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どういたしましょうか……

すいません、また間が開いてしまいました。

一応第4章最後のお話です。


=====  ユーリ視点  =====


「……では、後は頼めるかい?」

「はい。わたくしが当たってみます」

「ふむ、すまないね。エフィー君の姉妹機の製作が順調だからできればノッている時に進めたいんだ」

「いえ、お気に為さらず。最近の修行の内容から考えたらわたくしが一番暇でしょうから」

「ハハッ、まあそれだけ皆強くなっているってことだよ。ゴホッ……喜ばしいことだ。―だからこそ、セフィナ君の今の状態は打開しなくてはと思ってはいるんだ」

「そうですね……」


ディール様は両手に見たこと無いような器具を持ってサクヤさんと作業なさりながら私に話しかけています。


木製の台の上には人だと言われても頷いてしまう程精巧な作りをしている素っ裸の女の子が二人。

どちらの子も髪がボサボサですがそれが逆に生活感を表しているかのように思えて人間らしさを醸し出しています。


一人は澄み渡った空のように綺麗な水色をしているカールのかかった髪で、エフィー姉様よりも小さいんじゃないかと思える体躯をした本当にお人形のような女の子。


もう一人の方は金色の短髪が逆立っていて、リンや、エフィー姉様が良く連れているジンさんのように活発なイメージが浮かんでくる。


……とは言ってもどちらの胸の部分も扉のように開いていて何かの線のようなものがあちこちから覗ける状態ですが。



それはそうと、私がディール様に頼まれたのはレベルを上げても一向に強くなる兆しが無いセフィナさんについてです。

ディール様が下さった水晶を使って彼女のステータスは逐一見ているのですが、能力的にもスキル的にもあまりパッとしません。


それだけでなく、彼女はエフィー姉様やリゼルさん、他にも話しかけられてもあまり積極的に話さない方が多いのです。


彼女はここに来てからというもの、暗い顔ばかりで……


「彼女はシア君やクレイ君、それに君達聖獣には何となく心を開いているように見える。ゴホッ……まあ大体の見当はついているがやはり君達の中の誰かに頼んだ方が彼女のためにもなるだろう―これを」

「? これ、は?」


ディール様は忙しなく動かしていた両の手を一時止め、白衣のポッケから1枚の紙を取りだし、私に手渡します。

折りたたんであったのでそれを開いて中身を見てみる。

すると……




巫女の祈りⅠ:女神に祈りを捧げ、その祈りに応じた彼女から力を借りることができる。借りることができる力の大きさは彼女に捧げた祈りの回数と送った愛に比例する。


・巫女の祈り


Ⅰ:コール・白騎士……0体 ★  

Ⅱ:エンジェルソング

Ⅲ:ポゼッション・ヴァルキリー 

Ⅳ:マーチ・オブ・ナイツ

Ⅴ:ディバイン・プロテクション

Ⅵ:セブンスセンス

Ⅶ:ゴッドハンド



信仰の国プリエル……ソルテール帝国より北西に位置した(・・)小国。彼の帝国の脅威に対抗するため周囲数多くの隣国と同盟を結んでいた。女神やその遣いとされる聖獣の存在を信じ、厚く信仰していたことが特徴。


100年に1度、女神と意思を通ずることができる聖女が生まれると言われていた。




……これは……セフィナさんのスキルと彼女の国の詳細……


「スキルの方は私の『鑑定』結果だ。……恐らく“祈り”は十分なんだろう。この手のスキルは普通ゴホッゴホッ、要件を満たしていない部分があったらどんな能力があるのか分からないようになっているものだがね。……ハッキリと見えたよ」


この書いてあることが事実だとすれば……そうですね。

セフィナさんのいた国は信仰心に厚い国だそうですし、彼女自身も聖女。

“祈り”位毎日しているでしょうし、それらしきことをしている様子も目に入れたことも有ります。


とすると……


「ふむ、まあだから、後は君に任せるよ。原因が分かっていても恐らく私ではゴホッ……解決は難しいだろうからね」


それだけを言ってディール様はまた作業に戻られます。


「ユーリ様、頑張ッテクダサイ!セフィナ様ともお仲間トシテ一緒に頑張りたいデスから」

「はい。何とか頑張ってみます」


一人で作業中だったサクヤさんも一瞬だけ手を止めて激励を下さいました。

……本当に、暇してるのは私位ですかね。







わたくしは今、エフィー姉様とカノンさんの従者が造って下さっている新しい家とは違い、セフィナさんを伴ってワープした先にあるディール様の家の中で、向かい合わせに。


流石に建設途中の家の中で話をするのは憚られますし、ディール様やユウ様からもお許しをいただいていますから。


声を掛けたらセフィナさんは答えてついて来てくれますし、やはり私達聖獣やクレイさん、シアさんに対しては他の方々との間で接し方に差があるように思います。


と言うより暗い、ですね。

聖女・巫女と言うには雰囲気が暗すぎるかと。


まだ自分の故郷が他国に落とされたことを引きずっているんでしょうか?

プリエルが落とされてまだ1年も経っていませんし……

だからあまり周りの人間を信用できない、と。


うーん、シアさんは闇市の闘技場で優勝し、実質的に彼女を助け出したという意味では分かるのですが、まだ私達が聖獣だとは知らないはずなんです。

クレイさんについても聖獣からの加護があるということは知っていないはずですし……


とすると……認識してなくても、聖女となると感覚的に分かるものなんでしょうか?


