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やらかした!!

やらかしたぁーーーーーー!!


王子様だってよ、目の前の何とも形容しがたい顔面の持ち主!



くそっ、俺としたことが!


そうだよ、ちょっと変だなとは思ったんだよ、メイドと騎士の組み合わせでしかも逃げてるのがフードを被った謎の人物って!


でも深く考える前に追いかけっこに突入しちゃったんだし仕方ないじゃん!




ああ、もう!!

ちくしょう、これはマズイことになった……


この流れは間違いなく「王子に向かって何て不敬な奴だ!!死罪にしてくれる!!」コースまっしぐらだ。


救いとしてはあっちはあっちで俺のことを騎士志望の田舎野郎か何かだと思ってくれていることで、「まあまあ、相手も知らなかったことだし今回は許してやろうよ」と王子が勝手に許してくれるかも、という一縷の望みがあること。


だがこれとしても結局は王子次第。


相手に主導権を渡してこっちは「イェ~イ!!死刑判決、出るか出ないかドッキドキ!!」なんて心臓に悪いことは是が非でも避けたい。


くっ、仕方ない。

となると選択の余地は無い……ここは!!





「……フッ、フフフフ」

「ど、どうした!?」

「な、何がおかしい!?」

「き、貴様!!まだ王子を侮辱するつもりか!」




いきなり鎧を通して薄ら笑いを響かせた俺にメイド達を始め、周りにいた者達は困惑を隠せない。

彼女達の返答にもその色がハッキリと読み取れる。


それを確認して俺は一言、こう告げる。






「……フッ、いや、なに。合格だ」

「「「…………は?」」」

「合格だ、と言ったんだ。……フッ、期待以上の出来だ、良くやったと言っておこう。―なあレンよ、俺達にここまでさせた奴はいつ振り位だっけか?」


一緒に戸惑っていたであろうレンは俺の超無茶振りにしかし、何かを感じ取ってくれたのか、いきなり不敵な笑みを浮かべてはクスクスと笑いだしてくれる。


「フフッ、お兄ちゃんが下界の生物相手にここまで力を使わせられたのなんて……ボクの記憶にも無かったんじゃないかな?」


うん、無いだろうね!

だがナイスだレン!!


レンは呆然としている青髪の騎士や王子、更にはメイド達には見えないように小さくウィンクする。


やはり心底レンは空気を読む能力に長けてくれている。

俺はレンのナイスアシストを無駄にしないよう中二全開で道化を推し進める。


「おおう、そうかそうか!!という事は……クックック、まだ俺も下界で退屈せずに済みそうだ」


大仰に何度も頷いて見せた後、レンを伴って歩き出す。

そして、酷い顔を、更に酷く歪めて立ち尽くしているフィオム王子の肩を軽くポンと叩いて一言。



「フッ、せいぜいこれから足掻いて俺達のことを失望させないことだな。強くなれ、それまでこの戦いはお預けという事にしておこう―ではな」


そしてその場を後に……



「いや、全然意味分からないから!」



……立ち去ろうとした俺達にフィオム王子からの的確なツッコミが入る。

くっ、後ちょっとなのに!!


「……何だ、折角見逃してやろうと言うておるのに、よもや俺の力を解放させたいわけじゃあるまいな?」

「ダ、ダメだよお兄ちゃん!!こんなところで力を解放しちゃったら……お兄ちゃんがブッ壊れちゃうよ!!」


レンは尚も俺の道化に乗っかってくれる。

何だろう、俺の意図とは別に単純に楽しくなっちゃったのかも。


「……それもまた天の巡り会わせ。仕方のないことだ」

「いや、仕方なくないだろう!私を倒すだけなのに力解放したら自分もブッ壊れちゃうってもうどう言う事かサッパリ分からんぞ!?」


うん、俺自身でもよく分かってない。

多分俺も同じ立場に置かれたら同じようにツッコむわ。





そんな小ふざけとも取れるやり取りを幾度か続けていると、フィオム王子は盛大に溜息を吐く。


「はぁ~~、もう、分かったからその意味の分からない小芝居は止めてくれ。私は別に不敬とも何とも思ってない。もしそのことを気にしているのならあなたも気にせずさっきのように振る舞ってくれないか?」

