もそれは?」


ユウさんは特別リアクションを示すでもなく、顎に人差し指を当てて考える。


「う~ん……それを理由に休むことって言うのも多かったけど、僕みたいに、ディールさんが作ってくれた薬をガブガブ飲む、みたいなことは無かったかな?」


だが、シキさんがそれに加える情報は……


「……ですが、1年程前より……ヤクモを見かける際はポーションか何かを飲むことが多くなった気がします。体が弱いことは確かなんですが、そんなことは無かったはずなのに……」

「……そう、だね……1年前、か……」



……どうやらそこの辺りが何らかの問題と関わっているらしい。

『1年前』ということを二人は気にしているように窺える。

ここか……仕方ない、な。


「……『1年前』に、何か、あったんですか?」

「「っ!?」」


……やはり核心はここなんだな。

ユウさんは辛そうに顔を歪め、そのことにシキさんは心を痛めて瞳には涙が滲む。


その表情を取り繕って、ユウさんは静かに一度頷く。


「……1年前、どうしてか人が変わったかのようにヤクモは僕達から距離を取り出したんだ。元々集団で動くことをあんまり楽しくは思ってなかったようだけど、それでも……僕達とはきちんとコミュニケーションも取ってくれていたのに」

「本当に、突然でした。それまでは何も変わりなく、私達と一緒に笑って、楽しい時を共有していたと思っていました。それが、次の日には……」

「『独りに、なりたいんです。もう……ボクのことは放っておいて下さい』って……言われちゃった。あれは、キツかったなぁ……」


それを言葉にしたユウさんは何とかそれを表情に出すまいと笑顔を作ってはそれで振る舞う。

見ているこちらとしてはとても痛々しいもので、シキさんは堪らず涙を溢してしまう。

彼女もそれを必死に抑えようと袖で目元を拭っているのだが、その姿はもう見るに堪えないものだ。


ユウさん自身も辛いだろうに、シキさんの背中をさすってあげながら尚も話を続けてくれる。


「それ一回で流石に僕達も納得できなくて、何度も話そうと思ったけどその度に無視されちゃったり、『放っといてください』って言われちゃったり……僕達の誰の言う事も聞かなくなっちゃって、それで……」

「ユウ、が、気を、使って、ヤクモと、二人きりになって、12番隊に、って……」

「そうでしたか……」


他の団員達の手前、何も処置をしないというわけにはいかなかったんだろう。

下手に庇って何もしないでいると『特別扱いだ』と言って不平不満が出てくる(話を聴く限りでは別にそうしてもいいんじゃないかと俺は思うが……)。


ユウさんにとっては苦渋の選択だったろう。

大切な仲間だからこそ、だ。


「無粋なことを聴いてすいません、ちなみに原因は……」


好奇心と言うよりは、分かれば自分にも何かできるんではないか、そう思って尋ねてみたがその選択自体を後悔することになった。


「分からないんだ…………僕、嫌われ、ちゃったのかな?」


声は震え、ユウさんの頬には一筋の涙が伝う。



……聞くんじゃ、無かったな……

人間悪い想像をするときはどんどんと悪い方へと行ってしまうものだ。

こんな話をしていたら、ユウさんがそう思う方向へと行ってもおかしくは無い。


それ位分かっていた癖に、何をやってんだ、俺は……


「そんなことは無いですよ。本当にユウさんのことが嫌いになったんなら、『放っておいて』なんて言わず、独りで勝手にどこかへと去ってしまうものです。それをあえて言うってことはやっぱりユウさん達のことを大切に想っているんですよ」