「……あの、ユーリ、様?」

「あ。申し訳ありません」

「……いえ」


……今はセフィナさんと話をしているんでした。

頭の中だけで消化しようとせず、気になるのなら直接聴けばいいんです。


幸い、私にはリンやフェリア達よりも比較的心を開いてくれているようですし。

自分自身が清らかな存在である『ユニコーン』だという事実がこういうところで役立ってくれているようですね……


セフィナさんはやはり明るい雰囲気とはいきませんが、来たばかりの時や、他の方と話す時よりも多少はマシな顔をしていますね。


……旦那様の下に来た以上は、セフィナさんも助けなければいけない存在なのでしょう。


旦那様が帰って来られる前に何とかしなければ、旦那様はきっとご自身が動かれて何とかなさることに。

そうなると、また旦那様のご負担になってしまいます。


……もう、旦那様が無茶をなさるという事は私達の誰もが望みません。

ですから、私達でできることは何とかしなければ。



「……今回セフィナさんとは少しばかりお話がしたいな、と思いまして。私達もそうですが、セフィナさんもどういう風に接すればいいか戸惑っているようでしたので。セフィナさんがどういった方なのか、良く知ったうえでの方が皆さんも接しやすいと思います」

「私、のこと?」

「ええ。……あなたのことが聴きたいんです」


私の話しかけに応じて何か話してくれるのかと思うと、すすり泣く声が聞こえてきます……

勿論今ここにいるのはわたくしと、その目の前に座っているセフィナさんだけですから、その正体は自ずと明らかでしょう。


静かな森の中、セフィナさんの嗚咽を漏らす音以外にはもう小鳥達がさえずるもの位しか聞こえてきません。


そして、セフィナさんは目から溢れ出る涙で顔をグシャグシャにしながら告白します。


「……私、が悪い、んです。……私の、せいで、国が、プリエルが……」

「セフィナさん、落ち着いてください、大丈夫ですよ?ここは私達や旦那様がいらっしゃいます。あなたへの脅威なんてありません」

「私、のせいで、国も、イーシャも……」

「大丈夫ですよ、大丈夫ですから……」




その後も泣き続ける彼女を宥めて落ち着かせることに尽くしました。

特に話の切り出し方をどうするかは決めていなかったのに、ずっと「私のせいで……」と彼女が繰り返す辺り……


彼女自身にとってやはり自国がソルテールに落とされたことがずっと引っかかり続けていたんでしょう。

そして、落とされる以前に少なからずプリエル国内で何かしら事件があって、セフィナさんはそれに関わっている……


見立てとしてはこんなものでしょう。

さて、どれ位の闇を彼女が抱えているのか……





落ち着きを取り戻した彼女は静かに取り乱したことを謝罪し、若干話すのを躊躇ったんですが、私が


「あなたがどんな罪を抱えていようと、わたくしは受け入れます。私達はその上であなたという一人の人間と接していきたいですし、……何より、それが旦那様のご意向に沿うことにも繋がりますから」


と言って促すと、また涙を流しながらも、ポツポツ話し出してくれました。




「……私がいた、『プリエル』は、小さいながらも信仰心の厚い、国でした。……この世界を創造なさった女神デミス様と、その遣いである聖獣様方を崇め、そのお力をお借りして国は安泰を保っておりました」


……自分が崇められていると人の口から直接聴く、というのは中々新鮮な感覚ですね。

まあ私が聖獣として何かを成したわけでは無いので実感は有りませんが。



「私はそのプリエルで、100年に1度だけ訪れる『女神の神託』で聖女・巫女に選ばれました」

「うーん、……聖女は具体的にはどういった位置づけだったんです?女神様から力を借りることができる具体的な人物、ということなんでしょうか?」

「はい……私は聖女になって『巫女の祈り』というスキルを女神様に与えていただきました」


……そこはディール様にいただいた情報と差異はありませんね。


「……それだけではなく、聖女は一度だけ……異世界にいらっしゃる、勇者様をお呼びできるんです」

「“勇者”……ですか」


……面倒な単語が出てきましたね。


セフィナさんの様子もまた重くなってしまいましたし、問題となるのはここ、なんですかね。


旦那様もあまり“勇者”という言葉には良い思いをなさっていないようでしたし、エフィー姉様も“勇者”の情報を調べる際にはかなり注意を払っていました。


ですから、あまり良い予感はしませんが……


「その、勇者様をお呼びすることで、何か、問題があったんですね?」


私の問いかけに、セフィナさんは直接答えはしないものの、頭をゆっくりと縦に振る。

……やはり、ですか。


「聖女になった際、聖女にだけ入れる『清廉の渓谷』という所に行ったんです。そこの奥深くへと進むと、こんな言葉が洞窟の壁に刻まれていたんです……『勇者を召喚してはならない』と」


……聖女にだけ入れる、という渓谷に、そんな注意書きが……

普通に考えればセフィナさん以前の過去の聖女が書いたものでしょうね。


どういう意図でそれを書いたのかは知りようが無いですが、召喚しての失敗談から、でしょうか?

一度も召喚経験が無いのにダメだ、と決めつけれる根拠というのは中々考え辛いですし。


「ですが、そこから帰ってからというもの、王様も、両親からも、本当に国中のありとあらゆる色んな方から、勇者様をお呼びすることを頼まれました。『勇者様がいらっしゃれば、プリエルもソルテールの脅威に晒され怯える日々から抜け出せる。同盟など組まずとも、強国の仲間入りだ』……本当に、自分の頭がおかしくなる位に何度も何度も」


……この話し振りからすると、セフィナさん自身は勇者を召喚するという事自体にはあまり積極的ではなかったようですね。


「過去の聖女はどうだったんです?」

「あまり多くの記録は残っていないのですが、過去直近の二人の聖女はお呼びすること自体に失敗したようです」


ああ、なるほど、そういうパターンも有るんですか。

となると、その注意書きの真意はやはり分からず、ですか。


まあ100年に1度ですし、そもそも小国なんですから、それ位の記録が残っていれば十分でしょう。


「……それで、あなたはどうなさったんですか?」

「……とても、悩みました。私の本意としては、例え女神様からお借りしたお力を使ってだとしても、異世界にいらっしゃるような勇者様を私達の国の事情どうこうでお呼びするのは、抵抗がありました」

