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ふむ……

ふぅ……

(待っていただけているか分かりませんが)お待たせしました。


今回のお話はまた結構新規の情報が沢山出てきます。

一度で全て覚えていただく必要は全くありませんので少し長いですが気軽に読んでいただければと思います。



「あの、本当にありがとうございました。分かってるかもしれないけど、一応自己紹介しておきますね。――僕はユウ。王国騎士団第10師団の隊長をやってて今年で17歳になります」


ディールさん家への道すがら、ユウさんは、彼女の体調を考えてとてもゆっくりとした歩調で進むヘルハウンドから身を乗り出して何度目か分からない感謝の言葉を述べながら俺に自己紹介してくる。

そう言えば助けることに必死で俺自身も名乗ってはいなかったな。


「へ~、同い年だったんですか。私はカイト・タニモトと言います。一応冒険者です」


まあ鑑定で年は分かっていたんだけど。


「えぇ!?僕と同い年なんですか!?助けてくれた時の雰囲気とかからてっきり年上とばっかり……じゃ、じゃあどう呼べば……」


ほう……成程。俺は同年代の女の子には老けて見えると。

いいもん。

俺だって別に自分の顔に自信持ってるわけじゃないし。


「別に助けたことをそこまで重く見て頂く必要は無いかと。言葉使いも特に私は気にしませんのでお好きなように。まあそうですね……私の故郷では同い年には良く“タニモト”とか“タニモト君”と呼ばれていましたが」


この世界では“カイト”という下の名の方が良く呼ばれてきたし、良く使いもするが別に嘘は言っていない。


「では私は“タニモトさん”と呼ばせていただきます。私は見て分かるかと思いますが狐人で、第10師団3番隊隊長をしている、シキと言います。一応ユウともタニモトさんとも同い年です。――私の傷についてもそうですが、改めて、ユウのこと、本当にありがとうございました、タニモトさん」


ユウさんの後ろについているシキさんが、ユウさんが答えを出す前にそう告げる。

呼び方や話し方はまあ俺自身が「好きなように」って言ったから別段文句はない。


「いえいえ、お気に為さらず」

「その、じゃあ……僕は“カイト君”って、呼んでもいい、かな?」

「ええ、どうぞお好きなように」

「うん、それで、その、カイト君の後ろにいる可愛い女の子達は……」


そこでユウさんは複雑な表情をしてシア達に視線を移す。


ああ、成程、シア達にしても紹介がまだだったかな。

そりゃ警戒もするか。


「彼女達は……」


一応ユーリの正体は伏せて皆、俺の仲間だと当たり障りの無いよう伝える。

勿論全部嘘ではない。


ディールさんにさっき出し抜かれたことが少し自分でも堪えているようだ。

こういう風に普段からうまいこと言葉を操れるよう練習しておかないと……


まあそれもシアとエフィーに「ご主人様」と呼ばれて「え!?カイト君……そんな可愛い女の子達にそういうこと言わせる趣味が……」というユウさんからの疑惑を解消するために多少の説明は要したが。


すると、そこまで告げたところでディールさんがおもむろにユウさん達にも聞こえるよう俺に話しかけてくる。

……俺の話術にいちゃもんでもつける気なのだろうか?


「ふむ、君の名前を聴いても騎士であるユウ達は何一つピンとこないみたいだね。さっき言った通りだろう、カイト君?」

「へ?ディールさん、それってどういう……」

「私も良く……分からないのですが」


ユウさんとシキさんはディールさんの言ったことの意味を図り損ねているようで首を傾げている。

ああ、そう言えば……


≪どういう事じゃ?我にはさっぱりなんじゃが……≫


姉もよく分かっていないらしい。

シアやエフィー、ユーリについてはディールさんが言ったことでどういう事か理解した様子だが……まあ仕方ないか。


「ですから姉じゃ、さっき話していた通り、騎士と言っても全員が全員主様を追いかけているわけでは無いという事、です」


妹の説明に、エフィーが捕捉を加える。


「そうですね、指名手配のようなものが出ていればご主人様のお名前を聞けば何か引っかかる位はして良いものの、そういう反応も見られませんでしたし」

≪ああ、なるほどのう……そういうことか≫

「えっーと……ディールさん、つまり、どういう事なんでしょう?」


姉が理解しても、ユウさん達は未だによく分かっておらず困っている。

まあそりゃ知らない人からしたらそうなるんだろうけどね。


「ふむ……ここにいるカイト君は君達騎士の怠慢のせいで無実の罪を着せられている。犯人隠避のことについては別に論じるとしても、私が認識している全ての事情を考慮するとだねゴホッゴホッ……君達騎士が本気でちゃんと調べれば、彼が犯人でないということは明確に分かるはずなのに。彼のことだけではないが……騎士と言うのはいつから冤罪をふっかけ、楽して手柄を立てるような汚いものになっていたんだろうね?」

「え!?ほ、本当、ですか――うっ」


ディールさんの話を聴いた途端驚くと同時に、表情を歪めるユウさん。


「ユ、ユウ!?」


シキさん自身もディールさんの話に驚愕していたが、ユウさんの体調の心配を優先する。


「だ、大丈夫、少し、眩暈がしただけだから。病み上がりみたいなもんだからね、気にしないで。それより……ディールさん」

「ふむ、ゴホッ……まあこういう小言は後にしよう。いいかい、ユウ、シキ君?」


ユウさん達の体調を気遣ってこの話は切り上げようという意図なのだろう、ディールさんの声音は若干低く、彼女達に有無を言わせないものに思えた。


そう言う風にするんならその話題を聞こえないように俺達に振るとかすれば良かったと思うんだけど……


「……はい」

「……分かりました」


二人もそれに応え黙ってしまう。

……少し空気が重い。


いや、確かに騎士には良い思いは無いがだからと言って今この場でこんなどんよりとした雰囲気にされても。

まだ家までもう少しあるし。


≪うむむぅ……主殿、重い、重すぎじゃぞこの空気!我がボケてスベった時以上に重いぞ!!≫

「(ああ、俺もそう思う)」


自分でもスベる時があると理解していたのか。


≪この空気のまま家まで戻るのかえ!?我にはキツいぞ!≫

「(うん、俺も結構キツい)」


念話でディールさん達に聞こえないよう会話する。

リゼルも俺と同意見のようだ。


「ところで……私は騎士団の隊長ということですから、てっきりもっと怖い方がなさっているのかと思っていました」


俺達の想いが通じたのか、シアがそんな話題を振ってくれる。

ナイスだ、シア!!