「でも、その言った内容が……」

「独りになりたいという事の理由なんて色々と考えられます。反抗期だとか……まあそれは無いにしても、大切な存在だからこそ言えない、という事もありますし。ね?」

「カイト君……うん、うん、そうだね、ありがとう……」



俺がそんなことを言うまでも無く、ユウさんとシキさんはそのヤクモって子を信じているんだと思う。

こういう場合、不安にはなるけれども誰かにそれを否定して欲しいんだろう。


それがその誰かに寄りかかりたいからか、それとも他の理由からかは分からないが今だけでも二人の不安を取り去ってあげれたのなら今はそれでいい。





その後、部屋を辞して下に降りる。

それに伴って話し声が聞えてくる。


「……と、イウ訳デス。宜しいデスか?」

「ふむ…ゴホッ…大丈夫だ。次に……―おや、カイト君かい?」

「どうも、ディールさん、サクヤもお疲れ」


ディールさんとサクヤが黒板の前で何やら難しそうな話をしている最中だったらしい。

びっしりと見たことも無いような式やら語句が隅々に並んでいた。


「もうゴホッ、話は終わったのかい?」

「ええ、まあ……」


少々曖昧な返答の仕方になってしまったせいか、ディールさんは俺の様子を観察して静かに考え込む。


「……ふむ、カイト君、少し話す時間はあるかい?」

「え? あ、はい。ありますが……」

「よし、ゴホッ、では少し話そうか。―サクヤ君、また後で頼めるかい?」

「ハイ、勿論デス」

「うむ、では行こう」

「は、はい、分かりました」


言われるがままに彼女の後を追う事に。

……突然だな、まあもうディールさんの突然には驚きゃしないが。



そうして外に出て、落ち着ける場所へと移動し、腰を下ろす。

ディールさんはそれを確認し、ゆっくりと口を開いた。


「……あの子が―ユウが助けた6人の話については聴いたね?」

「……はい。5人の各隊長と、そして……12番隊にいる子についても」

「ふむ……ゴホッ、“ヤクモ君”については、どれ位聴いたかね?」


なっ!?

いきなり、それか……

まあいいけど……



俺は正直に、ユウさん達から聴いた話をそのまま答えることにする。

ディールさんは時に咳を挟みながらも静かに俺の話を聴き、何かに思いを至らせているよう。

そして話し終えると、また思索に入り、一度大きく頷く。


「……うん、やはり君には話しておこうか」

「……話す、と言うと?」

「ゴホッ、私も“ヤクモ君”について何が問題となっているかは知らない。ただ、これは彼女自身の生い立ちについて一応間接的にではあれ関連してくる話だからね」

「そうですか……分かりました。では、お願いしても?」

「うむ。勿論だとも。―もう、10年以上も前になるかな……ゴホッゴホッ、私がまだ、ユウと出会う前になる。私は、師を同じくする兄弟弟子の“チトセ・ハイネ”という男から頼まれ、他の二人―今の魔王と……ちょっと面倒臭い男だね―その彼等と共に東の島国(ヒノモト)へと向かった」


日本ヒノモト、か。

島国ってこともあるし、元の世界との共通性はあるがまあ別物だろうな。

それについては色々と考えられるが、そこに考えを巡らせるのはまた今度でいいだろう。


差当り今それを考えても如何せん情報も多くは無いし、問題となっていることがそもそも違う。


ディールさんの話に耳を傾けることに集中する。


「その“チトセ”と言う男の事情がまた面倒なんだが、この前提を知らないと話が進まないゴホッゴホッ……んだよ。―で、この男は訳あって国で言う王位継承権の持ち主だったんだが、どうしてか国を出て流浪し、その旅の中、師であるクベルに出会ったんだ」

「はぁ……それはまた面倒ですね」

「うむ。その過程で私達とも知り合うわけだが、兎も角、私達が頼まれたのはこう言う事だった。『自分の祖国に良からぬ輩がいるようで、良からぬことをしているみたいなんだ。そいつ等を蹴散らし、追い払うために、力を貸してはもらえないか?』とね」

「“良からぬ奴等”に“良からぬこと”ですか。……具体的には教えて貰えたんですか?」

「ああ。ゴホッ……それがね、“良からぬ奴等”とは、話したことはあるが所謂『黒法教』のことなんだよ」

「『黒法教』って……ユウさん達を襲ったって言う……」

「うむ。これも話したと思うが、この世界は西に行けば行くほど魔法を使える者が多く、その分戦闘で動ける者は少ない。一方でゴホッ……東に行けば行くほど魔法を使える者は少ないが逆に身体能力が高い者は多くなる」