「そうですね……それに、その注意書きも心に引っかかっていた、と」

「はい……もう、どうすればいいか、分からず、いっその事、この苦しみから解放されたい、なんて罪深いことを幾度と考えてしまった位に」


……そう語るセフィナさんの顔はもう、普段から体調が最悪だと定評のあるディール様と比肩する程に青白く、いつ倒れてもおかしくない位です。


宗教色が強いと、中には自殺すら許されないという所もありますからね……

神・女神が与えて下さった尊い命を自ら捨てるなんて、という論理で。


わたくしも、旦那様やクレイさんに救っていただいた命……

とても大切ですし、だからこそそう言った悩みと言うのも分からなくはないです。


まあ要は言い様だと思うんですけどね、何事も。



「それは辛かったでしょう、苦しかったでしょう……私はあなたを責めませんし、否定もしません。続きを、聴かせてくれますか?」

「ユーリ、様……ありがとう、ございます」


彼女は椅子から立ち上がり、片膝をついて両手を握り重ねて私に向かって祈りのポーズで謝意を告げる。


……私が旦那様にこの格好をする分には興奮―もといしっくりくるものがあるのですが、自分がやられるのはこそばゆいですね。



「顔を上げて下さい。私はただ、旦那様が私にして下さったことをあなたにもしているだけです。ですから、感謝するなら、旦那様に」

「……はい。とても、尊いお方なのですね、カイト様というお人は」

「ええ……―それで、迷っていたということですが、その時セフィナさんは……」

「はい……迷って迷って迷って、そうして迷い続けていた私に、イーシャが―同い年で幼馴染の男の子が、相談に乗ってくれたんです」


最初に、セフィナさんが取り乱した時に出た言葉の中に、その人の名前が確かありましたね。

その“イーシャ”という人の名を出した時、セフィナさんの顔は何とも言えない、とても複雑な様子でした。


嬉しいような、悲しいような……まあそこがですから最初に取り乱していた内容と繋がってくるんでしょうが。


「……その方は、あなたに何と?」

「はい。……『清廉の渓谷』に書いてあったことも、私がとても悩んでいることも、全てを打ち明けて相談しました。そうしたら、イーシャは……『どんなことがあっても俺がセフィナを守るから!!俺が絶対に守って見せる!!―だから、国の人のためになるんだったら、やってみろよ』って……」


……思っていた言葉とは違いましたね。

まあその言葉からその男性がセフィナさんに好意を抱いていること、そこからセフィナさんに対して好印象であろう言葉を掛けたという事だけは分かるんですが……


セフィナさんの知る人にも、旦那様を知る分何か自分の期待していたことを求めていたようです。


誰もが旦那様のようにできるわけでは無いし、できたとしてもそれを実行に移せるわけでもありません。

……それが『人間』という生き物ですからね。



「……とすると、あなたは……」

「はい、イーシェの言葉に勇気づけられ、私は勇者様を召喚しました。……そして、いらした勇者様―ミズキ・タカマチ様という女性の勇者様はとても怒られました」


……そう、なりましたか。

とすると、行き着くところが見えてきましたね……


「……王様や、国の偉い方々総出であれこれ手を尽くされたそうですが、ミズキ様は直ぐに国を去り、その後に帰ってきたのは……大群を率いてきたソルテール帝国でした」


それ程までにピンポイントな時期にプリエル国が狙われると言うのはどう考えても勇者絡みでしょう、どこからどう漏れたかは分かりませんがね。


となると……旦那様がおっしゃっていた、ソルテールが勇者を召喚した、というのはどこかで話に色んな尾ひれが付いて回った可能性が高いですね。


いや、逆にソルテールがワザと尾ひれを付けて吹聴した、ということも……


まあそこの考察は後ですね。


「成程……それで今に至る、というわけですね」

「はい……同盟国が駆けつける間もなくプリエルは一掃されました。圧倒的な、力の差を見せつけるように。イーシャや親しい人々は皆ソルテールに投降し、一方で私は何もすることができず、火事場泥棒のように現れた人攫いにさらわれ……」

「……そう、ですか」

「ですから、私のせい、なんです。私が、勇者様をお呼びせずに、あの忠告に従っていれば……プリエルも、イーシャも……」


……そこで、私は彼女の言った言葉を聞いてハッとする想いになりました。

私個人の主観ではありますが、彼女は自分の利害云々関係なく、出来る限り事実を物語っていたように映りましたし、実際そう聴こえました(これが演技ならもう皆騙されるんじゃないでしょうか)。


そして、今の話を聴く限り、私にしたら悪いのは普通にセフィナさんを煽って勇者を召喚するように仕向けた愚かな民衆や王達国自体、そして根拠など何もないだろうに感情論だけで最後の止めを刺したであろう幼馴染の男性。


であるのに、彼女は「自分が悪いのだ」とここまで自責の念で苦しんでいる……

何の言い訳をするでも無しに、ただ純粋に、自分が悪いのだと……


ああ、この子は聖女に選ばれるだけのことはある、とても清らかな心の持ち主だ。




恐らく、彼女の認識としては、『勇者を召喚してはいけない』はソルテールという大国を呼び寄せる原因になるから、という位のものだと思う。


でも、私の見解としては異なっていて、前提として、彼女達の国、プリエルは有り難いことに私達聖獣をも厚く信仰してくれていた。

そして、これもまた前提として、その代の勇者が決まると、何らかの超常現象が起こり、それが今代の勇者の数を表す……


旦那様はエフィー姉様からその話を伺った際、怪訝に思われたそうですが、私自身、それに恐らくリンやフェリアは少なくとも本能的に分かっています。


……私達は勇者の数を表すためだけに、因果をゆがめられ、あんなことになったんです。


もしかしたら、前任の聖女は勇者を召喚してしまうと、私達聖獣に、では無いにしても何かしら良くない結果が起こりうることを分かっていたのではないでしょうか?