「あ、あははは。ゴメンね、僕、あんまり騎士っぽくなかったかな?」


ユウさんは力なく笑うも、この話題は彼女自身にとっても良い方向に向いたようだ。


「ふふっ、まあ実際にゴホッ……ユウが騎士として活動しているところを見ないとそうも思われるかもしれないね」


良かった、話題が替わってディールさんの表情もやわらかい。

ふぅ……


「まあ別にシアもそういった悪い意味で言ったわけではないと思いますよ?さっきのあの女の子然とした可愛らしい部屋を見た後で、その部屋主であるユウさんのような女の子を騎士団の隊長だ、と紹介されても大抵の人は引っかかるんじゃないでしょうか」

「え!?ってことは……も、ももももしかして、ぼぼぼ僕の部屋……見た?」


さっきまでの落ち込み具合などまるで無かったかのようにユウさんは顔を真っ赤にしてハイテンションになる。


他人に自分の部屋を見られるのは確かに恥ずかしいが別にそこまで過敏にならなくとも。


「はい、ですが別におかしなところは無かったと思いますよ?女の子らしい、可愛い部屋だったと」

「本当に?何もおかしく、なかった?」

「ええ。何も」


まあ年齢的に低い玩具もあったがそれはユウさんが小さい頃のもので今も大事にしているということなのだろう。


「……そっか。おかしく、なかった。それに、女の子らしい……」


ユウさんは今度は顔の赤みそのままでニヤニヤと何度も同じことを静かに呟いている。

……俺おかしなこと言った?


「えへへ、男の子にそういう事言ってもらうの、僕、初めてなんだぁ。……団員の皆が僕に『私だけの騎士シュバリエになって下さーい!』って言う気持ち、僕も今なら分かるなぁ」


そう言って嬉しそうに明るい笑顔が咲く。


へ?“シュバリエ”って?

騎士きし”っていうこと?

……よく分からん。


「ユウ、本気ですか!?」


シキさんは自分も病み上がりのような体なのにそれを一切気にせずヘルハウンド越しにユウさんに詰め寄る。


「え?う、うん。だって……」


そうして二人で話し出してしまった。

ヘルハウンドは彼女達が話しやすいようペースを落として歩く。


ディールさんをチラッと見ると彼女もそれに気づき、少し困った笑顔を浮かべながらも俺に分かるように左手の指を動かす。


……ディールさんもやっぱり何だかんだユウさんのことを気遣っているんだろう。


そしてディールさんは俺に近づいて話しかけてくる。


「普通職業や身分を指して使う場合はゴホッ……“騎士きし”と言うのに対して、騎士個人の栄勲や功績を讃えて贈られる称号のようなものを特に本来は“騎士シュバリエ”と呼んでいたがゴホッゴホッ……最近では女性が自分の理想の人――ああ、騎士のことが多いが――を差す場合にも用いられるね」

「え?女性が理想の人をって……ユウさんはさっき……」

「ああ、まあ後でキチンと説明はするつもりだがユウがいる第10師団は少し変わっていてね。その特異性もあってあの子は自分の属する師団の中で、団員の憧れのような存在なんだ」


ああ、まあ確かにユウさんは整った顔をしていて雰囲気さばさばとしているから、女性からしたらカッコいいし頼り甲斐もありそうだ。

でもその説明通りだと第10師団って百合の人が多いのかな……

そう言う意味では確かに特殊だ。


「ゴホッゴホッ、騎士という職・身分は今は圧倒的に男性の方が多い。だからあの子も騎士である時は肩肘を張る必要もあるんだよ。――そう言う事情も相俟って、あの子は自分が一人の女の子として扱われることって言うのは殆ど皆無と言っていい」


じゃああんまり『女の子らしい』とか言わない方がいいのかな?

そういうことを言われるとプライドに障ることもあるし。


そんな俺の心配を見抜いてか、ディールさんは俺に語りかける。


「ふふっ、逆、かな。だからこそああして年端の近い女の子とそうした話で盛り上がれるんだ。――あの子もさっき言っていた通り、死にかけ絶望したんだと思うよ。そんな時に自分を颯爽と助けてくれた男性が自分を女の子扱いしてくれたらそりゃ嬉しくもなるさ」


ディールさんは盛り上がっているユウさん達に視線を向ける。

ユウさんはシアとエフィー、リゼルを呼んではコソコソと何やら尋ねている。

シキさんはため息をついてはいるも自分も話に混ざっている。


このディールさんの話を聴いてチラチラとこちらを向いて顔を赤めるのがユウさんやシキさんだけならまだ俺も「あれ、コイツ俺に気があんじゃね?」と浮かれ気分にもなれるのだが如何せんシアやエフィー達まで俺に聞えてないか様子を窺いながら話している。


女の子同士、男の俺には聞かせられない話だってあるんだろうし、ディールさんの娘さんということもあるから騎士とは言ってもそうやって仲良くしてくれるのは嬉しいんだが……何の話をしてるかがそもそもわからん。


……シア達に限って俺の悪口なんて言わないよね?

言ったとしても「お小遣いが少ない」とか「服がダサい」辺りに留まって欲しいものだ。


「まあゴホッゴホッ……君はあまり気にしなくていいよ。差当り今重要なのは……おっと、着いたようだね」


話の途中ようやく森を抜け、再びディールさんの家に戻ってきた。

ふぅ……まあディールさんの言う通りあんまり気にしないようにしよう。



入ると直ぐにディールさんは漢方薬みたいなものを持ってきてはそれをユウさんとシキさんに渡して飲むよう勧める。

ユウさんは躊躇なく飲み込むもシキさんはいきなりで戸惑っている様子。


それを見てユウさんは説明する。


「これはディールさん特製の栄養剤みたいなものだよ。これを飲んで寝れば起きた時には体調もすっかり良くなっているはずだよ。僕が小さい頃はあんまり体も良く無かったから良く飲んでるものだし。だから大丈夫だよ、シキ」