「はい……それは大丈夫です」

「『黒法教』の大元はね、それについて不満を持っている者が立ち上げたと言われている。『ヒノモト』は極東―つまり魔法を使える者はほぼ皆無。ゴホッゴホッ……実際にその“チトセ”と言う男も魔法は使えない。逆に剣の腕前は一流と言われる剣士達をも凌ぐ実力だがね」

「という事は、“良からぬこと”と言うのは、つまり……」

「うむ。『魔法が使えない者に魔法を使えるようにするには……』というある種出てもおかしくは無い疑問だが、それでもやはり私にとってはただの魔法を使えない者達の嫉妬から生まれた、醜いやっかみだよ。ゴホッ―そこから生まれたのが『人造魔法使い化計画』」

「『人造魔法使い化計画』……」


それだけを聴けば中性的な響きにも思えるが、経緯を聴いた後ではそれはもうマイナスイメージしか抱けないな。

何よりディールさんが『醜い』とまで言ってしまう程だし。



「そいつ等とユウ達を襲った奴等に組織としての同一性があるかどうかというのはまた議論としては別論になってくるから措かせて欲しい」

「はい、大丈夫です。続けて下さい」

「ありがとう。―それで、その計画はヒノモトの中で秘密裡に行われていたわけだが、それでも被験者の数は当事者である“チトセ”としては見過ごせないものだった」

「……ちなみに、どれ、程までに?」

「……ゴホッゴホッ……私が最初耳にしたときは、老若男女問わず第1次実験で3万人が被験者となり……成功例はただの1人だった」

「3万人に……それに、成功も一応1人出てしまった、という事ですか」


出なければ諦める、という道も開けた可能性もあった訳だからな。

だが、例え1人でも成功が出れば「続けよう」と言う気になるのが人間と言うものだ。


……ディールさんも『第1次』と言ってるし。


「うむ。それで、“チトセ”も危機感を感じたが、その計画の協力者の中にはゴホッ、当時の王様―将軍と言ったかな?―それもいたんだ。だから戦力的に一人で何とかできるとは思わなかったそうだ、それで私達3人にも声がかかったわけだよ」

「はぁ、なるほど……」


それでも、人数は4人なんだよなぁ……

まあディールさんの能力を知ってるし、1人ででも圧倒的多数を相手取ることは可能なんだろうけれどね。


「ゴホッゴホッ……それで、私達はヒノモトへと向かった。そこでは既に第2次実験は行われていてね、それに待ったをかけるには至らなかったが、どうにか私達はそれ以上の実験が行われるのを防ぐには至った。……それでも、第2次実験には2万人もの犠牲者が出たがね」

「今度は……2万人、ですか」

「ああ。それで、その際“チトセ”は将軍となったんだが、彼から事後報告により知らされた情報の中で、第1次、第2次実験の成功者について、分かったことが有った」

「そのおっしゃり方ですと……第2次にも、成功者はいたってことですね」

「うむ……また“1人”だったが、出てしまったようだ。―それで、その二人のことについてだが……」


ディールさんはここで、また一度咳き込んで、間を空ける。


「第1次計画で成功した人物については男性だという事と、どこかで生きていれば恐らく20代だという事、後はどんな魔法を使えるようになったのかは分からないという事以外はゴホッ、分からない。何しろ私達が行く前のことだからね、これだけの情報が分かったことの方が私としてはむしろ凄いと思うが」

「『どこかで』……その成功例の方達は実験の後いなくなったんですか?」

「そうらしいね。一人目については……もうどこにいるかも、何をしているのかも、そして生きているのかすら分からない」

「ふ~む、なるほど……ん? 『1人目については』?」


普段から言葉の使い方については気を付けているので、そう言うものの言い方には引っかかるものがあった。

ディールさんも俺の問いかけに軽く笑みを浮かべる。


「フフ、そうだね、君の言う通り、『1人目については』分かっていることは殆ど無かった」

「では……2人目については……」

「うむ。それがこの話の本題だ。―“チトセ”から貰った情報の中に書いてあったのは以下のことだ。―2人目は女の子で15歳。猫人にして新たな属性の魔法を習得したもののゴホッゴホッ……私達が幕府―まあ王宮みたいなものだ―それを攻めるいざこざの間に、人攫いの手にあって足跡を掴めなくなってしまっていた」

