「さて、では修行を始めようか……」
その後、ディールさんの指示により、レンは王国法のさわりを本で学ぶことに。
他はばらけ、フェリアとリンはカノンの下に、サクヤはディールさんに言われた情報を纏めるために一度孤島に戻り、シーナはディールさんから渡された本を読み始めた。
ユーリはディールさんが召喚した黒騎士と共にシアの下に。
ディールさんが言うには「黒騎士はデュラハンの進化した姿だよ。コイツ一体従えているだけでも魔王の四天王クラスだと言い張れる。いずれはカノン君とエフィー君にも作ってもらう」とのことらしい。
その入れ替わりにユウさんが戻ってきてディールさんに言われたものを持ってきた。
それは見た目騎士の鎧一式と剣で、大きさも至って普通。つまり頭から足まで一式揃ってあったのだが、鑑定してみるとそれが普通の鎧・剣とは違うことが分かった。
ウェイトアーマー:ただただ訓練用に特化した騎士用の鎧。防御力は上昇するがそれ以外の能力は低下する。ただただ重い。
ウェイトヘルム:ただただ訓練用に特化した騎士用の兜。……以下同じく。
ウェイトアームレット:ただただ訓練用に特化した騎士用の小手。……以下同文。
ウェイトブーツ:ほぼ同文。
ウェイトソード:攻撃力が上がるそうだが他は同じく。
ウェイトソードだけ持ってみると今迄俺は一体どれだけ軽い剣を振り回していたんだと思う位に重い。
そんなにはないだろうが最初は何十キロもあるんじゃないかとさえ勘違いするくらい。
正確には30キロ前後らしい。
「ふむ、これはユウが騎士になる前に使っていた物だ。ゴホッゴホッ……今も多少は使っていたようだがこれをカイト君に使ってもらおうと思っている」
「ってえ!?こ、これを!?ディールさん、ダ、ダメだよ!!これ、僕がずっと使ってたやつだから……」
ユウさんはディールさんがその鎧一式を何に使うか聴いていなかったようで、過剰なまでに俺に使わせるのを嫌がる。
慌てて手をワタワタと振って否定している姿自体は普段のシュッとしたカッコ良さからは見られないギャップがあっていいのだが、「お父さん、同じ洗濯機に入れないでよ!!気持ち悪い!!」と言われた様で虚しくなった。
「ん?新しいものが欲しいならまた後で作るよ。今はその時間が無いんだ。カイト君に譲ってあげてくれないか?」
「で、でも……そ、そうだ!!これ、僕用に作ったやつだから、男の子のカイト君には大きさ的に……」
「ふむ、それは別に問題ないだろう。ゴホッ、11歳の時に作ったのに今も着れてるじゃないか。ちゃんと魔力で大きさを調節できるように作ってある」
「うっ……だ、だって……」
そこからはユウさんはディールさんにしか聞こえないようディールさんの腕をとって俺から少し離れて耳打ちする。
離れてるんだから俺には聞こえないのに一々聞こえていないかどうか俺をチラチラ見てくる徹底ぶり。
……そこまで俺に鎧を渡すのが嫌か。
それがディールさんとの想い出の物だから、みたいな理由であって欲しいと願うばかりだ。
これが元の世界であったことみたいな理由だったら……ユウさんがそんな人だったら嫌だな。
「僕の汗、とか、多分、一杯、吸っちゃってるし……カイト君に、汗臭い女の子とか思われたら…………嫌だし」
「うーん、気持ちは分からないでもないが……ゴホッゴホッ、一から作り直している暇は無いんだよ。ちゃんと生活魔法で最低限の処理はしてあるんだろう?」
「そ、そりゃしてるよ!で、でも、でも、だよ!?」
「ふむ……それでも気分としてはやはり気になる、か」
「……うん」
「うーん、困ったねぇ……」
「……わがまま言って……ごめんなさい、ディールさん」
「いや、気にすることは無い。ゴホッ……そうだ、考え方を変えてみてはどうだい?」
「え?変えるって?」
