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王都の食堂事情

 こちらの定食メニューをごんさんとみぃ君が自分たちの宿と競合すると思われる食堂や宿屋を巡ってリサーチしてくれた。

 王都だけあって高級料理店も数は少ないがあるにはある。

 ただ4人が経営しようとしている宿屋は、冒険者を対象としている安宿になるので、高級な食堂を参考にはできないので、今回のリサーチからは外した。


 どこもパンとスープ、そしてエールが一杯付く。

 一つのメニューしかなく、日替わり。

 値段もそこそこだが、値段によって具材の量や種類が違ってくる。

 一般的には高い値段のところはそれだけ具材の種類や量が多い。

 メインとなる肉料理やお代わりの酒などは別料金で、追加注文というシステムを取ってるところが殆どだ。


 「エールをどうする?」とごんさんたちの報告を聞いたももちゃんが訪ねた。

 「猿酒を出すんじゃないのか?」とごんさんがきょとんとした顔でももちゃんに聞いた。

 「猿酒って、エールより美味しいじゃん?だからエールより高い値段で売れると思うのよ。実際、ザンダル村だって猿酒はエールより高いしね。だけど、定食ってみんなまず値段で食べるかどうか決めてそうじゃん?」

 「ああ、それもそうや。わしなら、猿酒がおいしいうて、多少値段がはってもそれがええと思ったらそっちにするけど、それにはまず猿酒がおいしいと分かってへんといかんな。で、定食は値段を気にするっちゅうのは、真理やと思う。せやから、先に普通のエールを付けた値段の定食で客の気ぃ引いて、ほんで猿酒を売るっていう寸法やな。」

 「それ!まさにそれ!私が言いたかったのはっ!」とももちゃんがみぃ君の方に指をビシっと突き付ける形で我が意を得たりというドヤ顔した。


 「とすると、一般的なエールをどこからか仕入れて来んといかん訳かぁ。」と思案顔になるみぃ君。

 「わかった。僕が酒屋巡りして安く仕入れられるところ探してみる。」と味見を兼ねての商談になると思い立ったごんさんが、素早く立候補した。


 「ありがとう。じゃあ、エールの仕入れ先決定はごんさんにお願いするとして、メニューに関してはどうする?一般的なパンとスープにする?」とももちゃん。いつもの癖で、ついつい他の2人の意見を確認せずにズンズンと話しを進めている。

 「パンは、ももちゃんが作ってくれるやわらかいパンにしない?だって、猿酒は最初に試飲してもらえばいいかもしれないけど、それでも値段が高くてエールしか頼まない人にとっては、他の店との差別化ができないと思うので、固定客を得るのは難しくないかな?」


 「えっ!?パンを売りにするのぉ?」とももちゃんの声が尻つぼみになる。

 パンを捏ねる機械もないここでは、パン種を作るのは全部手作りなのだ。

 パン生地をテーブルなどに叩きつけて作るのだが、この作業が一番体力を使い、肩の痛みも生じてしまう。

 食堂の席が全部埋まって、客が2回入れ替わると考えただけでも相当な数のパンが必要になる。

 捏ねなければいけないパン生地の量を思ってビビッてしまったももちゃんの表情は自然と浮かない。

 「あのパンは、捏ねるのが本当に大変だから、数を作るのは、それも毎日作るのは無理だと思う。」とももちゃんが頭を若干下に向けながらモゴモゴと反論をした。


 「それも希望者だけ、例えば先着何名って感じでええんじゃないか?だって、スープには出汁の素が入ってるんだし、塩もちゃんとした分量入れるんだから、それでええんちゃうか?」

 「おお!みぃ君、それ!それ!いい案だと思う!!」とももちゃんがいち早く同意を示した。


 パン作りをするのは主にももちゃんなのだが、そのももちゃんがパンを売りにしない意見に臆面もなく飛びついたのを見て、他の2人も強く反対する事はできなくなった。

 その他、追加でメインを頼まれる場合はステーキや、揚げ物で対応するということに決まった。


 来週までまだ3日あり、肝心のスープをどんな感じにするか試作品を毎日作ってスーラさんたちに味見をしてもらいながら、4種類のスープを日替わりで出す事にした。

 肉の他にきのこの入ったスープや、すいとんと大き目に切った野菜だけだが出汁の素が入って海の幸の旨味たっぷりのスープ、野菜だけのスープをピュレの形にして、肉だけを上から散らす形にしたもの、普通の肉と野菜の具沢山スープにしたのだ。