「それって…………まさか!?」


ディールさんは大仰とも思える程大きく頷き、俺の行き着いた答えが正しいということを伝える。


「名を……“ヤクモ”と言うそうだ」


衝撃と言う金槌で頭を打ち抜かれたような、そんな感覚に陥った気分だった。

……なんてことだ。



なるほどな……確かに間接・直接どっちかは兎も角関係はある話だ。

“ヤクモ”と言う名の人物が他にもいるだろうことは確かだがディールさんがこの話の流れで言う以上は同一人物だという事が前提なんだろう。


「なるほど……ちなみに、それは、ユウさんや、シキさんは……」

「いや、知らないだろう。私は話していないし、ヤクモ君自身が話していたら……そうだね、ユウがそのことについて私に何か聞いてくることもありえたはずだがゴホッゴホッ……そう言ったことは無かった」

「そうですか……では、どうして私に?」


シキさんには話していなくとも、ユウさんにも話していないならどうして俺にその話をするのかがやはり関心の対象にはなる。


俺なんかより自分の娘として育てている、つまり、より親密な人物にこそ伝えるような内容だと思うんだが……

尋ねられたディールさんは顎に手をあてて深く頷く素振りを見せ、そして視線を俺に戻す。


「ふーむ……私も少々どうしようかは考えたが、ゴホッゴホッ……やはりヤクモ君自身の心情を推し測ったらユウやシキ君達に話すよりかは、君に話した方が良いんじゃないかと思った」

「……と、おっしゃいますと?」

「うむ、まあ、何となく分かるかとは思うが、ユウとヤクモ君はそれはもう親しい関係だ。今がどうかは措いとくとしてね。そのユウに話していないんだから、恐らくこのことは親しい者には知られたくない、或いは少なくとも話すタイミングをうかがっている、位には話し辛い内容なんだろう。―ゴホッゴホッ、一方で、君は彼女とはどういった関係にいる?」


試すような視線を投げかけられる。

うーん……どういった関係って言っても……


「端的に言えば、今は何の関係もありません。要するに直接の利害関係に有るほど親しいわけでは無いです。というよりそもそも面識がありませんね」


少々冷たい言い方なのかもしれないが今求められているのは単なる感情論とかではなくありのままの事実を述べて欲しいんだろう。


その答えにディールさんは首を縦に振ってくれる。


「うむ、そうだね。ユウやシキ君達なら聞かされてもそれで何かが変わるとはゴホッ、思えないし、むしろお互いを理解し合える情報が増えたのだと喜ぶかもしれない」

「確かにそうですね、あまり長く接したわけではありませんが、私が知る彼女ならそうするでしょう」

「ああ。ただ、悲しいかな、どうしても聞き手の立ち位置によって情報というものは歪められるものなんだ」


ああ……そう言う事か。

ディールさんが言いたいことはつまり、親しい者が聞くとバイアスがかかって良い方へ良い方へと解釈してしまうってことか。


それに引きかえ第3者の立場にいる俺なら完全な中立と言えるかどうかは分からないまでも、それに近づけることはできる。


「まあ、そう言う事だね。私がその情報を知っていて尚、『ヤクモ君が何故ユウ達を避けるようになったのか分からない』ということは最初に言った通りだ。ゴホッゴホッ……それでもやはり君には知っておいてもらっても良いと、私は思うんだよ」