「カイト君はあれを着てすぐに修行に入る。だから本当に直ぐに鎧の臭いなど気にならない位に鎧の中は彼の汗で上書きされるんだよ」
「上書きって……」
「勿論彼の修行が終わったらあの鎧はユウに返してもらうつもりだ。……するとどうだい?ゴホッゴホッ……君はカイト君が必死になって頑張ってかいた汗のしみ込んだ、つまり男の匂いがする鎧を合法的に自分の手にすることができる」
「カイト君の……匂いがついた……鎧……」
「君はそれを手に入れたら何食わぬ顔をして着ればいいんだ。元々ユウのために私が作ったんだから。ゴホッゴホッ……ちゃんと私も最初の修行でそんな臭いなど気にする暇もない内容を選ぼう。―どうだい、とても素敵な提案だとは思わないかい?」
「…………はい、とっても素敵な提案だと思います」
「よし!じゃあカイト君にその鎧を渡してもいいね?」
「……うん!」
どうやら交渉は終わったようだ。
どちらに軍配が上がったのかは何となく分かった。
ディールさんが巧いこと手を変え品を変えて説得したんだろう。
逆の、つまりユウさんがディールさんを説き伏せたという情景は一切思い浮かばないからな。
「ふむ。ではこの鎧を使って早速修行を始めよう。今は着ないでいい。それらを持ってついて来てくれ」
「分かりました」
よっと……何これ、重っ!
これを……よく、ユウさんは普通に持ってこれたな。
全部で若しかしたら100キロ超えてんじゃないかとさえ思える鎧一式を何とかバランスを取って支える。
一応持ててはいるが、元の世界ならそりゃこんな重さ多分持てなかっただろう。
やはりこちらに来てステータスが上がったからかな。
そしてディールさんの後へついて行く。
ユウさんはその場で立ち尽くして「僕が……マーキング……」と何やらボソボソ呟いていたがディールさんの「気にしないでおいてあげてくれ」との一言で俺も特に気にしないことにする。
場所は地下、ディールさんが研究のために実験することを目的として作られた、暗い、ジメジメとしたところに移る。
ここには生物・人体実験もすることを前提とした施設が。
先日捕えた不審者共はこことは別に地下牢を作っていて、そこに入れていたようだ。
俺はそちらとは異なり、前者の方、つまり実験施設の方へと連れて行かれた。
相手がディールさんだからまだ落ち着いていられるがこの状況下で注射針とか見せられた日には昨日のフェリアの言じゃないが発狂してしまうかも。
こんな森の中に作った家の地下室とは言ってもかなり広かった。
それこそすべての空間を合わせると、どこかの会場位の大きさにはなる位に。
どうやったら……と疑問に思ったが殊労働力に限って言えばディールさんは一人ででも何とかしてしまえる。
だってハイ・スケルトンを1人で何体も操れるのだから。
そして技術面で言えばディールさんの賢さがあれば1から勉強したとしてもそれを理解して習得するだろうから全て納得できる。
そりゃレイスさんに言っていた通りどこにいても研究できるわ。
「……ついたよ。では今から行う君の修行内容を説明しよう」
そんな思考に耽っているとどうやら目的地に。
地下と言うことも有って閉鎖感のある一室となっていた。
酸素は薄い、とは思うがちゃんと隣の部屋と繋がっていて、換気も可能な穴が幾つかある。
ディールさんから鎧を着るように促され、やっと重みの苦痛から解放される。
……まあ着ないといけないからそれが全身に変わるというだけだが腕だけの状態よりかはマシだ。
先程話題に挙がったように魔力で大きさは調節できるようになっていたのでそこそこ体がデカい俺でもピッタリのサイズとなって装着することができた。
……重い。ただひたすらに重い。
何キロあんだよ。これ重すぎてポンポン動けねぇよ。
やっぱり持つのと実際に着るのとでは感じる重さも違うな。
よくもまああの華奢な体でこれを着れたな、ユウさん。
まあ修行にはなる……のかな?
