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鬼か!!

レンに敗北して崩れ落ちているミレアを除く、そこにいた皆が一斉に声のする方を振り返る。


そこにはスラッとした背の高い女性と、そしてその後ろには、フィオム王子の際に知り合った2番隊隊長のウォーレイさんが。

俺に剥き出しの敵意を向けていることを隠そうともしない堂に入った姿は、むしろ清々しいという感想すら浮かんでくるほどだ。


いきなりのご入場に少々呆気にとられたが、彼女が放ったセリフ、そしてそんな女性を見つめて頭を痛そうに押さえているウォーレイさんという事情が、凡そその人物が誰であるかを推測させてくれる。


「はぁ……オルト、私はお前にそんなことを言わせるために急ぎで男性騎士の試験結果を伝えた訳じゃないんだがな」

「今ここで言わんと勘違いを起こす奴がいる。―ユウがいない今、私が第10師団を守る!」

「はぁ……」


再び、海洋深層水も名前負けしそうなくらい深い溜息を吐くウォーレイさん。

本人の苦労は同情できるものだがおかげで彼女が、俺の推測を外れた人物では無いということが証明できた。


「あっ、オルト……」


俺の傍でレンとミレアの試験を見守っていた4番隊隊長にして、ドワーフとモンスターのハーフ(という風に聞いている)アルセスも追加で裏付けしてくれる。


なるほど、やはり彼女が……




第10師団1番隊隊長オルト・フォン・ロークス。

第10師団の総隊長であるユウさんがいない今、実質第10師団を仕切っている女性だ。

そしてシキさんやウォーレイさん、それにアルセスと同様、ユウさんが過去闇市の闘技場で得た賞金で買い、尚且つ解放した元奴隷の一人でもある。



あまり光が反射しないような深緑の長い髪は、白い手拭いによって頭の後ろで結わえられ、それ以降は伸びるままに任されて腰にまで届くに至っている。

端整な顔立ちとアクアマリンを連想させるその綺麗な双眸はしかし、揺るぎないもので彼女の意志の強さを反映しているかのようだ。


また目を引くのは、彼女の細く、腰や下半身の線までがハッキリと窺えてしまう程に、装備が薄いということだろう。

騎士、更には実質その長の代理を務めるものというには、その防具が些か心許ない、とも思えるのだ。


胸にだけは白いサラシを巻いて、その上から通気性の良さそうな、網目だらけの忍者服のようなものを羽織っている。

それだけではやはり騎士だと思えずむしろ忍者か侍とも思えるような格好をしているからか、腕と下半身だけは、他の女性騎士が付けているようなガントレット、そしてあまり短すぎないスカートを着ている。


初見の俺でもそれらを全体として違和感なく着こなしているという感想が出てくる辺り、あの服装は似合っていると言える部類に入るのだろう。


だがそれらを百歩譲ったとしても、見逃せない部分が一つだけあるんだが……


ユウさんやシキさんから伺っている、彼女についての情報を再び記憶の引き出しから引っ張り出してくる。



~回想~


「1番隊隊長はオルト。オルト・フォン・ロークスって言うんだ」

「1番隊隊長ってことは、実質ユウさんの次に偉いってことですか?」


シキさんが頭を縦に振り、俺の問に答える。


「はい。あまり私達7人の中でそう言った上下関係を意識したことはありませんが、形式論で言いますとそうですね。騎士団内部ですと総隊長に次ぐ地位にいるオルトさんが2番目、という事になります」


7人……ユウさんと5番隊までの各隊長、それと残り12番隊に属する女の子のことだな。


「僕がいない今、恐らくオルトが総隊長の仕事もしてくれているんだと思うから、カイト君が行く頃には1番ってことになるね」

「オルトさんは非常に真面目な方です。それに誰よりも努力なさる方でもあります。実力も折り紙つきですね」

「へ~……という事は、今回の事件についても、ユウさんがいない後は?」

「はい、恐らくユウと私が戦線を離脱した後はオルトさんが陣頭指揮を執っていたかと。彼女は守りの戦いを最も得意としていますし、私が最後に見た限りでは彼女が戦況の約6割を引き受けていたと思います」

