表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

151/189

化物、ねぇ……

1つ目のパーティーの試験が始まると、先ず剣士のあんちゃんがアルセスに切りかかった。

槍使いがその攻撃を活かすべく剣士のあんちゃんとは逆の方を突いて攻める。


大盾のオッサンはエルフの前に立ち塞がって魔法の詠唱をサポートする。


実に良い攻めだ。

今日出会いたてであるにも拘らず連携も上手いことこなしている。

それだけで彼等一人一人が練達した戦士だという事が伝わってくる。


このフォーメーションもかなり有効に機能するだろう。



……相手がアルセスでなければ。



アルセスは鋭い槍の突きをその大きな瞳で見切り、最小限の動きで躱しただけにとどまらず、自分の右に過ぎ去ろうとしているその槍を逃さず掴む。

そして掴んだその片手だけで槍使いごと持ち上げ、反対側から襲い掛かってきた剣士に投げてぶつけた。


その光景だけを見ると、重力が仕事をしていないかのような錯覚に陥りそうになるが実際はなんてことは無い。


ただアルセスが力任せに人ごと持ち上げ、攻撃の構えのみで、まさか仲間が飛んでくるとは想定していなかった剣士にその仲間を横から衝突させただけ。


そして折り重なった二人を纏めて片付けるべく、祈るように握り合わせた両の手をハンマーのようにして叩きつける。


衝撃は人1人分では到底軽減できるものでは無く、剣士のあんちゃんも、槍使いも同じく意識を根こそぎ持って行かれたようだ。



盾の横から顔を出して事態を見ていたオッサンは一瞬驚きの表情を浮かべるも慌てず、冷静に対処しようと努める。


詠唱を阻止しようと走ってきたアルセスを止めるべくオッサンは盾を武器として彼女を殴りつける。

アルセスはそれに右拳で対抗。


……結果は唖然とするしかないものだった。


アルセスよりも体が何回りも大きいようなオッサンが、大盾ごと吹っ飛ばされたのだ。

自然の原理をひっくり返したのかと疑いたくなるような光景そのものだが、原理は何一つ俺達を裏切っていない。


単にアルセスの力が、盾の体重も乗せたオッサンの攻撃よりも強かっただけ。


そして、守りを失ったエルフは詠唱の中断を余儀なくされ、ナイフなどで抵抗するも前衛が勝てないのに彼がどうこうできるはずも無く、1つ目のパーティーはアルセスに完敗を期す。


……マジか。

大のオッサン4人が、武器を装備したのにも拘らず自分の子供と同じか、それよりも小さな女の子に敗れた……


俺と同趣旨の感想を抱いたのだろう、2つ目のパーティーは即座に俺の横で緊急の作戦会議を開く。


どうやら彼等はあの最初の大剣のデモンストレーションが心理戦か何かの類だと勘ぐったらしく、今の1つ目のパーティーの惨敗もあって大剣アルセスと戦闘することを選択しようという結論に。



審判役の女性騎士が倒れている者を段上から下ろし、横一列に寝かせる。

2つ目のパーティーはその作業が終わるのを見計らってアルセスに大剣を持って戦ってもらう旨を伝えた。


アルセスは了承し、置いてある大剣を拾い直してまた段上に上がり直す。


軽そうにヒョイと大剣を持ち上げる彼女の表情は無理をしている風には見えない。


……あれで演技ならアカデミー賞ものだな。



2つ目のパーティーもアルセスに続き、準備を整えて段上に。


今度は全員が全員とも短剣とナイフをありったけ装備して臨むようだ。

4人中1人は体がゴツゴツした、とてもじゃないが機敏な動きができなそうな者もいるが、一体どうするのだろう……



俺のその疑問は試験開始後直ぐに解消されることになった。


2つ目のパーティーは正方形をした石畳上のバトルスペースを上手く活用するために4人が四隅に分散し、そしてそこから中央に立っているアルセス目がけて短剣やナイフを投擲し始めた。