重いけど。
「……装着しました」
「ふむ」
そう言ってディールさんは自分のアイテムボックスから一つの虹色に輝く石と丸っこい黒結晶、そしてコルクのようなもので蓋をされたビーカーを取りだす。
ビーカー内には何か紫色に輝く液体、のようなものが入っている。
「これからは何をするにも、その格好でいてくれ。勿論騎士になった後もだ。その格好でいれば顔を晒さずに済むだろう?」
「はい、そうですね」
俺が被っているヘルムは目の部分だけ覗き穴のようなものが開いているだけで、開閉可能なのは口部分のみだった。
つまりヘルムさえ取らなければ顔を見られる心配は無い。
「まあ顔バレのこともあってのことだが、取らないで貰いたいのはこの二つが関係する」
そう言って先ほど取り出した虹色の石と黒結晶を俺に見えるようにかざす。
どちらも大きさは同じくらい……リンゴ程、かな。
「こっちの黒い結晶が今日の朝早く、レイス君の部下から届けられた“ラックラビットの魔核”だよ」
「と、いう事は、そちらが融合石、ですか?」
「ああ、その通りだ」
「それにしても仕事が早すぎませんか?昨日の今日でもう既にって」
この世界では宅急便なんてない以上、目的の物を運ぶのは普通に行えばかなり時間がかかる。
まあドラゴンとか魔法とか、元の世界では無いものもある以上、頭から否定するわけにはいかないが。
「ふむ、まあこれについては『可及的速やかに』とお願いしたからね。ゴホッ……レイス君も頑張ってくれたんだろう。勿論私もちゃんと約束が守られれば推薦状を書く。……まあそこは良いとしてだね」
ディールさんは融合石とラックラビットの魔核を俺に近づけていきなり使用する。
「これは説明するより使った後君自身に見てもらった方が良い。……では、行くよ」
手に魔力を込め、ディールさんは融合石と魔核をくっ付ける。
融合石は元の色、つまり虹色の光を強めて魔核を吸収しだした。
暗い地下にいる分その輝きに視界を奪われそうになる。
ヘルムの覗き穴が上手いこと機能して入ってくる光量は少なかったが、それでもとても眩しくて思わず腕で目を庇ってしまう。
ディールさんも我慢しながらも魔核を吸収した融合石を鎧に押し付けた。
すると今度は鎧が七色に輝きだし、融合石を飲み込む。
完全に融合石を飲み込み終えるとその輝きは収束していき、やっと視界が良くなる。
とは言ってもヘルム自体の制限もあるから元々の視界は狭いのだが。
落ち着いたと思われた頃合いを見計らってディールさんが
「ふぅ、成功だよ。一先ず鎧を鑑定してご覧」
と言ってくれる。
俺は言われたとおり鑑定してみると、さっきのウェイトアーマーの定義の後に、新たな文言が。
千変万化:習熟度100%になったとき新たなスキルに変わり、習熟度を極めた者がそのスキルを習得する。習熟度は時間の経過若しくは修練により上昇する。習熟度を上げるために要した修練の度合い・密度が高ければ高い程、時間の経過が短ければ短い程変化後のスキルの価値は上がる。一生に一度だけこのスキルの効果でスキルを習得可能。……習熟度0%
「どうだい?君が着ている鎧もこの習熟度の密度を濃く、高くするためのものだ。ちゃんと習熟度が100%になればスキルは君自身に移る。ゴホッ……それはユウが実証済みだから安心してくれ」
鑑定して定義を一通り見終わったところでディールさんから声がかかる。
「これは……確かに凄そうですが、変化後にどんなスキルが貰えるのか少し不安です」
「ふむ、ユウの場合は『トリニティ』というスキルだった。ユウは確か4週間かかったが、君にはそれよりも早く習得してもらう計画だから少なくともユウよりはいいスキルを得られると思う」
「はぁ……」
「まあ兎も角、だから君はその鎧はずっと着ていてくれ。それがより強いスキルを得るために必要となってくる」
「分かりました。それで、今から行う修行は?」
「ふむ……」
ディールさんは何回か咳き込んだ後、先程石や魔核と共に取り出したビーカーを俺に渡す。
「これは、バジリスクから私の『魔力操作』で一滴残らず抽出した毒の魔力だ。普通に攻撃されて侵入する毒の約100倍の濃度がある」