「そうなんですか?ユウがそう言うなら……」


完全に納得したわけではなさそうだがユウさんの説明でシキさんもその薬を飲み込む。


「安心してくれたまえ、苦いだけで毒なんて入ってないさ。ゴホッゴホッ……私が元々体が弱いことから作りだしたものだ。作ろうと思った当初こそ色んな物を入れて試してはいたが今はもう厳選した上級の薬草しか入れていない。――さぁ、それを飲んだら今はもう寝なさい。シキ君は2階の奥にある客間を使いなさい。ハイ・スケルトンに用意させてあるからもう布団も敷いてあるはずだ」

「はい、ありがとうございます」

「うん、分かった。お休みなさい、ディールさん」

「ああ、お休み」


そうして階段へと向かおうとした途端、ユウさんは「あっ」という声を上げて振り返り俺に笑顔を向ける。


「カイト君。さっきは本当にありがとう。えへへ、お休み」


少し照れたようにそう告げるユウさんが今からあの可愛らしい部屋へと向かうのを想像すると微笑ましい気持ちになる。


「はい、お休みなさい」


俺の返事を聴くと満足した表情をしてユウさんは階段へと足を進めた。

シキさんは特に何かを告げるでもなく頭を下げてユウさんの後を追って行く。



二人が休みに行った後、本や資料が幾つか乱雑に乗っている木の机を整理して、座ることを勧められ俺達とディールさんはようやく人心地付く。


「ふぅ、お疲れ様。ゴホッ、二人が起きるまで少し時間があるが……君たちはどうする?彼女達が話す内容を前提とすること以外なら今から話しても私は構わないが」


ディールさんにそう振られ、どうするか皆と相談する。


「一度戻って様子を見る位の時間はありそうだな」

「そうですね。わたくしは戻ってリンかフェリアから旦那様にお呼びしていただいた後のことを聞いておきたいですね」


ユーリは戻って状況を確認したいようだ。


「その、私はディールさんにあの魔力の糸について詳しく聴きたいのですが……」


エフィーはディールさんの申し出に甘えて話を聴きたいのだと。

ふむ、ディールさんにはまだワープのことは話してないが、戻ること自体は可能だから戻る人と残る人に分かれてもいい。

別に何日も離れるわけでは無いし。


「なら戻る人と残る人に別れよう。――ディールさん、それでも構いませんか?」

「ああ。残る者には食事も用意しよう……あ、そう言えば」


ディールさんは何かを思い出したようだ。


「済まないが残る者はガーゴイルの石像の設置を手伝ってくれないか?あれは新しく設置するのが一番面倒なんだ。ハイ・スケルトンでもできるのはできるんだが人に教えやってもらった方が簡便だ」


ああ、俺達が壊したところの……


「では私は残りましょう」


自分が切ったことでの罪悪感かは分からないがシアが名乗り出る。


「シアさんだけに任せるのは忍びないですし、私達も残りますか、姉じゃ」

≪うむ、そうするか。二人いれば足りるかえ?≫

「ああ。ゴホッ……細かい作業をしてくれれば他のことはハイ・スケルトンにさせるよ」


リゼルも残るようだ。

となると流石にユーリ一人で戻らせるのは、ということになるから俺は戻る組に入ることになるな。


ディールさんは、俺達が戻って直ぐにまたこちらに帰って来れる、というような趣旨の話をしていることから具体的にワープとまではいかないまでも近いところに住んでいる、もしくは移動手段があるのだろうともう既に理解しているのだと思う。

そこについては一切ツッコんでこない。


今はそこの説明は面倒なのでそれは正直有りがたい。


とりあえず残るシア、エフィー、リゼル、それとついでにカエンのことはディールさんにお願いし、俺とユーリで孤島に戻ることに。

帰ってくるときに俺達には反応しないようガーゴイルを修正しておくと言ってくれてたし、それに家の位置が分かるための青い水晶を渡された。



帰り道、ユーリは行きは一緒に来たわけでは無いので俺の記憶だけが頼りとなる。

ディールさん曰く、「認識阻害の魔法を使っているが私が除外した者にとっては普通の森と何ら変わらんよ」とのこと。


ディールさんが認めた人には易しくなる、という面では孤島の入島制限と似ているところがあるが普通の森と変わらないってことは普通に迷う可能性もあるということじゃないのかな?


まあそこは特に問題なくちゃんとワープ地点に戻れたので一安心と言ったところか。






「ふぅ……戻ってきたか」

「ええ、そうですね」


二人で戻ってくるというのは新鮮な気分だ。

しかもまだ今回は明るいうちの帰宅――という気分を満喫する暇は無く、帰ってきた俺達に気付いたカノンとベルが俺達を出迎えに来た。


ユーリはそこにフェリア・リンがいないことが分かり……


「では、わたくしはフェリアかリンに話を聴いてきます。失礼します」


と言って俺に一礼して下がる。

そして入れ替わりにカノンが俺の下に。

そう言えばカノンがちゃんとここにいてくれているという事はベルはしかと仕事を――


「マスター!!マスターは、マスターは……マスターは胸が小さい女の子の方がいいの!?」


開口一番カノンは必死な顔で叫ぶ。

俺は直ぐさま状況を理解し、追い付いてきたベルを睨む。


「…………(ぷいっ)」


このクソ犬、知らんぷりしやがる。


「おい、ベル、どういうことだ?」


俺は名前を呼んで更に睨み付けてやる。


『な!?カ、カイト殿、俺を疑っているのか!?』

「何『自分無実なんですけど!?』みたいに言ってやがる!?テメェ以外いないだろうが!」

『お、俺はただカノン様に誠実に有ったことだけをだな――」

「嘘つけこの野郎!ちゃんと報告――」


そこまで言いかけてカノンの声に遮られる。


「マスター、誤魔化さないでよ!!私、私……」

「いや、あのなカノン、それは完全に誤解なんだ。俺は別に――」

「あれー?お兄、帰ってたの?」


弁解しようとすると、今度はリンがどこからかやってきて俺の邪魔をする。

あれ?ユーリとは入れ違いにでもなったのか……

リンの顔はニヤニヤとしていてこの状況をまるで楽しむかのようだ。

くそっ、また面倒な……


「あれ?お姉もいるんだ。何々、何の話してんの?」

「アンタは黙ってなさい、いまマスターと大事な話をしてるんだから!」


カノンが釘をさすもリンは全く動じる様子も無くむしろそれを面白がって嫌な笑みを浮かべる。


「あ~、あれか、お兄が小さい女の子にしか興味が無いって話?」

「え!?そ、そうだったのマスター!?」

「おいコラ、“小さい”は合ってるがそれだと話が若干変わるだろ」


即座に否定はしたがカノンがリンの言うことを少し真に受けてしまった感は否めない。

リンの奴め……


「あれだよ、お兄、お姉はそのことをベルさんに聴いてからずーっとそのことしか話さないんだから」

「ちょ、ちょっとリン!」


自分から俺に聴いてきたくせにカノンは何故かリンがそれを話そうとするのを制する。

だがリンはそれをお構いなしと言ったふうに話し続け、今度は話すカノンのモノマネをする。


「『マスターは、小さい胸した女の子の方が好きなのかな?だから私にエッチなこと、してくれないのかな……ね、ねえ、リン!!私って、胸、おっきくないよね?胸、小さい方だよね!?』って。もうしつこい位に私に聴いて来るんだもん。こっちだって疲れてきちゃうよ」