「ほう……守りを得意と?」

「はい。多対一でも彼女は勿論恐ろしく強いのですが、過去の“ルラン防衛戦”でも彼女の実力が如何なく発揮されたと思います」

「ああ、あれね! あれは本当に僕も助かったよ……」


シキさんの挙げた例が納得できるものだったらしく、ユウさんは大いに頷いて同意を示す。

だが俺はそれについて心当たりが無いので首を横に傾げるしかない。


「……その、何ですか? “ルラン防衛戦”っていうのは……」

「あ、ああごめんね、勝手にこっちだけで納得しちゃって。―『ルラン』って言うのはリューミラル王国と北のソルテール帝国の国境付近でね」

「そこでは幾度となく両国の小競り合いが起きていた所謂紛争地帯なんですが、私達第10師団がその防衛を任された時があったんです。ですが……」


言葉を引き継いだシキさんがユウさんに視線を送る。


「うん、僕が丁度その時、離れないといけなくってね。正直僕は落とされてもしょうがないかなって思ってたんだけど……」

「それを、そのオルトさんが何とかした、と?」


話の流れ上彼女についてのことだからそこを想像するのは容易い。

ユウさん・シキさん二人から首肯を得られた。


「うん、相手は凡そ5000人の勇猛果敢で有名なソルテール兵」

「それを彼女は3つの隊―つまり約300人かそこらで防ぎ切ったんです」

「な!? そ、それは凄い」


戦いにおいてどのような時代、どのような時にも言われることはやはり『数の理』だ。

相手を上回る数で攻める、常道だな。


それは逆に言えば上回る数で攻められる側は圧倒的不利に立たされる。

5000対300じゃあ普通に考えれば詰んでる状況だ。


ユウさん達第10師団が練達した騎士ばかりを揃えているとは言え、相手も一国の兵。

それを引っ繰り返す、となるとその指揮官の実力は推して測るべきである。


「うん、それもあって、今オルトには1番隊を預かってもらってる」

「まあその分責任感も人一倍に強い方で、団員にも厳しい方ですがそれ以上に自分に一番厳しくもあります」

「はは、シキもそうだけど、もうちょっと肩の力を抜いても良いと思うんだけどね」


口端を少し上げて苦笑いを浮かべるユウさん。

それに対してシキさんは咳払いを一つ入れる。


「コホン……私のことは兎も角、オルトさんはですから、タニモトさんが騎士団に加入されることを一番反対されると思います」

「へ? いや、責任感がある、ということは分かりますし、男の騎士があまり良く思われなくてもおかしいとは思いませんが、何故そこでオルトさんが先鋒に?」


その疑問を受けて、シキさんは一度握った拳を口に当て、一呼吸置いてから話し出す。


「そうですね……少々説明不足もあったかもしれません。―オルトさんが私と同じくユウに助けてもらった元奴隷の一人だという事は……」

「はい、そこは大丈夫です」

「私も勿論そうですし、他の4人もユウにとても感謝していますが、オルトさんは特に個人的にもユウへの想いが強いようで」

「はぁ……」


なに? 百合そっち系の話?(違うか)


「第10師団は女性だけで構成されてる。それを今迄保ってきたわけだし、実際それで数多くの成功を収めてきたわけだけど……」

「オルトさんは、男性騎士が入るということはそれ即ち、ユウが今迄やってきたことを否定することだと思うでしょう」

「え? ちょっと一足飛びに過ぎませんか? その思考過程」

「そうですね、私も勿論、他の皆がユウに救ってもらって量りきれない程感謝しています。それが彼女においては顕著なんでしょうね……」

「うーん……僕は別に全然気にしないんだけどね。むしろ女性騎士だけ(今の形)を無理して貫いても、皆を守れないんじゃ意味がないし……」

「はい……ディールさんに言われたように冒険者なり他に仕官するなりで新しい形を模索するのも考えの1つとしては持っていた方がいいかと」

「……その考えを、オルトさんと言う方は持てない、と」

「はい、現状維持……と言うより『真面目に努力している自分達が何故変わらなければならないのか、むしろ変えるなら自分達では無く他の男性騎士がいる師団のあり方そのものだ』という理屈まで頭にあってもおかしくはないかと」