4人が投げた武器はその全てが正確にアルセスに向かって進んで行く。


成程……

アルセスの圧倒的なまでの力に対抗できないなら、無理に対抗しようとせずその力から距離を取る……


そう言う冷静な判断力などは俺も見習わねば……


だがしかし、彼等に感心している俺を嘲笑うかのごとく、アルセスはその悉くに対処して見せた。


と言っても、アルセスは特段奇怪なことをしたわけでは無い。

ただ力いっぱいに、その手に持っている大剣を自分の足元に叩きつけた。


すると、先の一件以上の轟音を会場内に響かせ、アルセスを中心とした衝撃波が円となって、まるで石を投じた際の水面のようにその衝撃の輪が広がって行く。


衝撃と投擲された武器とがぶつかり、その全てがアルセスに到達する前に撃ち落とされる。


更に衝撃はその投擲の威力を上回っており、その余波が四隅にいた彼等を襲った。

何とか残っていた武器を地に打ち立ててそれらを防ぎきる。


段の下で見学している俺にもそれは風となって鎧の前掛けをなびかせる。

これは……


急いでアルセスのスキルを鑑定し直す。




衝撃刃ショックブレード:武器を用いる際、力を爆発させて衝撃を飛ばせるようになる。その威力はSTR(筋力)に依存し、STR(筋力)が170を超える場合には衝撃の形状を自由に調整できるようになる。




衝撃刃ショックブレード』……やっぱりこれか。

アルセスは大剣を使っているんだ、スキルの条件は満たす。


とは言うものの、俺は鑑定でその正体が分かっているので動揺せずに済んでいるが、今彼女と戦っている彼等はそうはいかない。


直ぐに立て直して投擲を再開したその対処能力は評価できるが、それもまた同じようにアルセスの衝撃波によって防がれてしまう。


そして、攻撃が止んだ隙を見逃さずに、アルセスは先ず一番素早そうな男に目をつけて走り寄る。


やはり大剣の重みがあるからか、アルセスの動きはお世辞にも機敏だとは言えないが、それでも一般的な冒険者のそれと同じくらいには動けている。


力だけならクレイとタメを張れる位にアルセスはパワーもある。

まあクレイはそれに加えて防御力も素早さもある。


……そうは言っても力だけでも十分に戦えることは今目の前で証明されているのだが。


アルセスが迫ってきたことに男は事前に決まっていたのだろうか、慌てずに彼女から離れるべく逃げ始める。


だが、アルセスは自分の小柄な体よりも二回り以上もの大きさを持つ大剣を振う。

それはまるで、自分のリーチの短さを補うかのように、獲物を逃がすまいと迫る蛇のように、男に襲い掛かる。


そしてその大剣が彼に牙をむいた時には、蛇なんて表現は生温い事態が起こり、俺は目を剥かれることに。


男は象に体当たりでもされたかの如く宙を舞い、壁に衝突……したかと思うと、壁まで打ち破り外に放り出される。



……なんて一撃だ、壁が一切の役割を果たせていない……



そして次に標的にされた少し前屈みの男には、アルセスが放った刃状の衝撃が直撃する。


今度は壁に叩きつけられるだけで済んだ……と言っていいのかは分からないが兎に角それで二人目がお陀仏。


3人目の犠牲者は一番ガタイが良かったオッサン。


先の二人を見ても冷静さを欠かずに抵抗しようとしたことは称賛されるべきことだろうが、そもそも力比べがダメだと言うことで4人が四隅から離れて攻撃しよう、となったはず。