「な!?し、しかし、王子!!」


俺とレンの奮闘の甲斐あり、フィオム王子が折角のご厚意を下さろうと言うのに、メイド達は一斉にそれに反発を示す。


まあ……「意味の分からないことをして煙に巻こう作戦」中も結構なことを言っちゃったし、彼女達の言いたいことは分かるんだが……


だがそれに対して王子は即座に反応する。


「……王宮から逃げ出してしまったのは確かに私が悪い部分もあるからあなた達が私の言葉に反して追いかけてきたのは分かる。だが今のこれは違うだろう」


王子は今迄纏っていた温和な雰囲気を消し去り、彼女達を睨み付ける。

青髪の騎士はただ直立して様子を見守っているようだが、メイド達はそれでピシャリと黙り込む、そして王子は尚も続ける。


「……私は『もういい』と言っているのにあなた達は私の意思を無視するのか?―私をただの政治の道具としか考えていないつまらない貴族たちのように」



……ほう、最初はどうかと思ったが、王子と言うだけある。

今の「王宮から逃げ出した」という事もそうだが、意志が強いお方のようだ。



「……申し訳ございませんでした、フィオム様」

「「「申しわけございませんでした」」」


王子の言葉を受け、メイド達は素直に謝罪した。


王子はそれに満足したのか、笑顔(だとは思う)になって彼女達のフォローをする。


「うん!分かってくれて良かったよ、私のことを慕ってくれることは純粋に嬉しいからね。これからもよろしく頼むよ」

「身に余る勿体なきお言葉、ありがとうございます」

「「「ありがとうございます」」」


……あの見た目でこれ程までに忠誠を勝ち取っているんだ、王子の人徳はそれ相応だと推し測れる。

ふーむ、意思の強さと言い人徳と言い、この王子、ただのお飾りでは無いな。


そうしてフィオム王子に付いて一人結論付けていると、彼は「よし!」と言って俺に振り返って手を差し出す。


「済まなかったな。放っておいて。改めて、自己紹介と行こうか。―こんな容姿をしているが、私は一応このリューミラル王国の第2王子だと言われているフィオム・レイ・リューミラルだ。気にせずフィオムと呼んでくれ。あなたは?」


「こんな容姿」って……自分で言うか。


それはそうとどうしよう……


もう打ち首獄門コースは避けられると言質を取ったのでいいのだが、ここでまた変な対応を取ると更におかしな展開へとまっしぐらに。


何となーく王子の関心を惹いたみたいだが、彼とこれ以上深い関わりを持つと必要以上に面倒事を抱えることにもつながりかねない。


ディールさんとの取引内容である、Sランク冒険者の捜索のためには確かに大きなコネはあった方が良いだろう。

だが一方で自分の情報を知っているものは少なければ少ない程良い。


うーん……難しい。


取りあえず、今ここで俺に求められているのは彼が差し伸べた手をしっかりと握り返すこと。

普通のシーンであれば「王族の手を握るなんて!!」という論調に持って行かれかねんが今は状況が違う。


もう既にそこの山場は乗り越え、彼はその上でこうして手を伸ばして待ってくれているのだ。

となると、変に躊躇うよりも、堂々と握り返すが吉!!


見えた!!


俺は力強くそのカサカサな彼の右手を握り返し告げる。



「ああ、俺はボボッチ=ぺポパ・ブブールだ!親しい者からはドリーと呼ばれている」

「えっ、ドリーどこから来た!?私の常識がおかしいのか!?『ボボッチ=ぺポパ・ブブール』からは『ドリー』という愛称が導き出せる慣習か何かがあるのか!?」


……名前だけ偽っちゃうことにしました。

だって『マーシュ・マッケロー』って名前も嘘だし。


どうせつくなら彼に対してより真摯な(おもしろい)嘘を俺はつく。

何となく……何となくだが直感でこっちの方が良い気がした。


あまり根拠のないことをポンポンとするのは好きではないが偶に頼ってやらないと直感と言うのは大事な時に役に立ちやがらない。


ここぞと言うときにそっぽを向かれるのは嫌なのでここは俺の直感を尊重することに。

って言っても直感に従って正解だったのかもしれない、王子は実に活き活きと俺のボケにツッコんでくれる。

……ふぅ、少なくとも彼にとって外れでなければ今はそれでいい―



「……ふぃ~、ふぃ~、―そ、そんな慣習は、ぜぇ~、はぁ~、―無いと、思います」

「ん?お!来たか、ウィル」


ん?

