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ふぅ……

フィオム王子の「無礼な!!死罪にしてくれる!!」脅威は去った。


彼等には秘密にすると約束したし勿論それを破るつもりは無いが……

俺はとんでもない秘密を知ってしまった。


消えたSランク冒険者を探すという大事な使命が俺にはあるのだ、こんなところで殺されたら堪らねえぜ。

ふぅ、明日の任官試験まで、どこかに姿を暗ますとしますか……


「……ちょっと待ってくれないか?」


……待ったがかかってしまった。


さっきのことなど無かったかのようにレンを伴ってこの場を脱出しようと「逃げる」を選択したのだが、俺とレン以外にこの場に残っていた人物―第10師団2番隊隊長ウォーレイさんに回り込まれてしまった。


組織からの命令なのか、そんなに秘密を知ってしまった俺を消したいのだろうか?



「……何だ、まだ何かあんのか?」

「ああ、うちの騎士団庁舎に来てくれるか?少し君達と話がしたいんだ。君達は騎士になりに来たんだろう?」

「まあな」

「うん!!」


俺とは正反対に元気よく答えるレンを見て、ウォーレイさんは先程とは打って変わったように軽快に笑う。


「ハッハッハ、そちらの君はお疲れの様子だ。まあ相手が相手だ、首が繋がっているだけでも大したもんじゃないか」


お腹を抱え、右手は顔を覆い尽くすようにして彼女は笑い声を響かせる。


……やはり王子相手に無礼を働けば死罪も有り得ると言う認識はこの世界ではおかしいものではない様だ。


「……そりゃどうも。ま、それもあって今日は疲れたからもう宿を取って大人しく寝ることにする。―じゃあな」


死神に足を掴まれてはたまらない。

何とか話を打ち切る方向へと持って行こうと奮闘してみる。


「まあまあそう言うな。それ程長く引っ張るつもりは無い」


彼女は彼女で引き下がってはくれない。

こっちが警戒しないためもあるだろうが、王子達と接していた時のビシッとした様子を解き、今は柔和な笑みをして俺達へと近づいて来る。


んま、そうだよなぁ。


元の世界で言えば要はあれだ、おまわりさんの「君、ちょっと署まで一緒に来てくれるかな?」だ。


確かにこっちはユウさん達から話は聴いてどんな人物かは粗方分かっている。

一方であっちからすればフィオム王子相手に意味の分からないことを繰り返していた言わば不審者だ。


全身鎧に頭も兜で覆っている、職質食らっても文句を言えない格好をしている自分を思い出して一瞬血の気が引く思いだったがよくよく考えてみるとこの世界でこの姿は別段おかしなものでは無い。


……まあそれを抜いて客観的に見ても自分が不審者であると言われれば否定するのは難しいかも。



「今の次期に任官試験を行うのはうちの第10師団だけだ、だから君達が受ける試験と言うのもうちなんだろう?そう言う意味では君達に色々と教えてやることもできるかもしれないぞ」


ほう、ただ単に俺が不審者なだけで同行を求めたのではないのかもしれない。

俺の杞憂だったか?