そう考えると、そもそもの召喚の儀式自体に失敗したというのにも説明づけられます。

……つまり、国や周りの期待には応えたいが、だからと言って呼び出してしまうのもギャンブルです。


失敗した、とすると信仰心の厚い国です、中には疑問に思う者もいるかもしれませんが「女神様への信仰が足りなかったんだ」と抽象的な理由でも納得させることができます。



……となると、私、それにリン・フェリアが聖獣だと言う事は彼女が孤島の生活に落ち着くまでは知られないようにした方が良いでしょうね。


彼女自身、頭も悪くはないでしょうし、それを知ると、自分が呼び出したために私達聖獣を巻き込んだという事に行き着くかもしれません。


そんなことになれば、セフィナさんは自分を責めるでしょう。


信仰心が厚いという事が裏目に出て、もしかしたら最悪の結果……いえ、旦那様の奴隷だという事ですから、自殺を図ることはできないんでしたか。


まあそれでも、彼女が心を閉ざしてしまう事は私達にとって望まないことです。


旦那様のご意向にも反します。


では、方針は私達が聖獣だという事を隠したまま、彼女と―


「いや~、リンの雷の威力は凄いのう。我も強くなった気でいたがやはり聖獣の攻撃は属性を纏っていても疲労が溜まるぞい!」

「いやいや、リゼルンも凄かったよ?聖獣である私の攻撃をあんなに耐えたのも凄いけど、森の周りをうろちょろしてたおっきな怪鳥一撃で倒しちゃったじゃん!!」

「まあ何やら一度剣になってまた復活して逃げて行きよったがな。不思議なモンスターじゃったのう……」

「……ってあれ?ユーリにセフィナじゃん!どうしたの?」

「……え?リン様が……聖獣?」


……わたくしの決意は、儚くも散りゆくことになりました。


場所を選ばずディール様の家に入ってそのまま話してしまった私にも非は有るかと思いますが、リゼルさん、ユーリ、あなた達は、本当に……


「え?うん、知らなかったっけ?そこにいるユーリも、フェリアの奴も聖獣だよ?」


さらに追い打ちとばかりにリンが無残にも真実を告げてしまい、そこでセフィナさんは声を上げられない位に酷く驚いて椅子から立ち上がります。


……リンの言葉だけでも今の内容を信じてしまう辺り、やはり無意識的にではあっても私達が聖獣であるという雰囲気は感じ取っていたんでしょうかね。


なら、遅かれ早かれ気づかれていた、かもしれませんね。



「……あれ、何やらよく分からんがマズイ空気、か?」

《姉じゃ……また何やらやらかした、です?》

「いや、我は一切そんなつもりは……」

《無意識的にやらかすのが姉じゃです。そこを失念した私のミスでもある、ですが、やはり姉じゃは油断なりません》

「な!?ファルよ!!虐めか!?我を虐めているのかえ!?」


そんなことを言い合いながらリゼルさんはやらかしたことを理解して直ぐに出て行きました。

……ここに立ち寄った意味はあまり無かったようですね。


リンは何となくこの場の空気を理解し、先ずは顔面蒼白になってしまったセフィナさんを宥めることに尽力してくれます。


セフィナさんは「私の、せいで、聖獣様方まで巻き込んで……」と呟いていたのでやはり勇者と超常現象との関連性、それに、私が考えたことにも思い至ったようですが……


「まあまあ一端落ち着きなって。セフィナが何を思って苦しんでても、それが勘違いだってこともあるんだから!とりあえずは私達にちゃんと話せるよう落ち着くところから、ね?」


リンの明るい・ポンポンと進める会話術のおかげか、セフィナさんは顔の青さはそのままですが、直ぐに落ち着きを取り戻してくれます。


リンは私に向かってウィンクしてくる。

…………


「で?セフィナは何をそんなに深刻に考えてんのさ?」

「……リン様や、ユーリ様は、聖獣様、なん、ですよね?」

「うん?そうだけど?何なら実際に見る?」


リンはそう言って麒麟キリン本来の姿に。

そしてまたいつもの人型に戻ってから私にも同じことをするよう促す。


……まあ、ここまで来たら下手に隠すのは悪手ですかね。


私も同じくユニコーンの姿に戻り、また人型へと。

その一連の過程を見て、更に驚いてはいるようですがセフィナさんはおずおずと語りだします。


「……私、はプリエルや幼馴染だけじゃなく、聖獣様までをも……」


セフィナさんが何とも形容しがたい悲痛な表情をしながらもそれを言葉にすると、リンが「あ~、何となくどういう状況かは分かったわ」と私に聞える位に呟く。


リンも普段から悪知恵を働かせたり、そもそも私と同じ聖獣だけあって頭の回転はとても速いですからね。


「あんましさぁ、終わったことぐちぐちと言ってもその過去自体は変えられないよ?『時空魔法』使いとかなら話は別だけどさ」

「そうですね、ってしまったからこそ過去なのです。それは私達がどうしたいか、という想いとは何の関係も無く言わば別の生物として動いているんです」

「そうそ、別にそのこと自体を忘れたり反省しなくてもいいって言ってるわけじゃないよ?自分がやってしまった悪いことってのはちゃんと省みて、何が悪かったのかを考えるのは大切だけど、そんなこと言ってもどうしようもない、って事実だけは変わらないんだから。要するに、回顧に使う時間はちゃんと考えなって話!」

「……ですが、私は、自分の浅はかな考えで、国や、イーシャを……聖獣様方まで」

「ですから、『浅はか』だったと思うのなら、今度何かの岐路に立ったら、ちゃんと時間をかけて考えなさい。じっくりと。……結果論で言えば確かに勇者を召喚して、最終的に私達の因果は狂ったかもしれません」

「…………はい」


セフィナさんの顔が更に引きつってしまいますが、これ以上悪くならないよう私は直ぐに「ですが」と付け加えて彼女に説く。


「結果的に言うんなら私達はむしろあなたに感謝したいくらいなんですよ?」

「……え?」

「だって、そのおかげで、私達は掛け替えのない大切な存在―旦那様やクレイさん達と出会えたんですよ?」

「そうそう、お兄やクレイさんは勿論、お姉やエフィー姉達と出会えて、私今無茶苦茶充実してるよ?親がいない時間なんて―寂しがる時間なんて殆ど無かったし」

「はい。エフィー姉様という姉まで、直ぐに出来て……今生きているこの場がとても心地よくて、手放したくないものだという事はきっと私達聖獣3体共通の想いでしょう」


フェリアは今この場にはいませんがあの子が持つ旦那様への想いは人一倍強いものですから、事後確認でも大丈夫でしょう。


セフィナさんも完全に納得した訳ではありませんが、今の私達の言葉で多少なりとも罪悪感からは解放されたようですね。


後一押し、という所ですが……


……こうなったら着地点については多少強引ではありますがこの子についても、旦那様のためになる方向へと持って行きますか。


何より、この子の清らかな心は旦那様の疲れ切った心のオアシスともなるかもしれません。

私自身も似た存在ではありますがどこまで真似ても『聖獣』です。聖女という肩書を持った『人間』にはなれませんから。


旦那様はお優しいですから、そこは気に為さらないかもしれませんが、そんな旦那様だからこそ純粋な人との愛もキチンと育んで欲しいのです。


……ですから、セフィナさんにも……


「……私達も、今のあなたのように、最初はまともに動くこともできずただ死へと向かうのみという絶望を味わいました……そこに現れて私達にも助けてくれる人がいる、と教えてくれたのがクレイさんで、希望がちゃんとあるんだと、その温かな手で救い出して下さったのが旦那様でした」