息を切らした声が王子の疑問ツッコミに応える。


フィオム王子が声の主をご存じのようなので俺とレンも同じくそちらを振り返る。

するとそこには栗毛ポニーテールの童顔メイドがバテバテになりながら怒ったご様子。

青い長袖と足まで伸びたスカートに清潔感溢れる白のエプロン。


まさにメイドの中のメイドを現したかのような方だが今の彼女の様子からはあまりそれは感じられない。

よくよく考えてみるとあんな服装で駆けて来たのならああなってしまうのも無理はない、か。


「そうならないよう普段から鍛えるのがメイドだ!!」なんて意見もありそうだが、そこまで行くともう俺の興味の範囲外だ。




「はぁ~、はぁ~、ぜぁあ~―……もう、『来たか!』ではありません、フィオム様!!」

「来て早々何だ。そんなに怒ると可愛い顔が台無しだぞ?」

「ありがとうございます!し付けてそのお言葉お返しします!―ってそんなことは良いんです!もう、私がいない間に勝手に王宮からいなくなられるなんて、どういうことですか!?」


『熨し付けて』ってそう言う使い方だっけ……

そんな疑問は勿論、彼女には通じることなく王子を一息に捲し立てる。


そう告げられた王子は少々ばつが悪そうな顔をして歪に膨らんだ頬をポリポリと掻く。


他の控えているメイド達の申し訳なさそうな様子からも窺えるが、どうやら『ウィル』と呼ばれた彼女は彼女達の中では偉いメイドさんのようだ。


王子自身の気さくな性格を差し引いてでも、彼女ウィルの接し方と言うのは結構親しいもののように思える。

まあそれだけに王子も耳が痛いだろうが。



「フィオム様、もっとご自身を大切になさって下さい!宮中でのストレスもあるでしょうが、何よりフィオム様の御身に何かあってはどうしようもありません!!」

「あ、ああ……」

「『ああ』じゃありません!!フィオム様のご意思をでき得る限り尊重したい気持ちもございますが、お一人で動かれるという事は一方で誰も護衛がいないという事なんです!悪い輩に万が一にでも襲われたら―フィオム様がいなくなられたと耳にしたときは本当に心臓が止まりそうでした!!」

「む、むう……済まん。ウィルやメイド達の気持ちを考えない少々軽率な行動であったことは認める」

「……はい。分かっていただければいいのです。―それで、もうよろしいのですか?」


子供を叱る母親のようなお説教がひとしきり終わったのか、ウィルさんは優しく微笑み王子にそう尋ねる。


王子はその問立てに、とても満足そうな表情(多分ね)を浮かべてハッキリとこう答えた。


「……ああ。久方ぶりに私も楽しむことができた。ウィル達に心配させただけの収穫はあったよ」


チラとこちらを向き、またその視線を戻す。


「そうですか。……では戻りましょうか。騒ぎは第10師団の方々のお力をお借りして鎮めておきました。戻る際は裏道を使いましょう」


成程……俺達が追いかけっこをして生まれた騒ぎを鎮めてくれていたから彼女は他のメイド達と違って遅れて来たのか。


「むっ、それは助かる。流石仕事ができるな、ウィルは」

「評価していただき光栄ですが、申し上げた通り、第10師団の方々にご助力いただいてのことで―2番隊隊長、ウォーレイさん、フィオム様の捜索を手伝って下さりありがとうございました」

「いえ、フィオム王子の捜索に参加させていただけたこと、大変光栄でした」


2番隊隊長……ハッ、そうだ!!