だがオッサンはアルセスが大剣の側面で叩きつけようとしてきた時、避けずにそのゴツく逞しい両腕で防ごうとしてしまった。


結果はもう既に分かり切ったことで、アルセスがフェイクから切り替え、斜め下から切り上げるかのように大剣の側面をオッサンに叩きつけると、人間花火の出来上がり。


オッサンは天井までひとっ跳びして突き刺さる。

その後に落ちてきたのはオッサンでは無く、オッサンが突き刺さった衝撃によりできた天井の砂礫。


最後の4人目は投げるための武器が底をついて、アルセスの衝撃の波状攻撃の前になすすべなく吹っ飛ばされ、これまた壁に突き刺さることに。


……こっちはまだ突き刺さった先が試験会場の側面なだけマシ、か。


言葉が出ないとはこのことを言うのだろう。

言葉通り圧倒的な力を目の当たりにした時、人はもう何も言う事が出来ない。


会場全てが、目の前で起こった事態を自分の中で消化できずにいた。


「試験を見よ」と提案した、女性側の試験官であるミレアでさえ言葉を失っている。


事前にアルセスの戦いを見たことが有るかは措くとしても、それだけ凄かったということだ。



一方俺はと言うと、そのショックを比較的受けないで済んでいる。


やはり『クレイ』を知っていたという事と、予めアルセスについての情報を持っていたという事が大きいだろう。


俺は今目の前の事実から目を逸らさず、この先どうやって彼女を攻略するかを考え始める。


正直『谷本海翔』の能力である『無詠唱』と魔法を組み合わせれば逃げながら何とかやり合えるという算段は付く。


だが『マーシュ・マッケロー』は『火魔法』しか使えないという情報をディールさんから貰っている(農家の出なんだから『土魔法』も覚えてろよ、と思うのは俺の我儘か)。


ただでさえ魔法を使える人族は多くは無いのだ、これに加えてポンポン『マーシュ』の同一性を疑わせる事情を付け足していくのは……


……とすると、『マーシュ』が使ってもおかしくないスキル、それかスキルだとバレないよう偽る、か……


自分のスキルを『鑑定』を使って一から見直している、その時だった。


アルセスが補佐役の騎士たちに壁に刺さったオッサンたちを回収し、寝かせるよう指示している折、アルセスの戦いぶりを見ていた女性側の志願者の中に


「……ばけ……ものだ」

「なによ……あれ。あれが同じ、人間?」

「騎士って……皆、あんなおっかなくないと、いけないの?」


と何やらざわめき出す者達が。

そのざわめきは直ぐに周りの者達にも波及し、それはアルセスの戦闘の際の静謐とは打って変わって会場内を包み込む。


中には大人の女性もいるだろうに、それを嗜めるなんてことはしない。

最早アルセスの存在に疑問を投げかけるのに少女大人という括りは関係なくなっているのだ。


おいおい、女の子一人相手に……

しかも彼女が『モンスターとのハーフ』だという事実を知らないでこれって……


アルセスは背を向けていて俺の位置からその表情は窺えない。

……窺えないが、少なくとも楽しそうにはしていないだろうな。


ただでさえ小さい体が更に小さくなったかのように映る。


これじゃあユウさんやシキさんが懸念していた通り……


「……そこと、そこと、そちら。えーっと、それからそこの方々。―もう試験は結構です。お帰り下さいまし」


俺が動こうと考えていたその矢先、女性側の試験官―12番隊隊長でもあるミレアが突如として受験者の一部にそう宣告する。


「……なっ、何ですか!?」

「そ、そうです!!いきなり……」


ミレアに告げられた受験者は一瞬反応できずにいたが、勿論そうして反発を示す。

だが、ミレアはそんなことでは動じない。


「……理由、ですか。そんなもの、あなた達が騎士に相応しくないからですわ」

「ど、どう言う事です!!」

「あなた方にアルセスさんの試験を見るよう言ったのは彼女の戦いぶりから多くを学びとってもらいたいがため、ですってよ?それがなんです、『化物』だのと言って震え、怯え……」

「で、ですが!!あの戦いを見た後―」

「圧倒的だった……それはわたくしも認めましょう。アルセスさんはとても素晴らしいお力をお持ちです。羨ましい、とさえ思う位です。……ですが、もし、仮にアルセスさんのような力を持った敵が現れた時、どうするのですか?」

