運搬って大事よね
翌日も早朝に宿場町を出発し、一日かけて代わり映えのない殺風景な街道を走り、港町へ着いた。
乗合馬車の終点に着いた時に、ごんさんは、グリュッグまでの乗合舟の出発時間を確かめた上で、乗合馬車の停車場に引き返した。
乗合馬車の停車場と言っても、小さな掘っ立て小屋の様なもので、仕事待ちの御者たちが中に入って休めるスペースと、小屋の外にぐるりと巡らす様に設置されている客用のベンチしかない。
「すまん!ここの親方はいるかい?」
如何にも外国人であるごんさんに対し、乗合馬車の御者などが胡散臭そうにごんさんを見る。
「親方と話したいんだけどな。いないのか?」
誰からも返事がなかったが、誰かが対応するまでごんさんが引く気がないと見て取った御者たちの内、ごんさんを王都から乗せて来た馬車の御者が、「乗合馬車に乗りてぇだけなら、親方と話す必要はないぞ。どこへ行きてぇんだ?」と、少々ぞんざいな態度で答えた。
「いや、乗合馬車に乗りたいんじゃなくって、馬車の貸し切りなんかはやってるかどうか知りたかったんだ。値段とか、貸切る事ができるのは月何回くらいかとか、一度に借りられる台数なんかについてな。」
御者は停車場の掘っ立て小屋に近い建物の後ろに向かって「親爺ぃ~。客だ~。」とこれまたぞんざいな感じで親方を呼んだ。
親爺と呼ばれた男は、ごんさんの出で立ちを見ながらぞんざいな態度で寄って来た。
「どうしたい。」と怒鳴るのと話すのとの中間くらいの絶妙な声音で周りを軽く威嚇しながら返事をして来た。
この町での乗合馬車の総元締めは、でっぷりと太ったスキンヘッドの親爺だった。
服はどちらかというと着古して薄汚れた灰色のシャツと、これまた所々に小さな継宛がしてあるこげ茶のズボンだった。
どうみてもそんなに羽振りが良さそうではない。
まぁ、御者など雨風に晒されて汚れてしまう職業なので、汚れてもよい服を身に纏っているだけなのかもしれないが・・・。
それに対しごんさんは、平民と同じ麻のシャツで、濃い灰色のスラックスだった。靴はめりるどんたちが作ってくれた靴だ。
服は上等ではないが、清潔な事が見て取れた。が、しかし、一か所変わったところがあるのでそこへ目が行ってしまうのはしょうがない。それは胸のポケットではなくそのポケットに付けられたボタンだ。
この世界でもボタンはある。木で出来ていたり、貴族なら貝を削ったものもあるが、どちらにしてもボタンは高価な物だ。
貴族でもボタンがついた服はそんなに持っていない。何故ならボタンは最近出回り始めた画期的な商品だからだ。
貴族に何故たくさんのメイドが仕えているのかというと、今までの服はボタンがないのでリボンや紐を使って体に合わせて結んだり、着込んだ上から針と糸で軽く縫い付けたりして着つけなければならなかったからだ。
貴族の服は、どうしても胸の辺り、つまり体の正面に主な装飾が施されている事から、服を体にフィットさせるのに、布を縛ったりリボンを結んだりして調節するのは背中側になる。
そうなると着つけられている本人では調節は不可能だ。
それ故にメイドが複数で如何に素早く、貴族に負担なく、美しく着つける事ができるかが、メイドの評価にも繋がっている。
そんな中、ごんさんの麻のシャツは生地こそは一般的なものより多少上等であっても麻であり、どうみても絹を着る事の多い貴族には全然見えないのに、共布でくるんだ包みボタンがちょこんとポッケに付いているのだ。
この包みボタンは、めりるどんが今回の改装工事で出た端材で削って作った木のボタンの一つで、表面が滑らかに出来ず、不格好に見えると、シャツの共布で包んで作ってくれたのだ。
しかも靴だけを見れば貴族の履いている靴より上等のものを履いている。
上等と言うよりも、この世界には無いデザインの靴だが、どう見ても貴族が履いている靴にくらべデザイン性も高く、造りもしっかりしているのが見てとれるのだ。
