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えー……

「何を騒いでいるんだ、お前達?」


騒ぎの中心にいる俺達の耳にも届く、透き通った大きな声が上がった。

……誰だ?

と、声のする方に視線を向けるとその声の主、が……………………何じゃ、ありゃ?


……どこのラオ〇だ、と思えるような肉付きの物体が一つ、圧倒的なまでの威圧感を放って現れた。

『物体』という言葉を使ったのは個人的には最早『人』とは思えないまでの領域までそいつが達していたからだ。


体や顔のあちこちに大きな傷が見受けられる。

普通ならこんな傷痕見たらヤのつく人を連想して戦々恐々となり、震え上がる人も少なくないだろうが、既にそこはもう問題ではなくなる位に目の前のそいつは人からはかけ離れていた。



……ここまで来たら、同じ生物かさえ怪しく思えてくるな。



「何の騒ぎだ、お前達……ん?見ない顔が……」


ん?何だか一瞬顔をしかめたように見えたが……

まあ俺達よそ者とレンが一緒にいるのを見れば怪訝にも思うか。


そいつがこちらに接近するために道を譲っている他の天使達の様子やそいつ自身が発する大物オーラからかんがみるに、恐らくコイツはこの里で相当高い地位にいるのだろう。


俺の胸でまだ泣いたままのレンをリゼルとサクヤに任せ、俺はそいつに近づいていく。


「すいません、お騒がせしました」

「俺はここラクナ・アンジェの長だ。お前達は何者だ?里の人間ではないな?」

「はい。私達は訳あってここの近辺を調べていました。その際、あそこにいるレンと知り合い、そうしてここへ」

「レン、本当か?」


ふむ、やはりこの化物さんがこの里の長らしい。

天使達の様子を窺うも、別に否定する素振りも無い。


近くにいたら余計に際立って威圧感を感じるが……コイツ、死神との契約を経たり心理戦の過程なんてすっ飛ばして声だけでも人を心臓麻痺に追い込めるんじゃないか?

それ位に怖いというか、顔にドスが効いているというか……顔にドスはおかしいか。

レンもビクッとなって化物さんの問いかけに答える。



「……う、うん、ぐすっ、そう、だよ。皆ボクに、とっても優しく、してくれたんだ」

「……分かった。お前のいう事を信じよう。とりあえずこの場は俺が預る。……皆、一先ず解散してくれ!長として俺が責任持って対処しよう!状況が分かったら改めて皆に知らせる!!」


化物さんの大きな声が辺りに響き渡るとともに、天使達もそれぞれ「長が言うなら……」といったことを呟いて散って行った。


数分して……

俺達と化物さんだけが残った。


化物さんはギラリという効果音が付きそうな位鋭い目つきで俺を睨み殺そうと……いや流石にそれは言い過ぎ……ではないな、うん。


くそっ、これならまだ元の世界で鬼そのものとまで言われていた、根性論・精神論を押し付けてくる体育教師、太郎の方がよっぽどマシだった!

『鬼』なんて今思えば可愛いものだ。

目の前の化物は他に表現できる言葉が無いからそれにとどまっているだけで、それ以上にコイツの恐ろしさを表せる言葉があるなら是非とも採用を検討したいものだ。


「……さて、とりあえずお互い名前も知らない上で信用しろ、というのも難儀な話だろう。自己紹介でもしようか?」


……そういう提案の形式を取ってくれてるのは嬉しいのだが、実質断れる雰囲気じゃない。

断ったら元の世界で言う東京湾に俺のコンクリート詰めされた体が沈められるようなことが起こってしまうのだろうか。


「……分かりました。私は冒険者をしているカイトと言います。レンには色々とお世話になりました」

「そうか、俺はヨウ・ガーディアン・ゴウ。里の者達には『長』や『ゴウ』と呼ばれている」


ん?『ガーディアン』……ふむ。

確かに鑑定しても名乗った通りで嘘はない。

そう言えばさっき鑑定した似非天使共の名前にも中にガーディアンがついていたような……

最初は姉妹か何かなんだと思っていたが、『守護天使ガーディアン』なら皆ミドルネームとして持っているものなのかな?


