何もない……
間が空いてしまい申し訳ありません。
進行としては騎士の任官試験から既に幾日経過後のお話となります。
第10師団12番隊に仮入隊して早1週間が経った。
「仮」とついているのは勿論、1番隊隊長にしてユウさんの代理を務めるオルトさんから出された条件のためだ。
2週間以内に、1~5番隊の各隊長が納得できるだけの成果をあげる―それが一先ず女性騎士である彼女達を認めさせるために課せられた俺の目下なすべきこと。
別に入隊の試験自体はちゃんと受かったのだからこんなことわざわざしてやる必要は厳密に言えば無い。
ただ、この王都にて本当に成すべきこと、つまりSランク冒険者のヨミさんという人物を捜すうえで彼女達の中で自分の地位は確立しておくことに越したことは無い。
俺自身の存在自体が少々怪しいことも有って目立ちすぎるのはあまり好ましくない。
かと言って何一つ地位も信頼もない人物が―この場合は俺だが―人探しをするというのは困難を極める。
何より今回に限っては協力者が少なすぎるのだ。
3番隊隊長である狐人のシキさんは俺の正体を知っていて尚且つ協力してくれる貴重な存在だが、同時に一つの隊を預かる身でもある。
俺よりも騎士に精通している以上そちら方面ではお世話になるだろうが必要以上に彼女の負担を増やすことは、総隊長であるユウさんがいない今、この第10師団にとってもあまり良い状態とは言えない。
自分でできることは自分ですべきだろう。
レンはレンで俺と共に12番隊に配属され、俺の付き人という位置で共に行動することが可能となっている。
であるから、実質俺とレンの二人で何とかしていく必要があるのだが、勿論この2週間のタイムリミット中に何とかしないといけないのはそれを課せられた俺一人。
他の師団の騎士に目をつけられるのは避けたいが、自分が属するこの第10師団の中ではできるだけ動きやすいようにこの課題はサクッとこなしてやろう、そう思っていたんだが……
正直舐めてたね。
まさかここまでやることが無いとは。
入隊して、色々と嫌がらせのために雑用か何かやらされると予想していたんだが、むしろ逆の方だった。
何もしてこない。
無理難題でも押し付けられれば少々萎えはするが、一方で解決してやろうという意欲も湧く。
だが彼女達は「俺」という異物に対して無視という手段を選択した。
よくギャルゲ―・エロゲーのシナリオに、女の園に男が1人入り込む、と言うものがある。
最初は彼女達から珍獣のように、好奇心の的にされることに辟易としながらも終着点はハーレム一択というものだ(厳密には違うのかもしれないけどね)。
だが今俺の周りに展開されている現実はどうだろう?
俺をプロデューサーさんと慕って、「私をプロデュースして下さい!!」って言ってくれるアイドルもいなければ毎日酢豚を作ってくれるような「セカンド幼馴染」なんて存在も出てこない。
……それは違うか。
とは言うものの、彼女達が俺をガン無視してるのは明白。
積極的に・能動的に俺に関わらない、という不作為を積極的にしている風にすら感じる。
まあ彼女達を擁護するわけでは無いがやっていることも分からないというわけではない。
要するに俺を合法的に潰しに来てるんだろう(俺の認識では違法だと思うんだけどな……)。
問題は認識されるからこそ問題たりうるのだ。
俺に問題が持ち込まれなければそれは問題にはならない。
2週間本当に何事も無く俺に過ごしてもらって条件を満たせない、ハイおさらば、と。
彼女に追従する女性騎士も少なからず存在するのだろう。
オルトさん自身実績もあり、女性騎士達から絶大なる信頼を得ているとユウさん達からも聞き及んでいる。
何より本人自身が自分に一番厳しく、そして団員想いでもある。
……だからと言って全て正当化してやるつもりは無い。
お前等、相手が俺で良かったな……
尋常ならざる鋼鉄メンタルの持ち主である俺だからこそ過去のトラウマの2,3を掘り起こすだけで済んだものの、普通のメンタルだったらこれもう泣いてるよ?
