えーっと……
「私が君にすることはさっき言ったように君達が強くなるために必要なこと全て。エフィー君とカノン君が顕著だがあの二人は今でも十分に強いが私が教えればそれ以上に化けるだろう」
「はぁ……それは有りがたいですが、では私は何をあなたに提供すれば?」
「うむ、さっきのシキ君との会話で聴いていたと思うが、最早これ以上あの子を騎士団に置いておくことはできない。別に騎士団だけの話じゃない、ゴホッゴホッ……レイス君の話にもあったが王国自体が最早安全とは言えないんだ」
「……ですが、別に安全でないのはこの国に限らないのでは?」
この世界は別に元いた世界のようにどこかの国にいれば安全だという保証があるわけではない。
いや、元いた世界ですら危険は存在したのだ、この世界で違うところにいれば安全だなんていえるのだろうか?
「ふむ、まあそうだね。だが少なくとも積極的に命を狙われるところに置いておくよりかは幾らか安全だ。……そこでユウのことだけを考えればいいのであれば楽なんだが、第10師団のことがある」
「シキさんや他の人達がユウさんについて行くことが考えられるわけですか」
ディールさんは「うむ、頭が痛い話だよ」と肯定して顎に手をあてる。
そんなことを言っても何とかしようと考える辺りやはりディールさんは優しい人だ。
「全員が全員ユウについて行くとは限らないが、ゴホッ……私の予想としては少なくとも8割はユウについて行くと見ている」
「え!?8割、ですか!?しかも『少なくとも』」
「うむ、だから頭が痛いのだよ。自分の娘に人望があるのはいいことなんだがね」
そう言って困った笑みを浮かべる。
一個師団の8割……それが『少なくとも』だから相当なものだ。
ディールさんの言う通りそれを何とかしないといけないのだとしたら頭が痛い。
だが……
「ですが、それと私がしないといけないこと、というのはどう関係してくるんですか?」
「うむ、カイト君だけを鍛えるのなら時間はあまりかからないと思うんだが、君の仲間も鍛えるとなると少し時間が欲しい。私としてはしかも命を狙われたばかりのユウを今直ぐに騎士団に帰すというのはかなり抵抗がある。……そこで、だ」
ディールさんは顎に当てていた手をおろし胸の辺りで腕を組む。
「私が君の仲間を鍛えて、第10師団の面々をどうするか決めるまで君がユウの代わりに、第10師団に入って欲しい」
さっきまでの俺のシリアスな雰囲気は恐らくこの時にはぶっ飛んでいただろう。
あれ、おかしいな……まだ楽しみにしてたゲームの発売日が延期になったと知った時の方が信じられるのだが……
「すいません、ディールさん、もう一度お願いしてもいいですか?」
「私が君の仲間を鍛えて、第10師団の面々をどうするか決めるまで君がユウの代わりに、第10師団に入って欲しい」
鸚鵡返しのごとくリピートするディールさんの言葉を聴いてどうやら俺の聴覚の老化が早まったわけでは無いと理解する。
「……どうやら聞き間違いと言うわけではなさそうだ」
「ふむ、君は面白いことをするんだね。聞こえていて私に同じことを繰り返させるのか。ゴホッゴホッ……そう言った性癖でもあるのかい?」
「いや、んな話してるんじゃないんですよ」
「分かってるよ。だから君がユウの代わりに第10師団に……」
「いやいや、それって私に女装しろって話ですか!?ユウさんに化けるために女になれって……」
