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前日……

それから早くも5日経った。


スパーリング開始初日に3分耐えられるようになってからというもの、どんどん“闘気”の扱いについて慣れて行った。


途中からはただ攻撃を受けるだけでなくハイ・スケルトンから来る攻撃を回避したり逆にハイ・スケルトンを倒して行くことも可能となって最後の日のセットでは闘気を使わずに3分持ちこたえることにも成功した。



HPはその分ぐんぐん上昇したものの、最後の方は魔力操作を使わずともいなせるようになったためにMPはあまり上昇しなかった。

それでも猛毒の修行のおかげで当初より随分と強くなったのは『千変万化』の習熟度が76%にまでなったことからも納得できるだろう。


並行して行っていた試験の勉強も捗り、ディールさんから「これならどうやっても落ちることは無いだろう」とのお墨付きをもらった。


なので、最後の日の朝は勉強はもう行わず、俺が発った後の事務的なことについて話しあった。



先ずエフィーの修行の第4段階で家を建てる、と言われ、それに伴って孤島をいじる許可が欲しいとディールさんに頼まれた。


ちなみに孤島・ワープについてディールさんに結局は話したのだが、ワープに付いて会話することが有った。


「……それは恐らく『時空魔法』だろう。ああ、『時空魔法』は基本的に『時間魔法』と『空間魔法』に分けられるがその後者だね。ゴホッゴホッ……両者ともに光魔法・闇魔法よりも術者が少ないが、空間魔法は少ないにしても何人かは使える者が確認されている」

「……報告書にも書いてあった『オリジンの源剣』のティアーナさんって人とかですか?」

「うむ。時間魔法はハッキリ言って使える者などいるのかどうかわからない。だから『時空魔法』と言っても両方を使えるわけじゃなく、基本それを使える者は空間魔法を使えるのだと思った方がいい。両方使える者などいないだろう」


成程。

時間魔法なんて確かにチートだもんな。

それを使える人がポンポンいたらそりゃ困るわ。


「……兎に角その孤島は空間魔法が絡んでいる可能性は高いね。君がいない間に多少調査しても構わんが……どうする?」


ディールさん、今でも過剰な位色んなことをしてくれているのに、これ以上まだ何かしようとしてくれているのか。

激務で倒れないのが俺には不思議な位なんだが……


「ディールさんに無理のない範囲でお願いします。別にそっちは直ぐに解明しないといけない訳でもないですし、私が帰ってからでも構いませんので。エフィーの修行の方は行っていただいて大丈夫です」

「うむ、了解した。木材についてはシーナ君の修行が上手くいけば今よりも増やせるようになるからそこは心配しなくていい」


うーん、別に俺は環境保護に力を入れているわけでは無いからそこは気にしてないんだけど……


ディールさんの言い方だとシーナとあの「エルフの秘術」とやらが関わってくるのだろうか?

そこはまあ得られるものなら有りがたく頂戴しておこう。



それをディールさんに告げて、シーナが孤島の開発担当であったがエフィーとディールさんが家を造るとなると別に±が有ることにはならないな、という趣旨のことを話すと……


「……ふむ、君が帰ってくるまでにカノン君の従者やエフィー君のメカを何とか増やそうとは考えているがゴホッゴホッ……それとは別に彼女達の補佐は増やしてもいいかもしれないね」

「補佐、ですか?」

「うむ、彼女達には修行に専念してもらおうと考えているからね、他のことについて考える時間はあまりないだろう。特にカノン君だが、彼女には“モンスター”の従者が圧倒的に増えることになる。彼女一人でそれを扱えるだけにはしてみせるがゴホッゴホッ……魔族は下級の魔族を従え、その者達と契約してはその者達に召喚させるという言わばネズミ算式の従者の増やし方をしている」


ああ、なるほど。


要するに、例えば上級魔族Aが下級魔族①、②、③を従えているとしたら、その①、②、③それぞれに10体ずつモンスターと契約させて来たら上級魔族A自体は①、②、③しか召喚できないがその①、②、③は10体ずつ召喚できるんだから実質33体を従えているということになる。


だからカノンに限って言えば下級の魔族を従えさせて従者を増やしちゃおう、ということか。


「そうですね……カノンは確か上級魔族だと言っていましたからそれもいいかもしれません……ただカノンは魔族の中にいた時に……」


カノンが色々と心に傷を負ってきたことについて詳細はぼかしながらもそこには配慮して欲しい旨伝える。


「うむ、分かっている。そもそもカノン君が嫌がるような者をつけては彼女の補佐をさせるのに支障が出るからその趣旨にも外れる。ゴホッゴホッ……エフィー君にしても彼女がハーフエルフだという事も含めて補佐しようと思えるような者じゃなければいけない。だからそんな者達を選んで二人につけよう……となるとやはり奴隷を増やした方がいいかもしれないね」