まあ精神的に疲れたのは事実だが明日の試験のための下見だとでも思えばいい。

視線で確認してみるが、レンも特段同行を拒否する理由もなさそうだ、俺を見てニコニコしている。


相手はかなり頭も回るようだし、これからは恐らく一緒に働いて行くことになるんだ、下手に断って警戒されるのは逆に悪手か。



「……分かった。ついて行こう」

「ああ、それでは行くか」




ウォーレイさんは俺達を先導するように前に立ち、スタスタ歩いて行く。

俺達も遅れないようそれについて行った。








「さ、汚いところだが気にせずかけてくれ」

「ああ」

「うん、わかった」


騎士団区の一画、第10師団用建物に付き、俺達が通されたのは事情聴取などを行う一般的な小部屋などでは無く、ウォーレイさん自身の部屋―つまりは隊長室。


本人の言う通りあまり綺麗だとは言えないが、それは散らかっていると言うよりは掃除をする習慣が無いという感じ。


つまりは多少の小さなゴミなどは散見されるが資料があちこち散在しているというものではない。

まあそれなら仕事に支障はない、か。


言われたとおりに部屋にポツンと置いて有るような椅子に掛ける。

あまり使われていないのか、やはり多少埃が被っていたがどうせおれは鎧姿だし、衣服が汚れようと気にしない。


レンもそこは結構大雑把なのか、単にこういった部屋が初めてではしゃいでいるのか、ピョンと跳ねるように椅子に飛び乗る。


ウォーレイさんは俺達が掛けたのを確認して、突如笑い出す。


「ハッハッハ、いや、それにしてもさっきは本当に見事だった。危うく私も笑ってしまうところだ。えーっと、ボボッチ……」

「……いや、マーシュだ。マーシュ・マッケロー。水晶見てくれれば分かる」


話が面倒な方向に向かいかけたので、もう彼女の誤解は解いておこうとウォーレイさんの目の前にあった水晶を自分に渡すように促す。


そして『偽装』のスキルをコッソリ使い、水晶自体への偽装工作も忘れずに行って『マーシュ・マッケロー』用のステータスを表示。


水晶を彼女に放り返す。


「……本当だな。じゃあ君はボボッチではなく、マーシュ、という事か」

「ああ。本当はあの場の空気を和ませた後本名を名乗ろうとしたんだが……」

「あぁ……確かに。丁度いいタイミングだしな、フィオム王子のメイドさんが登場したの」


確かウィルさん、だったか。


「ま、そう言う事だ」

「ハッハッハ、じゃ、今度王子に会うときはしっかり訂正しておくことだ」


先程のように、顔とお腹を抱え、盛大に笑って見せる。

あまり俺が王子を偽っていたことは気にしていない様子。


目くじら立てて怒られるよりかはそりゃこっちの方が気分も良いが、想像していたのとは違い、幾分拍子抜けのような気もしないでもない。


「だが、そうか。君がマーシュ……確か、昔騎士団にいたんだったよな?」


……この話か。


「ああ……5年ほど前に、な」


実在の人物を演じる以上、この手の話は避けられない。

だから事前に彼についての情報も頭に入れたし、何度も頭の中でシミュレーションした。


想定外の質問は臨機応変に対応するしかないが、この質問ならいける。


「そうか。とすると、その兜は……」

「……田舎に―故郷に戻った時に、ちょっとドジっちまってな。ハハッ、元の厳つい顔とも相まって誰かに見せられる顔じゃなくなっちまった」

「お兄ちゃん……」

「まだ鎧と兜姿の騎士の方が子供の夢を壊さずにいられるってもんだ」


悲壮な雰囲気を痩せ我慢で何とか振り払っている、そんな状態を演じる。

レンはその演技に合わせて、辛そうに俺に寄り添ってくれる。


これも打ち合わせ通りだ。

レン、流石だな……


それを読み取ってか、ウォーレイさんは顔を伏せ、「そうか……」と一言。


そして


「ま、誰しも辛い過去の一つや二つ持ち合わせているものだ。それを踏まえて尚また騎士になるためにこの王都に来たということ、私は凄いと思う」


と言ってくれる。


「……ありがとよ」

「いや、気にするな。それで……私の自己紹介はまだだったな。―私は第10師団2番隊隊長をしている、ウォーレイだ。宜しくな」

「ああ」

「うん!!ボクはレン。ヨウ・スイレンっていうんだ。宜しくね、ウォーレイお姉ちゃん」

「ほう……レン、か」


ん?


ウォーレイさんはスクッと立ち上がってレンの傍に寄る。

そうしてまじまじとレンを見つめては感嘆を漏らす。


「可愛いな、レンは」

「? ありがとう」


いきなりのことにも驚かず、レンは素直にそう答える。


「後数年もすれば周りが放っとかない程の美人になるだろう。―どうだ、私の隊に入らないか?」


……これか、ユウさんとシキさんが言っていたのは。


「おいおい、勝手に話を進めるな。そもそも任官試験明日だろう?」

「ハッハ、ああ、そうだな。受かっても尚配置という理不尽には逆らえない。だから今のはただの私の願望だ」


……王子は王子で面倒臭かったが、この人はこの人でまた面倒臭いな。


「う~ん、ボクはお兄ちゃんと一緒ならどこでもいいかなぁ」


別に無視してもいいのに、レンは真面目に彼女の願望とやらに回答する。


「そうか、ではマーシュと共にうちの隊に来れるよう願っていてくれ。お互いの意思が通じ合えば願いは届くものだ」

「……まっ、気が向けばな」

「ハッハッハ、ああ、そうしてくれ」


彼女は冗談めいた様子でまた顔とお腹を抱えて大いに笑い声をあげる。


……思っていた以上に普通に受け入れられているな。


マーシュが元は騎士だったとはいえ、もう少し男の騎士(まだ試験に受かっていない以上「希望」ということにはなるが)が女性だけの騎士団に入ろうとすることには抵抗が有るものだと思っていたが。


