従業員を雇おう!!
最初に二人が訪ねたのは、王都でも比較的落ち着いた地区に住んでいるモリンタの従弟の家だ。
通信手段が手紙しかなく、識字率の低いこの世界では、二人が訪ねる事は相手には伝わっていない。
なので、二人がその家を訪ねた時、相手は相当びっくりした。
だって、見るからに外国人の二人組が突然玄関口に立ったからだ。
「ザンダル村のモリンタさんに紹介してもらって来ました。今、お時間よろしいですか?」と日本の電話でのやりとりみたいなやり取りをももちゃんが始めた。
「モリンタの知人かい?」
モリンタとほぼ同じ年くらいに見える、これまた痩せた白髪の男性が戸口に出て来た。
「はい。俺たちザンダル村に住んでいた事があって、今も、ザンダル村で工房なんかを持っているんですが、今回王都でも商売をするので王都に出て来たんです。」
「ほう、ザンダル村で工房を作ったのか?」
「はい、酒蔵とかを作りました。」
「ほう!酒か。」
「はい。」
最初の一言はももちゃんが発したが、やはりこの世界での商売は男性が中心なので、女性が一人で来たのなら女性が話すが、男性が一緒だったら男性が中心になって話を進めるのが一般的だ。
そんな事もあり、話はみぃ君とモリンタの従弟の間で進められた。
「それで、こちらでも食堂付きの宿屋を始めるつもりなんですが、従業員を雇いたくてモリンタさんに相談したら、こちらを紹介されたんです。」
「ほう、そうか。まぁ、立ち話もなんだから中に入りなさい。」と家の中へ招かれた。
モリンタの従弟はヴィーヴォというらしい。
王都らしく一軒家ではなく集合住宅の3階に住んでいる。
中に入るとすぐに居間があるのは、一軒家と同じだ。
6人が座る事のできる大き目のテーブルが真ん中にドンと置いてあり、ヴィーヴォはそこに座る様に二人を促した。
「で、どんな人を探してるんだい?」
「一人は男性で、泊まり込みで働いて欲しいんだ。部屋は小さ目だが、こちらで用意する。食事も賄いを3食出します。荷物の搬入なんか、主に宿の仕事をしてもらいたい。客の対応や簡単な修理や力仕事なんかだね。そんなに多くはないと思うが、夜間の客の出入りにも対応してもらいたいので、泊まり込みの仕事になる。後は女性を一人か二人、食堂で給仕として働いてもらいたいのと、宿の部分の掃除もしてもらいたい。」
「それで何でわしにこの話を持って来たんだ?」
「俺らは王都に知り合いがいません。ザンダル村では、モリンタさんによくしてもらってるし、ザンダル村の人たちは信用できるので、その親戚の方に相談すれば安心なので、無理を承知で相談させてもらいに来ました。」
ヴィーヴォはしばらく黙って考えていた様だが、「給料はどのくらいまで出せるんだ?」と聞いて来た。
みぃ君たちは反対に王都でのこの手の仕事の給料をヴィーヴォから聞き出し、同じくらいの料金は出すと保証した。
後、行く行くは料理人も一人雇うつもりでいることも付け加えるのを忘れなかった。
「で、ザンダル村出身者だけで固めたいのか?」
「ザンダル村関係者で固められたらそれが一番ですが、今回モリンタさんからはヴィーヴォさん以外にはクレッシェンドさんしか紹介してもらえなかったので、そもそも王都にザンダル村関係者が少ないのではないかと思ったんですが・・・。」
「そうか、クレッシェンドも紹介されたのか。確かにザンダル村関係者は王都には少ない。本当はもっと他にもいるかもしれないんだがな。例えば農家の三男坊や四男など土地がもらえない子供たちが成人して、ジャングルの開墾を嫌がり、都会に流れてくる者も何人かいるだろう。でも、そんな奴らは別にわしらに挨拶しに来ないから、どこに何人くらいいるのやら、生きてるのか死んでるのかも分からんのが実情だ。」
ヴィーヴォが紹介できるのは、自分が良く知っているザンダル村以外の者だけだそうだが、ヴィーヴォが信頼できると保証してくれているので、4人にとってはそれだけで雇う理由になるのだ。