「……え?」

「それ、は……」


質問の意図が分からず言葉に詰まる者もいる中、ミレアは容赦しない。

尚も言葉を続けて行く。


「……わたくしたち騎士は、どんな敵が現れようと、臆せず、立ち向かわなければいけません。確かに時には敵わない相手とあれば退却を余儀なくされることも有ります。―ですが、それは次に繋げるための意味のある退却であって、少なくとも、相手を『化物だ』と結論付け、思考放棄をしていいということではありませんわ!!」


ミレアは持論を貫き続ける。

この場では確かに彼女の言には力や正義が宿っている。


頷ける部分もあるにはあるんだが……


「あなた達は相手が強かったり、圧倒的だったら『化物』だとして考えるのを止め、戦う事を放棄する人に、自分の大切な人を守って欲しいと思えますか?―わたくしは無理ですわ」

「「「…………」」」

「まだ最後まであきらめずに、アルセスさんに立ち向かったあのおじ様方の方が信頼に足ると、わたくしは思います。―そう言うわけで、今わたくしの把握し得る範囲で、騎士の素質が無いと判断した方々はお帰り下さいな」



彼女の言葉に反論できないことを自分でも認めたんだろう、指摘された女性受験者達はトボトボと帰路に着いた。




……ミレアの言葉は確かに正論だ。

ミレア自身凛として、自信を持ってその持論を貫いている。



彼女なりの正義がそこにはあるのだと聴いている俺にも伝わってきた。

ある意味では俺が出る前に事態を収拾してくれた彼女に称賛を送りたい……だが、だ。


彼女の論理は確かに正論ではあるのだが、よくよく考えるとそれはアルセスのためのものではない。

つまり、アルセスが『化物』だと言われたことについては何のフォローも無いのだ。


このままでは、アルセス一人が傷ついたまま試験が終わりに向かってしまう。


「……では、最後になりまし、たが、『マーシュ』さん。試験を、始めます」


背を向けていたアルセスが振り返って俺を呼ぶ。

その表情は当然と言えば当然だが楽しそうなものでは無かった。


瞳を潤ませ、握り拳は振るえ、だがそれをギュッと握りしめて何とか耐えているように俺には映った。


……当たり前だ、この幼さで今の状況を何ともないと感じる方が異常なんだ。



何とかしなければ……


だがそもそも試験でどうやってアルセスを打ち破るかもまだ定まっていないんだ。

もし下手すると、俺までアルセスが化物呼ばわりされる手助けをしてしまうことになる。

……だから、どうあっても、何が何でも負けるわけにはいかないという事だけはハッキリしている。


けど実際はどうだ?

あんな強力な力を持った騎士を相手に……


今迄散々ディールさんが操るハイ・スケルトンと訓練してきたのに、こんなことじゃ……




……ん?『ハイ・スケルトン』……






…………そうだよ、相手は『生者』なんだ。

何度も何度も蘇ったり、ディールさんが操ることで状態異常が無意味となることも無いんだよ!