「コ、コラッ!私は、そ、そんなこと、い、言ってないから!!」

「え~、うっそだぁ、私が『はいはい、お姉は小さい小さい』って面倒くさがりながら言ってあげても『本当に?これ位の小ささがマスターの好きな大きさ!?』ってしつこく聴いてきたじゃん!んなの私が分かる訳ないしぃ、そもそもお姉のその爆乳を“小さい”って表現するんなら世界中の女の胸は貧乳にすらならないって。まあフェリアはフェリアでこの話聞いた後隠れて小さくガッツポーズしてたけど。『フェリアの時代がキタであります!!』とかバカなこと言って」

「な!?ア、アンタ、面倒くさがりながらって……そ、それより、マスター、私――」

「良いじゃん良いじゃん、そのまんまいつも寝言で言ってるように『マスター…んふぅ…大好き♡』って言っちゃえば!」

「コラッ!!リン、アンタ!!」

「キャー、お姉が怒った!」

「待ちなさい!!コラーッ!!」


カノンが怒ったのを可笑しそうに笑って逃げ出すリン。

それを追いかけようとして直ぐ立ち止まり――


「……ち、違うから」


顔を赤く熟した果実のようにしながらボソッとそう呟くカノン。

危うく聞き逃しそうになる。


「えーっと……」

「だから、違うから!!リンが言ったこと!!信じちゃ、ダメだからね!?」

「あ、ああ。だがその――」

「か、勘違いしないでよね!さ、さっきのは……そ、そう!!マスターが小さい女の子とか小さい胸が好き、みたいな歪んだ性癖だと皆困るからそれを心配して聴いてあげただけなんだから!!それ以外の意味なんて無いんだからね!!」

「あ、ああ、分かった」


何かを言おうとしても凄い剣幕で捲し立てて来るのでそれ以上のことは言えず仕舞い。

俺がそう言ったのを確認するなりカノンはリンを再び追いかけ始める。


俺は残ったベルを再度睨み付ける。

ベルは視線を彷徨わせるも少し申し訳なさそうに吠えて謝罪する。


はぁ……





ベルと二人で木造の簡易の我が家へと戻る。


戻ると、クレイとリンがシーナの作った遅い昼食を食べていた。


「……もぎゅもぎゅ……あー、カイト、お帰り―」


クレイが食事の手を休めることなく出迎えの挨拶をしてくれる。


「ああ、ただいま」

「お帰りー、お兄。遅かったね」


リンの奴が白々しくそう言いやがる。


「…………」

「もう、お兄ったら、そんな怖い顔しなーい――あ、ゴメン、それがお兄のデフォか」

「おい」

「キャハハハ、ゴメンゴメン。ちょっとやり過ぎたかな、とは思ってるよ?」

「あれでちょっと、か。カノンは?」

「お姉?お姉は今一人で落ち込み中。自分の部屋で枕に顔埋めてうーうー呻ってるよ」

「はぁ……後でカノンにも謝っとけよ?」

「分かってるけど私がどうこう言うより、お兄が行ってあげた方が――ああ、まあいいや。でも私やフェリアのやってることなんて可愛いもんだと思うよ?」

「自分で可愛いとかそんなのこと言うのか?」

「うん、だって実際私達可愛いし」


凄い自信だな。

……まあそこは否定できないが。


「とは言うけどな、お前……」

「お兄は分かってないなぁ……一番性質が悪いのは絶対ユーリの奴だって!」


リンにしては珍しく、食べる手を止め持っている木のフォークを、紙をぺシぺシ叩くように前後に揺らして真剣な顔つきで主張する。


「あの腹黒ユニコーン、お兄の前では猫被って大人しいけど、私達相手だと容赦ないもん!泣き落としなんて軽いもんだよ!」


ほう、ユーリについては少し図り損ねている部分があるからこの情報は俺にとっては少々面白い。


「お兄はいいよねぇ……腹黒アイツ、何でもお兄とクレイさん第一だからお兄が一番被害少ないもん。本当、困っちゃうよ、あの腹黒ユニコーンに――」


リンが全てを言い切る前に、俺達の後ろから恐ろしいオーラが出現し、その言葉を新たな言葉が遮断する。


「――ウフフ、ねえ、リン……だ・れ・が腹黒ユニコーン、ですか?」


俺達が振り返ると、そこには雰囲気で決して笑ってないと分かるのに、聖母のような笑みを浮かべているユーリが。

これ絶対怒ってる!!