そんなごんさんを、親爺は上から下まで舐める様に見た。
「それで?」
「馬車の貸し切りってやっているかい?」
「値段とどれくらい前に予約するかによるな。もちろん馬車自体が空いてなければ無理だがな。乗合の方が優先だ。」
「そうか、分かった。大体何日前くらいまでに予約すればいいんだ?」ごんさんは、予約の方法や、もし予約できない場合にはこの町に他の同業者はいるかどうか、いる場合はこの親爺を通しての予約になるのかどうか、料金はどれくらいか、予約とは馬車本体と御者だけなのか、それとも護衛も含めるのかなどいろいろと聞き出した。
結果として、貸し切りに出来るのは馬車本体と御者だけ。護衛を付けるのはこちら側の責任。
荷物を盗賊に盗まれた場合の責任は顧客にあり、そういう襲撃を受け御者が亡くなった場合にも、護衛をケチっていると見なされると慰謝料等が発生することや、同業者への声掛けは独自でやってもいいが、他の乗合馬車の親方たちは、それぞれに異なる行先、つまりルートを持っており、王都への行き来はこの親爺が一人で纏めていることなどを聞き出した。
もちろん、別の親方が纏める乗合馬車を頼んで王都へ行く事はできるが、王都ルートのどの辺で盗賊が出やすいか、区間区間で馬車の速さを調整し上手く宿場町まで移動する時間調整などのノウハウは、当然親爺のところの御者しか知らないし、頻繁に予約をするつもりがあるのならば、一か所を纏め役とした方が、心象が良い事などを聞き出し、ザンダル村から王都への帰路に2台分の御者と馬車を予約した。
さっき、出発時間を確認したグリュッグへの定期船便の出発時間にはまだまだ時間がある。乗り遅れることはないだろう。
安心して、この港町の中心にある広場を目指して歩くと、港から10分もしない内に、四面を建物に囲まれ、大き目の敷石が敷き詰められた四角い広場に着いた。建物と建物の間に人が2人並んで歩けるくらいのスペースが四面全てに作られており、そこを通って広場の中へ入れる様になっていた。
石造りの建物もあるが、そのほとんどは木造づくりで、全ての建物が2階建だった。ごんさんは、その中の一軒、横幅のある立派な建物の戸を潜った。
表の釣るし看板を見て冒険者ギルドである事は確かめてある。
盾と剣と槍が描かれた看板だ。
入ってすぐは大きなスペースがあり、その奥に横長の木製カウンターがあり、銀行の窓口の様に、同じお仕着せを着た女性が二人座っている。
どちらも若い女性で見目が良い。
ごんさんは無意識に自分の好みの女性の方を選び、カウンターを挟んで対峙した。
そして自身が登録した時に渡されたギルド登録証を胸のポケットから取り出した。
受付の女の子はごんさんのシャツの包みボタンを見て、目を若干見開いた。
「今日は、どの様な用件でしょうか。」
上等な靴を履いていて、シャツにはボタンがついているが、ごんさんが差し出したものが登録証なので、冒険者には違いなく、過度に丁寧な言葉遣いは必要ないのだが、ごんさんの年齢がある程度高い事とやはり高価な物を身に着けているので丁寧な口調で応対してきた。
「今日ではないんだが、王都まで貸し切りの馬車2台を護衛するパーティを募集したいんだが。」
「ご自身で護衛せず、他にパーティを雇うということでしょうか。」
「そうだ。」
受付の女の子がごんさんも護衛に当たるのかどうかを確認し、馬車2台と言われ、すぐさま必要な護衛の人数を割り出す。
「それでしたら、3名から4名の護衛をということでよろしいですか。」
ごんさんが頷頭する。
「固定パーティをご希望ですか?それとも臨時のパーティでも構いませんか?」
「できたら固定で。いなければ臨時でも構わない。」
