間取り
間取りだが、表通りからの出入り口は食堂の扉しかない。
つまり、宿の部分へは、食堂を通らないと行けない造りになっている。
食堂は、テーブルと椅子を3組横に並べ、通路となるスペースを加えた分の幅しかなく、表通りへの出入り口となっている扉は観音開き。
通り側は壁が腰の高さまでで、外から中がよく見え、中にいても外から陽が燦燦と入ってくる設計になっている。
風が強い時などは、観音開きの木製の窓を閉めれば、中は暗くはなるが、問題ない。
食堂の作りとしては一般的なデザインで、他の宿屋とあまり違いがない。
奥行は縦にテーブルセットを4つ並べた感じだ。その奥にある調理場との境に座って飲めるカウンターが約7人分。そしてそのすぐ目の前に調理場と食堂を区切る背の高いカウンターがある。
出来た料理は一度ここに乗せ、そこから運ぶ設計だ。
ラーメン屋などをイメージさせるカウンターと同じ造りだ。
料理人が作ったラーメンを一段高いカウンターに乗せ、一段低いカウンターに座っている客が自分の前に丼を置くそんな感じだ。
カウンターの左側に通路があり、奥まで行くと中庭に抜けられる様になっている。
通路の右側と左側にも木扉があり、通りから奥に向かって右が調理場、左側が4人の部屋や、宿泊ゾーンに繋がっている。
調理場はかなり広い。普通の竈や調理台以外にも、潰れた食堂からみぃ君が買い上げた大き目の窯や、客用と自分たち用の食器棚がそれぞれ1つ、そして中央には大きな木製のテーブルを置いても余裕がある。
調理器具は、まな板や、日本式の大きな包丁、フライパンなどもこちらからデザインや仕様を指定して作ってもらったものが並ぶ予定だ。
煤けた鍛冶屋へみぃくんが足を入れ、ここのところいろいろな物を作ってもらっている職人に声を掛けた。
「また、あんたかい。」
鍛冶をやっているのに、細見の男。こいつがここの親方なのだが、意外と筋肉はついているらしく、見た目とは違って精力的に仕事をしている事で王都でも有名な鍛冶屋の一つだった。
汗染みの跡や、火を使う事で煤けてしまった長袖の作業着を着ており、髪は汗をぬぐうからか、いつもボサボサ。なんにしろ元々堅そうな毛などで、搔きむしった様な髪形のままになっている。ぞんざいな口調ばかりなのだが、こちらが発注するときは繊細なまでの注意力を発揮し、制作物についていろんな質問をしてくる。
「親方、今度は包丁を作って欲しいんだ。」
「包丁?」
「料理する時のナイフを大きくした様なもんだ。片刃で作って欲しい。」
「何に使うんだ?」
「肉や野菜を切るのに使うんだけど、大きさはこれ位。」と、みぃくんが手で大体の大きさを示すと、紐を取り出した親方が大きさを図る。
「重さなんだけど、あまり重くして欲しくはないんだな。」と、みぃくんは予め女性陣が持たせた理想の重さを示す卵二つを親方に手渡した。
卵は高価なのだが、卵二つくらいが丁度使いやすい包丁の重さに思えたので理想の重さを分かってもらうために持って来たのだ。もちろん、理想の重さを伝えたら、この卵は持って帰るのだ。
「卵二つ分か・・・・。」と親方は考え込んだ。
鉄で作るのだからみぃくんが指定した刃の大きさだと、普通はもっと重くなるのだ。
「厚みで調整するか・・・。」と親方が独り言ちした。「しかし薄くすると強度が・・・。」
それを聞いたみぃくんは、刀の作り方の様に、何度も折りたたんで鍛錬してみてはどうかと提案した。
「そんな作り方があるのか?」と親方は驚いていたが、みぃくんは刀鍛冶について親方に説明することにした。
親方たちが使っている鋼が刀鍛冶と同じ様な性質のものかどうかわからないし、みぃくん自体も刀鍛冶の工程全てを知っているわけではないので、本当に折り返し鍛錬ができるのかは知らないが、何度も鍛えながら折り返し、冷めたら温めてまた鍛えるを繰り返すということについては知っていたので、みぃくんの知っていること、そして知らない部分が多いことを説明し、一度試してもらうことにした。
「木の取っ手も入れてあまり重たくしない様にお願いします。3本欲しいけど、いくらぐらいでできますか?」と、今度は料金についての折衝に入った。
続いて、納期についても打ち合わせ、狙った通りの回答を得たからか、意気揚々とみぃくんは自分たちの宿に戻った。
4人は、何を職人たちに作ってもらうかを夜な夜な話していた。もちろん今回の包丁造りや大工への追加発注も含めてだ。
予算の問題もあれば、納期の問題もあるし、行く行くは宿も使用人だけで回していきたいと思っているので、現地の人でも扱える道具にしたいという気持ちもあった。
調理用の鉄板も置くかどうか悩んだが、まずはフライパンだけで対応し、必要となればまだスペースがあるので置けば良いということになった。