しかも無視って何なの? そう言う陰湿なのは女子の中だけで完結させろよ。
皆で寄ってたかって……
……いや、「皆」と言うと語弊があるのか。
勿論シキさんは俺と密かにではあるが会ってくれるし(いやらしい意味は無いよ?)、俺の試験官であった4番隊隊長のアルセスは暇な時は良く俺やレンに会いに来てくれる。
俺にも懐いてくれたし、何よりレンと直ぐに打ち解けて今では二人で遊びに出かけるにまで至っている。
レンは『守護天使』という力が無かったために、アルセスは逆に力を持っていたがために周りとの距離が開いてしまった。
年が近いという事もあるのだろうが、そういう所で通ずるものがあったのかもしれない。
2番隊隊長であるウォーレイさんはと言うと、実の所良くつかめないでいる。
フィオム王子の際にはかなり話したと思うが、今は積極的に話しかけてくることこそしないものの、会えば挨拶位はかわしてくれる。
勿論ボッチ生活が長い俺にとって「挨拶」という高等技術を必要とされる行為自体どもりを誘発させることは論じるまでも無いことだが、彼女自身は特にそんなバカなことを意図してそう言う事をしているのではないだろう。
となると彼女が何を考えているのかと言うのがいまいち良く分からないが、そもそも俺に特に用が無いだけかもしれない。
ここで深く考えすぎることはよそう。
そして、我等が12番隊の隊長は……
「……ちょっと、聞いていますの? マーシュさん」
「……ああ、聞いてる」
「でしたら、わたくしと勝負なさいませ。あなたを倒して、先の試験が、わたくしの本当の実力では無かったことを示して差し上げますわ!!」
……会うなりこんなことを何度も何度も繰り返してくるのである。
あまりのリピート率に、ここから何か集客のための一般的な法則でも導けないかと思う位だ。
それか、彼女の頼みを聞いてやらないと2週間以内の達成は不可能なフラグでも立っているのだろうか。
「んなもん別に示してもらわなくてもいいって。レンにボロ負けしたからってミレアが弱いことにはならんだろう?」
ここら辺は論理の問題で、ミレア自身がボロクソに弱くて、それで弱いはずのレンに負けた、という事なら彼女が名誉挽回を図ろうとするのも分からなくはない。
でもミレアも強くて、でもレンがただ単にその実力を上回っているということなら別にレンに負けたからと言ってミレア自身の実力が否定されたことにはならない。
事実、レンの試験までは彼女は受験生を圧倒していたのだから。
だがしかし、ミレアはそれでは納得できないらしい。
鼻息を荒くし、俺に自論を展開してくる。
「そうは問屋がゴンザレスなのですわ!!」
……ゴメン、今の分かった人いたら教えて。
「わたくしはあなたに辱められただけでなく、レンさんに大敗を喫してしまいました。ええ、それは事実です、認めますわ」
「ほう、自分の実力を認められるという事は尊いことだ。その感性大事にしろよ。じゃ、俺はこれで……」
「お待ちなさい!! まだ話は終わっていませんわ!!」
そう言って俺の退路を断つように回り込まれてしまう。
……面倒くさい。
「わたくし、ですから戦力を一変しましたの。王国御用達の人形師に前々から依頼していた最高級の人形も手に入れましたし、もう負けませんわ!!」
「そういうお金を積んで良いものを得たら即強くなるって考えがダメなんじゃねえのか? 大体何で俺なんだ? 俺じゃなくてレンにリベンジするのが筋じゃねえのか?」
あまりレンに迷惑が行くのは好ましくないのだが流石に聞かずにはいられなかった。
と言うより聞かれるまで気づかないようならどうしようもないバカだし、それならそれで逆に無害かもしれないしね。
ミレアは胸を張って威張り倒してくる。
……腹立つな。
なまじ顔が綺麗だからその分なんか余計イラッとくる。
「ふん、そんなことですの? レンさんがおっしゃっていましてよ。あなたの方が、レンさんより強い、と」
……レンの奴、そんなことを言ってたのか。
近接戦闘に限って言えば俺はそんなに強くないんだけどな。
多分レンと魔法無しでやりあったら負けるだろうし。
「ですから、あなたを倒せば、それ即ちレンさんよりも強い、という事ですわ!! 一つの隊を預かる身であるわたくしが、その隊員よりも弱いということは不味いのです!!」
