おいおい……
アルセスと呼ばれた女の子は既定の騎士の鎧では大きさが合わないのだろう、ミレアとは多少作りが違う鎧を身に纏っていた。
ガントレットや肩当、胸に付いた紋章自体は異ならないものの、胴周りや彼女が持ってきた武器など、細やかに目を配らせて見てみるとやはり彼女自身に合わせて作られたと窺われるものが散見される。
それは単に子供用に作ったおもちゃみたいなちゃっちいものではない。
軽装ながらも騎士としての威厳を保つようになっている。
ニョロリと伸びた薄桃色の髪は後ろでは三つ編みにして束ねられ、一方サイドでは伸びるままに任せている。
背丈はレンよりも低く、エフィーと競うぐらいの高さだ。
全体として小さな彼女の体とは反対に、彼女が背負っている大剣は勿論のこと、パチリと開いた大きな翡翠の双眼はとても印象的だ。
そしてより印象深いのは何と言ってもその頭部にある耳。
獣とも、人のものとも言い切れない、丸さと角張った中間のような形をしている。
ふぅむ、これはまた……
~回想~
「……4番隊隊長をしているのはアル―アルセスです」
「『アル』って言うのは愛称でね、僕達は皆そう呼んでるんだ……」
皆と言うのは恐らくユウさんが助け出した6人の内、本人を除く人たちのこと、かな?
だが愛称なんて雰囲気が柔らかな話とは異なり、二人の様子は明るいものとは程遠い。
『アルセス』という子の話になった途端これだ。
……あまり楽しい話にはならなさそうだな。
その予想が外れてくれることは無く、シキさんは悲しそうな視線をユウさんに向ける。
そしてそれを受けたユウさんは静かに、ゆっくりと頷き返す。
「……タニモトさん、私達がユウに助けてもらったという事はご存じだと思います」
「はい。そこはディールさんからもご説明頂きましたので」
「ユウが助けてくれる以前、私達は奴隷でした。自分で言うとあまり説得力が無いのかもしれませんが奴隷であった時はそれ相応に酷い人生―いえ、奴隷として生きていましたから人としてとなると、生きてすらいませんでしたかね」
「シキ……」
「シキさん……」
「二人とも、そんな顔しないで下さい。この通り、ユウのおかげで今はこうして人として生きることができていますから。ね?それに、今はアルの話です」
「シキ……うん」
「……はい。続けて下さい」
「分かりました。……それで、それぞれまあ辛い過去を持っている訳なんですが、一応私達も自分の過去と向き合えるくらいには年も重ねています。ただ……アルは、私達の中でも一番年が低くてですね、それに根にある問題もまた複雑なんです」
これまでシキさん自身を始め、色々な人の話を聴いたが二人の醸し出す暗い雰囲気からすると、このアルセスと言う子についてはやはり一筋縄ではいかないのだろう……
「アルはね、とっても力持ちなんだ!……いつも僕達では難しい岩を動かすことだったり、大型モンスターを倒す先頭を切ってくれるんだ。それにとっても優しい子で……」
「一番幼くて、それでいて一番の力持ち、ですか……」
「うん。……僕達はそれがとっても素敵な、アルの個性だと思うんだけどね」
「……そこに何か問題でも?」
そこの部分でユウさんの歯切れがあまり良くないことからして恐らく問題の根源はここだろうな。
俺の質問を受け、しかしユウさんはその表情を崩さない。
それどころか更に険しいものへと変わって行く。
そして今度はユウさんがシキさんへと問いかけの視線を投げかけ、それにシキさんが答えて頷く。
「……あのね、カイト君。僕がこれから話すことを聴いても……アルのこと、誤解しないであげて欲しいんだ」
「誤解……ですか」
「はい。あの子はそのことで、今まで幾度となく誤解され、傷ついてきましたから……」
……『力が強いこと』で受けた誤解、か。
まあその手のことはこの世界に来る前から知識としては頭の中に入っている。
俺に対処できるものであればいいんだがな……
「そうですか……分かりました」
「……アルは、ドワーフとモンスターのハーフなんです」
「……ハーフ、ですか」