ウィルさんが頭を下げた方向―青髪の騎士に視線を向ける。

そして、ここに来る前、ユウさん―第10師団そのものの隊長を務める彼女から聴いたことを思い出す。


~回想~


「第10師団2番隊隊長ウォーレイ。虎人の中でもブルータイガーって言う珍しい種族の獣人で、とっても強くて頼りになる人なんだ」

「まあ……ウォーレイさんが本気で戦う所なんて滅多に見られませんが」


ユウさんのベッドの傍で直立している狐の獣人で、3番隊隊長を務めるシキさんが捕捉する。


「へ~、強いのにその人は本気では戦わないんですか?」

「は、はは、ま、まあウォーレイはなんて言うか……」

「あの人は単なるキザなナンパ師です」

「シ、シキ、そんなバッサリ言わなくても……」

「いいえ、あの人はいつもいつも私やユウに向かって『綺麗だ』だの、『美しい』だのと……」

「え?その人って……女性ですよね?なのにユウさんやシキさんにそんなことを……」

「た、単なる冗談だよ!ウォーレイなりの」


ワタワタと手を上下させてフォローを入れているユウさんは面白いのだが、それでも疑問は残る。

真面目なシキさんには珍しく、そのウォーレイと言う人のことをぐちぐちと呟いているし。


う~ん、どういう人なのか今一掴み辛い。


「え、え~っと……そ、そうだ!!ウォーレイは6人の中で一番年上だから、多分一番落ち着いてて、だからそういう大人の余裕とかもあるんだよ!!」


慌てて話を変えようと頑張るユウさんは何だか見ていて微笑ましいものがあるな。


この『6人』というのはまあユウさんが過去、闇市で優勝したお金で買い取った奴隷を解放したという6人だろう。

シキさんもその一人で、6人の内5人は第10師団の各隊長を務めているということだそうだ。


「……余裕なのと本気を出さないのとは個人的には紙一重で違うと思うんですが」

「ま、まあ細かいことはいいじゃない!!今は、カイト君にウォーレイのことを話してあげないと!!」


うーん、ユウさんとシキさんが対立しているこの構図は面白いな……


「あのね、シキが言う事も分からないでもないけどウォーレイのそれは僕は美点だと思う。要するにウォーレイは物事を柔軟に考えることができるんだよ!!」


ユウさんが提示したウォーレイさんの人柄の解釈にシキさんは腕を組んで考え込む。


「うーん……確かにウォーレイさんは普段は飄々となさっていますがいざと言うときは発想も行動もあっと驚くものがありますね」

「でしょ!?シキとは反対だけど、それがまたウォーレイの良いところだと僕は思うんだ!!」

「なっ!?ユウ……私のことをそんな風に思ってたんですか?」

「え!?えーっと……」


シキさんが同意したのを良いことに乗っかったら何か裏切りが待ってたようで、ユウさんはひどく困惑している。


「私の反対ってことは……つまり私はウォーレイさんとは違って頭が固くて融通が利かないってことですよね?」

「な!?ち、違うよ!!そ、そうじゃなくて……」

「ユウがそんな風に思ってたなんて……私……」


おおう……他人の修羅場―しかも女性同士での―を見るとは。


ビクビクと小刻みにシキさんの狐耳と尻尾が震えている。

まあそれだけユウさんが愛されてるってことだよね。


流石に可哀想なので助け船を出すことにする。


「まあまあシキさん落ち着いて。確かに聞く限りでは正反対の方のようですが別にユウさんはシキさんのことを悪く言ってるわけでは無いでしょう。シキさんが堅実で仕事に対してしっかりとしているという事は勿論美点ではありますがその方の物事に対する柔軟な取り組みと言うのを取り入れることができればよりその美点を輝かせることができる―そんな意図があったんじゃないでしょうか?」

「う、うんそうだよ、シキ!!僕はシキが真面目なところを悪いと思ったことなんて一度も無いよ!!ただ、お互いがお互いに良いところを取り入れあったらもっと良くなるだろうな、って」