そこまで言い切るとディールさんはキョトンとする。
そして……
「はははは!!いやいや、普通に違うね」
大爆笑して否定された。
「え?だって、普通に聞いたら……」
「うん、違うね。女騎士しかいないところに女装した君が入るって……確かに今の騎士は落ちぶれたとは思っていたがそこまで第10師団に追い打ちをかけるつもりは無いよ。……まあ確かに私の言い方も少し悪かったとは思うがゴホッゴホッ、ちゃんと別人の男として潜入してもらうつもりだ」
「……すいません、誤解してました。騎士団の暗黒時代に新たな旋風でも巻き起こすのかと」
「ふむ、新し過ぎて取り返しのつかない傷になるかと思うけど、まあ気にしないでくれ」
危うく自分の女装姿という吐き気以外催さないものを想像するところだったが、恥ずかしさを紛らわすために「ん、んん」と咳払いして続ける。
「では、具体的には私はどうすれば?」
「ふむ、具体的に言えばだね、ユウが行っていた王国や騎士団の動向を私に報告する役目・それとできれば失踪したSランク冒険者のヨミ君を探して助け出す、この二つをしてほしい。ゴホッゴホッ……後者の方については無理しなくていい。できる範囲で、で構わない」
うーん、何となくやればいいことは分かったが……
「ふむ、一応漠然とではあるが考えはあるんだよ。冒険者にさせてユウを頭としたクランを立てさせる、というのが第1案。東に逃がしてどこか小さな国に仕官させるというのが第2案。ちなみに両方の優劣は今は無いつもりだ」
「はぁ……まあおっしゃりたいことは分かりました。それを騎士として活動しながらこっそりやれ、と」
「うむ、ああ、そう言えば別に騎士になる必要は無い。騎士のフリをしてくれればいいんだ」
「え?それは……」
「私も君の様に組織に属するのを良しとしない性格でね。ゴホッゴホッ……だから単に潜入すると言っても騎士になるのは嫌だろう。逐一チェックが入って騎士かどうかの確認はされるだろうが……それがさっき言っていた『偽装』の正しい使い方というのと関わってくる。ふむ……」
ディールさんはゴソゴソと自分のポケットに手を入れて何かを取り出す。
……その仕草は俺がアイテムボックスから何かを取り出す仕草と酷似していたが、ディールさんは別に隠したいわけでは無いらしい。
「ん?ああ、過去に潜った迷宮で見つけた『アイテムボックス』さ。これを見せたいわけでは無くて……こっちさ」
ディールさんが示したのは一つの水晶。
それは冒険者ギルドや宿屋、色んな所に置いてあるそれで、だがその放つ輝きは煌きを持ちそれだけで質が違うものだとわかる。
「これは何か分かるかい?」
ディールさんがその水晶を手に持って俺に確認する。
「はい。少し異なるようですが、盗賊かどうかとかを確認するためにギルドや宿屋で用いるもの、に似ているかと」
「うむ、その通りだね。ゴホッ……厳密に言えばギルドや宿屋などで用いている水晶は性質が違うからお互いに干渉し合うのはもちろんできないんだが……これは水晶と言う水晶全てを司っている、つまりそれらすべてに干渉できるマザーシステムのようなものだ」
「……はい?」
またアホみたいな声が出たんじゃないかな。
自己評価してみるがそれはもう、仕方ないんじゃないかと思う。
だってディールさん、言う事言う事酷く突飛なんだもん!