「奴隷、ですか。別にそこに限定しなくても……」

「いや、殊エフィー君に限って言えば、同じ境遇で尚且つ自分よりも優れた心身を持つという事を理解させた方がエフィー君にとっても恐らくいい結果となる」


ハーフエルフでもしっかりと腐らずに頑張っているという姿勢を見せることは同じ奴隷の境遇になった者にとってはいい手本となる、そう言いたいのか。


それは結果的にはハーフエルフが悪いものでは無いという認識を広める手助けにもなる。


そんなにまっすぐに捉えられない者も勿論いるだろうがそれは自分が見極めるから大丈夫だ……恐らくディールさんが言いたいことはそういうことだろう。


「分かりました。それは納得できたんですが、所有者を誰にするかとかお金の問題も出てきます。お金に付いてはそこそこあるんですが……」


そう言って俺はディールさんに自分の持ち金を説明する。


「ふむ……私に全て預けるのは流石に憚られるだろう。シア君・エフィー君に分割させて持たせておきなさい。5万ピンスだけあればそれで私がちゃんと増やして優れた者達を買ってこよう」


「増やして」という言葉に俺は以前ディールさんやシキさんと話した中で出てきた言葉に思い至った。


「……“闇市”ですか?」

「うむ。勿論あらゆる所から人が来るわけだから通貨に付いては統一したものを使っているがピンスもちゃんと交換できる」

「はぁ……裏の世界でもしっかりとしてるものですね」

「ああ。それだけ需要や顧客が多いんだよ。……安心しなさい。“闇市”と言っても私に言わせれば闘技場はそこまでレベルは高くない。命を賭けなくても十分に勝てるレベルだ。ユウが『トリニティ』を得たりその鎧で修行する前に10歳で勝てたレベルだからね。……そうだね、シア君の修行も兼ねて彼女に稼いでもらおうか」

「……シア、ですか?」

「うむ、そこも安心しなさい。私がついているから億に一つも負けてどうこうなるようなことは無い。それに私が勝って稼いだ金よりかはシア君に勝って稼いでもらった方が君達の罪悪感も減るだろう。ゴホッゴホッ……元手は君のお金なんだし」

「確かにそれはそうですが……今のシアの修行段階ってどれくらいですか?」


シアが負けるとは俺も思っていないがそもそも闇市の闘技場のレベルがどれ程のものか知らないからな。

今ユウさんと修行しているがそのユウさんが10歳の時程の力を出していない、となると流石に心配になる。


「ふむ、ユウがあそこまで力を使わなければいけないのはとても珍しい、それこそユウ自身も修行していると言った認識でやっているよ。自分の実力と近しい者と打ち合うのはあの子にとっては稀だろうからね」

「では本当にシアでも勝てると思っていいんですね?」

「ああ、少なくとも負けることは無いだろう。悪くて小さな傷がちらほら、と言ったところか。それも今の段階で、だからね。修行は進んでいるんだ、ゴホッゴホッ……一切傷がつかないだろうレベルまで彼女が到達したら“闇市”に行こう」


そこまで言ってくれるのなら……


「分かりました。ではお願いします。それで……」

「ふむ、所有者の話だね。それはカイト君がなればいい」

「え?私はその際騎士団に潜入中なんですが……」


奴隷契約は基本的にその魔法で行うがその際所有者の血を要求されることは少なくない。

そして契約後キチンとその契約が為されたか水晶でかく…にん……あ!!


「……もしかして、それも水晶のいじり方で何とかなっちゃうんですか?」


それを尋ねた時のディールさんの悪い顔と言ったらもう……

悪魔の方が可愛らしい顔するんじゃないかと思う位に悪そうな顔をしていた。


「血は予め君から多少貰っておいてそれを上手く見えないよう契約の際に垂らせば後の水晶は何とかなる。と言うより商人など確認は水晶頼りだから血を垂らす時など本当に私の血を垂らしているかは気にしないのだよ……これもゴホッ……水晶に依存させるよう地道に活動を続けていた昔の私の努力の賜だね」


悪い!!この人本当は悪い人だ!!

優しい顔して悪いこと一杯してるよ!!


……と言っても実際の中身は本当はとても温かい心を持った人だ。

そうでなければユウさんの下に駆けつけ、彼女が生きていると分かった時にあんな表情を見せるはずがない。


それに今も悪いようには見せているが全部俺達のためにやってくれている。

更に言えば最終的には人間の怠惰な性質を上手く利用しているだけだ。


……うん、戦闘の能力とかだけじゃなくあらゆる面においてディールさんを敵に回さないで本当に良かった。




その後、話されたことは騎士の試験についてだ。

王都に戻ったシキさんを運んでいたブラックドッグから伝えられたことなのだが、試験の日にちは明々後日になった。


明々後日と言ってもシキさんが発ってからは1週間以上にはなるのでディールさん的には当初の想定よりかは時間を稼げたらしい。


そして俺は実在の人物を演じることになった。

確かに今は騎士ではないが騎士歴5年で今は田舎に戻っているマーシュ・マッケローというとても都合の良さそうな人が本当にいらっしゃるらしい。


その人は騎士を辞めてからはディールさんのお得意さんらしく、彼の村に対して色々と便宜を図ってやってるからバレたら事後承諾になるかもしれないが多分大丈夫だと。


おいおい、いいのかよそれで。



まあそれは置いといて……


明日発たなければいけないが『千変万化』の習熟度が異常な速度で上がったとはいえまだ100%に達していないので騎士の訓練とは別にレンとの手合せ等自分で何とか修行はして欲しいと言われた。