そう言ってくれる、前髪で隠れていない方から覗くディールさんの瞳は真摯さを感じさせる真っ直ぐなものだった。

俺はそれから目を逸らさずにしっかりと彼女の瞳を捉え直す。


「……そうですか。ご期待に沿えることに繋がるかどうかは確約できませんが、その情報はありがたく活用させてもらいます」

「うむ。そうしてくれたまえ」




~回想終了~



彼女達に貰った情報を活かせるかどうかは兎も角、あの子とシキさん達がどんな状況にいるのかは何となく分かった。


……もうヤクモって子、キレッキレだな。

ハリネズミなんて可愛いものだ。

近づくものは何でもバッサリ切って行くって感じ。


あれ程キレるのはカープ前ケンの変化球かアニメの視聴者位だ。


ふぅむ、何とも珍しい……



そんなアホなことを考えていると、彼女が去った後処理を、2番隊隊長にしてブルータイガーの獣人であるウォーレイさんが行っていた。


「さぁ、皆、戻った戻った。まだ朝だぞ? これからやらなければいけないことも有るんだ」


その一言で野次馬のように集まっていた他の団員達は散り散りになって行く。

ミレアもそれを手伝うように彼女達を促して帰らせる。


そしてそれを確認した後、ウォーレイさんは残っている彼女達にフォローを入れる。


「シキ、アル、お前達もしっかり。今はヤクモのことも気にはなるが、それでやることを疎かにしたら何よりユウに申し訳ない。ヤクモが戻ってくる場もちゃんと守らなければならないしな」

「……はい」

「……うん、そうだね、ありがとう……ウォーレイ」

「ああ」


そうしてシキさんはアルセスを伴って帰って行く。

そこで何故か俺とレンは壁際に隠れてやり過ごしてしまう。


……ちょーっとばかりいけないものを見た感じがしちゃったのかな。

それで顔会わせたらあっちも気にするだろうしね。


こういうのは俺とレンはよくよく経験してきたことなので何となく分かってしまうのだ。



「お兄ちゃん……」

「何も言うな、レン……」

「うん……」


……ダメなところで似てしまったな、俺達……



そんな哀愁漂う俺達とは勿論無縁にも、残っていたオルトさんとウォーレイさんが二人きりで話し始める。


「オルト、お前もそんなに気を落とすな。ユウがいない今、代理であるお前がしっかりしなくてどうする」

「……ウォーレイ、無様だろう? 先日あの男にあれだけ偉そうに振る舞っておいて、当の自分は大切な仲間1人説得できない。……これじゃあユウに申し訳が立たん」

「……お前が弱気になるのも分からんでもない。実際私もヤクモを前にして碌なことが言えなかった。皆そうさ。だから気にするな」

「済まない……何をしているんだろうな、私は。アイツが『歓楽区』の裏通りを出歩いているなんて噂を聞いておきながら、引き留めることすらできず、ただただ何の当たり障りのないことしか……こんな自分が嫌になる」

「あまり自分を責めてやるな。お前は良くやっている。ヤクモが大切だからこそ何もできなかったんだろう。……それにどっちにしろ、今のアイツは私達の言葉には耳を貸さない」

「……私にユウの代理なんて、そもそも無理があったんだ。それこそ私なんかより……ヤクモの方が強いし、賢い」

「ふーむ……あのな、オルト、必ずしも人が付いてくる理由と言うのは強いとか、頭の出来なんかだとは限らない。ユウは単に偶々それを備えていたんだ。結果としてな。……ヤクモの奴はそもそも人の上に立ちたがらんだろう。逆にお前は厳しいながらも団員達のことを熱心に考えている。その真っ直ぐさは、人が付いてくる理由たりうるのさ」

「……ウォーレイ……いつも済まない。損な役回りばかりさせる」

「気にするな」

「……恩に着る」

「ハハッ、あまりそう肩肘を張るな。また前みたいに皆一緒に笑い合える時が来るさ。そうなったら直ぐにヤクモもお前をからかいに来る。『オルトさん、そんな仏頂面していたらいつまでたっても鬼呼ばわりされますよ~』ってな」