「はい。モンスターの方の血統はでき得る限り調べた結果『だろう』としか言えませんが、とても凶暴な―グランベアーと言うんです。恐らくそれとの……」
「……そうですか。半分モンスターのお子さんであると断定できる根拠をお聴きしても?」
「それは……あの子の出自自体を示すものは無いんですが、あの子はドワーフの子だという事で鍛冶ができるんですが、武器が一種類しか使えないんです。それも、普通ドワーフが使うようなハンマーなどでは無く」
「武器が一種類しか使えない?それは……何か器用さとかの話ですか?」
「そうですね。鍛冶が徒弟で言う親方レベルでできるという事や、耳の形、それに背丈なんかもあの子がドワーフの子であることの証左だと思うんですが……」
「……それで?」
「逆に、器用であるはずのドワーフの子が武器を一種しか使えないと言うのは、ドワーフの子であるあの子の耳が少々丸みを帯びていることや、破壊的なまでのあの子の力の強さと併せてより説明的なんだと思います」
「一般的にモンスターの方が人より力は強い、一方でその分道具を扱えるような器用さが無い、です
か……」
確かに一見筋は通ってるな。
ただメンデルさんが調べたみたいな遺伝の法則上凡そ反証可能性が無い、というようなものでは無さそうだ。
まあアルセスとの付き合いが長いシキさん達がそう言っている以上、新たな情報が入らない限りは既存の情報を元に考えるべきだろう。
それはそうと、俺もドワーフ自体は幾度か目にしたことはある。
まあどれもこれも男性だった事例ばかりで、よく描かれるような髭もじゃで、それでいて背丈が低いと言う典型的なドワーフしか見てこなかったが。
モンスターとのハーフだという事実は確かに驚くべきものではあるがハーフ自体はそこまで驚愕させられるものでもあるまい。
それこそ少しズレるかもしれないが元の世界ではハーフの芸能人など多数に及ぶし、この世界で言っても俺にはエフィーと言う大切な存在がいる。
だから、まあ誤解を受けるだろう事情と言うのは恐らくその後……つまり『モンスターとの』ハーフ、ってことと『過剰だと思われるほどの力の強さ』が主か。
元の世界での一般論は兎も角、この世界でのドワーフは確かに力が強い(器用であるという特徴の方が目立ってそこだけを特筆するということはあまり無いようだが)。
そしてベアー種(熊かな?)って言うんなら力が強いっていうのが一応のこの世界の冒険者としての知識だ。
シキさんが「凶暴だ」と言う『グランベアー』自体ベアー種の中でもトップクラスに危険なモンスターで、冒険者での推奨討伐ランクはAランク冒険者3人以上(これはあくまで最低の基準であり、3人で行ったら勝てるということを保証してくれるものではなく、むしろ3人はいないとほぼ確実に殺されることは保証してくれるものだ)。
……まあこの大陸では見かけないんだがね。
それがどうしてドワーフと生殖行為をするに至ったかは……仮説としても触れない方が良いだろう。
だが、そこを認めてあげないと進めないのなら『力が強い』ということも、『モンスターの子』だという事実も認めてあげればいい。
別に俺はモンスター娘でも行ける派だし、うちにはとてもお強い元魔王の手下までいる。
何も問題は無い。
……それにしても、こんな話をしていると、ライルさんと親友になったあの日を思い出す。
ライルさんも奴隷の従業員さん達の話をする前躊躇ってたよなぁ……
懐かしい……
「まあ、確かに初めて聞かされれば驚きはするでしょうが、個人的に言えばそこまで、ですかね」
「え?そこまでって……」
「むしろ私は逆に良いと思いますよ?―いいじゃないですか、ドワーフとベアーのハーフ。愛嬌があって可愛いと思いますけどね」
「カイト君……」
「タニモトさん……」
俺の言葉を受けた二人は目に涙を浮かべ、顔を綻ばせる。
……が、ユウさんは直ぐにその顔を引き締め直して俺に尋ねる。
「そ、その……カイト君、間違ってたらゴメンね?」
何故かユウさんの表情は優れない。
……何か間違えたか?