「ほとんど知っているものはいないが、この水晶を使って人物を鑑定する慣習を根付かせたのは私だ。そもそも私がこの水晶の基礎・応用、発案・制作全て私が造り、行ったんだよ。ゴホッゴホッ……多分、考え付いたのは30年以上前、になるのかな」
「30年前……それは凄いんですが根付かせるとなると何だか短い気がするんですが」
「ふむ、人間と言うものは楽できれば徹底的に楽したがる生き物だ。圧倒的に便利な道具が導入されれば腹を空かせたウルフたちのようにあっちから群がってくる。それを利用してやれば30年でなんて容易い物さ」
マジで言ってんの、この人……
「もちろん時を経るに従って枝葉の部分は変わっていったが木の本質部分に当たるところは一切変わっていない。ゴホッゴホッ……何か変化させるときは私に必ず知らせが来る。……だからこそ、どうすればこの鑑定技術を掻い潜れるのか、私には手に取るように分かるんだよ。これと『偽装』を併用すれば君が正式に騎士にならず、冒険者のままで潜入することなんて楽なもんさ」
「……ってことはディールさん、若しかして……」
「うむ、ワザと抜け穴も作って制作してある。この穴を教えて欲しいと大金を積んで来るものだっているね。教えてやった後私の邪魔になればその穴を埋めるよう仕組みを変えてやればいい。それができるのがこの『完水晶』だ」
そう言って水晶を掲げている笑みを浮かべるディールさんの表情の悪いことと言ったら……
それからまだ取引に応じると言っていないのにディールさんに『偽装』と水晶の穴を使った騙し……もとい考えの裏を突く方法を教えてもらった。
その『完水晶』とやらは本当に何でもできて、ギルド本部にある情報を管理している竜の目を使った水晶ですら操れるのだと。
ちなみに俺の冒険者資格は本来なら停止、最悪の場合剥奪されているはずだったのだが、“『ルナの光杖』と『イフリートの炎爪』異議申し立てのため審議中”とのこと。
若しかしたらアイリさんがしてくれたのかな……
『イフリートの炎爪』についてはなんとなく分かるのだが『ルナの光杖』は良く分からん。
やっぱり騎士にケンカ売ったってのを知って……
その後水晶の練習機能を使って『偽装』の正しい使い方をお勉強。
良い子の皆はマネしちゃいけないよ!
教えてもらって取引に応じざるを得ない状況でも作られてるのかと思ったがディールさんは「これは私が君に色んな物を提供できるという証拠だと受け取ってくれればいい。だから気にしないでくれ。無理やりやらせるのは本意じゃないからね」と言ってくれた。
「じゃあ……」と一番気になっていることをディールさんに尋ねることに。
「私自身も強くなれるとのことですし、今の所あまり反対する材料は私にはありません」
「うむ、そうか。別に君一人にさせるわけじゃないからね。シキ君には事情を話して協力してもらえばいい。ユウと離れ離れになりたくないから必死にやってくれるだろう」
「そうですか」
「ああ、何なら一人位女性を一緒に潜入させてもいい。シキ君に対応策を話してはおくがやはり今迄いなかった男騎士が入ってくるんだ、君に対してゴホッ、起こるアレルギーがあるのは想像に難くないからね、サポートもいるだろう」
「それは有難いです。ただ……その」
「ん?何か困りごとかい?」
「はい……少し恥ずかしいお話ながら、こんなダメな私ですが、有難いことに、皆私を慕ってくれます。でも、何と言いますか、私が一定期間、離れる、となると……」
「ふむ、想定としては一~二月程を見ているんだが……それでも厳しいのか?彼女達は」
ディールさんは俺の意図を組み取って少し険しい表情をする。
「はい……」
俺は皆から離れた時にどんなことが起こったか―シアやカノン達に顕著だった状態だが、つまり俺達の関係には少し俺に依存している部分があるのだということを自分でこんなことを言うのは恥ずかしかったがディールさんに説明した。
ディールさんはそれを聞いて行くたびにその表情を険しく・鋭くしていく。
そして重たい口を開き……
「ふむ、それは困ったね……ユウやシキ君達の関係にも見られるのだが、君達の所にもそう言った面があるのか」
ああ、確かに。
ユウさんが危ない状態だったときのシキさんの様子を思い浮かべる。
まあユウさんが奴隷から助けたという経緯があるからそこは俺達と似てしまっているのかもしれない。
「親しい人物がほとんどいなかった私にとっては有難いことなんですが、やはり彼女達のことを思うとこのままでは……」