「……不思議か?」

「……ん?」


ひとしきり笑い終えたウォーレイさんは、俺の心を見透かしたようにそう尋ねてくる。

何とかその動揺を態度に出さず、聞き返してみる。


すると、彼女は崩していた態度を引き締め、静かに語りだす。


「……フィオム王子が少し触れたと思うが、つい先日、第10師団はとある任務中に何者かに襲われて、かなりの痛手を被った」


騎士団長とユウさんの密会のために設けた席を『黒法教』という宗教団体に襲われたって言うあれか……


「その場には騎士団長もいてな、私達は必死になって彼のことは守ったし、無傷で王都まで届けた……―それでもやはり女騎士の立場と言うのはあまり良くは無いんだ」

「……やっぱりシオン王女が騎士団長を務めていた時とは違う、か」

「ああ。ユウが―第10師団の総隊長が何とか今まで頑張って保っていた面が多分にあった。―だが今では、その総隊長が怪我をしていていない」

「それも、その襲撃の際か?」


勿論俺は本人からそのことを聞いているが、今は知らないフリをしなければいけない。


「そうだ。そして、その時凡そ半分の隊の騎士団員が負傷して碌に活動できない状態でいる」

「半分も、か!?」


そのことについては後程シキさんから教えてもらえる手筈となっていた情報なので俺も初耳だった。


「ああ。今まともに動けるのは1~5番隊と、そして12番隊だけだ」


1~5番隊……という事はユウさんが過去、闇市で解放した元奴隷の人々が隊長を務める各隊は無事、ということか。

12番隊は確か、隊長では無いにしても、同じくユウさんに解放してもらった人物が属していたはず。


それにしても……


「それは分かったが……どうして、そのことを俺達に話した?」


確かに情報を得られる俺達としては有り難いが、まだ俺達が明日の任官試験に受かるとは限らない(勿論俺達自身は受かる気満々だが)。


それに、今話したことは、かなり機密性の高いもの。


更に言えば入団できたとしても必ずしも第10師団に益を生む者かどうかすら定かではないはず。


「今一番問題なのは良い立ち位置にいないのに、更なる問題が起こることだ。大将もいない今、それが一番困る、私はそう思う」

「……確かにそれはそうだな」

「ああ。王子達とのやり取り、他の者が見たらどう思うかは分からないが、私に限ったら悪い印象は無かったな。むしろ面白い、とさえ思った程だ」

「……それは有り難いことだな」

「まあ認めることと衝突しないよう上手いことやって行く、それが違う事だというのをあまり深く考えていない隊長もいるようだがな」


そう言って彼女は「やれやれ」と口に出して溜息まで吐く。

……多分それは一番隊隊長のこと、かな。


「兎に角、私は君達を見て恐らく明日の試験は受かると思ったが、それを抜きにしてもマーシュは過去に騎士の経験がある。上手いこと関係を作っておくことは悪いことではないだろ?」

「……まあ、そうだな」


フィオム王子とのやりとりを見ていたことも勿論あるだろうが、だからこそあえて重要な話でも打ち明けておいたのだろうか。


「……それに、ユウが事前に何人か男の騎士を入れることも考えていたという話も……」

「ん?何か言ったか?」

「ああ、いや、何でもない」


彼女の呟きを耳で拾う事はできたのだが、あえてこういう風に振る舞っておく。


「それで……」



話を変えるために、彼女が新たな話題を挙げようとしたその時、来客を告げる音が扉に響く。


コンコン



規則正しく、控え目に、だが中にいる俺達に分かるようそのノックの音は響いてくる。


「ん?これは……」


ウォーレイさんは中から声を上げる、ということではなく立ち上がり、ドアまでその人物を確かめに行った。


そしてドアを開けると、そこには……


「おお、やっぱりシキか!どうした?」

「……どうも、ウォーレイさん。お話中失礼します」


この王都でのレン以外の唯一の協力者である狐人のシキさんが。


「いや、気にするな―っとそうだ、紹介しよう」


ウォーレイさんは一も二も無くシキさんを中に招き入れ、俺達を示して説明する。


「彼はマーシュ、そしてこっちがレン。二人とも今回の任官試験を受けにきた」

「初めまして。私は……」


そう、『初めまして』で良い。

このマーシュとしてシキさんと出会うのは今が初めてだからシキさんの行動は正しい……


だが……



「何だ、シキ、マーシュを見て固まって。そんなにマーシュの姿がおかしいか?」



俺の生身の顔・体を知っている以上全身鎧で兜装着はシキさんには予想外だったらしく、俺を見て、あげていた途中の頭を固まらせている。

まあ分からんでは無いけど……


でもなんかちょっと傷つく……

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