レンを鑑定しても名前にはこれが入ってないし。



…………あれ?

『ヨウ』?

えーっと、ちょっと待って。

ゴウさんの下の名前、つまり俺でいうカイトの部分は普通に『ゴウ』でいいんだよな?

『ヨウ』は上、つまりは姓に当たるのか。

あれ?『ヨウ』ってどっかで……


「それで、どういうことか説明しろ、レン」

「ご、御免なさい。そ、その、『お父さん』……」


レンがリゼルから離れてゴウさんに近づいて……ん?

オトウ、サン?

何それ?何かの単語だっけ?

えーっと、そんな単語俺の脳にあったっけなぁ……


音胡散おとうさん尾刀酸おとうさん汚倒産おとうさん……


「……そう言うことが聞きたいんじゃない。レン、長の娘として自覚ある行動をしろといつも言っているだろう。どうしてこんなことをしたんだ?」

「そ、それは……」


ん?また話が進んでいるようだ。

ムスメ?オサノムスメ?

くそっ、また新たな単語が出てきた。

ここにきて『異世界言語(会話)』の調子が悪いようだ。

俺の知らない単語なのに意味が全然分からない。


こういうことは今まで起こらなかったのになぁ。


「あ、あのね!ボ、ボクはお父さんに……」

「レン、お前はただでさえ他の者達とは違うのだから、長の娘としてしっかりしないと、他の者達にも示しがつかん。分かるか?」

「う、うん……」

「なら、これからは一人で外に出歩くなんて危ないことはするな。分かったな?」

「……分かったよ。お父さん」

「うん。それでいい」


うーむ、俺の知らない単語で話を進められても困る。

この世界の人間であるリゼルなら知ってるかな?


俺はリゼルのいる方へと……ってなんて顔してんだ!?


リゼルとサクヤが何だかものすごい顔をしていた。


「どうしたんだ?二人とも、そんな顔をして」

「あ、あ、あ……」


リゼルは口をあんぐりと開けたまま動かない。


≪姉じゃ、立ったまま固まってしまいましたね。……姉じゃ交代しますか?≫

「あ、あ、あ、(こく)……」


ブオン


あ、変わったようだ。


「ふぅ。姉じゃが固まってしまいましたので私が今後は動く、です。……まあ流石にこれは驚きます。あの二人が親子だなんて」

「そ、そうデスね、私もビックリデス!あのお二人が親子だナンて」


……うーん、二人まで何だかよくわからない言葉を使い始めたな。

ファルはまだしも、サクヤは俺と知識の上でそこまで異なっているのだろうか……

どうしてサクヤだけ理解できて俺には理解できないんだ?


「ふむ、形的には里の者を助けてもらったことになるのか、長として感謝する、カイト。一先ずうちに来い。色々と話すこともあるだろうからな」

「え?い、いえ、あまりお構いなく」

「ん?何か不都合なことでもあるのか?」

「い、いえいえいえいえ、不都合なことなどございませんとも!さあ、さあ、参りましょうか!!」


……またもやすごい形相で睨まれてひるんでしまう。


これは俺単体の問題じゃないはず……そう、俺がチキンな訳じゃない。

誰だろうとこんなに凄まれたらこうなってしまうんだ!

うん、そうに違いない!!


「ふむ、では向かうか」

「……うん、お父さん」

「あれ?レンも一緒か」

「え?うん、だって同じ家だし」

「へ~。ゴウさんとレンって同じ家で住んでるんだ」

「そ、そりゃそうだよ、お兄ちゃん。家族なんだから……」

「家族?誰と誰が?」

「え?そりゃ、ボクと……」

「……俺のことだが?」

「え?またまた~、そんなはず無いでしょ!!」


だって二人から共通項なんて一切取り出せないじゃん。

これで本当に二人が親子なんて話だったら、遺伝学の先人達は一切報われないことになるからな。

うん、俺は空気を読んでツッコミまでして……ってあれ?