「タニモトさん……ユウ……」

「それに……二人とも、僕のために一所懸命に頑張ってくれて、とっても頼りになる大切な人だってことは……一緒だから」

「ユウ!!」


シキさんはユウさんの胸に飛び込んで抱きしめる。

うーん、ウォーレイさんはキザだって話だったが、ユウさんはユウさんで相当女の子を落としてると思う。

しかも多分あれは無意識的にだ。


天然とはなんと恐ろしいことか……


~回想終了~



話を聴いてある程度の人柄は知っていたが、実際の顔を見たことが無い分名前を聞くまでその人だと認識できなかったな。


改めて青髪の騎士―ウォーレイさんを見つめる。


鎧に穴もちゃんと開いているようだ、獣人特有の尻尾も出ていてそれが別の生き物であるかのように縦横無尽に動いている。


彼女の透き通るかのような青い髪は肩まで伸びるには至らないまでも、邪魔にならないよう黒い鉢巻で整えられている。


その長身に見合う細い身体つきは鎧を着ていてもなおその体の線が分かる程で、なのにあの巨乳とは……


とまあ下世話な部分は兎も角、彼女は得物である何種類もの剣を腰に携えている。

ユウさんやシキさん曰く、あの全てを使いこなせるそうだが本気の時以外はダガー一本で済ませると言う。


鑑定したところ能力も相当高く、年は22だそうだ。

それでいて頭も回るそうだし、油断できんなこやつ……



俺のこんな思考とは無関係にそりゃ物事は進むわけだが、フィオム王子も自分を追いかけてくれたウォーレイさんを労う。


「うむ、第10師団は先の事件で大きな打撃を受けたと聞く。それにも拘らず私の捜索にその身を割いてくれたこと、感謝する」

「はっ、大変有りがたきお言葉!!恐悦至極でございます!!」


……今のところ、ユウさん達から聴いていたような―奇行のようなものは見受けられない。


とは言うものの、いざと言うときはウォーレイさんは結構しっかり者になるという。

今はユウさん達第10師団は先の事件―ユウさんと騎士団長が同じ師を持つという事で、その弟子たちの失踪が重なったことを危惧して催された秘密の会談を『黒法教』に襲われた―で打撃を受けた。


実際の被害がどれ程のものなのかはシキさんに後で教えてもらえる手筈となっているんだが、少なくとも彼女達の隊長であるユウさんが抜けていることだけは確定している。


ウォーレイさんにとっては、それだけでも『いざと言うとき』に当るのであれば今の彼女にも納得がいくな。



「では戻りましょうか、フィオム様。……あっ、そうだ!!」


ウォーレイさんへの挨拶も済ませてしかし、ウィルさんは何かを思い出したかのように俺達の下に駆けてきて、懐から何かを取り出した。


「これ、は……」

「これは今回の迷惑料のようなものです。お納め下さい」

「え!?い、いや、そんなものは……ってえ!?」


しかも見たところ迷惑料にしてはかなりの額。

こんなものをポンと出すなんて……


少々躊躇っていると、フィオム王子が前に出て受け取るよう促してくれる。


「受け取ってくれ。私もこんななりをしてはいるが一応王子だ、今回のことを黙っておいて欲しいという意味も込めている。―まあ私の本音としては楽しい時間を私に与えてくれた謝礼の意の方が大きいがな」


ああ、成程。

まあそうだな、確かこの騒ぎを知る民衆はウィルさんが何とかしたようだし、後はその中心人物が『王子様』だと知る俺とレンの口を封じればいい。


……って言い方だと物騒だけど、こうやってお金で解決しようとしてくれるんだ、物理的な背景をチラつかせて黙らせるよりかはまだ穏当な方だろう。

それに金で何とかしようと思うという事は多少なりともこちらを信用してくれている面もあるのかもしれない。


だって俺が全く信用できない人間ならそもそもそんな話はせずに脅して解決するわ。

それが正しいかどうかは措くとしても、それの方が安心できる。

『死人に口なし』、だからね。



それなら受け取るのも吝かではないが敢えてここは……


「いや、それは受け取れないな。俺はそんなもの受け取らなくとも誰にもしゃべらない。それにこのことを俺自身も迷惑だとは思ってない。こう言ったら何だが―俺達の関係は金で解決するものなのか?」

