開店に向けて その3
3人はそのままその場で採用を伝え、その夜、みぃ君とももちゃんはごんさんがザンダル村から運んで来た石鹸を一つ持って、ヴィーヴォの所を訪ねた。
「良い人を紹介してもらいました。ありがとうございます。」と人を紹介してもらったお礼を言いに行ったのだ。
ヴィーヴォは、2人がお礼と称して高級品の石鹸を持って来たことに、少なからず驚いたが、呉れるというのなら喜んで貰おうという感じだった。
「また、誰か雇う事になったら、力になれるかもしれないので声を掛けてくれ。」と上機嫌で対応してくれた。
宿屋も食堂もまだ営業を開始していないが、新しく雇ったチッチは出来たベッドや中古で購入したテーブルや椅子を各部屋に配置したり、ミルとスーラは、客用のシーツを縫ったり、木窓やそのサンを綺麗に掃除したり、大工が作業した後のおがぐず集めなどを手伝ってもらっている。
彼女たちがシーツを縫ってくれることに、ももちゃんは涙を流して喜んだ。
そして自分でお裁縫しなくて良いとなった途端、店名を刺繍したお揃いのエプロンを作ろう!なんて言い出した。
制服があるのは良い事なので、3人は賛成したが、自分で作らなくなって良くなった途端の提案に、ももちゃんらしいと苦笑いをした。
食事に関しては今まで通り、ももちゃんが作っているのだが、今やスーラもいてくれるので、二人でいろいろと作ってくれている。
ももちゃんは4人が食べなれている料理を、スーラはこの世界の家庭料理を作ってくれる。
こちらの世界の料理は煮込みやスープが多い。塩はそれなりに高いので、全体的に薄味だ。
スーラがスープを作る時に観察していると、塩を最初に具材と共に鍋に入れ煮込んでいる。
すると少量の塩でも野菜や肉などの味がじっくりと引き出され、優しい味のスープになることを発見できた。
ももちゃんたちは皆、調味料は具材が煮えてから味見をしながら入れるのだが、恐らくそれは醤油の国、日本の国の人間だからだろう。
醤油は具材が生煮えの時に入れてしまうと、具材がそれより柔らかくならないことを経験知で知っているから、塩も同じ様に他の調味料と一緒に最後に入れてしまうのだろう。
そして調味料を入れると良いと言われている順番、砂糖、塩、酢、醤油、味噌もしっかり頭に入っているので、砂糖より後に入れた方が良い塩を、具材が煮える前に入れるという発想がなかったのだ。
塩の量だが、スーラが使う塩の量は4人から見たらかなり少ない。そして、料理は薄味だ。
だが、ここではザンダル村から運んで来た不純物の少ない塩をふんだんに使えるので、しっかりした味付けになる。
いや、それよりも、出汁の粉をふんだんに使うので、濃さが全然違うのだ。
最初に出汁の粉を使ったスープを出した時、チッチたちは予想もしていなかった濃い味の料理を口にし驚いた顔をしたが、すぐに2口目のスプーンを口元に運んでいた。そして、ももちゃんが作ったこの地では濃い口の料理は、従業員全員に高評価を貰った。
そんな事もあり4人は相談して宿屋を開店する前に、試験的にランチのみの営業で食堂を開店し、自分たちの作る料理が一般受けするかどうか確認する事を決めた。
「来週くらいから宿屋の開店準備を続けながら、昼だけランチ営業をしようと思うのだが、みんなはどう思う?」
従業員3人を前にみぃ君が意見を請うた。
最年長のチッチが遠慮しいしい控えめに「ここでは、1日2食しか食わん奴が多いっす。昼の定食を売ったとしても、人が入るかどうかわかんっす。」と4人の知らない重要な情報を教えてくれた。
こういう時、現地で従業員を雇う事の本当の利点が発揮されたと喜ぶ4人だった。
「それじゃあさぁ、軽食弁当を作って売ってみたらどうかな?」とめりるどん。
「軽食?」とみぃ君。
「そう、例えばここのパンはタコスのパン、トルティージャみたいなものだって前にももちゃんが言ってたじゃん?」
ももちゃんがめりるどんに向かって大げさなくらい大きく頭を縦に振った。