それが俺でも分かるのにその表情だけは崩さない辺りもしかして本当にリンの言う通り……


「うげっ!出た、腹黒!!」


リンはユーリの存在を認めると焦りはしたが即座に立ち上がり自分の食べていた食事をクレイに渡す。


「ごちそう様、シーナ!クレイさん、これ残りあげる!!」


クレイの返事を聞く前にリンは逃走。

……さっきのカノンとのやりとりのこともあるがやはり雷を司る聖獣ともなると逃げ足も速い。


「コラッ、待ちなさい、リン!!」


待てと言うが、ユーリは追い付けないことを直ぐに悟り、深ーいため息をついて俺に向き直り、表情を戻して話しかけてくる。


「旦那様」

「ん、何だ?」

「その、誤解、なさらないで下さいね?わたくしはリンの言うような粗暴で不躾なユニコーンではありませんから」


リンは別にそんなことは言ってなかったような気もするが……

上目づかいで瞳を潤ませながらそんなことを言われると……いや、それがユーリの思惑という事も。

だが一方的な恨みで、リンがユーリを嵌めるために吐いた嘘だということも有り得る。


あれだ、★1のアンチレビューみたいなやつ。

サクラはサクラで困るがアンチはアンチでまた面倒だ。


まあ今回は判断する情報が少ない以上保留にするしかないな。


「分かった。ユーリもあんまり気にするな」


そう言ってやるとユーリの不安げな表情も晴れる。

あぁ、良い顔しやがるな……


「……もぎゅもぎゅ……カイトも、クレイと一緒に、食べる?」


今迄のことに何一つ変わることなくリンからもらった料理も含めて食事を続けているクレイ。

クレイはどこにいても動じないな……




その後ユーリと共にシーナに作ってもらった食事をとり、レンとサクヤの帰りを待つことに。

ラクナ・アンジェの里にいたところにユーリの召喚があったので俺達のように二手に分かれることにして、レンとサクヤが残ることになったらしい。


俺が帰ったことを伝えるためにもリンとフェリアが迎えに行ってくれた。



二人が孤島を出て約3時間して、レンとサクヤを連れて戻ってきた。


「ゴメンね、お兄ちゃん。遅くなっちゃった」


帰って早々申し訳なさそうに俺に謝るレン。


「いや、気にするな。里で何か変わったことはあったか?」

「うん、そうなんだ、だから里で集会が有って、それで……」


ん?何だろう、集会を開く程のことがあったのか……


「お父さんがお兄ちゃんにも伝えといてって」

「ゴウさんが?それで、何があったんだ?」

「何デモ、里の付近で見慣れない竜が捕捉されたそうデス」


そこでサクヤも説明に加わってくる。


「“竜”?見慣れない……ってことは天使の里の人間では分からない種ってことか?」

「うーんと、多分そうだと思うんだけど、そもそもボク達の里の付近でドラゴンって……サクヤお姉ちゃん以外では見たことが無いから。お父さんもそう言ってたよ?」


成程……つまり天使の里付近にはそもそもドラゴン自体サクヤを除いていなかったから竜が捕捉された時点で異常なことなのか。


「その竜の特徴とかは?」

「天使の方々の情報を総合シマスと、青い体表・鱗をした体の細長い竜だったと。ソレが里の東の方に飛んで行ったとのことデス」


うーん、分からん……

“青”っていう表現の仕方をしているが人によっては“緑”ともとれる。

とすると……日本昔〇に出てくる奴位しか連想できない。


そう言う言い方をしているという事は、ゴウさん達天使にもその竜の正体は分かってないってことだよな。


リゼルかエフィーがこの場にいたら何か意見を出してくれたかもしれないが……

ダークドラゴンのお母さんなら何か知ってるかな?


「ちなみに里ではどうすることになったんだ?」

「えーっと、別に帰ってくることも無かったし、とりあえずはお兄ちゃんにも知らせて、様子見をしよう、ってことになった。またもう一度戻ってくるようなら討伐隊の編成も考えたいって」

「……分かった。俺達の方でも調べられることは調べてみるってゴウさんに伝えてくれ」

「うん、分かった!」



その後また準備をして今度は俺とカノンが二人でディールさん達の下に向かうことに。


レンとサクヤには再び里に戻って俺達の会議の内容を伝えに行ってもらう。


顔を見知っているユーリ、クレイ、ベルの3人には“死淵の魔窟”に向かってもらい、ダークドラゴンのお母さん達に件の竜について聴いて来てもらう。


リンとフェリアについてはシーナとともに孤島に残ってもらうことに。

必要とあればそれぞれ“ラクナ・アンジェ”、“死淵の魔窟”の増援に向かってもらうためだ。



ふぅ、忙しいな……





カノンと二人で歩いているのだがカノンの機嫌はかなり治っていた。

ふむ、リンの言い方からすると落ち込んでいたということだったがフォローするまでもなく立ち直ってくれるのは良いことだ。


何がカノンのご機嫌に起因したかは完全には分からないが二人で歩いていることもそれに関与しているのだと信じたい。



2回目ということもあってちゃんと戻って来れたが、その際ガーゴイルの石像が1回目の時のように反応することは無かった。


シア達がきちんと設置し直したのだろう。


1回目にいなかったカノンを連れていることを考えると、そもそもディールさんが機能を切っているということも考えられるがまあ特に問題も無いんだからそこの考察は別にいいか。



家に着くと何故か模擬戦をしたところでリゼルがハイ・スケルトン50体と戦闘していた。

その場にディールさんはいないが復活用に、闇魔法を使えるアンデッドが5体程。


俺に気付いたリゼルが手を止め、事情を聴くとどれだけやれるか試していたらしい。

要するにやることが無くなったから訓練していると。


自分を磨くことを怠らないという精神は俺も好きだ。

リゼルを労って俺は中に。



中ではディールさんが黒板に何か図を描いてエフィーに説明をしている所だった。

糸っぽいものがモンスター・人に繋がっている絵もある辺りどうやら魔力の糸の説明中らしい。


「おや、思った以上に早かったね」

「はい。色々と準備もし直して戻ってきました」

「お帰りなさいませ、ご主人様。カノンさんもご一緒でしたか」

「うん、エフィーもお疲れ様」


俺達に気付いて二人の授業は一時中断。

ディールさんは俺の後ろにいるカノンを見て考え込む素振りを見せるも、直ぐに感嘆の声を上げる。


「ほーう、ゴホッゴホッ……この子があのケルベロスの主人か。とても若くて可愛らしい子じゃないか。この若さでその実力は称賛に値するよ」

「ど、どうも」


凄いな、一発でそれを見破るか。

カノンはいきなりで動揺、もしくは緊張でもしているのかな?


「シアさんは起きたユウさんに呼ばれてお二人でお話されています。いらっしゃる際リゼルさんとは……」

「ああ、会ったよ。中々に奮闘していた。エフィーは勉強中だったのか?」

「はい!とても興味深い内容です。若しかしたら『六神人形シィドゥ・オ・ドール』に応用できるんじゃないかな、と」

「エフィー君は今迄私があった人間の中でもトップクラスに賢い。ゴホッゴホッ……難しい内容にも関わらず私が教えることをどんどん吸収していく」

「そうですか。やっぱりエフィーは凄いな」

「ありがとうございます。えへへ」


褒める意味も込めてエフィーを撫でる。

エフィーも嬉しそうにしてくれる。


その表情を見るとやってるこっちも嬉しくなるのでお互いwin-winでいいな!


