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食堂だけだけど開店

 今日は週の初めの日!そう、りんご亭の食堂部分のみの開店の日だ。

 4人は、まず、店の存在を客に知ってもらわないと商売にならないと、2日前から冒険者ギルドの掲示板に広告を貼らせてもらった。

 もちろん有料だ。広告を貼りつける時に、ギルドにお金を支払った。


 紙が高いこの世界なので、掲示板にある広告のほとんどがA5サイズくらいの小さな紙に、黒のインクで文字や絵が描かれている物で占められているところに、A4サイズくらいの紙に、りんご亭のトレードマークである林檎の絵に赤とクリーム色の着色を施した広告を貼りつけた。ももちゃん渾身の作品だ。

 遠くから見ても、りんご亭の広告だけが目立っている。

 色の付いたインクはとても高いので看板を作った時に使ったペンキを流用しようとしたのだが、紙がペンキを弾いたので、結局高い色インクを購入した。

 多少の出費があっても、客が来なければ商売にならないので、ここは必要経費と割り切ったのだ。


 そして、最初の1週間だけ開店セールで定食2割引きと銘打ったのだ。

 もちろん、冒険者ギルドに貼っている広告にも、店の前に出す定食メニューを書いた木製の立て看板にも、1週間だけ2割引きと大きく書いた紙を貼ってる。

 値段が安い分、最初の一週間は客が来てくれるはずだ。

 この一週間が勝負なのだ。美味しいと思ってリピーターになってくれる人がどれくらいいるかが、今後のりんご亭の未来を左右すると言って過言ではない!

 4人の準備に掛ける熱は否が応でも高まった。


 開店の日、朝から4人は調理に取り掛かった。

 今はまだ夜の営業のみだから、本当は昼頃から仕込めば良いのだが、今日は宿の改装はお休みして、食堂にかかり切りになる予定だ。

 素人が食堂をやるのだから、早めに用意しておくに限る。


 チッチも朝食を済ますと、材料を倉庫から運び込むため何度も倉庫と母屋の間を往復してくれている。


 みぃ君とめりるどんで野菜のカットを始めていると、「おはようございます!」とスーラが出勤して来た。

 「「「「おはよう!」」」」4人から即座に挨拶が帰って来た。

 しかし、チッチはちょっと頭を下げただけだ。


 チッチは基本無口で、誰に対しても挨拶をきちんとしない。

 客商売なので挨拶はする様に指導しているのだが、なかなか実行してくれない。

 相手を無視するのではなく、無言で頭を下げるので、今のところ煩く言っていないが、いずれは指導をしないととみぃ君は心のメモ帳に書き込んだ。


 スーラは、調理場の壁に掛けられたみんなとお揃いのカーキー色にりんご亭のマークが刺繍されているエプロンを身に着けた。

 エプロンの色をカーキー色にしたのは、汚れの目立たない色だということと、黒などにすると、何度も染めの工程を繰り返さないと色が出ないので結果高価な生地になるので使用しないが、カーキー色はそこまで布代が掛からないので、この色に決定した。


 まだ、エプロンは一人1枚しかないが、他人のエプロンと間違わない様に、名前の頭文字が簡単に刺繍されている。

 時間が出来次第、またスーラとミルで替えのエプロンを作らないといけないが、今は食堂の仕事に慣れる事が肝要なので、エプロン作りは後回しだ。


 「チッチさん、パン屋へパンを買いに行って下さい。そうですねぇ・・・60枚くらいあればいいかな。スーラさんはお肉を切って下さいね。」とももちゃんが二人に指示を出す。

 ももちゃんは天然酵母を使ったパン種を絶賛作成中だ。

 テーブルにパン種を叩きつけなければいけないが、今は他のみんなが野菜をカット中なのでこの使いやすい大きなテーブルを揺らす訳にはいかない。

 そこで食堂のテーブルを綺麗に拭いてそちらでパン種を叩きつける作業に入った。


 ごんさんは追加注文用のステーキを数枚切り出して、梨に似たパッペというフルーツと玉ねぎを細かく刻んで切り出した肉に塗そうかと思ったが、先に肉の筋切りをした方がいいのか、焼く寸前がいいのか分からなかったらしく、しばらく悩んだ挙句、誰とはなしに質問を投げかけた。