……まあその前提が正しいなら、そう言えなくもないけど。
……それに、俺やレン以外にももう一人秤に掛けるべき人物がいると思うんだがな……
それにしてもそんなことで一々突っかかって来られるのは面倒この上ない。
例えこの2週間だけは自由に動くことが許されているとしても、だ(オルトさんからしたら、逆に自由に動き回って問題でも起こしてくれれば俺を追い出す口実になる、くらいに考えているのかもしれない)。
俺はとりあえず納得したふりをして感慨深げに頷き、こう答える。
「なるほどなぁ……ミレアの言い分はよぉく分かった」
そう言ってやるとミレアは花が咲いたような笑顔を浮かべ、手を合わせて喜びを示す。
「まあ!! ようやく分かっていただけたのですね!? では―」
「だが悪いな、今から俺ちょっと山へ芝刈りに行かなきゃならないんだ」
「へ? ……芝刈り、ですか?」
「ああ。やっぱり先に決まってる用事を後から来た用事でダメにするのは騎士としてはいただけないだろう?」
「そ、そうですわね。……で、では明日は―」
「あぁ~、悪い、明日は川へ洗濯しに行かなきゃ。明後日は竹林に行って竹を切るだろう? その次は3匹のお供をつけるためのきび団子作りの材料を……ってわけで予定が一杯なんだ。本当に心苦しいんだが、悪いな」
「そう、ですか……いえ、急に押しかけてきたわたくしも悪いのです。気になさらないで下さい」
肩を落としながらショボンとした様子を見せる。
……まさかこれも通じるとは。
取りあえずバレないうちに退散を決め込む。
……そして俺とレンに割り当てられた部屋につく。
本来は先輩騎士に対して2人ないし3人の見習い・傍付きの騎士がついて共同で過ごすのだが今この部屋は俺とレンの2人で使っている。
そしてレンは別行動で、今は多分アルセスのとこだろう。
俺が思っていたよりも騎士の仕事はしないで済んでいる。
本来は元騎士であった『マーシュ』にも色々と仕事を回した方が良いんだろうが、マーシュを排斥するには仕事・問題に関わらず何もさせない方が良い。
そうして必要では無い存在であることを決定づけて追い出す。
……ふむ、自分で考えといて何だが結構彼女達は合理的に動くんだな。
後1週間、さて、どうしよう……
そうして今日も帰ってきたレンからどんなことをしたか、どんなことを教えてもらったかなどを聴きながらその日を潰した……
朝早く、夜が明ける前に起床する。
身支度なんかを整えてステータスを見て、異常がないことを確認……ん?
能力値やスキル自体は特に異常は無かった。
勿論今迄に朝の修練も続けているので『千変万化』の習熟度は既に89%にまで届くに至った。
だが今はそこではない。
奴隷の項目に見知らぬ名前が増えている。
『セフィナ』、『レイナ』、『オトヒメ』…………誰?
…………ああ、そう言えばディールさんが言ってたっけ。
シアを連れて闇市に行くかもしれないって。
それに備えて俺自身の血も幾らかの量渡してある。
……とすると、この子達はそれとの関係か。
じゃあちゃんとシア達の修練も上手くいってるってことか。
それだけじゃない、また人が増えることになる。
……こんなことじゃダメだな。
しっかりせねば。
期間も残り6日。
とにかく目の前のことを片づけて憂いを少なくしよう。
俺はレンより先に修練場に向かって気合を入れ直し訓練に励んだ……
そして早朝の訓練を終え、部屋へと戻ろうと廊下をレンと二人で歩いている時だった。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「ん? 何だ?」
「あれ……何かあったのかな?」
レンが何かに気付いたようでその方向を指さす。
俺も人がいるという事自体は分かってはいたが視力はレンの方が圧倒的に良い。
それにレンは空気を読むことに長けているので、そう言った不穏な空気を敏感に感じ取るのだ。
とまあそれはさておき、何やら一悶着ありそうな雰囲気で人だかりができていた。
そこには5番隊隊長を除く、今第10師団にいる各隊長が勢揃いしてある一人の女の子と対峙していた。
つまり、シキさんを初め、ウォーレイさん、アルセス、ミレア、更にはオルトさんというそうそうたるメンバーだ。