「竜人君にしてもブレスを使えるんだろう?しかもそれ無しでゴホッ……ハイ・スケルトン相手に奮闘しているようだし。さっきエフィー君に聴いたら実質的に一番戦闘のセンスが有るのはユウと一緒にいるえーっと……シア君、だったか、その子なんだろ?ゴホッゴホッ……そのリーダーをしている君は本当に面白いね」

「そうですか?うーん、まあ一先ずは褒め言葉として受け取っておきます。それで、ディールさん」

「うむ。では色々と話さなければならないことも溜まってしまったからね。ゴホッ……侵入者についても進展があった。上で話そう」


そう言ってディールさんは一人で奥に行って2冊の本を持って戻ってきた。

それらをエフィーとカノンに1冊ずつ手渡す。


「私とカイト君がゴホッ……話している間に読んでおくといい。私がモンスターを進化させるために研究をした成果の基礎部分が書いてある。それを理解しておけば多くの部分で応用が利くようになるよ」

「あ、はい。分かりました。ありがとうございます」

「ありが、とう。そ、その、私本読むの苦手なんだけど……」


カノンにはスケルトンをハイ・スケルトンにする方法を教えてもらえるとしか言ってなかったから本を読めというのは予想外だったようだ。


「まあ、エフィーもいるしそこは頑張ってくれとしか言いようがないな」

「ふむ、別に内容は頭に入っているからそれは貰ってくれても構わないよ。ゴホッ……だから内容を理解するのに焦る必要は無い。じっくりと読んでくれたまえ」

「カノンさん、無理なさらなくても、私が読んで重要だと思う部分を抽出しますのでその部分だけ読んで行けばいいと思います」

「う、うん。分かった。ゴメンね、エフィー」

「いえ、お気に為さらず。では――」


エフィーは直ぐに本を開いて目を落とし走らせる。

もう集中し始めた。


本当に凄いなエフィーは……

カノンはエフィーの邪魔にならないよう場所を移動してもう1冊を開く。


二人とも頑張ってくれ……




俺とディールさんは1階を後にし、2階に。

奥に行くとディールさんが言っていた客間に辿り着く。


軽くノックをして「入るよ」と声をかけるディールさん。

直ぐに「はい」とシキさんの声が返ってきた。


中に入ると彼女は布団から体を起こしている。

その顔色もすっかり良くなっている。

回復魔法だけでは取りきれない疲労感みたいなものもディールさんの薬と睡眠によってある程度はとれたのだろう。


彼女が元気になっていることについては一先ず安心だな。


ディールさんに促され同じように俺は床に腰を下ろす。


「ふむ、起きてあまり時間が経っていないところ悪いが先ずは君達が襲われたことやあの侵入者についての話をしようか」

「……はい」


そうしてディールさんとシキさんと俺、3人での話が始まった。


「シキ君、君が知っている今回の件について教えてくれ」

「はい……今回私達第10師団は王都リュールクスより東凡そ20キロ地点にある街アースラの警備に当たるという名目で滞在、そしてアースラより更に南東凡そ4キロ行ったところで騎士団内部のとある密談を設けることになり、そこに向かっていました」

「ふむ。ゴホッ……それは騎士団長の発案かい?」

「はい。近頃、故クベル氏のお弟子の失踪に危機感を感じられた騎士団長自らが同じ弟子であるユウにこのことについて話しあいたいことが有る、として今回の密談を設けることに」


今の“クベル”って確かディールさんが話してたディールさんやユウさんの師匠だ。

ってことはシキさんもこのことについては知っているのか……


「ふむ……ああちなみにカイト君、失踪というのは私や魔王と同期の奴だけではないんだよ。ユウや騎士団長と同期の者も居場所が分からない者が3人いる」

「え!?3人もですか!?ってことは……」

「まあその内一人はほぼ死亡扱いなんだが……そこはいいかい?」

「……はい。続けて下さい」

「分かりました。――その密談場所に向かうために本来であれば密談と言うことも有りユウの護衛の人数は厳選し、私も含めた各隊の隊長だけを付ける予定だったんですが当日、第6師団、第9師団隊長から王都への緊急の増援要請が入りました。そこで止む無く半分の隊を王都に向かわせ、その対処にも人員を割く必要もあり、ユウの護衛も予定の4分の1に」

「……それで?」

「その後、密談場所に向かう途中で件の者達がいきなり現れ、襲われました。私達は騎士団長とユウを護衛しながらアースラへと向かい、残っていた第10師団の団員と合流しようとしたのですが数の多さに押され、不意を突かれたことも有り戦況は不利に運びました。そして、騎士団長への攻撃を防ぐためにユウが自分から……」

「成程。その時に受けた攻撃の中にユウさんが苦しむ原因となったものがあったんですね」


俺が治したあの『寄生虫(闇)』だな。


「はい。ユウは直撃していたので恐らくは」

「ふむ……成程。その後は?」

「その後は何とかアースラにいた第10師団の団員達と合流でき、皆でユウを逃がそうと必死になっていって……」

「ふむ、ここは確かにアースラからは比較的近くにある。恐らくユウ本人がここに逃げようと言ったんだろう。そして今に至る、と」

「……はい、その通りです」


成程。騎士団にそんなことが……

確かにこれについてもディールさんの師匠のことについて知らないと本質は見えないな。


そこは兎も角、普通に考えると密談の日にちとか場所とかが漏れてたってことになるが……


「すいません、その密談について知っていたのは?」

「第10師団内ではユウと1番隊隊長、それに私しか内容を知りませんでしたが、今回の密談があること自体を知っていたのは私達第10師団の面々、騎士団長、各師団の隊長、それと騎士団長の護衛の第1師団の団員だけです」

「シキさんが属していらっしゃる第10師団については皆さんが知っていたという事ですか……失礼ですがその中から内通者が出たということは?」

「……私がどれだけ言っても身内を庇っているととられると思いますが、私個人としてはそれは無いと思っています」

「ふむ、そこについては私からも補足しよう」


ディールさんがシキさんの意見を引き継いで話す。


「これは言っていたゴホッゴホッ……第10師団の特異性とも関わってくるんだが、そうだね……第10師団の第1、2、3、4、5番隊の各隊長、それと隊長ではないがもう1人はユウが10歳の時に“闇市”と言うところで買い取って解放した元奴隷なんだよ」