「あ~……なるほど、そう言えばそのオルトさんは努力家、でしたか」


そうすると厄介だな。

本人が真面目で努力家だと余計に性質が悪い。


まだ怠け者や不誠実な方が言い様があるというものだ。

その人については手こずりそうだな……




その後は彼女の人柄についてを掘り下げて聴いた。


普段の凛とした姿からはギャップが激しいと言われるほどに、食事が好きで、食べている時の幸せそうな様子はとてもほのぼのするだとか、先に話したように少々思考が偏ることも有ってあまり文官向きでは無いこととか……


そして最後に一つだけ注意されたことには……



「あっ、そうだ! カイト君、一つだけ注意して欲しいことがあるんだけど」

「注意、ですか?」

「うん。オルトはね……『鬼』って言われるの、すっごく気にしてるんだ」

「『鬼』……」

「はい、『鬼』です。ですから、あまり彼女に聞えるよう『鬼』に関連したことを言うのは避けていただければ……」


鬼って言うと……ああ、そうか。

本人は真面目で努力家だって言うし、部下へのしごきとか規律を守ることとかが厳しいのか。

それで『鬼』という陰口をたたかれている、と。


体育会系にありがちなことだな。

やっている側としては本人たちのためにやっているという想いなんだろう。

だから必要以上に厳しくしてしまう、ということはまあ話としては分かる。


ただ、だからこそやっている本人に罪の意識が無いのだ。

問題が起こって初めて「そういうつもりじゃなかった」とか平気で言い出す始末に。


まあそれはあくまで一般論で、今回の件に限ってはオルトさん本人が『鬼』と言われることを気にしているという、ある種の自覚があるのだ。


それだけでも随分と対応が変わってくる。

それにユウさん達が心配しているのはあくまでオルトさん自身であって鍛えられている部下たちでは無い。

とすると、ユウさん達もオルトさんの指導・育成方針については心配していないのだろう(そもそもこの世界に過労死や体罰という概念が根付いているのかどうかすら怪しいし)。


そんなナイーブな心を持っているということ自体が個人的には面白いのだが、それは触れないで、っと。

とにかく『鬼』という言葉に気を付ければいいんだな。


「分かりました。本人が気になさっているのであればそこにあえて触れるなんてことはしません」

「……ありがとう、カイト君。―うん、やっぱりカイト君は優しいな……」


見てるこっちが嬉しくなるような明るい笑顔を浮かべるユウさんとそれを温かく見守っているシキさん。


この二人のこんな表情を見れただけでも、そう答えてよかったと思える……



~回想終了~




……なんてカッコつけてた過去の俺を今すぐ改心させてやりたい。


と言うのも……過去の俺よ、彼女の額よ~く見てみろよ……








とんが〇コーンを彷彿とさせる立派な角が…………

ごめんよユウさん・シキさん……







あれは『鬼』だわ!!

どう贔屓目に見ても『鬼』以外の回答が出てこない位に『鬼』だ!!


なんだよあの角!!

あいつ、あんなもんついてんのに鬼じゃないと言いはんのか!?


「お主、侍か!?」って聞かれて

「いや、拙者は違うでござる」って答える位に無理あるよ!!


返り血で真っ赤に染まった服を着て、死体の傍で凶器の包丁まで所持して立ち尽くしているところを逮捕された被疑者を弁護する気持ちってこんな感じなのかな……



僅かな望みをかけて彼女を鑑定してみる。 

すると……




名前:オルト・フォン・ロークス

種族:鬼人




って出た。




……ダメだ、アリバイも崩れた。

それどころかこっちが証人申請した目撃証人に裏切られたような気さえしてきた。




ちょ、二人とも話違うくない!?