「だから、前にももちゃんが言ってたメキシコのケサディージャだっけ?」またももちゃんが大きく頭を縦に振っているのを確認しながらめりるどんが続ける。「間にチーズや肉を挟んだものを売るのよ。それだと店の中じゃなくって、入り口の所だけで商売できるしね。」
「「なるほど!」」
ごんさんがチッチたちの方を向き、「パンに具材を挟んだものをお昼に売って、買う人っていると思うかい?」と直球で聞いた。
今度はスーラがしばら考えた後、「値段によると思います。」と答えてくれた。
「小さくても良いので、安ければ買う人はいると思います。特に、冒険者は。ただ、冒険者は町の外で働く事が多いから、昼に売ってもダメかもしれません。」
「というと?」と今度はみぃ君がスーラに聞いた。
「はい、この宿の近くに冒険者ギルドがありますが、冒険者は朝いちばんにギルドに張り出される仕事のオファーを見てその日の行動を決まます。だから、その後すぐに町の外に出る冒険者にランチを売るのなら、彼らが町を出る前に売らないと、昼ではだめだということです。」
みぃ君が左の掌に右の手で作った拳をパンと打ち付けて「なるほど~!」とかなり古いリアクションでスーラの意見に同意を示した。みぃ君の頭の上に、でっかい光った電球が見えた気がしたのは、日本人の3人だけだった。
「ということは、場所的にもここはギルドの裏側になっちゃうけど、お弁当売りますっていうチラシをギルドで掲示して、朝早くに売れば買ってもらえる可能性があるってことね。」というももちゃんに、スーラは頷頭で答える。
「なら、天気の良い日でも腐らない物で、携帯が簡単な料理を作って売る!そんで、もしその料理の味が気に入ってもらえたら、宿を開店した時に食事だけでもここに食べに来てもらえるし、おいしい宿屋っていう評判が立てば宿泊客も増えるってことね!」
「そうだね!」とみぃ君がめりるどんに同意した。
「ねぇねぇ、スーラさん。こっちでは食べ物を運ぶ時は何に入れて運ぶの?」ももちゃんが料理以外で必要な物を現地従業員に尋ねる事で明確にしていく。
「そうですねぇ、一番ポピュラーなのはホホバの葉で包む事ですかね。」
「ホホバ?」
「はい。雑貨屋でも売っている大きく柔らかな葉っぱです。」
「それって料金は高いの?」
「いいえ。ただあまりに安いので1枚売りはしていなくて、10枚・20枚単位でないと売ってくれません。」
スーラさんが教えてくれた情報は、4人にとってはとても有益で、さっそくランチ造りに向かって今夜にでも予定を詰めようといことで一旦は落ち着いた。
宿屋の改修もほぼほぼ終わりに近づき、今日の一日の作業の後、チッチも含む5人で夕食を終えて、チッチは後片付けを手伝うと、みぃ君が入れてくれたお茶を持って自室に引き込んだ。
4人が夕食後の話し合いの時間を大事にしているのを知っているからだ。
現地の人の意見が必要な時は、夕食時に話し合いに残って欲しい旨を告げられるので、取り立てて残って欲しいと言われない時は自分からさっさと部屋へ戻っている。
「ねぇ、どうせならさぁ、夜の食堂も営業してみたらどう?」とももちゃんが口火を切る。
「いやいや、ももちゃん。ランチ作るだけで慣れていない私たちはてんてこ舞いだと思うよ。」とめりるどんがやんわりと再考を促す。
「えーーー。そうかなぁ?お弁当を朝作って、昼間は宿の改装をやって、一旦休憩してから夜の営業って出来るんじゃないかな?」とももちゃんは、めりるどんの意見に懐疑的だ。
「でも・・・・朝早く起きて料理して、売って、日中は宿の改装作業を進めて、夜も遅くまで食堂をやるとなると、みんなの体力がもたないんじゃないかな。」というごんさんの鶴の一声で、じゃあいっそのこと夜だけ営業してみたらどうかということになった。
こちらの世界で食堂が客でいっぱいになるのは、だいたいが夜だからだかだ。
4人には猿酒という武器があるのだ、弁当をチマチマ売るより、夜営業した方が集客率が上がるのではないかという計算もあったのだ。
そんなこんなで来週の頭からいよいよ夜、食堂だけを開ける事にしたのだった。
誤字報告をありがとうございます。とても助かります。