「それはまた何とも……“闇市”ですか」

「ああ。その名からもある程度想像できると思うが正規のルートでは売られない物――奴隷も含めて――が高値で売り買いされる。ゴホッゴホッ……私はその時とある仕事をしていてその手伝いを期待してユウを連れて行ったんだが、ユウは自分を担保にその“闇市”で行われる闘技場に出て優勝し、そのお金で彼女達を買い取り、そして解放した。――そうだね、シキ君」

「はい。今でもそのことを私達は本当に恩義に感じています。それもあって私達はユウについて行こうと決めて今まで来ました」

「ふむ、そしてそれからあの子とシキ君達は協力して活動していき、ゴホッ、どんどん仲間を増やしていった。元奴隷も確かに多いがその大部分はユウ達の人柄に共感あるいは惹かれて仲間になったんだよ。そして、前の騎士団長が女性と言うことも有ってユウに声がかかり……色々とあって今に至る、と」

「成程。つまりはユウさんを裏切るような行動を取るとは考え辛い、と」

「そう言う事だね。まああくまで可能性が低いという話だから。それに留めておいてくれ」

「……分かりました。ありがとうございます」

「ふむ。大体そんなところかい?」

「はい。私が知っていること・経験したことは以上です」

「分かった。ゴホッゴホッ……では次に私が独自に分かったことを話そう」


ディールさんはもう一つ咳を挟む。

さっき以上に真剣味が増したように感じる。


「ユウやシキ君らを襲った集団は恐らく宗教団体として知られる『黒法教』。――より具体的に言うと、七大クランの1つ、『シャドウの闇血』だ」

「な!?『黒法教』ですか!?それに『シャドウの闇血』って――」


シキさんはディールさんが告げたことに愕然とする。


俺も大なり小なり驚いていることに変わりはないし『シャドウの闇血』については名前くらいは聞いたことが有るがその前、つまり『黒法教』なるものについては初耳だ。

そのためにどういうことなのかというのが今一掴み損ねている。


「それはどういう経緯でお知りに?」

「ん?ああ、拘束した侵入者どもに吐かせたんだよ。これを使ってね」


そう言ってディールさんは服の下から1本の注射器状のものを取り出し、注射する際のように中の液体を出して見せる。


「……それは?」

「私が作った自白剤だよ。ゴホッゴホッ……INTが弱い者や魔法に耐性の無い者には圧倒的に強い」


自白剤って……マジですか。


「何なら後で君やエフィー君に作り方を教えてやろう。ゴホッ……ああ、最高でも注射するのは3本に留めないと大抵の者は廃人になるから気を付けてくれ」

「…………」


……返事し辛いわ。


「話を戻そうか。――それで、君達を襲ったのは『シャドウの闇血』だと言ったが表向き『黒法教』との繋がりは一切ない。これからはゴホッ、吐かせて得た情報から私が推測したものも絡んでくる。それを前提として聴いてくれ」

「……はい。分かりました」

「分かりました」

「アイツ等が話したのは“自分達は『黒法教』の信者だ”ということだけで、『シャドウの闇血』だということは一切話さなかった。まあそこの繋がりを知らされていない下っ端だったということも考えられるが。――それで、話を進めると、私は独自のとある情報筋から、ユウの同期で失踪したというクベルの弟子の一人がどうなっているかを知っている」


ほう、流石はSランクの冒険者。

本職は研究者とは言っても情報網は広いんだな。


「その一人と言うのは、ゴホッゴホッ……今現在どこかにある『シャドウの闇血』の秘密基地に監禁されている」

「ほ、本当ですか!?」


シキさんはまたもや体を乗り出す勢いで驚いている。

表情の変化も激しい。


この人、話し方とか雰囲気クールな感じなのに飽きないな……


「ああ。それで……ふーむ、私の推測を全部説明しきるためには少し寄り道しなければいけないな。少しだけ待っててくれ」


そう言ってディールさんは立ち上がり、部屋を出て行った。

物をひっくり返す音が少し続いて、それから数分後戻ってきたディールさんは1つの巻物を持ってきた。


それを広げて俺達二人に見せる。


「ゴホッゴホッ……これはSランク冒険者とギルド本部の上位職にある者にだけ与えられる、Sランク冒険者の名簿だ。Sランク冒険者が今までに何人いたかということは世間にも知らされることだが誰が一体Sランクの冒険者なのかということは基本これやギルド本部にある記録にしか載っていない。まあSランク冒険者本人から名乗り出ることは別段稀と言うわけでもないから知っている者もそれなりにはいるだろうがね」




【過去Sランク認定者一覧】

②レイス・ベルミオン

③グリード・ローレス

④ディール

⑤ルーカス

⑥ヨミ



……あれ?一人目の名前が空白なんだが……


「ふむ、一人目についてゴホッ、引っかかる気持ちはよく分かるが今は関係しないから置いておいてくれ」

「あ、はい、分かりました」

「はい」


シキさんも頷く。

うん、とりあえずは飲み込むしかないよね。


「さて、前提として騎士がどれほどSランクの冒険者について認識しているかの確認をしたいのだが……どうだい、シキ君」


良かった……俺じゃなくて。

ディールさん以外分からねえもん。


「はい、2人目の方は七大クラン中最高の戦力を持つと言われている『ルナの光杖』の団長をしています。3人目の方は凄腕の傭兵ということで、それだけでなくハイエルフの冒険者としても有名です。4人目は言うまでも無くディールさんあなたですね。5人目のルーカスさんはここ最近では騎士の中でも一番注目株ですかね。3人目の方を雇って実質Sランクの冒険者が二人いることが評価され、その方を抜いてもたった5人のクランを七大クランにしたこれまた凄腕の方だと」

「ふむ。概ねそんな感じか。十分だよ。さて、この6人目の子についてだが、もう一人の失踪していると言われている、ゴホッゴホッ……同じくユウと同期のクベルの爺さんの弟子だ」


え!?Sランクで弟子っていう言わばディールさんと同じ位置にいる人が!?


