え!?どういうことですか!?
「私が君に提供するのは、君達が強くなれるためのこと全てだ」
纏まらない頭にディールさんが言う『取引』の内容の一部が飛び込んでくる。
『取引』と聞いた時、もっと悪い方向に考えたが、これは……
まだ俺がしなければいけないことを聞いていないが夜の森の中という暗いところにいると思考もそっち方向にいきがちになるのかな。
「ゴホッ……さっきレイス君に要求した物はだから基本君との取引を見据えて考えたんだよ。ああ、勿論あの3つだけじゃないよ?私が知っていること、具体的に言えば『偽装』の正確な使い方とか、進化単体だけじゃなく、亜種の作り方、とか。……フフッ、まあ色々だね」
ディールさんは特に気にしていない様だがもうさっきから置いてけぼりくらってる。
交渉事は相手に主導権を握らせないことが重要だからか、くっ!!
俺にとっては今は取引よりも、さっきのことの方が重要だ。
「ちょっと待ってください、ディールさんが『偽装』と『鑑定』を使っていたってことは分かりました」
「ん?分かってくれたのなら別に止めることはゴホッゴホッ……無いんじゃないかい?」
「いえ……その、私のスキル、見た、訳ですよね?そこには何も、触れないんですか?」
「ハハッ、『異世界言語』や『契約恩恵』のセット、『氷魔法』とかのことかい?いいじゃないか、面白くて。異世界人」
「面白いって……」
ディールさんは本当に面白い話を聴いているかのように愉快そうだ。
俺にとっては異世界人かどうかを話すってのはライルさん以来で、自分が拒絶されるかどうかだって話なのに……
ディールさんは笑うのをやめるが笑顔で続ける。
「君がユウやシキ君を助けてくれたこと、それに特呪という状態異常を治して女性を助けたってこともゴホッゴホッ……別に君から聴いた話だけで判断したわけじゃない。君を鑑定して分かったことも総合して判断したんだよ。今は帰ってしまったけど、あのユーリと言う子が『契約恩恵(主人)』に載っていたユニコーンなんだろう?定義と照らせ合わせれば君の言うことにも十分納得できる」
「……ユーリがユニコーンだと、分かってたんですか?」
ユーリはユニコーンが人の姿をしているだけで、俺達はそれがユニコーンだと知っていたからこそその姿から何となく「ああ、ユニコーンぽいなあ」という感想が漏れるのだ、普通に何も知らない人が見たら単に綺麗な女性だという印象しか抱かないはず。
「ふむ、まあ鑑定が無ければ分からなかっただろうが、ゴホッゴホッ……聖獣が人の姿を取るのは特段おかしなことではないだろう。今まで人間と共存してきた生き物だと言われるが、ただ単に獣としての姿だけで動くのは不便だ。人間と共存するというのなら人の姿を取れた方が便利だからね。ゴホッ、それもまあエフィー君が持っている進化に関する本にチラッと書いておいたが」
「そう、ですか……」
ディールさんが話すことは何一つ俺の動揺を抑える効果が無いどころか、次々と心の揺れは広がるばかり。
手負いの人間に追い打ちをかけるかの如くディールさんは更に新たな情報を紡いでいく。
「君が言っていたエモルという男の名前も一応頭の片隅にあってね。……ゴホッ……知っているかい?件の禁忌指定の術、術者が1人しか確認されてないってこと」
それは……確かヴォルタルカでの事件の際にオルゲールがチラッと言っていたな。
未だに混乱する頭の中から懸命に必要な情報を取り出す。
ディールさんが俺を異世界人だと知って接していたことが俺にとっては一番の関心事なのだが……
「はい、第4師団の隊長がそれらしいことを言っていたのをヴォルタルカで」
「ふむ、あの屑か。あれは私を『変人』呼ばわりするわりに私が王国に提供している技術は惜しげなく使いやがるゴホッゴホッ……スライムの糞にすら及ばない奴だが……それはまあいい。……その術者と言うのも、禁忌にするよう進言したのも実は私なんだよ」
俺の頭が正常な状態だったら「へ~、スライムって糞するんだ~」って相槌打ってただろうが、もうディールさんの告げる驚愕情報に踊らされるばかりでそれどころじゃない。
「本当、ですか!?」
「ああ、あれは私が研究していた時は『死者の魂を蘇らせること』を基礎としていたんだが……ゴホッゴホッ、まあ死霊魔術師だ、そう言ったジャンルに行きつくのもおかしくは無かろう」
ディールさんの表情がその時一瞬だけ陰った気がした。
俺も『死んだ人を生き返らせる』という命題は人間なだけあって色々と考えることが有る。
ディールさんのその表情を見てそのマイナス面、厳密に言えば関係ないのかもしれないが眠っている人を目覚めさせること―ライルさんを目覚めさせてあげられないか―を考えてしまい、同じように沈んでしまう。
「……ディールさんが研究しようとしたきっかけって言うのは……」
自分と血が繋がっていないユウさんを娘として育てていることから色々と邪推してしまったが、ディールさんはそこでキョトンとしてその問いに答えてくれた。