その割には盛り上がらない……


「……冗談で言っているわけではない。俺とレンは歴とした親子だ。血も繋がっている」

「……は、はは、ははは。ゴウさんはジョークがお好きなんですね。あれ?ドッキリの看板どこです?カメラあるんでしょ、カメラ?」


渇いた声を出して俺は微かな希望にすがる。


「あ、主様!?どうなさったのですか!?良くわからない単語までおっしゃられてるです!!しっかりして下さい!!」

「ご主人サマ、流石にここニカメラは存在しまセンよ!!」

「私なんかを騙しても何も面白くありませんから!!だから嘘だと言って下さい!!お願いします!!」


ゴウさんの足にすがりつく。

今の俺はどれだけ無様な姿をさらけ出しているだろう。

戦地に赴いていた恋人の死を告げられた時の姿の方がまだ見ていてマシなんじゃないだろうか。


「……何だか良くわからないけど……お兄ちゃん、真実って時には残酷なものなんだよ?」


さっきまで沈んでやがったくせにこういう時のノリだけはいいレン。

お前の幼さで一体何を知ってるんだ!?


『カイト殿、辛いことが有っても、また未来にはいいことがあるさ。……だから、な、現実を受け止めよう?』


ベルが近づいてきて慰めるように前足を俺に置く。



「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


絶望に包まれた叫び声が里中に響いたというのは後の里での怪談話として語り継がれることになることを、俺は知る由もない……




今はレンの部屋に上げてもらっている。

俺は何をするでもなくただただうなだれている。




「…………」

「お兄ちゃん……」

「主様……」

≪あ、あ、あ、……≫

『うーむ、カイト殿もリゼル姉もさっきから動かないな。どうしたものか……』


俺は……何を信じて生きて行ったら……

ここまでの絶望感は久しぶりだ。

俺自身に関することでないのにここまで精神的に来るとは。

はぁ……


≪……くんくん……何じゃ、何かいい匂いが≫

「あ、姉じゃ、復活しましたか!」

≪う、うむ。それより何か匂わんか、ファルよ!?≫

「えーっと、そうですね、言われてみれば確かに……」

『ん?裏に控えている方……あー、姉の方も匂いは伝わる物なのか?』

「ええ、私も裏にいるときは姉じゃを通して色々と感じたりしてる、です」

≪うむ!痛みも苦しみも一緒に受けるのがこの体じゃな≫

「へ~。何だか聞いてたら不便だね、その体」

「そうでもない、です。逆においしかったり、気持ちいい感覚なんかも一緒に受けられるようですから、不便なことばっかりと言うわけでは。何より……」

「ん?何か二人はその体でいたい理由でもあるの?」

「……この体は、お慕い申し上げる主様が好いて下さる体なんです。何の不満がありましょう」


リゼル、お前……


≪ファルよ、良く言うた!それでこそ我の妹じゃ!!……主殿が好いてくれるのなら、それが一番我等に合っているんじゃ≫

「……体体からだからだって、何だかちょっといやらしい言い方だけど……お兄ちゃんのことを想う気持ちは認めてあげてもいいかな。って言ってもお兄ちゃんとそういうことをしたいのなら、妹のボクを倒してからじゃなきゃダメだからね!」


……は、はは。

レン、それは止めとけ。

何かのフラグみたいになってるぞ?


「皆サン、できまシタヨ!!」


サクヤが両手でお盆を持って部屋に入ってきた。

お盆の上には……


「それは……何です?」

「厨房をお借りして作りまシタ!これはラーメン、という料理デス!!ご主人サマのお元気が無サソウでしたから、これでシタラちょっとでも食べていただけるんじゃないかな、と思いマシタので」

≪何とも言えんいい匂いじゃ。さっきのはこれの匂いじゃったか……って、どうしてその、ラメーンなるもので主殿が元気になると?≫

「姉じゃ、『ラメーン』ではなく、『ラーメン』です」

「べ、別に深い意味は無いデスヨ!?美味しい物を食べたら、元気が出るんじゃないかって。ソレデ……」


サクヤ……元の世界のことを隠そうとしているのか?