……すっかり忘れてた。

でもそれなら考えはあるっちゃある。




とすると……忠告してくれたシキさんには申し訳ないが、あの忠告を最大限逆に(・・)利用させてもらおうか。





「ちょいと待ってくれ、試験官さんよ」


段上にて俺を待ち構えるアルセスを余所に、俺はミレア相手に先ずはぶつかることに。



「……ミレア、だっけか?さっきのご高説、確かにその通りだ。騎士の何たるかがよぉ~く分かる、有り難いお話だったよ」


俺の胡散臭そうな語りかけにミレアは眉をひそめて怪訝がる。


「……それは当り前ですわ。わたくしは騎士として―」

「だが!!」

「なっ!!」


話の途中で俺に遮られたのがイラッと来たのか、ミレアはそれを前面に出してくる。

だがこんなことで怯むわけにはいかない。


「あんたら、そもそも前提を間違っちゃいないか?」

「……どういうことです?わたくしは何も……」

「あんたらの理屈は相手が同列、つまり一緒の土俵に立っている奴相手に初めて成り立つんだ」

「ですから、それの何がおかしくって!?」

「そこから抜け出せねぇからアンタ等はこの試験官さんの足元にもおよばねぇし、そして……」


親指を立てて後ろにいるアルセスを指した後、皆で横たわっている8人のオッサンに視線を移す。


「大の大人が8人揃ってボロ負けしやがるんだ」

「な!?立派に戦った勇敢な戦士たちを侮辱……」


俺の発言がミレアの琴線に触れたのだろう、オッサンたちを庇おうとしたように見える。

が、オッサンたちには申し訳ないがここは……


「はんっ!!立派に?勇敢?そんなもの、勝たなければ意味ねぇンだよ。アンタだって御大層に言ったじゃねぇか。『大切な人を守って欲しいか』ってな」

「それは、ですから―」

「俺は、そもそも勇敢やら何やらとのたまって勝てないような奴よりかは、どう足掻いたとしても、勝って大切な奴を守ってくれる奴に任せたいね」

「ぐっ、それ、は……」


ミレアの口から言葉が出てくる前に、決着を早めるべく俺は次々に言葉を紡いでいく。


「あのオッサン共も良く戦ったとは思うが、どいつもこいつも、そもそも試験官がどういう奴かを見誤るから勝てねぇンだ」


そして振り返ってアルセスに向き直り、その顔を見つめながら独白を続ける。


「『化物』?『人間じゃない』?―はんっ!!バカ言っちゃいけねぇ。どっからどう見ても幼くて可愛らしいただの女の子だ。それを『騎士』だから、もっと言えばその『隊長』・『試験官』だから、と対等に戦おうとしたのがそこに寝転がってるオッサン共の敗因だ」


本来なら俺もオッサンたちの戦い方を認め、手離しで称賛するだろう。

それだけ彼等の動きは熟練して、連携もきちんとできていた。


だが、今回に限って言えば、ここでそれを認めてしまうとアルセスが『化物』だという論理へと結びついてしまう。

……言わばこれは虚構だ。


アルセス一人のためだけに淡々と口から偽りを述べているんだ。


だから、後は自分のこれから言う事が真実だと信じさせるために……



「大人の余裕があれば、あんなチビッ子、どうと言うことも無い。―ポカーンとしているアンタ等に教えてやるよ。……俺は試験官さんをただの子供だと侮りまくっている。もっと言うなら何故こんなお人形みたいな可愛らしい子供相手にアンタらがビビりまくっているのか理解ができない」