私がそこまで話すと、リンは何を思ったか、続きを勝手に引き受けて話し出す。


「ねぇ、セフィナ、奴隷が闇市で売られたり、景品として引き取られたりすると、どうなるかって知ってる?」

「……少しだけ、聴きました。……私はどこに行っても、恐らく良いことは無い、と」

「ユウに聴いたんだけどさ、やっぱりユウやお兄達の例は完全に例外なんだよ。……マニアの手に渡れば、その歪んだ好奇心を満たすためだけに死ぬ方がマシだと思えるような拷問をされたり、男の手に渡ればその性欲を満たすためだけのはけ口にされて慰み者に……飽きたらオーガやゴブリンとかにあげちゃうんだって。―セフィナは一歩間違えれば、そんなことになってたかもしれない」


リンはそこでニヤッと笑みを浮かべて私を一瞥する。

……私の意図に気付き、ましたか。


「あ、あぁ……」


セフィナさんは今の話を聴いて想像でもしたんでしょうか、呻き声のようなものを上げて震えています。


……今回は仕方ありませんね、セフィナさん自身のためにも、そして、旦那様のためにも……


「……そんなところを、旦那様がシアさんを遣わせて救い出して下さった」

「カイト様が、私を、救い出して……下さった」

「あなたにとっては少し酷かもしれませんが、あなたが景品だったから旦那様やシアさんは頑張ったわけではありません。―しかし、これは逆に考えれば旦那様は誰であろうとそのようになさるんです。……それ位にお優しい方、なんです」

「うんうん!お兄はやっぱり凄いよねぇ……自分のことなんて少っしも省みず、助けようと思ったら一直線に助けちゃうんだよ……だからこそ、一方でお兄は傷だらけ。さてどうしよう、って話になるよね?」

「あぁ、ああ……」


そうして、セフィナさんは先程私にしたかのように、今度は誰もいない、どこか違う方角に向かって祈りを捧げる。


「聖獣様だけでなく、こんな罪深い私なんかをも救って下さるなんて……カイト様はなんて慈悲深きお方なんでしょう……私がお仕えし、この命有る限り尽くす方、と言うのはカイト様のことだったんですね」


その言葉を聞くだけで、リンの顔はニヤニヤと……

止めなさい、その顔。


一通り祈りが終わったのか、セフィナさんは立ち上がり、私達に向き直る。

その顔はとてもスッキリとしていて穏やかなものに。


これが本来のセフィナさんの顔、という事ですかね。


「私も、カイト様のために何かをしたく思います。私にできることは、ないのでしょうか?」

「うーん、そのために少し聴きたいことが―あなたの『巫女の祈り』というスキルが恐らく鍵にはなると思うんですが、一向に強くならない理由は分かりますか?」

「あっ、それは……」


彼女は少しだけ頬を赤くして俯く。

リンが何かを察知したのか、追及に走る。


「え!?何か恥ずかしい理由?別に私達気にしないよ?だからさ、言っちゃいなよ!!」


どこの子供ですか、あなたは……

ですがそれでセフィナさんは話し始めてしまいます。

……私より、リンの方が打ち解けやすいんでしょうか?


「そ、その……最初、は……イーシャと、と思っておりましたので……ですから、私、まだ……」

「へ?イーシャって何回も出て来るけど……」

「セフィナさんの幼馴染の男性だそうです」

「ってことは……え!?何、セフィナ、処女ってこと!?ってかそれとスキルに何の関係があんの!?」


私はリンの反応とほぼ同時にディール様から頂いた紙を再び取り出して開く。



巫女の祈りⅠ:女神に祈りを捧げ、その祈りに応じた彼女から力を借りることができる。借りることができる力の大きさは彼女に捧げた祈りの回数と送った愛に比例する。



「まさか、“送った愛”って!!」


それを告げると、セフィナさんは耳まで真っ赤にしてコクリと小さく頷く。


「……ですから、ここに来るまで、女神様に、もしかすれば、愛を送れすらできない、ただ辱められるだけになるかも、と思っておりましたし……」


リンは私から紙を取り上げて、その内容を素早く一読する。


「なぁ~んだ、そう言う事か。このスキルの定義からすると、要するに嫌いな奴とエッチなことしたらセフィナは弱くなったってこと?」


結構直截に聴きますね……


「……はい」

「でもさ、それならマズくない?お兄のために何かしたいってことはつまり……そういうことだよね?でもお兄、無理やりとかいやいやとかは絶対しないしなぁ~、だから、セフィナも無理に恩を感じてそんなことを言わなくても―」

「いえ!無理なんかではありません!!そ、その、わ、私なんかでは魅力が無いかも、しれませんが、この身を尽くして私をお救いして下さった神のような存在―カイト様にお仕えしようと思っております!!」


「あちゃ~、『神のような存在』とか言い出しちゃったよ!!……でもまっ、いっか、お兄が帰ってきた時その方が面白そうだし!!」位に思ってるんでしょう、リンは。


笑いを必死に堪えている様子からもありありと伝わってきます。


「ふぅ~、なるほどなるほど。セフィナがお兄のために体を張る覚悟も持ってるってことは分かった。スキルの定義からするとお兄と回数を重ねればいいと思うけど、そのためにはお兄を何とかしないといけないね」

「が、頑張ります!!」

「お兄はガードが堅いよ~?お姉やシア姉達の誘惑すらでき得る限り避けまくって来てるし、経験回数も両手で足りるって話だし……セフィナ、そんな服で本当にお兄をちゃんと誘惑できんの?」

「あっ、キャッ!」


リンはセフィナさんの修道女のスカート部分をたくし上げる。

セフィナさんは反射的に押さえつけようとしますがリンのその素早い行動に、その努力は水泡へと帰すことに。


「う~ん、セフィナ自身のスペックはシア姉にも負けず劣らずって感じだし、この衣装も凝った感じはする、まあマニアは好きだろうけどさ、スカート状にするんなら純粋に露出少なすぎない?」

「そ、その……私、あまり肌の、露出、は」

「あ~、まあ確かに宗教色が強いとそこんとこ抵抗あったんだろうなぁ……あっ、ならいい方法があるよ!ちょーっと出かけて来るから、二人はレベル上げでもしてきて!ほんじゃ!!」