「……はい、何ですか?」
「カイト君は……その、小さい女の子と遊んだり、『お兄ちゃん』とか呼んでもらったりすることが好きな人……なのかな?」
「誰がロリコンですか」
ユウさんの懸念は確かに今の話の流れではもっともだがここはしっかり否定しておかないと後々いらぬ禍根となる。
否定されたユウさんは目をギュッとつぶって慌てて謝ってくれる。
「ゴ、ゴメン、カイト君!!僕、カイト君がアルのこと良く言ってくれたから凄く嬉しくって。で、でも、そこだけは確認しなきゃって、だ、だから……」
何だかあたふたとし出したユウさん。
見ているこちらとしてはほのぼのするが本人は必死なのだろう。
俺がどうこうする前に、シキさんがフォローに入る。
「ほら、ユウも落ち着いて下さい。―すいません、タニモトさん。ユウ本人も言っている通り、とても嬉しかったんですよ。アルのことをタニモトさんに認めて貰えて。ですよね、ユウ?」
「……う、うん……」
シキさんに抱きしめ、慰められているユウさんがひょこっと顔を出しては力なさ気に頷いてくれる。
何だこの小動物みたいな子……可愛い。
「ははっ、それは良かったです。……エフィーのことは知っていると思いますが、私の仲間にも一人ハーフの子がいるんです。ですから私にとって『ハーフ』だという事実はおかしなことではありませんし、更に言えばさっき申し上げた通りベアーとドワーフの子供なんてとても可愛らしいじゃないですか。『力が強い』という事とも合わせて立派な個性ですよ。早く会ってみたいものです」
「カイト君…………へ、へへ。良かった。本当に良かった……ね、シキ……」
「はい。そうですね、ユウ……」
俺がアルセスと言う女の子について誤解することは無いと分かり二人は安心したのだろう、それから二人でしばしの間喜びの言葉を交し合っていた。
あまり野暮なことはしまいと見守っていると、その際彼女達の目尻からは光るものが滲み出ているのが見てとれた。
……ふむ、後は本人に会ったときの対応をしっかりしないとな。
その後はアルセス自身の人柄について、話してもらった。
「アルはね、人見知りもするにはするけど、懐いてくれたらすっごく可愛いんだよ?ずっとぎゅ~ってしたくなるんだ!もう向けてくれる笑顔とか仕草とか全部が天使みたいでさ!」
「特にユウにベッタリですからね、アルは」
「へ~。流石ですね、ユウさん」
そう振ると、ユウさんは恥ずかしそうに赤く、小さくなる。
「ユウが人を惹き付けるものがあることは私も常々思っています。アルもだから一番にユウに懐いたんだと思いますよ?」
「う、う~ん、それ自体は嬉しいんだけど……」
「フフッ、諦めて下さい。―それで、話を戻しますが、アルは先ほど申したように親しい人以外とは積極的に関わろうとはしない嫌いがあります」
「確かにそうだね……カイト君にもアルとは仲良くしてもらいたいと思うんだけど、やっぱり第一印象は大事かな……」
「なるほど……具体的に彼女はどういったことが好きだとかってありますかね?」
それを知っていればその子へのアプローチもしやすい。
そう思って尋ねてみると予想とは違った方向の回答が返ってくる。
「そうですね……あの子の大好き、と言ったら何をおいても先ずユウですかね」
「シ、シキィ~」
「そんな頼りない声を出さないで下さい、ユウ。別に嘘でも何でも無いじゃないですか」
「そ、それは……」
シキさんの返答にユウさんは答えに窮する。
確かに予想外の答えではあったがこれはこれで一応俺にとっては参考にはなる。
「そうですか、ではユウさんのことを悪く言う人はまず間違いなく仲良くなれないでしょうね」
少し冗談混じりにそう言うとユウさんは涙目になって傍に控えている俺の胸元をポカポカ叩いてくる。
「も、もう、カイト君まで~!!」
「ユウに人望があることが分かっていいじゃないですか」
「今はアルのことを話してるの!!もう、何さ二人して……」
あらら、ちょっと拗ねちゃったかな?