「ん?……ああ、まあ普通、死霊魔術師になろうとする者の9割9分9厘は自分の大切なモノを蘇らせたい、という想いからなるんだろうね」
「? じゃあ、ディールさんは……」
そこでディールさんがさっきのように寂しそうな、辛そうな表情を浮かべ、そのままでゆっくり語り始める。
「……私はね、その当時、純粋に強い力と言うものに興味があったんだよ。周りにも確かに強い者はいたがその多くを倒し尽くしてしまった私は過去の強者達を蘇らせることにその興味を向けた」
「……それで、どうしたんですか?」
確かにその動機は他の者とは異なっているだろうが俺も純粋にディールさんがどういった経緯でそれに手を出したのか気になった。
聴いているうちに自分を落ち着けるという効果も確かに狙ってはいたが、純粋な興味の方が勝っていた。
「過去の者の知識をも得られると思って私は大昔にこの世界の大半を支配したと言われる大賢者を蘇らせようと考えた……それがコイツだ」
ディールさんはそう言って模擬戦の時のように魔法を展開する。
魔法陣はハイ・スケルトン50体を召喚する際よりは小さく、人一人の大きさに留まっているはずなのにその魔力の密度はとても濃く、鑑定した際『無詠唱』があったディールさんでさえも呼び出すのに時間を使っていた。
ディールさんがたっぷり時間をかけて呼び出された者はボロボロに破れた初心者が使うような黒いローブを着て手には黒く薄ら輝く玉をはめた木製のロッドを携えている。
体全体は人の大きさと大差なくそのローブで隠れて見えないのだが、顔は人のそれとは完全に異なりアンデッドと成り果ててしまっている。
放っている威圧感・圧迫感と共に異質な存在であることを即座に本能的に理解させるものであった。
過去眠っている間にあったあの暗黒や、ジョーカーのそれを経験していなければ一瞬で意識を持って行かれていた、それほどまでに圧倒的な存在……
ジョーカー以外にもこんな奴が……
ディールさんは痩せ我慢しているなりにも持ちこたえている俺を確認するとその異質の存在に視線を向け話を続ける。
「こいつは“リッチ”だよ。私が会いに行った時には既にこの姿で色々とやっていたようだが……ハハッ。憐れだろう?無限の知識やそれに伴った永遠の生、なんて人間の限界をわきまえず分不相応にそんなものを求めて自分からこんな姿になったんだ。…………そして、生きた人間である私に倒され、私の従者にされた」
ディールさんの渇いた笑いは俺の痩せ我慢とはまた違った理由のものだろう。
ディールさんは前髪で隠れているはずの右目を抑えている。
正確にはその右手は目だけでなく顔の右側全体を抑えているよう見えた。
今迄この暗い森の中でも、ディールさんの表情がその暗闇に覆われてしまうようなことは無かったのだが、初めてディールさんは俺にそれを見せた。
彼女は右手をそのまま動かさず、その沈痛な面持ちが左半分から窺え、また話を再開する。
「……当時の私はね……それはもうショックだったよ。……ああ、いや、別に私が蘇らせる前にその大賢者がリッチになっていたことが、じゃないよ?――私が、そのリッチに勝ってしまったことが、ね」
「……何となく、おっしゃること、分かる気がします」
「ありがとう……私は別に自分がリッチになるつもりは無かったし今もそれは無いけどね、ゴホッゴホッ……自分がそう言った存在に勝てること自体が……自分が今後どれだけ強くなろうと自分が倒されることの証明のように思えてならなくて」
ディールさんの独白は続く。
俺はそれに耳を傾けるだけ。
ディールさんには申し訳ないが聴いていて、ディールさんのような天才でも、人並に悩み事はあるんだなという事を改めて思った。
俺自身凡人だからこういう風に自分よりセンスや才能がある人と共通項があるのだと思えると多少安心できる。
「それから私は一時期荒れに荒れて……ゴホッゴホッ……やさぐれてね。周りにあるもの全てに感心を失ってしまった。もう研究も強くなることもどうでも良くなっていた……そんな時に出会ったのがあの子―ユウだったんだ」
ディールさんの表情は今は、はっきりとは言えないが過去を懐かしんでいるように思える。
まあ今しっかりとしているんだから、もうその過去を乗り越えたってのは当たり前か。
「そうなんですか。そこで、ユウさんを娘として?」
「ああ。まあ話の流れから分かるだろうが、私はユウのおかげで立ち直れた。あの子もそんな私を親として慕ってくれている。―今回ばかりは先ほど話した通りあの子も絶望的な状態だったんだろう。だから私にとって大切なあの子を救ってくれた君のことを私は否定しない」
「え?そこで……いきなり、戻るんですか?」
「ああ、勿論そのことだけじゃないよ?ヴォルタルカで君がやったことも、恐らく君が『黒霧』だという事も兼ね合わせて君の人柄を判断した。良く言えばとても優しい、悪く言えば甘い、かな」
「え!?く、『黒霧』って……」