「え?あっ、ちょっと!リン!!……行っちゃいました」


私の静止を一切聞かず、リンはリゼルさんと共に入って来た扉から真っ直ぐに出て行きました。

何なんでしょう……また、何かおかしなことを考えてなければいいのですが……





その後、リンに言われたとおり、呆然と立ち尽くしていたセフィナさんと、リゼルさんとの修行を終えたところのフェリアを引き連れて“死淵の魔窟”でレベル上げを敢行。


勿論セフィナさんに戦わせるわけでは無く、実際の戦闘の9割はフェリアに担ってもらいました。

ちなみにフェリアがフェンリルの姿になった際セフィナさんは多少驚きはしたもののもう既に先程のように真っ青になる程常態を崩すことは無かったのでそこは一先ず安心ですね。


直接倒せることは無いですし、パーティーを組めるわけでもないのであまり効率が良いとは言えませんがそれでも普通の雑魚敵を狩るよりかはここは敵が遥かに強いのでまだマシな方です。



それを3時間程続けたところで、リンが私達を迎えに来ました。

どうやら街へと駆り出していたようです。

フェリアには礼を言い別れ、セフィナさんを伴って一先ずは孤島へ。


孤島に戻ってどういう意図なのか聴くと、手に持っていた衣装を広げてセフィナさんに着るように促します。


これ等は……普通に青と白の修道女の衣装、では?


今彼女が来ているのと一体どこが……


セフィナさんも多少の戸惑いを見せますが、リンに促され結局着替えることに。


そして数分後……



モゾモゾと内股をして所在無さげにその眼を彷徨わせているセフィナさんが姿を現した。

その理由は直ぐに明らかに。


「そ、その……リン様、これは……短、過ぎませんか?」

「え~?いいじゃん、だからこそロングの手袋やソックスが有るんじゃん!フードの部分だってあるし、実質的に肌の露出は抑えられてるでしょ?だから女神様もきっと許してくれるって!!……背徳感とかあったりするの?」

「た、多少は……で、ですが……そ、その、大事な、ところが、とてもスースーします。直に、風が、当たっているかのようで……」

「どうせ肌の露出具合が変わらないんならそっちの方が絶対良いって!!お兄だって普通にそっちの方が好きだって」


……今ボソっと「(多分)」って付け加えましたね、リン。


「……そうなので、ございますか?カイト様のお気に召すのでしたら……慣れるよう頑張ってみます!!」

「うんうんその意気だよ!!」


そんな無責任な……


とは言うもの、聖女と言う清廉さを汚さないようリンが買ってきた衣装はとても高価な素材のもので、布地の大半を占めるその青も色から連想される清らかさだけでなく、何かの魔法を施した雰囲気が感じられるから、やはりそこからもちゃんとした一品だということが窺える。


ただ一方で腕と脚は本当に付け根の辺り位までしか布地が伸びておらず、その部分を何とか手袋やソックスの布地でカバーしていると言ったふうになっている。


これはかなりギリギリなのでは……



「色はそれと白しかなかったからそれはゴメンね―ああ、お金はちゃんとお兄から貰ってる分で買ったからそこは心配しないで!ちゃんとセフィナがお兄のために動いてくれるってことが何よりの私へのお返しだから、ね?」


……リン、あなたは何時からそんないい人キャラへと転身したんですか?


「お兄を満足させるための技術は持って来いの人材―アリシア達に聴けばいいよ。あの子達はもう言わばプロ中のプロだから」

「は、はい!!―何から何まで、本当にありがとうございます。必ずカイト様のお役に立って見せます!!―失礼します!」

「はいはい!頑張ってねぇ~!」


手をプラプラと振って、アリシアさん達の下へと向かったセフィナさんを見送るリン。


そして彼女の姿が見えなくなる頃、「意外だなぁ~」と話を切り出す。


「何が、ですか?」

「いや、ユーリ、途中からセフィナの説得の方向変わってたでしょう?」

「……嘘は一切ついていませんよ?」

「今回に限っては私も同調したし、別に一切責めてないよ?―ただ、ユーリがお兄のために積極的にエロい方向に持って行くってのがちょーっと意外だったってだけ」

「そんなことはありませんよ。わたくしは旦那様をお慕いしていますし、なんならあの2つの腕で押し倒されたいです!!」

「…………は?」

「守らなければいけないユニコーンの純潔を旦那様に強引に奪っていただける日が来るのを今か今かと待ちわびています」

「……あ~、はいはい、分かった分かった。要するに腹黒なだけでなく頭ん中真っピンク色だった、と」

「……今回限りは聴かなかったことにしておいてあげます」

「そりゃどうも」

「セフィナさんも彼女は彼女で旦那様をお慕いするようになりましたし、強くなるための条件、ということでもあります。旦那様も流石にこれは断り辛いでしょう」

「まっ、そうだねぇ……お姉たちの気持ちも分かるけど、やっぱりお兄はもっと人と身体的に接するべきだと思うしね」


ええ。全くもって……








次の日から、本格的にセフィナさんはアリシアさんから色々と手解きを受けることに。

最初は「自分の接し方に非が有った」と皆さんに謝罪していましたが皆さん特に気にしていませんでしたし、この孤島に馴染むのはもう時間の問題でしょう。


ディール様からも「助かったよ」という言葉をいただいたので私のやるべきことがまた無くなり暇ができたな、と思っていると、孤島で私達の最初の家でもある建物から何やら不穏な気配が―なんてことは無く、ただ純粋にクレイさんだったようです。


クレイさんが私達を察知して駆けつけてくれたように、私達側からも、クレイさんの居場所は何となく本能的に分かるようになっています。



何を、なさっているんでしょう……


クレイさんは私達ですらもいつ、どこで、どのようなことをなさっているか、というのは把握しきれません。

暇だという事もありましたが、そんな興味本位で、私はクレイさんが何をなさっているのかが知りたくて様子を窺っていると……




クレイさんが向かったのは、今孤島にはいらっしゃらない旦那様のお部屋でした。

特に入るのに制限を設けてあるわけでもありませんから誰でも入れるわけですが私に限っては入ろうとは思いませんでした。


やはり旦那様がいらっしゃらない間に勝手に入るというのは気持ち的にも憚られますし……

あぁ、でも、その背徳感を味わいながらいけないことをする、というのもそれはそれで有り……




「いや無しだから」

「な!?リ、リン!!いつからそこに!?」

「ずーっといたけどね。でもユーリが訳の分からないことをペラペラ口走ってたから黙って見てただけだよ」


くっ、不覚!