そう言った時の対応もシキさんはお手の物で、直ぐに宥めすかして話の軌道を元に戻す。
ユウさんにもそれで機嫌を取り戻してもらい、『アルセスの好きなもの』との話に。
候補はかなり挙がった。
ユウさんは勿論、お菓子だったり、可愛い動物だったり、意外に勉強も好きだという。
どれもこれも一応準備できないことは無いかな(ユウさんは無理だよ?)。
かなり参考になったな……
そうして話が終わりに向かいかけたところで突然ユウさんが思い出したかのように語り始めた。
「……そう言えば、好きなもの、とはちょっと外れるかもしれないんだけどね、ウォーレイはよくアルの面倒を見ていたんだけど……」
「基本的に時間が空けばアルはユウの下へと駆けこんでくるんですが、ユウが仕事だったり忙しかったりするときはウォーレイさんが積極的にアルと一緒にいてくれたようです」
ウォーレイさん……確か2番隊隊長をしてる人だったか。
ユウさんが話の頭をしゃべりだすと、シキさんが補足がいるだろう情報を教えてくれる。
「それが、何か?」
「うんとね、それでウォーレイから良く相談されてたことが有ったんだけど、『アルは親子連れを見ると立ち止まって見つめることが多い』って」
「私もアルといるときには確かにそのことについて感じることが多かったです」
シキさんにも思い当たる節があったらしい。
ほう、親子連れを見る、ね……
「それは……」
俺の言いたいことを察して、ユウさんは静かに頷いて自己の見解を述べる。
「……うん、もしかしたら羨ましいのかもしれないね。生まれて直ぐ周りは奴隷だらけの場所だったって言ってたし……」
ユウさんは言い辛いようなことも俺に話してくれる。
……そこは信頼してもらえてるんだろうな。
「私達が親代わりとなっていた面も無くは無いです。大切な家族であり、仲間でもあります……ですが『親』そのものにはなれません。女性ばかりでしたしね……そこは悔しいですが」
なるほどねぇ……
シキさんの補足もあり、アルセスがどういう人物で、どういう事を欲しているのかが何となくだが分かったような気がする。
……すると、何を思ったかユウさんはいきなり「そうだ!!」と叫んで布団から飛び出るように跳ね起き、朱に染まった顔で俺だけを見つめる。
そしてカミカミになって何かを必死に告げようとしている。
な、何だ!?どうした!?
「あ、ああ、あ、あの、あのね、カイト君!!」
「は、はい、ど、どうかしましたか!?」
「ぼ、ぼ、僕が、ア、アルの、お、お、お母さんに、なって、ね!?」
「は、はぁ……それで?」
「そ、そ、そそ、それでね、カ、カカ、カイト君が……」
「私、が……」
「カイト君が……」
目は右往左往してキョドりまくっている。
胸の前で手をギュッと握りしめてはまた力を緩めるという動作を無意識に繰り返している様子。
それもあってか、少し不審者のように見えなくもないが何かを伝えたいという想いはしっかりと俺に届いてきた。
……こっちまでドキドキしてくる。
そしてユウさんは意を決したように生唾を飲み込む。
これは……
「……カイト君がそれを見たら、どう思うかなぁ、って!!」
「…………はい?」
「僕がアルのお母さん代わりになってる姿、カイト君的にはどういう風に映るんだろうなって、うんそう!!ただそう思っただけなんだ!!だから気にしないで、ね!?」
ユウさんは俺の肩をガッシリと掴んで有無を言わさない視線を送りつけてくる。
「は、はい、……分かりました」
……そう頷くしかなかった、それだけユウさんは凄みを帯びていたというか、必死だったというか……
そう答えた後、ユウさんは満足したのかちょっぴり涙目になって「うん!!ありがとう!!」と言っては即座にシキさんの胸元にダイブ。
「ふぇ~ん、シキィ~」と少々情けない声を上げてシキさんに宥めてもらっているユウさんと言うのは珍しいが……
