お風呂はやっぱ必需品よね
ごんさんの不在中、3人は未だ宿屋の修復・改修に力を入れていた。
本当は従業員を男女1人づつ雇って、手早くいろんな準備を終わらせたかったのだが、ごんさんが王都に住むザンダル村関係者の情報を持って戻ってくるまでは、人を雇うのは見合わせている。
そんな中、3人は日中それぞれの作業を進めながら、いつもの通り夕食の時間にお互いの作業の進捗状況の確認や、これからやらなければならない作業を共通認識とする事などに力を入れていた。それはごんさんが不在の間も、残りの3人でやっている日課だ。
そんな中、ごんさんが出発して2日目の夜、3人は調理場に集まって、いつもの様に報告会をしていた。
「わて、思うんやけど、やっぱ風呂はいるなぁって。2人はどう思うん?」とみぃ君が大樽なんかを風呂替わりにして設置したらどうかと新しい提案をして来た。
「私は賛成!!まぁ、費用にもよるんだけどね。」とすかさずめりるどんが賛成すると、ももちゃんも大きく頷く。
結局、ごんさんに相談はしていないが、お風呂があるのを嫌がるとは思えないので、先行して作っておこうということになった。
みぃ君の案は調理場の隅に大きな樽を据えて、外から見えない様に屏風などを設置して風呂にしようかなどと話していたのだが、食堂と調理場の間に壁はなく、カウンターがあるだけなので、何かの拍子に食堂の方から見えても嫌だとその案には女性陣から待ったがかかった。
樽なら湯に浸かることは出来ても、外で体を擦ったり、追い炊きなどが出来なくなるのが難点でもあった。
しかし、同じ調理場で沸かしたお湯を入れればいいだけなので、何回か往復して湯を溜めてもそこまで大変ではないのではないかというみぃ君の意見は、男性1人対女性2人で民主的に却下された。
鍛冶屋で五右衛門風呂を作って、中庭の空きスペースに風呂場を建設するというめりるどんの意見が採択された。
「鉄で風呂釜を作ってもらうなら、早めに手配しないとだめだし、体を洗うところを作らないといけないから、タイルなんかも手に入ったら購入しとかないとだしね。」とめりるどんは言い出しっぺのみぃ君よりも力を入れて風呂場作りを指揮しはじめた。
「一人用のお風呂でええねんなぁ?」
「うん。大きいのは値段が高額になるだろうしね。家の田舎の風呂が昔五右衛門風呂だったのよ。あれで大人数は入れる様なのって想像がつんない。」とももちゃん。
「えーーーーーーー!今時五右衛門風呂だったの?」と身近で五右衛門風呂を持っている知人のいないめりるどんには、五右衛門風呂とは江戸時代か何かの設備というイメージがある様で、本気で驚いた様だった。
「今じゃないよ。私が幼稚園の頃かな。」
「へぇぇ。」
「で、とっても怖かったの覚えてる。」
「え?五右衛門風呂って怖いの?」
「何でおとろしかったん?」
「大人は大丈夫だったみたいだけど、子供の肌は敏感だったから熱せられた鉄に体が当たったら火傷するみたいに熱く感じたのよね。まぁ、同い年の従妹は毎日入ってたお風呂だから平気の平左だったけどね。でね、釜の底の部分に底の形に切ったすのこを入れて、その上に乗っかって湯に浸かる感じだったんだけど、横の風呂釜部分は木のカバーも何もなくって、当たったら火傷するじゃないか!って怖くて、田舎へ遊びに行く度に怖がってた~。お湯の抜くのもすぐに抜いたら空焚きになるから翌朝だったし、そもそもお湯を抜くのは外のパイプのバルブを開けて抜いてたしね。」
「うぉ!そうなんや。ただのドラム缶みたいな風呂でいいのかと思っとった。排水ってどんな構造なんや。」
「釜の底の横辺りにパイプが取り付けてあって、そのパイプが建物の外に出たところのバルブを開け閉めして排水してたよ~。」
「排水も大事だけど、釜で火傷するかどうかも大事だよね。ここの五右衛門風呂は、風呂釜に体が当たることがない様に、しっかり木で覆う様にしないとだね。それとも大人は大丈夫だったのなら、やっぱすのこだけでいいのかな?」とめりるどんがももちゃんの顔を見た。
「せやけど、それだと風呂を沸かす時に木が燃えたりしぃひんのかな?」
「あ、それならお湯を沸かしてから、お風呂に入る寸前にすのこを湯に沈めてたから、ここでも入る寸前に木のカバー?を被せたらいいんじゃないかな。あっ!もし、底だけじゃなくて横部分にも木のカバーを掛けるなら、すのこみたいに木と木の間は結構隙間作らないとダメだよ~。」
「あ、そうか。そうじゃないと木のカバーで風呂釜からお湯を全部押し出しちゃう事になるもんね。目からうろこだわ~。」
何てやりとりをした後に、早速めりるどんは鍛冶屋に渡す為の簡単な五右衛門風呂の設計図というよりは、クロッキーを書き上げた。
排水の部分に関しては、ももちゃんも設計図を見た事がないので、ああでもない、こうでもないとみんなで話し合って、おそらくこうだろうという形にした。
木のカバーはめりるどんが作ってくれるそうで、そっちの材料もめりるどんが手配することになった。
どうやら釜の側面は一部だけ木で覆うらしい。
建屋そのものは今入ってくれている大工に頼む事になるが、内装や風呂釜の設置は自分たちですることになった。
少しだけでも経費を削減するという狙いだ。早速明日の朝から手を付けようと話し合った。