それがこんな朝早くから集まっている。
5番隊隊長がいない、ということについてはまあ早朝だからな……
周りにも女性騎士がちらほらと散見されるが彼女達の雰囲気が並々ならぬもので、近づけないで、固唾を飲んで様子を見守っているといった感じだ。
俺達も彼女達に倣い、離れた位置から様子を窺う。
女の子は猫耳に華奢な身体つき。
クリーム色をしたショートカットなのだが襟足の部分からだけは伸びており、白いリボンで腰の辺りまで伸びた尻尾を括る様にしている。
騎士としての鎧は一切身に纏っておらず、軽い服装に、その上から一枚羽織っているくらい。
スカートはオルトさんが履いているものと変わらないもので、レザーブーツとの間に見える細く白い足が、彼女の腕の細さや全体の雰囲気と相俟って儚げなようなものを演出している。
腰には一本の刀を差しており、しかしあれは抜くことが想定されていないのか、紐で縛って抜けないようにしてある。
ふむ、この子は……
オルトさんが彼女に話しかける。
しかし、あのオルトさんからは想像もできない程弱弱しい声が漏れ出た。
オルトさんの顔は窺い知れないが、それはどこか、その女の子にすがるような、泣きつくような、そんなことさえ感じさせるほどのものだった。
「ヤクモ、帰ってきたのか。どうだ、最近体調は。元気にやってるのか?」
「…………」
「お前も知ってると思うが今はユウがいないんだ。私達が一致団結して、ユウが作ってきたものを守らないと……」
「…………」
オルトさんが語りかけてもヤクモと呼ばれた女の子は何も答えない。
我慢していたものが溶けたのか、アルセスが前に出て堰を切ったように言葉を繋いでいく。
「あの、ね、ヤクモ! ヤクモの、ヤクモの力を貸して!! マーシュも仲間になって、今、皆で頑張って、ユウに安心してもらえるようにって、だから、ヤクモ、の、力が……」
だが、ヤクモという少女が何のリアクションも示さないためか、その言葉は後に続くにつれ尻すぼみになって行く。
それを見かねたのだろう、ウォーレイさんがアルセスに近寄り、肩に手を置いて慰めてやる。
そして……
「ヤクモ。何がお前にあったのか、話してくれることはできないのか? 私達はお前に何かがある、という事しか分からない。話してもらえないと分からないんだ」
「…………」
何も答えてくれない彼女に、恐らくウォーレイさんも苦々しい表情をしているだろう。
すると、今度はミレアが、腰に手をあてて居丈高に告げる。
「ヤクモさん、あなたはわたくしが隊長を務める12番隊の隊員なんです。わたくしの命令には従ってもらえないのですか?」
「…………」
ミレアは特に落胆する様子は無く、むしろ分かり切っていた、と言うように何故か胸を張っている。
……何で今迄のこの状況を見ていてそんな態度をとれるのか俺には疑問なんだが。
「……ヤクモ」
「…………」
そこで、シキさんが満を持して彼女に話しかける。
「私がこの中で一番最近までユウと一緒にいましたが、ユウはあなたのこと、とても心配していましたよ? 自分の命が狙われ、負傷しても、です」
「ユウ、さんが……」
今迄の反応とは明らかに異なり、彼女はシキさんの語りかけに驚きを示す。
「はい。……ヤクモ、私に対してあなたがどうしようと、私は何も言いません。あなたに嫌われることは……とても、辛いですが、それでも仕方がないと言えると思います。―ですが、ユウのことだけは、裏切らないで下さい。……あなたのことをとても大事に思っている、ユウの気持ちを」
「……シキ、さん」
彼女はシキさんの話をどう受け取ったのか、瞼を閉じ、一呼吸置いてから再び目を見開く。
そして……
「……ボクは、独りで行動する、と言ったはずです。それはユウさんにも、そして、皆さんにもお伝えしました。―ボクのことは……放っておいてください」
そう言い放った彼女は踵を返し、そして足を止めることなくその場を後にした。
その場に残された各隊長たちは彼女を追えず、ただその背が小さくなって行くのを見ていることしかできなかった……
5番隊隊長さんだけはまだ未だに登場していませんが種族と言うか、属性と言うか、それは何となくは分かるかもしれない記述は一応載せてありますが今分かる必要はありませんのでご心配なく。