「あなた……本気で、おっしゃって……」

「ああ、本気だ。何なら……そうだな、一つ予言してやろう。―試験官さんは大人の余裕溢れる俺に手も足も出ず即座に敗北し、そして大人の凄さを実感することになるだろう」

「…………」


ふむ、我ながら結構ペテンだ。

占いだってもう少し具体的に言うのかもしれないしな。


さて……


ミレアを黙らせたはいいが、アルセス本人はっと……


「そ、その……」


顔を紅潮させて何かを言いかけては黙ってを繰り返している。


本人自身をもバカにするような言い方をしたので、アルセスが俺を目の敵に、というシナリオも想定していたのだが、どうやら怒っている訳ではなさそうだ。


なら……


「悪かったな。待たせちまって。―さ、始めようぜ、試験を」


俺が段上に上がったのを確認し、アルセスは居住まいを正して、俺に尋ねてくる。


「……始める、前に聴いておきます。大剣はどう、しますか?」

「あれだけの大見得を切ったんだ。どっちでも……いや、やっぱり折角だから選ばせてもらうか。じゃあ―強い方で」

「……それも、大人の……余裕です、か?」

「ああ。むしろ強い方できてもらわないと、後で言い訳されても困るからな」


そう言い切った後、アルセスは暫くの間俺を見つめて「……分かり、ました」と呟いて大剣を手に取る。


……なるほどね。



「……マーシュ、さんは、武器は……」

「ん?子供相手に武器なんて持つ方がおかしいだろう。素手で十分だ。素手で」


本当は丸腰はとても心細い。

簡単に俺の骨などお陀仏にしてくれるであろう相手に、武器を持つ持たないでは通用するしないに関わらず心の持ちようが違う。


でも、だからこそ持たない。

圧倒的不利な状態で勝たないと意味が無いからな。


……まっ、厳密に言えば武器の有無は俺に限らず、アルセスにとってもこの勝敗を左右する事情では無いのだが。



そんな俺の横柄とも取れる態度をアルセスはどう取ったのか、それは分からないまま試験に入る。


「……では、始め!!」



審判役が開始の合図を告げたと同時に、俺は『マーシュ』が唯一使える魔法―火魔法の慣れない詠唱を始める。

勿論、それを阻止すべくアルセスは大剣を持って俺に突っ込んでくる。


……2つ目のパーティーのオッサンたちを壊滅させたあのスキルを使ってこないと言うのは色々と考えられるが……ハッタリの俺の大人の余裕が上手いこと機能した、かな?


だが、その表情は落胆の色が露わになっており、子供がこんな表情をするのかと疑いたくなる位に険しくなる。


「何も……違わ、ない」


切りかかってきたアルセスが小さくそれだけつぶやく。


アルセス……


俺は計画通り、近づいてきたアルセスを確認し、詠唱を中断。

そして……


「違わない?はんっ!俺を他の有象無象と一緒にすんな。俺が違うってとこ、しっかり感じろ!!――グァルァァァ!!」

「っ!?」


アルセスの右手から、大剣が離れる。

そして、また彼女がここに現れた時のように大きな音を響かせるが、今回は先のそれとは異なる状況がある。


……その持ち主であるアルセス自身が意図して落としたわけでは無い、という事だ。


俺の『契約恩恵(主人)』、【従者一覧】のカエンの欄。


『獣王の雄叫び』を使ったのだ。



獣王の雄叫び:自分よりレベルの低い相手に対し、レベル×1.5倍のMPを使って獣王の咆哮を浴びせ、レベル差の秒数だけ恐怖・萎縮状態にすることができる。

咆哮は複数にも及ぶ。



今この場で、レンを除く全員に咆哮を波及させた。

全員がこの効果を受けている。


勿論大人の余裕で押し通すつもりだが、『偽装』の何らかのミスなど、最悪の場合が重なったとしても、鑑定を使わなければ『獣王の雄叫び』まではたどり着けないのでマーシュのスキルだと思われる可能性は極力まで下げたはず。


目の前で大剣を落としたアルセスの体は震え、だがその自分の体を抱きしめることすらできずただ立ち尽くしたままでいる。


俺はそのアルセスの首筋に手刀を真似て寸止めする。


「……これが、大人の余裕だ。アンタ達は俺が放つ雰囲気に飲まれたんだよ―さ、これで俺の勝ち、だな」


時間が経過したのだろう、アルセスの震えは止み、答えてくれる。


「……は、い。実戦であれば、今ので、わた、しは、やられていました。……私の、負け、です」


ふぃ~……良かった。

厳密に言えばアルセスが負けを認めてくれなかったら勝利条件は満たして無かったんだよなぁ……



まあそれはいいんだが、そう答えてくれたアルセスの表情は晴れない。


『化物』という事を否定して上げれたのはいいが、ライルさん流をお借りするなら『お前は化物なんかじゃない!!』と言ったような、直接彼女の感情に訴えかけるようなことはしていないからな……