『鬼』と裏付ける客観的証拠バンバン出てくんだけど!!


仲間を傷つけたくないがためにあえて俺を騙したの!?

やだ、何その庇い合いの精神!素敵!!



ってそうじゃねえよ!!

こんな鬼鬼おにおにした(作:俺)人を鬼と扱っちゃいけないの!?


もうどこからがセーフでどこまでがアウトな範囲なのか分かんないんだけど。

「君のその角、ハリがあっていいね!」はアウトなのだろうか……いやそれ以前にセクハラで訴えられるかもしれない……


シアやカノンについてる獣やサキュバス特有の尻尾を触った時は特に嫌がられなかったんだが(むしろ二人は色っぽい声出してたように記憶してるんだが……)、それは俺達の関係があってこそなのだろうか、それとも普通なのだろうか(それか、尻尾と角はそもそも別物なのだろうか)……




……ダメだ、もうよく分かんなくなってきた。

そうだ、こういう時こそ思考の切り替えが必要だ。


過去の思い出を振り返って、自分自身に活力を与えてやろう。


『鬼』と言えば、やはり鬼ごっこがメジャーか。


鬼ごっこの思い出、鬼ごっこの思い出……





~それは、俺がまだ小学生だった頃……~


休み時間の遊びの中で大勢を占めていたのは勿論ドッジボールだが、その日は何故か担任が「クラス皆で何かしよう!」と張り切りだした。


そして顔面に当てて「うわ~、ちょっと男子最低ぇ、謝りなさいよ~」と泣かせた女の子以外が出しゃばることを避けたかった男子勢は球技に関連する遊びを回避。


無難な鬼ごっこを選択する。



……そこからだ、色々と狂い始めたのは。




特に小難しいルールは決めず、オーソドックスにタッチしたら鬼が交代するというもので、最初の鬼は3人。


それで開始し、暫く順調に進行していたのだが、ある時俺がタッチされた際に、近くにいた誰かがこう叫んだ……




「うわぁ~、Tウィルスだぁ!! Tウィルスがついたぞぉ!!」




誰だか覚えていないがそのクソガキは恐らく『Tウィルス』と『タニモト』をかけて調子に乗りたかったのだろう。


だが、そんなバカで稚拙な考えとは無関係に、いや、むしろ悪化した形で事は進む。

俺をタッチした子は普通に考えれば鬼から解放されるはずなのに「い、いやぁ!!」と叫びながら再び誰かを追いかけ始めた。


追いかけられる子も「い、いやぁ、来ないでぇ!!」と悲鳴を上げる始末。

最初に決めたルールなど最早意味を持たず、タッチされた後鬼は一人、また一人と増えていく。


逃げる方・追いかける方共に鬼気迫るものがあり、それを見たうちのアホな担任は何故か1人で盛り上がる。


校庭に響き渡る阿鼻叫喚。

必死の形相で逃走劇を繰り広げる生き残った生徒。

それを死相を浮かべて追いかけるゾンビ達。




……そしてTウィルスの生みの親にして、周りから取り残され独りポツンと佇む俺……







……ああ、ダメだ、『鬼ごっこ』に良い思い出ねぇわ。

くそっ、思考を切り替えるどころかメ〇パニ使われたわけでもないのに自分で自分に痛恨の一撃入れてしまった。

誰か俺の心にベ〇マかけてくれ……




そんな打ちひしがれた俺に更なる追い打ちをかけるかの如く、オルトさんがこちらをキツく睨み付けながら高らかにこう告げる。




「貴様がマーシュか……―聴け!! 種族は鬼人、齢18にして第10師団1番隊隊長且つ総隊長ユウが代理、オルト・フォン・ロークスとは私のことだ!!」




オルトは自白した。

カイトに痛恨の一撃!!