……今回に限ってはあまり深読みするのは止めておこう。
まだアルセス本人に会ってもいないのにドタバタの芽が顔を出すのはよろしくないしな。
~回想終了~
「んしょっと……」
アルセスは背負っていた銅色の大剣をまるで何でもないかのように地へと下ろす。
その際訓練場内に響いた鈍く、しかし大きな、とても大きな音が、この中にいた者全てにアルセスがどんなものを担いで来たのかを容易に連想させた。
ある者は自分が感じ取った音を訝しみ、ある者はその音から連想した恐怖に表情を歪め、そしてある者は純粋に驚き言葉を失う。
大半は一番最後、つまりは分かりやすく口をあんぐり開けて何が起こったのかを理解するのに時間を要している。
一方あれと戦闘しなければいけない俺達男性陣はと言うと……
「……マジかよ」
「……あれ、本人も言ったように訓練用、だよな?」
「……訓練用にあんな音出す大剣使うのか……俺達が目指してる騎士ってのはすげぇな……」
「……そうですね、願わくばあんなものを使えるのがあの試験官の騎士の子だけならいいんですが……」
同じように目の前に現れた小さな女の子一人に圧倒されていた。
しかし女性志願者たちと異なるところはアルセスと大剣という強大な存在にも関わらず言葉を失うことなく彼女から目を離さないことだろう。
女性志願者の中には自分達の試験官では無いこともあるのかもしれないが、アルセスの存在を認めようとせず、
「あれはトリックか何かよ!仮にそうじゃなかったとしても、単なる見栄なんだわ!!」
といった趣旨のことをのたまい、目の前にある現実を直視しない者が。
それに比べれば彼等はアルセスから目を逸らさず、どうすれば彼女と渡り合えるかという事を分析している分立派だろう。
鑑定したところレベルも40~45と、アルセスのレベルが49という事を考えればやはり高い方だ。
中にはユウさんが事前にピックアップしていた人物もいるみたいだし、見どころはあるようだ……
「……男性志願者の方々、ですね」
アルセスは床に下ろした大剣はそのままに、俺達を確認して近寄ってきた。
一番近くにいたこともあり、俺が代表して彼女の質問に答える。
「……ああ、そうだ。アンタが……試験官、だな?」
アルセスはお人形のように小粒な頭を一度だけ下げ、俺の質問が正しいことを告げる。
「私が試験官の、4番隊隊長のアルセス、です。宜しく、お願い、します」
大剣のインパクトに反してアルセスの言動は至って普通。
むしろ弱弱しいとさえ言えるかもしれない。
やはりそこは年相応のものもあるのだろうか……
「では、早速試験に、ついてのお話を。試験は4人一組、のパーティーで私と、戦ってもらいます。―ですから、先ずは4人一組に……」
アルセスが言い切る前に俺以外の8人がさっと前に出て既に2つのパーティーが形成されていることを示す。
アルセスはそれに気づいたのだろう、話を先に進めようとしたところで、独りポツンと佇んでいる俺と視線が合う。
その時の何とも言いようのない表情と言ったら……こんな小さな子にこんな形容しがたい表情をさせてしまう大人って……
「その、えっと……志願者は9人と聞いて、ます。一人余ることも、想定していましたし、大丈、夫です」
……何が大丈夫なのか聴きたい。
ちなみに俺の心はもう既にブレイク寸前だ。
男性受験者やアルセスからの微妙な視線だけでも過去のトラウマを呼び覚まさせるのに、手を止めている女子共からの視線がまた……
……くそっ!!
~はーい、じゃ、今日もペアを作って互いの発音を確かめあいましょう!!―さ、Let's try!!~
……英語の井出め。いつもいつもペアワークなんて死刑宣告出しやがって。
俺の隣は席替えしようとどうなろうとな、いつもその時間に限っては皆寝たふりしたりトイレ行ったりでなんだかんだで結局はお前とペアワークすることになんだよ。
その切なさお前にわかんのか!?
それにな!