バジリスクの毒……ユウさんがかかっていたあれか。
「リッチの奴が持っていた自分の日記に載っていたやり方だ。私も客観的にその正当性を検証済みだ。君にはこれで『毒魔法』と『魔力操作』を今日中に覚えてもらう」
リッチの日記に『毒魔法』の習得の仕方が載っていた、と言う事実が気にはなったが今はそこは考えないようにする。
というのも、そのディールさんの言葉を聴いて、何となくだが俺が今からやることが分かったような気がしたのだ。
恐らく、結構危険なことを、これから俺はしないといけない。
「カイト君、これを体内に取り込んで、魔力を操作してその毒を制して欲しい。毒を制する際に魔力を操作して、と言うのが重要になってくる。普通に回復魔法で解毒するのとは違うよ」
「はい、おっしゃりたいことは分かります」
「うむ、魔力で操作している内に、どうやったら毒が体に回らないかを感覚的に理解していく。そうすると次は感覚的に魔力で毒を制御する方法を理解していく。更に進めば魔力が毒の性質を理解する。そして最後には、魔力自体が毒の性質を覚えて、君は『毒魔法』を習得している……『全魔法素質解放』が有る君であれば、理屈としてはこれで行ける」
「後は……私次第、ということですね」
「ああ。普通の100倍の濃度だ、直ぐに君の体を蝕むだろう。だが、君の回復魔法なら状態異常をも治せるというとても優れた効果がある。だからこそ、回復魔法の使用を禁止する。その代わりポーションを大量に置いて行こう。回復にはそっちを使ってくれ」
ディールさんはアイテムボックスから、一瞬この部屋を埋め尽くしてしまうんじゃないかと思えた位のポーションを取り出す。
「本当に死ぬと思ったら魔法で回復してもいいが、それを何回も続けると、心が余裕を持ってしまう」
「……そうですね。本番が一回しかないという状況の方が物覚えはいいでしょうね」
人間死に瀕した時の方がいつも以上の力を発揮できるという話はよく聞く。
所謂火事場の馬鹿力というものだ。
次がある、また次がある、と言う状況だと自然人間はダレてしまう。
やはり追い込むんなら回復魔法は使わないようにした方が良いだろう。
「うむ。100倍の濃度の毒を制せる位になれば自然魔力操作も上手くなっている。だから、次に私が君と会うときにはスキルを2つ増やした時であることが一番望ましいわけだ……すまないね、こんな厳しい内容で」
ディールさんは本当に申し訳なさそうに目を伏せてしまう。
やはり厳しい内容の修行を課すことに心苦しいと思ってくれているんだろう。
別に俺達が強くなりたいがためにやっているんだし、ディールさんはその想いに応えてくれているだけだ。
だから気にする必要は無い、なのにディールさんは申し訳ないと思ってくれているのだ。
「……必ずスキルを取得して、生きてディールさんに再びお会いします。ですから次の修行内容、ちゃんと考えておいてくださいね」
そう言うと、ディールさんの見えている左目が少し驚いたように見開かれ、そしてとても優しそうに、自分の子供の成長を慈しむかのように細まる。
「うむ、任せなさい。ポーションを飲むタイミングを間違えるな、とか色々とアドバイスしようと思ったが、カイト君なら大丈夫だろう。……では、頑張るんだよ」
「……はい」
その言葉を最後にディールさんは他の人の修行を見に行った。
一つ間違えたら毒で死ぬ、ということも有りえる状況なので、少しばかり怯えるのかな、とも思ったが、案外俺は冷静らしい。
あの護衛依頼での虚無の経験が役だっているのは勿論なのだが、やはり折角ディールさんが一所懸命になってくれているんだ。
その期待に応えなければという思いの方が死への恐怖より圧倒的に勝っているのだろう。
まあ、一回死んでるってのも若しかしたらあるのかもしれないけどね。
そうして俺は意を決する、なんて段階は踏まず、ジュースを飲むかのように蓋を開けて毒を体内に取り込んだ。
ユウさん甘い誘惑に勝てませんでした(笑)。
ユウさんの『トリニティ』はどういうものかは直ぐには明らかにならないかもしれません。
シアとの修行中、若しかしたら、という感じですかね。