「シキ君、ゴホッ……ところで第2第3第8師団が受けている極秘の任務と言うのが何なのか、知っているかい?」

「いえ?多分ユウも知らないと思います」

「ふむ、そうか。……私はこの6人目の子の失踪、極秘任務を受けている騎士たちが黒幕だと睨んでいる」

「な、な、な……」


シキさんは最早驚きすぎてそれを言葉にできない。

俺も顔に出さないでいるが、内心の驚き様は自分でも計り知れない。


ディールさん、一体どこまで……


「これは根拠がほとんどない。ゴホッ、あんまり好きなやり方ではないんだが、結論ありきでこう考えた方が辻褄が合う。つまり――」


ごくっ


自分の生唾を飲む音が聞こえる位にしーんと静まり返る部屋。

ディールさんの話す雰囲気に飲みこまれそうになる。


「最終的な目的は私やユウ、つまり爺さんの弟子の殲滅。話を『シャドウの闇血』や『黒法教』のところまで戻すと、それを目論んでいる者が騎士団の内部に、より具体的には今回君たちが密談を行うことを知っていた者の中にいる。その犯人は『シャドウの闇血』にパイプを持っていてそれを用いて弟子の一人を監禁。また、自分が属する騎士団という使いやすい手札を使ってSランクの6人目を何らかの形で失踪させる」

「…………」

「…………」

「まあ最初に言った通りあくまで私の推測が多分に絡む。確信を得るにはもう少し物証・人証問わず欲しいというのが私の本音ではある。従って今のところはこれは仮説段階だからそこまで重要視してくれずとも構わない」

「……それでも、ユウを襲ったのが『黒法教』だということだけは確かなんですよね?」


シキさんがディールさんの言葉に対して絞りだした小さな声で、しかしその中には怒りの感情も混ぜて尋ねる。


「ふむ、だがアイツ等を裁いたところで本丸には辿り着けない。『シャドウの闇血』が母体ではあるが『黒法教』は都合の悪いことを裏で色々とするために作られた団体に過ぎない、それが私の見解だ」

「ですが――」

「落ち着きなさい!」


ディールさんがその貧層な体からは想像もつかない位の威圧感を放ち、興奮したシキさんを黙らせる。


「……君の気持ちはよく分かる。私だって同じさ。――血の繋がりなんてないし、無茶ばかりして私を悩ませるが……あれでも私の大切な可愛い娘に変わりは無いんだよ。……それに手を出したんだ、それ相応の報いはちゃんと受けさせてやるさ」


そう言い切ったディールさんからは今までで一番の恐怖を感じた。

この人を敵に回したくない、怒らせてはいけない――心の底からそんな感情が沸き起こってくるくらいに。


「だが一方でそのためにはやらなければならないことが多いのも事実。感情だけで突っ走るのは若者の特権だが済まないね、私のような年長者が落ち着いて考えることも必要だと言ってやらねばそれを見失うことになって、結果的に悲劇を生むことも少なくないんだ」

「……はい」


シキさんにもディールさんの想いは伝わったようだ。


ゲームやマンガなんかだと天才とか言われる研究者ってどこかぶっ飛んでるところがあるもんだ。

ディールさんを見ていてあながち間違いでは無いな、と最初は思っていたがこうしてユウさんを思いやる一面を見るとディールさんも同じ人なんだなと改めて実感する。


天才だろうがぶっ飛んだところがあろうが結局人であることに変わりない。

人なんて矛盾だらけの生き物だ、とか曖昧な生き物だとか良く考えごとしているとそう言った答えに行き着くけど今回のディールさんのことについてはある意味答えがきちんと出てきたんじゃないのかな?


「ふぅ、まあお説教くさいことはこれ位にしよう。これからやらねばならないことは決して少なくないのだからね。ゴホッゴホッ……さて、差し当たって早いうちに知っておいた方がいいことを知ろうか。確か……」


ディールさんはまたもや立ち上がって部屋を出て行き、今度は紙の束を持って帰ってきた。

今度は何だ……


「先日、七大クランの臨時合同会議が行われた。これはそれに関する報告書だ」

「……一応聞きますがどうしてそんなものが……」

「まあ私も一応Sランク冒険者だ。これ位ならまだ容易いことだよ」


はぁ……

何だか“Sランクの冒険者”が何でもできることの免罪符みたいになってきてる。

別にもう気にしないけど。


「ではこの報告書を読んで、具体的にこれからのことを話し合おうか。では……」


ディールさんはそうして報告書を俺達に聞えるよう読み始めた。



カノンの胸は小さくありません(笑)。

本人にとっては必死だったんでしょうがね。


天使の里付近で見受けられた“青い竜”については近いうちにチラッと出て来るかな、という予定です。


後は……あれ?Sランクの冒険者の名前に1人……見たことが有るような無いような名前が……いや、気のせいですね!


爺さんの弟子とかSランク冒険者とか一気に出てきてゴチャゴチャしているかと思います。

何度も申しますが、何度も出てきますので別に今すぐ覚えていただく必要はありません。


ただ、一応今現時点で出ている情報を元に開示できる私のメモを以下に添付しておきたいと思います。


皆さんの理解が深まる一助になれば幸いです。


【七大クラン】

①『イフリートの炎爪』:アイリ(休業)→フレア(代理)

②『ノームの土髭』:テリム?

③『ウンディーネの水涙』:グレイス(メガネ)

④『シルフの風羽』:ヴィオラン(チャラ男)

⑤『ルナの光杖』:レイス・ベルミオン(2人目のSランク冒険者)

⑥『シャドウの闇血』:????(宗教団体『黒法教』と繋がり?)

⑦『????』:ルーカス(5人目のSランク冒険者→3人目のSランク冒険者を雇った凄腕)



【爺さんの弟子:1期(ディールさんと同期)】

①ディールさん

②魔王

③東の極地の国の“ショウグン”?

④音信不通・行方不明



【爺さんの弟子:2期(ユウさんと同期)】

①ユウさん

②前騎士団長

③現騎士団長

④『シャドウの闇血』に監禁されている

⑤騎士団の極秘任務の対象?(6人目のSランク冒険者)

⑥????


④~⑥、東の出



【Sランク冒険者】

①空欄

②レイス・ベルミオン(『ルナの光杖』団長)

③グリード・ローレス(Sランク冒険者ルーカスに雇われる、ハイエルフ)

④ディールさん

⑤ルーカス(③を雇い、七大クランの一つに)

⑥ヨミ(爺さんの弟子の一人。失踪中。東の出)


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