ぐはっ!!




……くそっ、「聴け!!」じゃねえよ!

『鬼人』って自分で言っちゃってるじゃねぇか!!


もうそこと『鬼』って言われるのは別なのね!?

別ってことにしないともう弁護のしようがないよ、俺!!



「……そうか。それは分かったが、さっき『認めない』だの何だのと言ってたのはどういうことだ?」


立て直した俺は驚きに包まれている周りを気にせず彼女に問いかける。

だがそんなことは意に介さず、オルトさんは鼻で笑う。


「ふんっ。言葉通りの意味だ。―アルが負けたと聞いたが、私は正直信じていない。何しろアルは今のこの師団内で5番目に強いんだ。それに私はこの目でその敗北の瞬間を見たわけでは無い。……これだけの目がある以上可能性は少ないにしても、何か卑怯な手を使ったという事も……」

「オルト」


最後まで言い切る前に、オルトさんの後ろで控えていたウォーレイさんが強い口調でたしなめる。

まあ別にオルトさんの言わんとすることも間違いではないと言えば間違いでは無い。


実際勝ち方に疑問を挟み込む余地は可能な限り無くしたとは言え物理的にアルセスの力を攻略して勝利したというわけでもない。


卑怯かどうかの評価は人に依るだろうけどね。


「…………仮に、それが無いにしても、私は奴がアルに勝ったということには未だ懐疑的だ。―アル、本当なのか?」


オルトさんは俺の傍にいるアルセスに尋ねる。


「……うん。大剣も使った。手も抜かなかった。……でも、本気で切り掛かる前に、負けちゃった」


だがそう告げるアルセスの表情は曇ってはいない。

むしろあの騒動の際よりかは晴れやかに見える。


あえて挙げるのなら負けてしまったことを仲間に少々申し訳ないと思っている、と言ったところか。


「……そうか」


ふぅ……

そうは言ってもオルトさんは仲間想いでもあると聞く。


それが過去、同じくユウさんに助けてもらった他の5人の内の一人のアルセスであれば余計に彼女はその言葉に耳を傾けるのだろう。


さっきのウォーレイさんの事についてもそうだったし、基本はいい人なんだろう。

良かった、分かってもらえて。


じゃあ俺はこれで……



「しかし!!」



カイトはまわりこまれてしまった!!



「私が貴様を認めたという事にはならん!! ただ単に運が良かっただけかもしれんしな!!」



え~何だよ、そんなこと言い出したらもうきり無いじゃん……


はぁ……


「ふんっ、そんなダサい全身鎧で着飾って、余程自分の容姿に自信が無いと見える! 元騎士だったと聞いたが、とんだ腑抜けものだな。さては貴様……友達もいないんじゃないか?」




オルトは連続口撃した。

カイトに痛恨の一撃!!

カイトに痛恨の一撃!!




~カイトは全滅してしまった……~





「ちょっと、オルトさん!!」


返事が無い、ただの屍のような俺を余所に、更なる来訪者が……


「ん? おおう、シキか。どうした? こんなところに」


シキはザ〇リクをつかった!!


『おお、カイトよ、死んでしまうとは情けない』


すいません、シキさん……


「『こんなところに』は私のセリフです。あなたは試験官でも何でも無いでしょう? 何故試験会場に?」

「そんなことか。私はユウの代理として、この第10師団を適切に導かなければならない。ユウが戻ってきた時にユウに顔向けできるよう頑張らねば……」

「だからと言って、適正に行われた試験を受け、それで受かった方にいちゃもんをつけていては私達隊長の信用問題にもなります。それに、ユウは―」

「ん? ユウが、どうした?」

「……いえ、ユウが戻ってきた時に胸を張れるよう頑張ることについては同意しますが、それなのに受かった方にあれこれ文句をつけるのはやはり不適切ではないかと」

「ふむ、私もシキの言う事には一理あると思うが?」


シキさんの言葉に便乗して、控えていたウォーレイさんも意見を述べる。


「お前が言いたいことも分からないでは無い。でもな、オルト、一番大事なのはユウがいないからこそ今が踏ん張りどころだということだ。問題を自分達から呼び寄せるのは好ましくない。それに……」