食堂から裏庭へと続く通路の左側の扉を潜ると、壁に覆われた小さな踊り場となっており、目の前には2階へ上がる階段がある。階段の裏側に回らないと分からないのだが、実は階段の裏側の壁に鍵のかかる戸がある。一見、踊り場の後ろは一面壁としか見えないので、普通ならば、客室のある二階へ向かうための階段を上って上に行ってしまうので、階段裏の扉に気づくことはない様に設計してある。
踊り場の階段を挟んで左右にはそれぞれ鍵のかかる扉があるので、階段の後ろに壁があっても、左右の部屋の壁くらいにしか思わない造りになっている。
この2つの戸は、階段に向かって右側は夜間対応用の従業員を住まわせる小さ目の部屋となっており、左側は、4人が食事をしたり、団らんするための小さな居間になっている。
この踊り場に行くための扉を開けると、都度、扉の内側に取り付けられたカウベルが音を出すので、食堂にいようが、調理場にいようが、この扉が開けられる度にみんなの目が集まる様な仕掛けにしている。
そしてぱっと見では分からないが、この扉からは紐が夜間対応の雇用人の部屋に引っ張られており、使用人の部屋の中にも音が出るベルが吊り下げられている。
1階の4人の部屋へは、この階段裏の鍵の掛かった戸を開けて初めて行ける様になっている。
実は、階段は元からこの位置にあったのだが、階段裏側の壁やその壁に鍵付きの戸を付ける工事は大工に追加でお願いした。
階段裏の戸を抜けると廊下を挟んで比較的大き目の部屋が左右に2つづつ並んでいる。
表通り側の2部屋は男性陣の部屋となっている。
1階ということもあり、安全性を考えて男性陣が自分たちから、こっち側の部屋にすると言ってくれた。何故なら、外から侵入されやすいのは表通り側だからだ。
外側の壁に、窓を覆う様に格子を付けることで、部屋にいる時も安心して侵入者から守られ、窓を開けられる様にした。
内庭側の二つは女性陣の部屋だ。こちらの部屋の窓には格子はついていない。
何故なら、中庭へは食堂から入り中庭に出るための戸を潜るか、塀でしっかり囲まれた中庭についた唯一の出入り口である小さ目の門を通らざるを得ず、その門にはがっしりとした鍵がついているからだ。
2階は元々の造りのままで、1階の部屋がある真上に大きさの揃えられた部屋が6つ、食堂と調理場の上には大部屋が2つ。そして廊下の1階と同じ場所に3階への階段だ。
そして1階から3階まで寝藁を運べる様にした簡易のエレベーターを廊下の一番奥に設置している。この手動エレベーターは4人が設置したのだ。
エレベーターと言っても、木製の箱の四隅をチェーンで吊るし、滑車を使って上下に動かせる様に廊下に穴をあけただけのものだ。
ただ、この空間を使って客が他の階へ行けない様に、一番奥の左右の客室の扉のすぐ横に壁と戸を設置し、エレベーターの存在を隠す様にした。この壁や戸も大工に追加で注文した。
もともと広々とした印象を与えていた各階の廊下が、4人の手により、少し閉塞感を感じる様な狭い空間へと変わってしまった。
しかし、スペース自体が小さくなった事もあり、明かり取り用の蝋燭やランプの設置は少ない数で済む様になった。
窓の少ない空間なので、夜や曇りの日などには光源が必要となるから、蝋燭やランプは必需品だ。
エレベーターだが、箱を動かすには手回しギアを使う様に設計してある。ギアは鉄製にしたかったのだが、この国の鍛冶屋では、まだちゃんとしたギアは作れない様なので、固い木でごんさんたちが水車づくりの経験を活かし作ったのだ。
3階はまだ大工たちが作業してくれているが、屋根の方は終わったということで、作業が始められる部屋からめりるどんが珪藻土を塗り始めている。3階ももちろん、みぃ君たちが筋交いを既に設置してくれているから、すぐに作業が始められた。
3階の食堂と調理場の上に当たる所は外階段から上がれるテラスにする予定だ。
もちろん、内側からも行き来出来る様にするが、建物の中に勝手に入られない様に、普段は施錠しておく予定だ。
テラスは、将来的にはビアガーデンもしたいというめりるどんの強い意見から、2階の大部屋との間には、これでもかと乾燥した藁などを敷き詰め、防音を心がけることになっている。
今、大工たちは、そのテラスを作ってくれている。それが終われば、テラスに面した部屋の壁を作る事になっている。
3階も食堂と調理場の上以外は均等な大きさの部屋6つとなっている。
筋交いを設置する時、みぃ君が大工に相談すると、筋交いという技術がないらしく、なかなか理解してもらえなかったので、一緒に作業させてもらい、しっかりと建物の補強を進めた。
中庭には真ん中に井戸が設置されており、中庭の建物とは反対側にトイレが2つ併設されていた。
元々が冒険者専用の宿だったらしく馬車置き場などはないが、大き目の倉庫が1軒と、洗濯物を干したりするスペースがあり、それなりに広い。
おそらくだが、井戸回りのスペースがかなり広いのは、冒険者らが自身の洗濯物を洗濯したり、体を洗ったりするスペースも兼ねていたからだと思われる。
これが4人で購入し、いろいろと楽しみにながら手を入れている宿屋の全貌だ。