リンに今の言葉を聞かれるなんて……


「ん?二人とも、何やってるでありますか?」


そんな騒ぎを聞きつけたのか、フェリアが合流してきます。


「いえ、特には。―ただ、クレイさんが……」

「? クレイさんが……どうしたでありますか?」

「あ~、別に変ったことじゃないよ?お兄が出てってからしょっちゅうだし。クレイさんがお兄の部屋で寝てるってだけ」


え?クレイさんは……旦那様のお部屋で寝ていらっしゃるんですか?


「!? ……そうでありますか。では邪魔しちゃ悪いでありますな。二人とも、戻るであります」


ん?何か……フェリアの様子が途端におかしいような……


「え?別にちょこっと覗くくらいなら大丈夫だって。別にクレイさんはお兄の布団を使ってただ寝てるだけだし。……誰かさんとは違って」


リンはいつもの嫌な笑みを顔に張り付け、フェリアを見ます。

フェリアは「うぐっ!?」と声を上げたじろぎ、冷や汗をダラダラ垂らしています。


「……な、何の話をしているでありますか?フェリアにはよく分からないであります」

「へ~、白を切るんだぁ……別にいいけどねぇ。クレイさんはただ純粋な気持ちでお兄の布団で寝てるだけなのに、誰かさんは一体お兄の部屋を使ってナニをしてるんだろうね?『ダ、ダメでありますぅ~!!に、兄さん、そ、そこを強く吸っちゃ、ラ、ラメェ~~~~~~~!!』なんて一人で卑猥な声を上げて……ねぇ?」


辺りの空気が一瞬にしてひんやりと下がったのが肌で感じられた。

……はぁ、全く……


「……リン、何か言い残すことは有るでありますか?リンの記憶がちゃぁんと跡形も無く消えるよう配慮してやるであります」

「へぇ~、私、遺言を残しても良いんだぁ!!なら、ねぇ……『兄、さぁん、熱い、熱いであります!!フェリアの、フェリアの体が、とろけて、とろけてしまうでありますぅ~~~~~~!!』って誰かさんが言ってたのをお兄に伝えてもらおうかなぁ~?あっ、まだ一杯あるけど、どうする?もう少し遺言残しといた方が良い?」

「死ねぇーーーーーであります!!」

「はん、やってみなよ!!リンちゃんの恐ろしさ、身を持って思い知らせてあげる!!」


雷と氷の礫が交錯する寸前、私は声を張り、二人に戒告する。


「止めなさい、二人とも!!」

「「っ!?」」


どうやら衝突が起こる前に止めることができたようです。

どちらも、まあ本気で殺そうと思っていたわけでは無いでしょうし、実力者ですから寸でのところで止めることも難しいことではないでしょう。


「はぁ~~~~。二人とも、話が脱線しすぎです。特にリン、あなたはいつもいつも……」


私が深いため息を吐く一方で、リンは「えぇ~」と唇を尖らせてかなり不満げです。


「だってその方が面白いんだもん。往々にしてさ、つまらないよりかは、面白い方が良いじゃん!」

「場面を考えなさいと言ってるんです!全てにおいてそれが当て嵌まるなんてことはあなたの独りよがりな考えでしかありません」

「ちぇ~、はいはい、わかりましたよーだ!」

「はぁ……それにフェリア」

「……何でありますか」

「別にダメだとは言いませんが……もう少し上手くやりなさい。だからいつもリンにからかわれるんですよ」

「…………分かった、であります」


はぁ……何とか鎮めることができました。





その後、私達はクレイさんの様子を確認するためにそおっと旦那様のお部屋を覗くことに。

そこには、旦那様の枕をギュッと抱きしめながら、子猫のように丸まって、規則正しい寝息を立ててお休みになっているクレイさんの姿が。


「……すぅ……すぅ……カイ、ト……すぅ……すぅ……」



そして、その途中で旦那様の名前をお呼びになります。

クレイさん……


……クレイさんの目からは光る雫が落ちて、旦那様の枕を濡らしていました。


それを見た私達は、誰から言ったというわけでもないのに、3人皆がクレイさんに寄り添って同じく、しばしの眠りにつきました。









ん…………ん?

どれ位……眠ったでしょう?


もう……夜、ですか……


ん~!!

良く、寝ました。


「……ユーリ、おはよう」

「あっ、クレイさん……おはようございます」


クレイさんは既に起きていらしたようです。


「ん~……あ、れ……結構寝ちゃってた?」

「……兄、さん、クレイ、さん…………ん?あれ、ここは……」


二人もどうやら起きて来たようですね。


「…………」


すると、クレイさんが突如のっそりと立ち上がって私達に近づいて来ると……え?


「え?あの、その、クレイ、さん?」


クレイさんはいきなりその両腕で私を抱きしめる。

起きたばかりと言うことも有って少し混乱してしまいます。


「…………うん、ユーリ、モフモフ。温かい」

「は、はい……ありがとう、ございます?」


クレイさんはそう言って私から離れると、今度はリン、フェリアも同じように抱きしめて行きます。


「…………リンも、温かい」

「え?う、うん、あんましそう言う事は考えたこと無いけど……そう、なのかな?」


「…………フェリアも、ちゃんと温かい」

「そうで、ありますか?……それは、良かったであります」


一通りそうして私達を抱きしめた後、クレイさんは私達と同じく床にぺたんと座り込み、そしてとても悲しそうなお顔をなさいます。


「あの、クレイさん?どうか、なさったんですか?」

「クレイさん!!気になることが有るんなら私達相談に乗るよ?」

「そうであります!!フェリア達に話すであります!!」

「…………3人の体……温かかった。でも……クレイの体、冷たい」


え?『冷たい』?