固定パーティとは常に同じメンバーで組み、いろんな仕事を受けているグループの事で、臨時パーティとはその仕事をするためだけに急遽組んだグループということだ。
出発日や、報酬、費用はどちらが持つか、特に食事はどちら持ちかなどを受付の女の子に相談しながら決めて行くごんさんに、彼女は「臨時のパーティでも可能ということになれば、問題なく見つかると思います。」と太鼓判を押してくれた。
ごんさん自身がこの後、舟に乗って移動し、冒険者たちを雇えるかどうか判明するのは、今度ごんさんがここに戻って来た時になるので、こういう反応があると、なんとなく安心してしまう。
実際にはまだ誰も雇えてないのだが、王都への護衛の仕事はこのギルドでも良くある依頼なので、問題はないだろうとのことだ。
ごんさんが受付の女の子に挨拶して、建物の外へ出ようとしたら、突然3人の男が受付まで来た。ごんさんはそれに気づかずにそのまま外へ向かう。
「ねぇ、それ。いくらの仕事?」
如何にも冒険者然とした恰好の3人の中の一番背の低い男が受付に問いかけた。
「食事・宿の費用を雇い主が持つ条件で金貨1枚です。」
この料金はこの受付の女の子が適切な料金と言ってごんさんに教えた料金で、高くも低くもない。
しかし、冒険者の3人は、ごんさんの着ている服を見て羽振りの良さを見込んだのと、ごんさんが今後定期的に護衛を依頼する場合、同じパーティに頼む事ができるかどうかなど受付に聞いていたのを遠くから聞き取っていたので、食指が動いたのだ。
彼ら3人は固定パーティで中堅、しかも何度も馬車の護衛をやった事のある実績のあるパーティなので、受付の女の子の彼らの扱いは丁寧だ。
「それ、俺らがやるよ。」
「本当ですか?でも、出発は今日ではないですよ。」
「出発はいつ?」
「10日後です。」
「分かった。俺らがやるよ。」
「分かりました。では、手続きをする前に、依頼人さんと話しをしますね。」と言って、受付の子は、カウンター横のはね戸を開け、急いでごんさんを追いかける。
「依頼人様~。依頼人様~。」
ギルドの建物を出たばかりのごんさんを捕まえた受付は、簡潔に応募者の話を立ったままする。
「中堅どころで、固定パーティ、王都への護衛も経験があるとしたら、人物に問題がなければ雇いたいな。」
「人物は問題ないと思います。今まで受けた依頼は全て問題なく熟していますし、依頼主と揉めたこともありませんから。」
受付の女の子の推しもあり、ごんさんは彼らと契約することにした。
ごんさんは、今度こそギルドから出て、今回この町で調べ、契約した事について、値段や条件などを細かく紙にメモをして、港の方へ向かった。
途中、遅い昼食を舟で摂るため、食堂に寄り、簡単な料理を包んでもらい、エールの入った革製の水筒を買い込んだ。
ギルドでのやり取りに思ったより時間がかかったが、グリュッグへの乗合舟に問題なく間に合い、舟乗り、出発を待つだけとなった。
グリュッグまで行けば、ジャイブの舟が1・2日の内にグリュッグまで来る頃なので、そのままザンダル村へ帰れば良い。
もし、3日待つ場合でも、グリュッグの水車小屋や工場の様子見をしたり、アンジャの店に顔出ししたり、水車小屋の顧客の集金をしたり出来るので、問題ない。
先にグリュッグでの仕事を終わらせれば、その分、王都への帰り道が楽になるだけだ。
何にしても、商品を効率よく、安全に、安く王都へ運べる様、運搬システムを構築しなければ、4人が王都に住みながらも、今までの事業からの利益を享受するのは難しくなってくる。
宿屋では、出汁の粉や猿酒を売り物にするつもりなのだ。
自分たちが作ったものなので、原価と運搬費だけしか係らないところがメリットだ。
動き出した乗合舟から身を乗り出し、海面を見ながらごんさんの口からは低い鼻歌が出ていた。
これからじっくり舟の中で運搬システムについて考えようと、食堂で購入した料理にかぶりついた。