ももちゃんは、以前購入した鍋や皿、カトラリー等も合わせて、まだまだ調理場や食堂の掃除もしなければならないし、みぃ君は同じく潰れた食堂から移築するオーブンの設置などが残っている。
もちろん、めりるどんにしてもまだまだ3階の壁に珪藻土を塗る作業が残っているのだが、同時進行でいろいろやらなければならない。
「風呂場の床はどんな風にすんのん?タイルは理想的やけど、高こうないか。」
「確かにタイルは理想的だね。だけどザンダル村の時は洗い場もすのこにしてたし、それで問題なかったから、タイルが高ければ同じ様に作ればいいんじゃないかな?」とザンダル村のシャワー室のすのこを苦労して作っためりるどんから代案が出た。
「そりゃええな!」と意見が一致した所で、建材屋に顔が利くめりるどんがこの世界でもタイルがあるかどうか、そしてあるならどれくらいの値段なのかを調べに行ってくれることになった。
その間ももちゃんは、調理場の掃除の続きをしてめりるどんを待つことにした。
相変わらず熱いお湯で消毒も兼ねての洗浄なので、火傷をしない様結構神経を使う様だった。
ももちゃんが、調理場の掃除を始めてすぐの頃、うっかり熱湯で火傷し、「今まで火傷した事がない。」と言っていたことに、三人は驚いた。
「え?その年になるまで火傷した事ないの?ありえん!」と、学生時代バイトで揚げ物を作ったりした事のあるめりるどんはあんぐりと口を開けていた。
「私なんて、もう日常的に火傷してたよ。バイトだったけど油跳ねなんて本当にしょっちゅうだったし・・・。それにしてもももちゃん、本当に火傷したことないの?」と念を押したりもしていた。
そして最後に「ももちゃんて、お嬢様だったの?」と何か頓珍漢な事をのたまっていた。
もちろん、ももちゃんはお嬢様ではないが、母親が怖がり且つ過保護な事もあり、スケートすら危ないと言われ、この年になるまでスケートに誘われてもやったことがないのだから、お金持ちの家に生まれた訳ではないが、箱入り娘だったと言っても強ち間違いではないのかもしれない。
そんな経験を通じて、熱湯を使って掃除をする時は、かなり気を使ってやっているらしく作業のスピードは遅めだ。
食堂や各部屋へ置くテーブルや椅子なども脚も含めて熱湯や木酢液で擦ったりして洗うのだ。作業はもっぱら排水溝が備えられている井戸の周りになる。天気の良い日にしか出来ない。
併せて防音材として使う藁を干したり、屋内に取り込んだりするのは、ももちゃんの仕事だ。
雨の日は、シーツを縫ったり、4人の部屋用のベッドカバーやカーテンを縫う仕事が割り当てられるので、ももちゃん的には雨の日は朝から気分がどんよりだったりする。
お風呂だが、結局、めりるどんがタイルを探してくれたけど、値段が高すぎてタイルの使用は断念せざるを得なかった。
この辺では、お貴族様や豪商くらいしか購入しないらしい。
大工たちに頼んで、木造の簡素な小屋を作ってもらい、狭い脱衣場の床は板張りで、洗い場と風呂を設置する場所には床材は敷かないでもらった。
換気と明かり取りのために大き目の窓を少し高い位置に付けてもらっている。
結局、洗い場の床は土を踏み固めた上に平たい石を並べ、その上にすのこを敷く事になった。
ベッドづくりや壁塗りなどで忙しいみぃ君やめりるどんに代わり、ももちゃんが石を敷き詰め、二人にチェックしてもった。
「うん、いいんじゃない?石だから、隙間があくのはしょうがないしね。特に壁と接するところは隙間上等って感じになるよね~。」とめりるどんからはOKが出た。
「わても、ええ、思うで。まぁ、風呂を設置する時はみんなでやるから、石の踏み固めだけは一人で頑張ってぇな。」
「うん、わかったー。」
ももちゃんはできるだけ石の表面に凹凸が出ない様、何度も石の上に乗り踏み固めた。
後日、五右衛門風呂の釜が鍛冶屋から運ばれて来た時、火を焚く部分の設置をめぐって、なぜかももちゃんは蚊帳の外でめりるどんとみぃ君が話し合った。
やっぱりDIYに強い二人で話し合った方がスムーズなのだろう。
釜を置く場所に、耐火煉瓦を輪になる様に2段敷き、薪をくべる口とは別に煙の逃げ口分だけ煉瓦同士の間を空ける簡単構造にする事になった。
耐火煉瓦だけで釜や中に入れるお湯や入る人の体重を支えさせるのは不安ということもあり、煉瓦の外側はローマン・コンクリートを使う事にした。
多少高くなるが、幸いな事に王都ではローマン・コンクリートが素材として売られていた。
タイル程高価ではないので、手が出しやすい。
ローマン・コンクリートを作るには海水が必要で、海に面していない王都では他の海辺の町から運んで来られるので、その分高価な建材となるのだが、建物自体を安く手に入れる事ができた4人には払えない額ではなかった。
後、ローマン・コンクリートがどれくらいの熱に耐えるのかは不明なので、最終的に耐火煉瓦の数を増やし、できるだけローマン・コンクリートに熱が伝わらない様にすることにした。
釜に沿って煙道を確保し、少し高めの位置に煙突も設置した。
ローマン・コンクリートは型に流し込む形でしか成形できないし、乾くまでは7日以上もかかる。
この世界に来て、ジャングルでの植物の成長速度以外、何事もゆっくりにしか進まない事に慣れてきている3人は多少待つくらいは何でもないのだ。
それに、最初にお風呂に入る時は4人揃ってジャンケンで誰が最初に入れるか決めたいので、ごんさん不在の間に完成しなくて良いのだ。




