りんご亭、最初の一日
「おーい!定食2つ。」
「はーい!大将、定食2つ。4番テーブルさん」
「あいよ!」
冒険者風の男二人が窓辺から一つ奥まったテーブルに座った。
テーブルにはそれぞれ番号が振ってあり、ミルとスーラが注文を受け、カウンターにいるごんさんがカウンターの端に設置したテーブルの番号別の箱に、料理の名前が書かれた札を注文の数だけ立てて入れる。ちなみにこの札は、飲み物や料理別に色分けされてもおり、将来的にごんさんの代わりに現地従業員が働く時になっても、字が読めなくてもちゃんと料金の計算が出来る様にしてある。
ごんさんは、札を箱に入れると、大きな声で厨房にいるめりるどんとももちゃんに注文を伝える。
料理が配膳されると、立ててあった料理の札は、箱の中に横に寝かせて置かれる。
立ったままの料理札があるところが、今から配膳が必要なところだと一目瞭然になっているので、配膳ミスも避けられるというものだ。
まぁ、追加注文がなければ一種類の定食しかないわけだが、それでもいつ追加注文が来るか分からないので、調理場は二人体制にさせてもらった。
みぃ君はごんさんと一緒にカウンターに入り、飲み物の用意と、会計と、ウエイターが必要になったらカウンターから出て対応することになっている。
みぃ君がウエイターをしている間は、ごんさんだけで飲み物の用意をすることになる。
定食にエール1杯が付いているのだが、最初の一週間はその他にもお猪口サイズの猿酒と小さく一口サイズに切られたふんわりパンをお試しということで付けている。
もちろん配膳の時に、猿酒やふんわりパンのアピールもやらなければいけない訳で、ウエイトレスの仕事量は必然的に増える。
だからみぃ君はちょいちょいウエイターになっている。
「これ、猿酒って言います。今回はお試しで、この一杯は無料でお付けします。定食の時は、小銅貨4枚でエールを猿酒1杯にグレードアップできますぅ。やわらかパンも小銅貨2枚で普通のパンの代わりに1個付ける事ができますぅ。」ミルが説明しながら配膳すると、「おお!ありがてぇ。」と冒険者たちは顔を綻ばせながらお猪口に手を伸ばす。
「「!!!!」」
冒険者らしい男たちは一瞬黙り込み、「「うんめぇーーー!何だ、この酒!」」と言った様なやり取りがあっちこっちのテーブルで繰り返される。
「猿酒お代わりだーーー!」と何人かが追加注文を出す。
「小銅貨7枚になりますけどいいですか。」とまずはエールとは値段が違う事を給仕からアピールする。
「ん?エールより高いなぁ。」と感想を漏らす客もいるが、「この味で、この値段なら高くない。」と商品価値を認めてお代わりを繰り返す客もいる。
値段の札は壁に貼ってあるのだが、字の読めない冒険者も多く、最初に猿酒単品で頼む客には口頭で値段確認をする様に、ミルとスーラには徹底してある。トラブル防止の為だ。
「肴は何かないのかい?」
「ステーキか、ポテトフライ、野菜の揚げ物があります。」
「なんだい?そのポテトフライと野菜の揚げ物って。」と客が訪ねると、スーラはカウンターから皿を2つ持ち出して冷えてしまったポテトフライと野菜の揚げ物を客に見本として見せた。
左の皿を持ち上げ「こっちがポテトフライで、芋を油で調理したものです。小銅貨5枚。」
今度は、右手の皿を上に上げ、「こちらは野菜を油で調理したもので、小銅貨7枚。今夜の野菜は玉ねぎと芋とぺリリンです。」と紹介する。「ちなみにステーキは、銅貨一枚だよ。」
ぺリリンとは大葉のこちらの名前だ。
「芋かぁ~。」と客は一瞬嫌な顔になったが、スーラの「お客さん、さっき私も食べてみたんですが、塩味が利いてとっても美味しかったですよ。」とポテトフライを薦める。
「そうかぁ、じゃあ試しに一つ頼むか。」と言って、スーラの持っているポテトフライの皿に手を伸ばすが、「お客さん、これは見本で冷めています。今熱々のを持ってきますので、ちょっとお待ち下さい。」と皿を引っ込める。
「大将、1番テーブルさん、ポテトフライ一丁!」
「ほーい。ポテトフライ一丁。まいどあり~、」
厨房では、ごんさんからの伝達で、めりるどんが既にカットされていた芋をフライパンに投入し、揚げる。
その横でももちゃんは別の注文の定食4食をよそう。
厨房の大きなテーブルによそわれた食べ物は、チッチがカウンターまで運び、テーブル番号が掛かれた札の上に置き、手が空いてそうなウエイトレスに声を掛ける。
カウンターに置かれた料理は、都度、ウエイターがテーブルに運ぶという流れだ。
スーラが1番テーブルさんにポテトフライを運んだ。
「お客さん、熱々なので火傷しないで食べて下さいね。」
客がポテトフライに手を伸ばすと、いつもの薄味ではない塩が乗ったポテトフライを口に入れる。
「うまい!」
塩味が更に、飲み物を飲みやすくする。
ぐいぐいと猿酒の消費量が増えて行く。
初日からありがたいことに店は客でいっぱいだ。
やはり、冒険者ギルドの掲示板に貼った広告が利いているのだろう。
「おいしかった!また来るよ~。」と言いながら笑顔で店を後にする客も多く、この商売の先行きの明るさを4人に伝えてくれている様に感じた。
夜の早い時間にスーラは就業時間が終わる。
「開店1週間だけは少し遅めの時間まで働いてもいいですよ。」と言ってくれたのだが、元々約束していた就業時間を守ってあげたかったので、大丈夫だと言って帰ってもらった。
そこからは、みぃ君がミルと二人で配膳を受け持った。
「ねぇ、めりるどん、スープの鍋が一つ空になってて、二つ目もかなり減って来てるよ。」
「え?ももちゃん、じゃあ後客はどれくらいいそう?」
「何かまだ道の方に数名並んでるみたいんだんけど・・・。チッチさん、ちょっと表に行って、どれくらいお客さんが並んでいるか見てくれる?」
「へい。」チッチはエプロンを付けたまま、表の方へ様子見に行ってくれた。
「今は、4名表に並んでるっす。ただ、まだ夜も遅くない時間だから、他の店から流れてくる客はいるかもしれねぇっす。」
「じゃあ、もう一回鍋一つ分スープを作ろう。余ったら明日の朝、みんなで食べればいいだけだもの。初日から料理がありませんって、折角来てくれたお客さんをがっかりさせる事は避けたいよね。」という、めりるどんの判断でチッチに倉庫へ材料を取りに行ってもらって、ももちゃんがスープを作り始めた。
その間もポテトフライの注文は良く出るので、めりるどんは芋をカットしたり、揚げたりと大忙しだ。
ももちゃんが新しいスープを作っている間は、定食の料理をよそうのは必然的にチッチの仕事になった。
猿酒も2樽用意していたのが、閉店間際にはもう1樽倉庫から運ばなければならず、チッチはこの夜だけで何度も倉庫と往復を繰り返す事になった。
営業が終わるとみんなヘトヘトで、反省会もなくそれぞれの部屋に戻りすぐに寝たのだった。