「料理人に知り合いはいないが、普通の雑用や給仕くらいなら出来ると思う。ただ、住み込みを望むかどうかは分からん。わしも聞いてみるが、住み込みを嫌がったらクレッシェンドの方に尋ねてみるといい。」と、突然現れた知らない外国人に丁寧に対応してくれた。
「本当にありがとうございます。とても助かります。宿と食堂が開店したら是非一度食べに来てください。ごちそうします。」と心からのお礼を言い、候補者との面接の日を設定するべくヴィーヴォにお願いして二人はヴィーヴォの家を辞した。
結局、ヴィーヴォは男性1人と女性2人を紹介してくれた。
男性の方は老人の一歩手前の中年男。ごま塩頭に背が低く、ちょっと猫背で、名前をチッチという。
体は小さ目だが、節くれだった指でがっちりと箱などを掴み、かなりの重さの荷物をスイスイと運んでくれる。
終生独り身で、集合住宅の小さ目な部屋に住んでおり、おさんどんをするのを嫌がり、3食付きの条件に釣られて応募してきた。
出身は王都ではないが、王都からあまり離れていないところにある寒村の出らしい。
若いうちに一旗揚げようと王都まで出たが、鳴かず飛ばずの人生だった様で、財産らしい財産もなく、仕事も雑用係をしてきた様だった。
ヴィーヴォによると真面目な男だが、別段機転が利くわけでもなく、コツコツとする作業が得意らしい。
店に努め始めると長く居つく様なのだが、今まで勤めて来た2つの店はどちらも倒産したらしい。
たまたま、彼が務めていた2つめの店が潰れてしまい、仕事探しをしている時にこの話が舞い込んだ形になった。
「あっしは、独り身なので、自分の寝る部屋さえあれば問題ないっす。3食付きと言われたが、それは間違いねぇっすか?」チッチが真っ先に確認してきたのは、給金や労働条件ではなく、3食付きかどうかを聞いて来たあたり、彼の中でおさんどんから自由になれるかどうかは大切な様だった。
「間違いないですよ。ただ、夜にお客が出入りするのは全てお任せするので、夜あまり続けて寝られない可能性があります。」とみぃ君が丁寧に条件を説明する。
「あまり夜中に起きる回数が多ければ、その時は我々に相談してみてください。何か対処を考えます。」とごんさんが付け加えた。
「それなら問題ないっす。」とチッチもこの仕事に乗り気の様でみぃ君たちは安心した。
女性の方はミルとスーラという名前で、ミルは見た目が20歳くらいの若い女性で、決して美人ではないが、健康的な溌剌とした感じで、受け答えの感触も良い。
4人と同じ様な黒髪を後ろで結わえた中肉中背だが、肌の色が少し濃い。
この食堂では客とベッドを共にする給仕ではなく、純粋に給仕をし、客室の掃除、シーツの洗濯などをしている人を探していると説明すると、大きく頭を縦に振った。
ミルはこの王都の生まれで、実家から通ってくるつもりらしい。
もう一人は中年の女性で、子供が3人いるそうだ。
旦那とは死に別れ、上の大きい子供2人も既に働きはじめ、末っ子のみに手が掛かるのだが、収入を増やしたいので宿屋の掃除と夜の早い時間の給仕だけなら対応できると応募して来たのだ。
肝っ玉母さん的な雰囲気を持つ、ぽっちゃりした背の低い女性だ。
いかにもお母さんという感じで、彼女が食堂で給仕をすれば、ミルも含めてここの食堂は純粋に料理を出す食堂だと理解されるだろう。
そういう意味でも得難い人材だ。
王都やグリュッグの町でもいろいろな宿があった。
グリュッグの4人が泊まった事のあるタヌキのねぐらという宿は、あきらかに給仕が売春を行っていたが、彼らが王都に来て泊まった宿は家族経営で小さな子供まで給仕をしており、春を鬻ぐ女性はいなかった。
宿屋に併設されている食堂がどんな食堂なのかは、そこで働いている給仕を見て客の方も見分けているのだ。
4人が経営したい宿屋は家族経営の様な女性でも安心して泊まれる様な雰囲気にしたいので、最初から給仕以外に客に媚びを売る給仕は探していないのだ。
それ故に純粋に給仕という言葉を4人は面接で何度も繰り返していた。