……結構うまいこと言ったのだが、もう一歩足りない、ってところか。


あと一つ…………何か、彼女にしてあげられること……


~アルは親子連れを見ると立ち止まって見つめることが多い~


……ユウさんとシキさんと話した内容が、ふと頭をかすめた。


意識の底に沈んでいたそれが、何故か今、本当にふと……



……なるほど。『親子』か。

よし……


「ちょいちょい、試験官さん、後ろ向きな」

「……え?」


自分でも唐突だとは思うが今、この子に何かしてあげられるのなら、これ位しかないだろうしな……


「あれだ、素直に負けを認められる良い子には、俺からもう一つしてやることがある」

「……それ、も、大人の、余裕です、か?」

「ああ。大人の余裕だ」

「……わか、り、ました」


完全に納得してくれたわけでは無いが、アルセスは俺に背を向けてくれる。

それを確認し、俺は姿勢を低くしてアルセスのまだ成長真っ盛りな短く細い両足に頭を通す。


「うぇ!?」


アルセスからはそんな声にならないような声が漏れ出る。


「しっかり掴まっとけよ!!―そらっ」

「えっ!?な、なに……」


アルセスの足をちゃんと掴んでいることも確認し、俺は勢いよく立ち上がる。



要するに肩車だ。



親子と言ったらこれだからな。

『マーシュ』が俺よりも年上であることを最大限に利用させてもらう。


そして紳士諸君、安心して欲しい。

俺は今全身鎧で、一切やましい気持ちなどは存在しない。

アルセスを楽しませること以外目的としていないのだ。


アルセスの幼女感溢れる、白くてまだ成長しきっていない細い生足が首筋にあるからと言って、俺が得することは一切ないから安心してくれるといい。



「ちょ、ちょっと!!いきなり何を!?」



本当にいきなりだったからな。

こうなるのも無理はない。


「ただの肩車だ。子供なんだから、黙ってそこから見える景色を楽しんどけばいいんだよ」

「で、でも!!」

「……力が強かろうが騎士だろうが俺からしたら、子供に変わりはねぇんだよ。今迄は居心地が決していいとは言えなかったかもしれないが、もうこれからは違う」

「…………え?」

「第10師団の総隊長さんが今いないんだろう?」

「……は、はい。ユウ、とっても、大切、なん、です」


ユウさんの話を出した途端明らかにアルセスのテンションはダウン。

……ユウさんやシキさんと話した時とは逆、か。


本当に、お互いがお互いを大切に想っているからこそ、なんだろうな……


「じゃあ忙しい時期なんだろう?さっきお前が倒したオッサン8人よりかは役に立つ大人の男手も手に入ったんだ。―大人を頼れ。別にこうして肩車をして欲しいでもいいし、つまらないような我儘でも構わん。何なら父親代わりをしても構わんぞ?」

「それって……」

「……この師団のある程度の事情は聞き及んでる。お前にそうしてやれる大人の男がいなかった今迄がおかしかったんだ。お前みたいな可愛らしい女の子1人を寄ってたかって『化物』だなんて言わせないためにも……俺を頼れ」

「マー……シュ、さん」

「……マーシュでいい。それと、敬語もいらん」

「……う、ん。うん、うん、うん……マーシュ……あり、がとう……」


俺の頭と首辺りに、アルセスがしがみ付く力が強まったのを感じる。

だが、兜・鎧のおかげで締まったりすることは無い。

……こんなところで話を元に戻したくは無いからな。


「あり……がとう、マーシュ……『子供だ』って、『女の子』だって、言って、もらって、とっても、嬉し、かったよ……」


アルセスは「ありがとう……」と言い続ける。

自分の顔が兜で覆われていること、そしてアルセスがその頭上にいるという事もあって彼女の表情を窺う事は出来ない。


だが、少なくとも、鎧にポタポタと落ちてくる滴が、間違った道を歩んではいないのだという事だけは確かだな……


皆さん、幼女には優しくしましょう!!

幼女に優しくない展開反対!!

幼女・可愛いは正義!!


幼女ばんざーい!!


……って言う活動を自分がしている夢を、『幼女に優しくない』というタグがついているアニメを見た次の日に見ました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