俺からしたらバレバレなんだが……


「……そうですね、主様に少しでも美味しい物を食べてもらって元気になってもらうです」

≪そうじゃそうじゃ、早く食べようぞ!!我はもう我慢ならんぞ!!≫


……意外と隠せてるらしい。


「お、お代わりも沢山作ってありマスからあまり焦らなくても……ご主人サマに食べて頂きたくて一生懸命作りました。さあ……」

「ボクも何だかお腹が空いてきちゃった……食べよう、お兄ちゃん?」


……皆にこんなにも気を使ってもらって。

俺がこんなに落ち込んでいたら、皆を心配させてしまう。

俺はどんな絶望の中でも、前を向いて歩かなければ。

うん、そうだ、希望は前に進むんだ!!


「……スマン。心配かけたか。もう大丈夫だ。さあ、折角サクヤが作ってくれたんだ、皆で食べよう」

「ハイ!!では……」


そう言ってラーメンの乗っているお盆を持ったまま歩き出すサクヤ。


「♪~♪……あっ!」


俺達は今、驚くべき光景を目にすることになる。





何一つないところでサクヤの足はまるで何かに躓いたかのように引っかかり、それに伴ってサクヤの体勢が崩れる。

今まさに、支えを失ったラーメンの器が宙を舞い、そして、全てサクヤに見事命中する。


「ひゃぁ!!」


ブシャッ


「……ふぇーん、失敗、しまシタ……」


どうして何もないところでああも見事に転ぶことができるんだ?

この世界は遺伝学だけでなく物理学も何か俺の知らない力が働いているのか?


サクヤは内股で座り込んで涙ぐんでいる。

頭からラーメンがぶっかかってしまって、着ている服がびしょびしょだ。

……下着が張り付いているのが透けて見えて……非常に目のやり場に困る。


カップラーメンの妖精とまではいかないが、その姿を見てると何だか癒されてくる……別に二つの膨らみばっかり見てないからな!


「グスッ、折角、ご主人サマに、作った料理、グスッ、食べて貰おうと思って、頑張ったのに……」

「……サクヤ、あんまり落ち込むな。お前が頑張ってくれたってことは良くわかったから」


俺は頭にかかったラーメンを取ってやり、落ち込んだサクヤを気遣ってやる。


「デ、デモ、作った料理が……」

「まだ全部無くなったわけじゃないんだろ?確かお代わりの分があるって言ってなかったか?」

「ハ、ハイ、ただ、皆サン全員の分があるかどうか……」

「足りなかったら分ければいいさ。これが最初で最後ってわけじゃないんだ。……また俺が落ち込んだら料理、作ってくれるか?」

「ご主人サマ……ハイ!!もちろんデス!!」

「お兄ちゃんのご飯を作ってあげるのは妹であるボクの役目なんだから!!そんなお嫁さん宣言ボクが許さないからね!!」

「お、お嫁サン!?そ、そんな、私なんかが……」

「ああ!!満更でもなさそうに照れてる!!くっ、お兄ちゃんをかどわかす女狐が~!!」

「レン……よくそんな言葉の使い方知ってますね」

≪ふむ、まだまだレンは若いのにしっかりしとるのう≫

「リゼルもそこら辺は見習った方がいいかもな」

≪いや、我は別に今のままで構わん≫

「?……どうしてです、姉じゃ?」

≪我は我のままを大好きな主殿に好いてもらうのじゃ。じゃから我は変わろうとは思わんよ。……あ、主殿になにか好みがあるとかなら我は喜んで変わるぞ?≫

「姉じゃ……一見自分が無いようにも思えますが……その考え、素晴らしいと思う、です!!」

≪じゃろう!?……ん?主殿、どうしたんじゃ、顔を逸らして?≫



……ヤバい、こんなに率直に好意を向けられるのは流石に慣れないものがある。



その後、皆で少なくなってしまったラーメンを分け合いながら食べたあと、ゴウさんに呼ばれて、彼の部屋に行こうとしていた時だった。


「……ごほっごほっ……レン、帰ったの?」


咳き込む声は消え入りそうになりながらもレンを呼ぶ。


「お母さん!?」


声の主は病気だと聞いているレンのお母さんのようだ。

……今度こそドッキリとかじゃないよな?

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