「え?私達の、関係……」

「ああ。その、もしかしたら王子相手に不敬かもしれんが……困ってたり、助け合うのに遠慮だったり金だったりが必要なのか?俺達の関係はそんなものなのか?」

「その、それって……私達は友達だ、ということか?」

「……迷惑、だったか?」


俺が『マーシュ・マッケロー』としての仮面を被っての提案に、王子は何度か『友達』と言う単語を呟く。

その姿はその意味をかみしめ、あるいは暗闇の中手探りで模索しているかのように映った。


王宮貴族は往々にしてゴシップや血で血を染める権力闘争など、良い話はあまり聞かない。

親しい者があまりいないだろう彼等にとって『友達』は多少なりとも特別な意味を持つのではないだろうか。


ま、俺が聴いたマーシュという人物なら、この状況ならこうするだろうと思ってそれを考慮したまでだ。

名前を借りる以上は彼を蔑ろにしていては逆に足元を掬われることにもなりかねないしな。



「友、達……ああ、ああそうだな!!うん!!」


彼の中で何か答えが出たようだ。


「ああ、そうだ!!友の間で協力し合うのは推奨されるべきことだが、金のやり取りなどは論外だ!―私はあなたを信じる」

「ああ。俺も約束するよ、フィオムに会ったことは絶対話さない。勿論こっちのレンだって、なっ、レン?」

「うん!!ボクはお兄ちゃんのためなら黙ってる事位造作もないよ!!」


俺もそうだがレンだって別に最初から誰かに話そうとは思ってないし、そこは問題ないだろう。


「ありがとう……今日は本当に楽しかった。また、会えるよな?」


フィオム王子は先とは異なり、今度は別れを惜しむかのように手を差し出してくる。

俺は今度は考える間を自分に与えることなくその手を取って握る。


「ああ、何となく分かってるとは思うが俺は騎士になるためにここに来た。同じ街にいるんだ、会える機会なんて幾らでもある。―まあ俺が会いに行くのは難しいかもしれないがな」

「ははっ、なら、また私が隙を見て抜け出し、あなたに会いに行こう」


ウィルさんに聞えないよう声を抑えて笑って告げる。


「あんまりメイドさん達を心配させるなよ?俺だって心配するぞ?お前がいきなりいなくなったら」

「むぅ……では仕方ない。ウィルを説得して誰か護衛でもつけてお忍びで会いに行くとするさ―では、今日はこれでな」

「ああ。またな」

「ああ。では、また」



そうしてフィオム王子はメイド達を引き連れて帰って行った。

ふぅ~、とりあえずは……ってあっ!?


しまった!!










~立ち去った後の王子達は……~


「フィオム様、良かったのですか?」

「ん?何がだ、ウィル」

「えーっとですね、私は途中からのことしか立ち会っていないので詳しくは分からないんですが、あの方々が本当に騎士志望なのかはまだ分かりませんよ?」

「ははっ、確かにな。だがそこは別に重要じゃない。見るべき点は人柄とその度胸・機転だ」

「はぁ……と、言いますと?」

「私はこんな化物も驚くような見てくれだ、それでいて尚王子という肩書があるからこそこの姿を見た者は特に悪口を言わない。だが仮に私が王子だと知らないで何かをふっかけて来ようものならその後に私が王子だと知った者は誰しもが頭をこれでもかと低くして命乞いしたであろう?」

「はい、まあそれで死罪となった者が7人、領地を没収された低俗なバカどもが3家、他にも色々いますね」

「勿論私は彼の人柄も買ってはいる。だがそれだけではない」

「……あの方も、最初はフィオム様が王子であるとはご存じ無かったんですよね?」

「ああ。だが彼は今迄の有象無象とは全く違った。―私が王族と知るなり、話を全く明後日の方向へと持って行こうとした。あんな一瞬とも思える時間の中、どうすればこの状況を打破できるかを考え、現に私とあのウォーレイという騎士以外のメイド達を欺いて見せた」

「ほう……フィオム様の身の回りのお世話を近衛でない者である彼女達に任せる以上、私も含め、メイド達の実力は別に腕っぷしだけでなく頭もそこそこは回るはずなのですが」

「はっはっは、まあ多少なりとも呆気にとられていたというのもあるだろうが、それも彼の術中だったのかもしれないな。―私はこの姿で生きていて、よもや友をまた(・・)得られるとは思っていなかった、それに……私がいなくなったら『心配する』とも言ってくれた」

「フィオム様……あの方も、きっと、何か事情がおありに……」

「……スマン、気を遣わせたな。今は暗い話では無く、新たな友との出会いを祝おう。な、ウィル」

「フィオム様……はい」




「ボボッチ=ぺポパ・ブブールとの出会いを」




~戻って……~


……しまった、本名(『谷本海翔』の方では無く、この王都で過ごす際の名前である『マーシュ・マッケロー』)言うの忘れてた……


俺、マーシュじゃなくてボボッチで認識されてるかも……

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