「ああ……そうだな。―そう言ってくれる日が来たら、どれだけ良いか……―」




そこで会話は途切れ、二人がその場を後にするのを隠れてやり過ごす。

隣で身を潜めているレンは悩ましげな視線を俺に投げかけてくる。


俺は何も告げず頭を撫でながら、一度だけしっかりと頷いてやる。

レンも頷き返してくれ、それからは黙々と自分達の宿舎を目指して歩を進めた。








その日から俺達は一つの目的を持って行動を進めることに。

勿論俺自身に課せられた残り1週間を切ったタイムリミットのことは忘れていない。

それについては一応方便は考えてある。


まあそれもこれも、これから進めることの成否と一蓮托生になってくるのだが……




向かったのは彼女達の話に出ていた『歓楽区』の裏通り。

俺がこの王都に来て、出来ればお付き合いはご遠慮願いたいと思っていた区である。



歓楽区

王都リュールクスにおいての観光収入をほぼ一手に担っている区。

元の世界で言うカジノや貴族以外が利用できる浴場を代表とした娯楽施設一般が揃っている(勿論元の世界で言うほどのハイスペックなものではないが、この世界基準で言えばもう発展しすぎてて余所の国からもこれ目当てに沢山人が来る。そして人の行き来は勿論、娯楽自体に税を課しているので税収は大変潤っていらっしゃるそうな……)。


一方で、その繁栄の影の部分―正にリュールクスの光と影を現した部分であると暗に(・・)言われる―

はスラムと化しており、騎士の管轄の外とみなされている。


そこにはありとあらゆる王国の闇が放り込まれ、難病で治療の見込みがない者、災害や何らかの事情で両親がいない者、王国が忌避する種族の者、そして単に仕事が無い者など様々な者がそこに纏めて固められている。


やろうと思えば勿論その中に救済できる者もいるのだろうが、一つの属性を持つ集団の救済を認めると、何故他の属性を持つ者については助けないのかという話になる。


それら全てに合理的な理由を見出すのは困難を極める。

そこで、それならいっその事王国の管理の外だとしてしまえば助けない理由は思いの外簡単に出来上がるのだ。


勿論その管理の外に位置づけられた場所スラムから税収を始め、何かを得られると望むことはできないがそこは歓楽区から得られる収入が補って余りある程の益を生み出してくれる。

なので、捨てると決めると逆に王国にとっては都合がいいことの方が多いのだ。


……とまあ高説ぶって長々と一人でおさらいしてみたが、全てユウさんやディールさんの受け売りだ。



目的を達成するには先ず、なんと言ってもヤクモという女の子と話すことができる状況を作らなければならない。

そのためにはこれまた前提として、どこにいるかもわからない彼女を探し出さねばならなくなる。


そこで、こっそりと話を聴いていた際耳にしたが重要となってくるのだ。

『噂』の信憑性をどこまで認めるかというのは議論の余地があるだろうが、ヤクモと言う女の子の一番の利害関係者であるオルトさんが直々に言葉にしたのだ。


そう言った噂についても慎重に調べるだろうし、何より彼女自身が嘘をつくと言う状況では無かった。

俺はその女の子がどこに出没するかという情報については持ち合わせがないのだから、後は信用するしないは措いて、手がかりをしらみつぶしに当るしかないだろう。




そうして俺はあえてここ、歓楽区の裏―スラム―へと足を運んだわけだが、レンには先ずはここには連れて来ずに情報収集を頼んだ。


レンについて過保護になっているという面もあるが、純粋に二手に分かれた方が効率が良いという面もある。


俺には『索敵』があるのでこう言ったスラムのような場所で近寄ってくるだろうゴロツキにはいち早く気づくことができる。

どちらがどっちを担当した方が良いかという面で見れば、やはり俺がこっちになる。

逆にレンがこっちを担当したら、やはりレンの女の子としての容姿だと寄ってくる者がどういった輩になるかは推して測るべきだろう。



そうして俺は『索敵』を駆使しながら、近寄ってくるエネミーを掻い潜って抜けて行く。

掻い潜り抜け、掻い潜り抜け、掻い潜り抜け……


そうしてトンネルを抜けると、そこは雪国だった――なんてことは無い(当たり前だね)。


どう頑張っても同じような所にしか出ない。

ミノタウロスが出てくる迷宮にでも迷い込んだのだろうかと錯覚してしまうほどに同じ景色が俺の目の前に現れ続ける。


なんだろう、最近こういう迷路系って流行ってるのかな?