 「なぁ、ステーキ肉は今からフルーツに漬けてもいいかな?」

 するとすかさずめりるどんが、「漬け時間は20分もあれば十分だし、漬ける前に筋切りなんかしなくちゃいけないので、ステーキに関しては開店30分前くらいでいいんじゃないかな?あんまり早く準備するとドリップが流れ出て旨味が逃げちゃうよ~。」とごんさんが本当に聞きたかった事まで答えたくれた。

 手持無沙汰になったごんさんは、みぃ君たちと一緒に野菜のカットを始めた。


 「おはようございます。」ミルが出勤して来た。

 4人とスーラはおはようと明るく挨拶を返した。チッチは頭を下げた。

 ミルも調理場の壁に釣るしてあるエプロンを身に着ける。

 「私は何をしましょうか?」

 「そうですね・・・今は、調理場の仕事はないので、各部屋の干し草を天日干ししてから、替えのエプロン作りの続きをお願いします。」とめりるどんが指示を出す。

 「はいっ。」と明るく答えて、宿泊棟の方へ入って行った。

 

 客室のベッドは羊毛ではなく干し草をマットとしている。

 宿屋の部分もほぼほぼ改修は終わっているのだが、棚を取り付けなければならない部屋がまだ少し残っているのと、宿泊棟の入り口の鍵が4人と従業員全員に1本行きわたる様に追加注文しているのが届くのを待っている状態だ。これらが済むと、すぐにでも開業できる。

 これは、ごんさんが鍛冶屋に頼んでおいた念願の手押しポンプが漸く昨日届き、裏庭の井戸に設置したところ無事動いたので、大きな改修は一応全部終わっていることが大きい。

 ここまで宿屋の開店準備が整って来たので、開店に向けて客室のベッドの藁はお日様の匂いがする様、毎日干す様にしているのだ。


 ミルは3階まで登り、テラスのすぐ横の部屋から木箱に入れた干し草をテラスに並べた。

 干し草は納品後、一度、全部のベッドに敷かれ、量が十分かどうか確認された後、干しやすい様に一まとめにされ、複数の木箱に入れられテラスのすぐ横の部屋に保管されている。

 もちろん、宿屋の方を開業すれば、干し草は各部屋のベッドに配分されるので、干し草を天日にあてる作業は今より煩雑になる。


 天気の良い日は朝になるとこの部屋から全ての木箱を出し、テラスに並べるのだ。

 既に4人の部屋の羊毛が天日干しにされているので、ミルは上下を入れ替えるために、各木箱の中身を両手で軽く引っ繰り返した。

 この箱は昼過ぎに、天日干しに出した者が責任を持ってテラス横の客室に入れる様になっている。


 ミルは、干し草の箱を並べ終わると、エプロンの材料を持って、食堂横の居間へ移動した。

 本来この居間は、4人が使う為の居間として作ったが、従業員の休憩所を作る場所がなかったので、居間兼作業場兼休憩所として使われている。

 ミルは、縫物がしやすい様、明かりが良く入る窓際に座って針を動かし始めた。


 昼前には、大鍋2つにスープが作られ、パンも後は焼くだけになった。

 今日はごんさんが賄いを作ってくれている。

 夜に出すスープではなく、芋を使った簡単なスープを作っていたのだが、「あっ!ポテトフライを出すのを考えてなかったが、出さないのか?」と3人に聞いた。


 「あっ!そうだね。ポテトフライがあったね。」とみぃ君。

 「カットしておく?」とめりるどん。

 「一番ええのはポテトフライよりもポテトチップにしておけば、手が空いとる間に作り置きできるんやけどなぁ。」

 「ポテトチップはお芋さんを薄く切らなければならないからそれがねぇ。」とめりるどんが思案顔だ。

 スライサーもないので、包丁のみで薄く切らなければならないのだ。

 均一の薄さには出来ないだろうし、芋を切るだけで相当時間がかかるはずだ。

 結局ポテトフライを夕方作る事にした。


 午後はみんな何をするともなく調理器具をいじったり、ももちゃんが焼くパンをじっと見つめたりしていた。

 こんな事なら改装の続きをすれば宿屋もすぐに開店できるのだけれど、みんなソワソワして、それどこではない。


 開店1時間前から、ステーキ肉の用意と、ポテトフライ用の芋のカットを始めて、今度こそ準備万端。

 時間になって漸く立て看板をお店の前に出した。

 4人程既に店の前に冒険者らしき人たちが並んで待っていた。

 めりるどんはにっこり笑って「いらっしゃいませ。りんご亭へ。」と言い、店のドアを大きく広げた。


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