~Oh!! Mr.谷本!!隣がいないようですね、ではteacherとtryです!!~
毎回毎回額を抑えて「Oh!!」とか欧米風に寄せて言われるこっちの身にもなれ。
中にはそのバカみたいな仕草見たさに俺とのペアワーク避ける奴だっていたんだぞ!!
体育では体育で準備運動の際にも強要されるがそこは男同士だからまだマシだ。
……だが英語ではどうだ?
女子が隣にくる可能性が途端に生まれる。
一般的に言えばひと肌恋しい青年期に女子と触れられるペアワークの機会。
そこでの明確な拒絶がどれだけ青年男子の心に傷跡を残すか……
そして今、異世界においても同じことが繰り返されようとしている……
だがしかし!!
俺は、今ここでこれを乗り越える一つの方法を持っている!!
それをこの微妙な表情を浮かべている幼い女の子に告げてやるのだ!!
「……はんっ!!俺は元は騎士だったからな!これ位のハンデ、持ってやらないと他の奴がかわいそうだ。―だから安心しな、試験官さんよ」
「は、はい……」
そう!これはいわば『マーシュ』の人望が無いから生まれた状況。
従って『谷本海翔』が悩む必要は無いのだ!!
『マーシュ』の仮面によって守られている俺に最早敵はいない!!
……いないったらいないのだ!!
……くっ、女志願者共め!そんな「強がらなくても……」みたいな視線送んじゃねぇ!!
鎧兜の下で1人自分と格闘している内に、アルセスは気を使ってくれたのではないだろうが試験の話を進めてくれた。
やはり4人一組でアルセスと戦うという試験内容は変えてはもらえないようだが、試験内容自体は至って明瞭。
アルセス本人に負けを認めさせるか、相手を戦闘不能に追い込む。
そして最初に超インパクトを与えたあの大剣……
あれをアルセスが使って戦闘するかどうかの選択権が俺達受験者にはあるという。
つまり、素手のアルセスか、大剣を持ったアルセスか、どちらと戦うかを選べる。
……ユウさんとシキさんに貰った事前情報では、『力が強い』という情報と共に一応『一つの武器しか使えない』という情報は得ていたが、それ以上進めることは無かった。
1人であの子と戦わなければいけない俺はアドバンテージとして最後に回してもらえた。
前2パーティーがどう選択するか、そしてその選択の枝がどのように伸びることになるか、それとも……
……じっくりと見させてもらおう。
「……いい機会ですわ。今の騎士団の最高レベルの方のお一人がどれだけ圧倒的な力をお持ちか、皆さんもその眼でご覧になりなさいな」
どうやら女性側の試験官であるミレアは一時的に試験を止めてアルセスの戦いを受験者たちに見学させるようだ。
まあ控えていた幾人かの女性騎士が飲み物を持ってミレアに駆け寄ったところを見ると、ぶっ通しで試験をしていたミレア自身の休憩が本来の目的ではあったのだろう。
さて、どうなるか……
「……では、始め、たいと思います」
先ず、1つ目のパーティー、つまり俺が筆記前に見かけた4人は、大盾を装備したガタイの良いオッサンに、剣士のあんちゃん、魔法使いのエルフ、そしてその二人の間に控える槍使いで構成されている。
彼等は素手のアルセスと戦闘することを選択した。
まああの最初の大剣のインパクトがあったんだ、慎重に行くんならそっちを選んでもおかしくは無い。
……ただ、だな。
これを何も知らない常態で見ると、幼い女の子一人をオッサン4人がかりで何やってんだと言いたくなるようなおかしな構図になる。
そして実際に事情を知っている俺達が今目にしているのはそれでも異様な光景であるのは間違いない。
だって、これで威圧されているのが大の男4人なんだもん。
しかもそれら一人一人が訓練用とは言え武装しているのだ。
……これは、ちょっと……
ユウさんやシキさんから彼女が強いという事を聴き、更に鑑定して彼女のステータスを見ている俺からしてもそんな感情が湧き起こってしまう。
……しかし、それは杞憂どころか、シキさんに忠告された『油断するな』ということをまざまざと見せつけられる結果となった。