俺も折角のレアスキルを手に入れる機会を無駄にはしたくないので勿論ちゃんと修行は続けると確答しておいた。


そう言えばレイスさんに要求した“ルナの光書”は俺の出発には間に合わないそうで、ディールさんに届き次第俺に届けさせると言われたが、それにはエフィーの六神人形シィドゥ・オ・ドールの一体、闇属性を使う忍者のオボロが届けに来てくれるとのこと。


それから朧はそのまま情報収集に使っても構わないと。


エフィーの修行には基本3体を使って何とかするらしいので1体なら別に大丈夫だと。

それにやはり忍者だ、情報収集には隠密行動の優れた者がいたら心強い。


エフィーにも一声かけてその許可を得、有りがたく使わせてもらう。



忍者と言えば……



クレイ以外にリゼルの修行を見てくれているもう一人の方の紹介があった。


猛毒の修行後、倒れる前にチラッと見かけたくノ一のお姉さん。

目はダラッとしているがその雰囲気は周りを寄せ付けない尖ったものがある。


その割には犬耳がタランとしていて変なギャップがあるが本人は至って冷静に俺に挨拶してくれるのであまり変なことは考えないでおく。


……と決めた直後なのにやはり全身網タイツのような衣装で胸が大きいくノ一とくると途端にエロいことを連想してしまうから困ったものだ。



「紹介しようカイト君。彼女は私の情報収集を手伝ってくれているクオン君だ。リゼル君の修行を見てもらっている」

「……ヒノモト国出身の犬人のクオンです。リゼルさんの修行を見させてもらっています。宜しくお願いします」


ヒノモト……「日本ヒノモト」ってことか?

単なる偶然か、それとも必然か……


前の天使の里のように転生者がいて、ってことも有り得るがまだ断定はできないな。


「うむ、クオン君はこう見えて本職は忍者では無い。スキルで隠してはいるがね」

「え!?この格好しておいてですか!?ってかディールさんも忍者って言葉……」

「うむ、まあ本職じゃないだけでクオン君が忍者の術を知っていて、それは隠さず使っているからね。鑑定して見れば忍者だということは分かるよ」

「…………」

「そう、ですか」


あんなエロい格好しといて忍者が本職じゃないんだ……

世の中って色んな人がいるんだね。


取りあえず色々とあるようだが気にせず飲み込むことにした。


「兎に角、リゼルの修行を見て下さってありがとうございます。ちょっとおかしな奴ですが根は良い奴なんでよろしくお願いします」

「……はい……あの」


今迄あまり隙を見せなかったクオンさんが何だか弱弱しそうにそのはちきれんばかりの胸を片腕で抱き締める。

ん?

どうしたんだろう?


「うむ、クオン君、いきなりシュンとされてもカイト君は何が何だかよく分からないよ」

「は、はい!……すいません」


ディールさんに咎められ慌てて謝る姿を見ると、さっきの話、つまり本職が忍者では無いということに思い至る。


別に心を閉ざして与えられた任務にのみ忠実であるというわけでもないんだな。

何だかよく分からないが不安そうな顔をして塞ぎ込むクオンさんを見てディールさんは「はぁ」とため息をついて話し出す。


「彼女はね、君が探そうとしてくれるヨミ君の実の姉なんだよ」

「え!?そ、そうなんですか!?」


Sランク冒険者にしてディールさんやユウさんと同じ人を師匠とする、そのヨミさんのお姉さん……

また突飛な情報をいきなり出してきたな。


「彼女達の父親、半蔵殿が凄腕の忍者と知り合って教えてもらったとのことだが兎も角……彼女達は5人兄妹でね、クオン君が長女、そしてヨミ君が四女だった」

「“だった”ということは……」

「……まあそこのところで色々ごたごたはあったんだがそれでも実の妹。心配なのには変わりないんだろう。情報収集を手伝ってくれていると言ったが勿論その中にはヨミ君のこともゴホッ……含まれている」


成程……そう言う事だったのか。

俺はクオンさんを真正面から捉え、正直に告げる。


「……あなたの妹さんを探し出して見せる、と確約することはできませんが全力を尽くすことは約束します」


するとクオンさんはホッとした笑みを浮かべて


「……はい。ヨミのこと、よろしくお願いします。リゼルさんのことは私がしかとお強くしてみせますので」


と言ってくれた。


「はい。お願いします」


そうして俺は出発前、最後の夜を迎えた。

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