そこでウォーレイさんは声を抑えてオルトさんと、シキさんだけに聞える大きさで囁く。




「騎士団単体の話以外にも、私達が下手ばかり打っていると、ディール氏の心情も悪くなる。騎士でなくなってもユウといられる可能性は残されているが、ディール氏の機嫌を完全に損ねればそれ即ち……」

「最悪、ユウと一緒にいられなくなる……」

「そういうことです、オルトさん」




何を話していたのかまでは聞き取れないが、シキさんとウォーレイさんが二人がかりで説得を試みていた模様。

だがそれでもオルトさんを完全に納得させるには至っていない様子だ。


彼女の顔が苦々しいものとなっている。

色々と葛藤があるのだろう。


ふむ、それなら俺からも……



「なあ、一ついいか?」

「何でしょう?」


シキさんが応対してくれる。


「何も、いきなり一生雇用するかどうかみたいなことまで決めてくれなくても俺は構わないぜ? さっき試験官さんにも言ったように、アンタ達第10師団の事情もある程度知ってるつもりだしな」

「えっ!?」

「ふむ……」

「……どういう、つもりだ」


別に俺はSランク冒険者を探すことが目的だし、一生この師団に居座るつもりは無い。

あくまでユウさんの代わりに一時的にこの師団に入り、そしてヨミさんを探す。


それに何より周りが女性しかいない職場なんて息が詰まる。

ただでさえ集団生活なんてボッチ生活が長い俺には堪えるのだ。


ハーレムでいいじゃん、と言う感想が出てくるのは何もすることが無くて周りが女性だらけだと言う場合に限るのだ。

……俺にはやることが有る。


更に言うなら、自分に好意的な女の子ならまだしも、こうやって俺を好ましく思っていない人の方がここではハッキリ言って多数を占めるだろう。

そんな空間で何を楽しめと言うのだ。


どちらにしろヨミさんを探し終えたらここを去るのだ。

こうやって俺にとっては何ともないことを、こっちは譲歩してるんだぞというバーター的な手札として出しておこう。


こういうのも今後交渉事を行う上で必要になってくるだろうからな、慣れておくに越したことは無い。



「どうもこうも、言ったままだなんだがな……一応試験には受かったがアンタ達が俺をあまり好ましく思ってないってことも理解できる。だから一応こっちとしては譲歩しようって話なんだが」

「…………」


オルトさんは俺の真意を図っているかのように頭のてっぺんからつま先までをじっくりと見つめて……


「ふんっ、貴様に乗せられているようで癪だが……―いいだろう」

「な!? オルトさん!!」

「…………」


彼女の回答に勿論シキさんとしては驚愕の色を隠せない。

一方でウォーレイさんはと言うと、彼女と俺を交互に見て、癖なのか、その豊満な胸を抱くようにして組んだ腕の片方を上げて、考え込む素振りをする。


「マーシュ、と言ったな」

「ああ」

「2週間だ。2週間以内に私達を納得させるだけの成果を上げろ。そうすれば貴様を認めてやる」

「2週間か……成果って言うが、どんなものでもいいのか?」

「ああ。私を含めた5人の隊長を納得させられるだけの成果なら内容は問わん」


1番隊~5番隊までの5人全員……

つまりユウさんに助けてもらった元奴隷の人みんなが納得できる成果、か。


……ん?

そこに突っ伏してる12番隊隊長のミレアは……



「貴様は12番隊に入り、2週間以内に私達を納得させるだけの成果を上げる……それが条件でいいな?」


ああ、成程。

俺が入る隊の隊長だからそこは含めないってことね。


「ああ、それで構わん」



そうして俺は、12番隊へと条件付きで、仮の入隊を許されたのだった。


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