 本当はコンソメも作りたいというアイデアは出たのだが、卵がないと灰汁を取り除く事ができないので、諦めたのだ。

 ピュレの濾器は、昔からスペインにもあるムーラン、手回しハンドルの付いたフードミルを鍛冶屋で作ってもらったものを使用している。


 この4種類のスープだと、他の食堂に合わせて設定した定食の料金に対し、原価率が30%に納まるのだ。

 スープなので、野菜は屑野菜で十分だし、とくにキャベツに似た野菜などはスープにした時、葉より芯の方が甘くておいしいなど、屑野菜の方がスープに向いているということもあるのだ。

 野菜は本当に小さく切り屑野菜だと分からない様にし、お肉はお皿に浮かぶ数は少な目でもお肉の存在感を出すために、そこそこの大きさに切っている。

 屑野菜まできっちり使う事で、原価率が低く抑えられるので、スープが主体となっているこの国の食堂事情は4人にとって優しい。


 素材の調達だが、みぃ君とごんさんが担当してくれることになった。

 二人は、午前中はまだ手のかかる宿屋の改修をした上で、昼食後は王都の城壁の外にある周辺の農家を歩いて回ることにした。


 「ごんさん、あそこの農家、こじんまりしとるし、そんなに手広くやってる様に見えんけど、その分こっちの作ってもらいたいものとか作ってもらえるんとちゃうか?」と、みぃ君が前方にある藁の様なものを葺いた平屋の小さな家を指さした。

 「そうだな。大きな農園よりもこじんまりしたところの方が、無理が利くかもしれんな。」


 そんなこんなで、複数の農家を訪ね、欲しい野菜を卸してもらう様契約を済ませる事ができた。

 ありがたいのは、どの農家も野菜は店まで運んでくれるということだ。

 この世界では運搬は本当に大変で、農家側が宿まで運んでくれるなら、それに越したことはないのだ。


 エールは以前ごんさんが立候補してくれただけあって、王都中の酒屋を巡り、王都やその周辺に酒蔵があるエールを飲み歩いた。

 その中で、ごんさんがおいしいと思ったエールの中から、そこそこの値段の物を選びだし、直に酒蔵に交渉してくれ、エールの入手先も決まった。

 これで酒屋を通さず酒蔵から仕入れるので、マージンが係らずほんの少し安めに仕入れる事が出来る様になった。


 食堂の開店を控えて、そろそろ宿の名前と看板はどうするかという話し合いが行われた。

 異国亭や、猿酒から取って猿の寝床なんて案も出たが、なかなか決まらない。

 「りんご亭はどうかな?」とももちゃん。

 先日、大工さんたちの仕事が一段落つき、中庭でごそごそする事がなくなったからか、みぃ君が屈んで何かをしていたのを見かけたのだ。

 良く見ると、4人がこちらに飛ばされた時にごんさんが持っていた林檎の芯から取り出した種の内3つを、みぃ君が裏庭に用意した植木鉢に植えていたのだ。


 「ザンダル村は亜熱帯な気候やったけど、ここはそんなに暑くないからりんごも育つかな思うて。」と照れ笑いしていた。

 そんなところから、この世界にない林檎が無事この裏庭で育つ様に願いを込めて『りんご亭』という名前に決まった。

 釣り看板は、ももちゃんがデザインした林檎の絵で、林檎の半分は赤い色に、もう半分は林檎を切った断面をデフォルメしたものにした。

 めりるどんが丸く切り出した板にやすりとして使われるトクサで研磨を施したものに、ももちゃんがペンキで書いた釣り看板がとうとう店先に吊り下げられた。

 いよいよ『りんご亭』が王都で産声を上げた。



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