リンとフェリアも同じようにポカンとしています。

どういうこと、でしょうか……


クレイさんは目を伏しがちに、今の意図についてを話してくださいます。


「……クレイ、ずっと、独りだった。……独りで、一杯、戦った」

「それは……クレイさんがわたくし達と出会う前の話、という事ですか?」


その質問に、クレイさんはコクッと頷いてくださいます。

確か……クレイさんは過去、魔王の部下だったということでしたね。


「……クレイ、一杯生物、殺した。人間も、モンスターも、一杯」

「んーっと、それがクレイさんの中で引っかかってるの?私は別に気にしないけど。お兄も私達がまだ弱っちいとき、そんなこと気にしてたけど……」


リンの問にしかし、クレイさんは首をフルフルと横に振って否定します。


「……クレイ、何も、感じなかった。殺す時、殺した後、何も、ずっと、ずっと……」

「クレイ、さん……」

「……一杯、血、見た。クレイ、血まみれになった。でも、何も、感じなかった」

「でもさでもさ!!クレイさん、魔王の部下なんだったら命令に従わないといけなかったんだから仕方ないって!!」

「……でも、何も、感じなかった。辛い、も、嬉しい、も何も……」

「……それでも、私は凄いと思うけどなぁ……ある意味独りで戦い続けるってとっても苦しいし、純粋に難しいと思う。だから殊強さと言う面だけを見たらさ、クレイさんはとっても強いんだと思う」

「……そう、ですね。『何も感じない』とおっしゃいましたが今、それをクレイさんは疑問に思われる心をお持ちになったんですよね?そのお友達だった方や、加護をくれた聖獣のおかげで」

「…………うん」

「じゃあ問題ないであります!!クレイさんはクレイさんでありますよ!!」

「フェリアの言う通りです。その過去を回顧できるという事自体、もう既にクレイさんが心を持って、何かを感じられるようになっている証拠ですよ。ですから何も変わらず、クレイさんは私達にとってかけがえのない存在であるクレイさんです」

「うんうん!クレイさんは自分が冷たいって言ったけどさ、私達を助けてくれた時、私達はとっても心、温かくなったよ?別に自分自身がどう思うかは自由だけど、重要なのは相手がどう思うかだと思うけどな!!―あ~、なるほど、今クレイさんはお兄がいないからちょっと精神的に不安定になってるだけだよ、大丈夫、お兄も帰って来るって約束してくれたんだし」

「…………うん。カイト、帰ってくる、約束、してくれた」

「はい。……クレイさんは旦那様と接すると、どう思われますか?」

「……カイト……カイトと一緒にいる……とても、温かい」

「はい。それは別に純粋な温度の話のように、旦那様と一緒にいると心がポカポカすることが、必ずしもクレイさんが冷たいことに繋がる訳ではありません。―私達にとっては、お二方どちらとも、とても温かな存在です」

「…………3人とも、ありがとう。……クレイ、嬉しい」

「あぁ!!クレイさん、その笑顔、すっごい良いよ!!お兄にも見せてやりたいくらい!」

「……クレイさん、魅力的であります!!」

「? ……クレイ……いい?」

「はい!表情が豊かになっていますよ、クレイさん」

「うん、クレイさんちゃんと感情があるからこそそう言う風に嬉しかったり悲しかったりすることを顔に出せるんだよ。だから大丈夫!」

「そうであります、今までよりもずっと綺麗でありますから、クレイさん!!」

「……ん、ありがとう」




その日の終わりにハッキリと見た、クレイさんの笑顔は、きっと今後一生忘れることが無い位に美しく輝いたものだったのでした……


======  ユーリ視点終了  =====

 

~余談~


=====  リン視点  =====


ユーリとフェリアが部屋を去った後、私は1人、クレイさんの下に残る。


「クレイさん、クレイさんってお兄のこと、好き?」

「? うん、クレイ、カイト、好き」

「じゃあさ、いつもクレイさんがお兄にギュッて抱き着くのって親愛とか、好意の表れみたいなものなの?」

「……うーーー……多分、そう」


私はそこまで聴いてキランと何かを閃いたような気がした。

その漠然とした感覚を無くさないよう急いで言葉にして捲し立てることにする。


「でもね、でもね、クレイさん、人間が本当に大切だったり、大好きな人にすることって、そうじゃないみたいだよ?」

「? ……じゃあ、どう、する?」

「お互いに肌を重ね合わせて……そしてその先に進んで、お互いの温かさを確認し合うんだって」

「…………もっと、カイト、温かい?」


少々言葉足らずな部分もあるが、もうクレイさんが何を言っているかなんて分かる。


「うん!!―でもね、お兄はあんまりそれをしないみたい。あんまりしないのに、お兄はあんなに優しくて温かいんだよ?もし、その先へと進んだら……お兄はもっと優しい・温かいお兄になると思わない?」

「……うん。カイト、もっと優しく、温かくなる!―……リン、クレイ、どうすれば、いい?」


よし来たっ!!


「任せて!!お姉もそろそろ修行の峠を越えるそうだし、アリシア達にはもう話は通してるから!!」



ふっふっふ……

お兄にだってメリットになるんだし、リンちゃんマジ健気!!


セフィナだけでも十分面白いことになりそうだけど、これにクレイさんが加わったら……


あぁ~お兄が帰ってくるのが楽しみ!!


=====  リン視点終了  =====

これにて第4章終わりとなります。


今の情報だけでセフィナの能力を判断するのは結構難しいかと思いますが、今のところは後に上げる白騎士のステータスと共に一応の判断をしていただければと。



本編は次話より第5章となります。

“騎士団潜入編”ですね。


色んな人がまた出てきますが……まあ頑張ります。


では、第5章の予告編と称して、今あるメモの範囲で出るだろうな、と想像されるセリフを幾つか上げておきます(あくまで予定ですので参考程度に留めておいていただければと思います)。


~第5章予告~



「ここが……王都か」




「私は認めない!!例えユウが貴様を予めチェックしていたんだとしても、だ!!私達女性騎士だけで十分やって行ける!!」




「……ボクは、ユウさんは勿論、シキさん達各隊長の皆が大好きです。―……大好きだからこそ……ボクはこうするしか、ないんですよ」




「あれが……勇者の二人か……リア充爆発しろ」




「ちょ!?旦那、マジ勘弁して下さいッス!!ふざけんのも大概にして欲しいッスよ!!」

「え!?ウソッ、これ、俺が悪いの!?」




「あなた達騎士のせいで、私達の大切な人が、私達の目の前から……」

「私達姉妹は、あなた達騎士を、許しません!」




「2000人冒険者を用意して下さい。私を護衛して無傷で送り届けることができれば、私が倒してご覧にいれましょう」




「ふぅ~、最近の冒険者は腑抜けたもんだね。ゴホッ、蟻が1000匹出ようが10000匹出ようがどうとでもなるだろう。いつから人間は蟻ごときに怯えるようになったんだい?」




「……あなたが、6人目の、Sランク冒険者、ですか?」




「この王国は化物しか飼ってないのかよ!?勇者の野郎、とんでもない化物抱えてやがった!!」



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