俺がそう言うとディールさんは「ふむ……」と言って少し考え込む。
そしてまた口を開いて……
「ではもう一つ取引の内容を加えよう。私は彼女達が君への過度な依存から脱却できるよう頑張る。君も潜入して第10師団の面々ができる限りユウへの依存を脱却できるよう頑張る。……どうだい?」
今提示された取引の追加内容はディールさんが得意とする言葉の操作はあまり入っていないように思えた。
俺の方にもディールさんの方にも「できる限り」とか「頑張る」と言った言葉が盛り込まれているように達成しきることが目標とはされていないからだ。
自分からシア達皆が離れていくのは寂しいとか、辛い気持ちも多分にあった。
だが、さっきのこともあってかそんな自分を許容することはできず、シア達にとっては俺といないことになった方が若しかしたら幸せなのかもしれない、そんな思考が頭の中を埋めて行った。
シア達には「“俺と”一緒にいたい」、といった趣旨のことを何度も言ってもらったことがあったのに、だ。
やっぱりこんなことを考えてしまうような自分はダメなんだろうか……
できるだけマイナス思考をしない、ということをこの異世界に来てから目標に掲げてきた俺でも、普通にそんなことが浮かんできてしまうのだ。
……ふぅ、今は何を考えてもダメだ。
切り替えよう。
取引に応じるかどうかの返答をまだしていない。
俺は取引の内容をもう一度頭で確認する。
最後に付け足されたのはさっき見た。
俺がしなければいけないことは兎に角第10師団に潜入して色々とディールさんに報告すること。
失踪しているSランク冒険者でユウさんと同期のヨミさんを探すってことはディールさん曰く騎士を辞めた後ユウさんの周りに強い人がいればいるだけ安心できるということから来るもので、別に義務と言うわけでは無い。
努力義務にとどまる。
となると俺がやらなければならないことと言うのはそこまで多くは無い。
俺一人ででも結構やれることはあるだろうがシキさんには事情を話して協力してもらえるだろうとのこと。
それに誰か一人位なら連れて行ってもいいと言う。
その一人はディールさんがやらなければいけないことからは免除されるという意味だから選ぶ人は良く考えなければならない。
いや、そもそも連れて行くかどうかも選択しなければいけないか……
一方で俺達が得られるものはかなり多い。
俺も強くなれるとのことだし、エフィーがディールさんのように魔力の糸を覚えられればとても頼もしい。
カノンにもモンスターを仲間にする技術を初め、色んなことを教えてもらえるメリットは遥かに大きいだろう。
ディールさんは俺達の事情をほとんど知ってくれているので隠し事もあまりしなくて済むというのはかなり助かる。
それに、はっきり言って俺の下にいるよりディールさんの下にいた方が皆安全なのだ。
模擬選の段階で2割というのだ、本気のディールさんには俺は敵わないだろう。
ディールさんは結構俺に譲歩してくれているんだと思う。
なら別に断る理由は無いんじゃないかな。
……皆のためにもなるんだし。
そうして俺はディールさんの提案を受けることに決め回答する。
「そうかい、ありがとう。とりあえず今日はもう遅いからまた明日シキ君を交えて詳しいことを話そうと思うんだが……」
「分かりました」
「ふむ、食事は食べて行ってあげてくれ。ユウも折角頑張って作っていたからね」
「はい」
俺とディールさんはそうして長話を終え、家へと戻っていった。
何を話していたかをユウさんを初めシア達も聞きたがったがディールさんの「それについては後で私から話そう。それに伴ってできればシア君たちには泊まって行って欲しい」との返答で質問攻めからは逃れられた。
何を話すかは今はディールさんに任せた方がいいだろう。
俺が何かとやかく言うとボロが出そうだし。
そして冷めてしまった食事を頂いたがそもそもこの世界では食事は冷めること前提として作られるものもあるのだ。
それに俺は冷めていようが食べられれば気にしない。
食べてみると十分においしいと思えるものだったから残されていたものはしっかりと平らげさせてもらった。
おいしかったという事を伝えるとユウさんとシア、カノンは頬を赤く染めて嬉しそうにしてくれたがシキさんは微妙な表情をしていた。
その後、シア、エフィー、カノン、リゼルを残して俺はカエンと共に二人で孤島に帰っていった。