「フフッ、確信は無かったがね。まあゴホッゴホッ……私が持つ情報を総合すれば何となく君がその人だと思い浮かんできたよ。別に『黒霧』本人の情報が無くても君は『闇魔法』を使えるし、模擬戦でもその技を見た。正に『黒霧』の二つ名にふさわしい」
あっ、そう言えば最後にダークミスト使ったっけ……
「あんなもの、情報を隠したい側にとっては迷惑極まりないですよ。……でも、じゃあディールさんはどうなさるんですか?」
「フフッ、あれは別にお願いだからね、そこまで神経質に考えなくていい。努力できる範囲で頑張ればいいんだ。それに私はちゃんと『期待はするな』と言ってある。ゴホッ、加えて言うなら『黒霧』について教えて欲しいと言われただけでカイト君について教えろとは一言も言われていないからね。……だから君の質問に答えるならゴホッ―どうもしないだろうね」
ディールさんはまたさっきのレイスさんとの交渉時に見せた悪い笑みを浮かべる。
もうさっきのような弱弱しい感じのディールさんはそこにはいない。
本当にこの人、言葉を巧く使うな……
復活した悪いディールさんは今度こそは真剣な表情を作り、矢で射抜くかのような鋭い視線で俺を見る。
「……カイト君、さっきの反応からすると、君はもしかしたら自分が異世界人だということを気にしているのかもしれないね」
ディールさんはピンポイントに俺の急所となるところを付いてくる。
まるで、ライルさんに鑑定でバレて、色んなことを話さなければならなくなった時みたいにグサりとくる。
この感覚は、リンカの町で住民に殺意を向けられた時なんかとは比べものにならない程の苦しさを俺に与えてくる。
「私はね、今迄沢山の研究をしてきた。その過程でとても多くのことを見てきた。それこそ魔王だとか、召喚された勇者だとかも。私は研究者という職からか、かなり若いうちに『鑑定』を手に入れたからね、他の有象無象よりも遥かに多くのことを見たし、そして知っている」
幼い子供を諭すかのように優しい笑みをして話すディールさんの言葉にしかし、俺はあの時と同じように否定的に考えてしまう。
ディールさんはとてもいい人なんだ、どんな人相手でも優しく接してくれるんだ、だから期待するな、信じるな、何にも頼るな……
頭を振ってそんなマイナス思考の俺を追い出そうとするも次々にそんな考えが浮かんできてしまう。
今度間違えたら……
お前にはもう後が無いんだぞ……
何度も何度も俺の中の悪魔が囁いてくる。
「……でも、こんなスキル、普通持ってませんよね?他にあるかどうかわからないスキルを、しかも、こんなに沢山持っていて……それに異世界人です。この世界の人間じゃない」
「……ふむ、別に私はスキルが珍しいから、稀有なものだからということでその人物をどうこう思わないよ。見た目や外見で―スキルもそうだが―判断して寄ってきた人間関係などそう長くは持たん。……君の仲間は、君のスキルを見て君と共にいるのかい?例えばそうだね……クレイ君はどうだい?あれは団長の頃から人を見る目があるというのは顕著だったと思うが」
……恐らくクレイのことは『契約恩恵(主人)』から分かったんだろう。
ディールさんが言ってくれることは本当に嬉しいことだった。
言ってもらった瞬間ライルさんが俺と親友になってくれた時のように熱い物が体の中から込み上げてくる感覚があった……
でも、それはライルさんの時とは異なり、直ぐに冷めてまた自分を責める言葉が頭の中を埋めて行く。
お前が何かを望むな、幸せになろうとするな、アイツがこのままでもいいのか、また同じことを引き起こすつもりか……
嬉しかった気持ちなどまるで無かったかのように、全身が冷え切る。
夜の森の中って……こんなに寒かったっけ。
ジョーカーやリッチを見た時ですらこんなに寒いとは思わなかったのにな……
「……クレイは、あんまりしゃべりませんから、私には分かりかねます」
俺がそう答えるとディールさんは「……ふむ、そうか」とだけ言って顎に手をあてる。
少し考えてそしてまた話し出す。
「まあ兎も角、私は別に勇者だろうが魔王だろうが異世界人だろうが気にしない。それを私が言ったという事だけでいいから覚えておいてくれ」
「…………分かりました」
「ああ。今はそれでもいい、そこは君がゆっくり判断してくれればいいさ」
ディールさんなりに俺を気遣ってくれてのことなんだろう。
折角優しい言葉をかけてくれたのにまた気を遣わせて……
本当にダメ人間だな、俺って……知ってたけど。
「はい、ありがとうございます」
「うむ、気にしないでくれ。……では改めて取引の内容に戻ろうか」
ディールさんが元々の本題に話を戻す。
よし、切り替えてここはちゃんと話を聴こう。
うーん、2話先か、それともそのまた次かはまだ分かりませんが個人的には結構重要な話かな、と思う内容になるかと。
まだ第4章の終わりではありませんし、第1章・第3章の終わりのようになるわけではありませんし、何かの謎の伏線が回収されるとかいう回になるわけではないのでご安心を。