うーん……俺に近寄って来そうなゴロツキは何とか『索敵』を用いて回避することに成功しているが、一向に進展している気が…………はっ、まさか!? これはランフォースか!?


俺は走行コースを敵に誘導されていたとでも言うのか!?



くっ、仕方ない、このかめんを外すときが来たのだな……

ここはこの21の背番号に賭けて、万年パシリ(ボッチ)の実力を見せてやるぜ!!







……なんて小難しいことを考える必要は無いか。

「大勢を集めて討ち取ってやる」とか「私自らお相手致そう」とか考えてくれてるんなら逆に好都合だし。

『索敵』から感じ取れる情報からして組織的だとも、そこまで深く考えて動いているというようにも思えない。



単に広く、入り組んだ構造をしているだけだ。

そもそも今日中にスラムの全貌を把握して居場所を突き止めることが可能だとも思ってない(いるかどうかすらまだ仮説の段階だ)。


それをする気なら端からレンを連れてきて手分けした方が早いに決まってるんだし。



うん、とにかく「油断せずに行こう」!!



そうして俺は谷本ファントムを発動し、近寄るゴロツキゴロツキその全てを未然に俺の対人許容範囲パーソナルスペース外へとはじき出す。

勿論その弾き飛ばした人物が目的の人物では無いことはきちんと『索敵』の認識対象を変えて把握しているので見過ごしは無い。


初日の収穫としてはこの『索敵』の方法でも十分にスラム内を闊歩できるということが分かったことだな。

これだけわかれば後はレンのもたらしてくれるであろう情報と共に、徐々に探索を進めて行けばいい。


噂の信憑性についてはレンの情報と加味して判断し、いないならいないで早々に打ち切って他を当たればいい。

俺はとにかく、所与の前提(つまり、ヤクモがこのスラムに出没するということ)を元に、自分のやることをやる。

ただそれだけだ。









捜索を継続している中、俺の課題残り期間が後1日に迫った。

他の騎士からの干渉を受けないでいられるので楽でいいが、やはり期限が迫るというのは身が引き締まる。


一方で収穫も勿論あった。

レンが調べてくれたのだが、『スラムに出没する』という噂は『スラムで主に活動している』というレベルにまで具体性を上げた。


シキさんやアルセスにもそれとなく聞き出してくれたそうで、俺達はもうスラムにいるという事を前提として、今は二人でこのスラムを捜索している。


レンが捜索に加わり、単純に考えれば探せる領域が倍になったという事もあり、『索敵』の使い方を少々変えた。


今迄は簡単に言えば『近づいて来るゴロツキを回避すること』を主眼に置いて使っていたが、今はそいつ等に割く注意の半分をレンが担ってくれているので『目的たる女の子を探し出すこと』に切り替えている。



今日中に見つけると息巻いて捜索を開始した俺達は瞬く間に調べていなかった範囲に足を踏み入れてはそこに×をつけることを繰り返す。


それを夢中になって続けていると、夜になってしまったがそもそもスラムには殆ど光が差し込まないのであまり気にはならなかった。


どっちにしても今日が最後なので、見つけるまで帰れない。

そうしてスラム全域を後少しで踏破する―そんなところまで捜しつくしていたのだが、その時に、ようやく1人の人物が『索敵』に引っかかった。



―勿論、俺達の目的の人物、ヤクモだ―



該当した場所まで足を進めると、そこには無防備にも足を大きくM字に広げながら、壁に背を預けてスヤスヤと眠っている猫人の女の子が。



俺達の苦労も知らずグッスリとまあ……なんて筋違いな感想を抱いて嘆息しかけた俺を、彼女から零れた頬に伝う涙と言葉が改めて引き締め直させた……



「……ユウ、さん……みな、さん……ごめん、なさい……ボクは、もう……」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