生産拠点を増やそう!
シミンは雇用したいと話を持っていったら、とても喜んでくれて二つ返事でOKをくれた。しかも、仕事が農作業ではなく、みんなの纏め役だと説明すると、もっと喜んだ。
おそらくだが、自身でも農作業には苦手意識があったのかもしれない。
「簡単な文字や計算の仕方を教えるので、覚えてもらうことになります。」とももちゃんが説明すると、「無料で文字を教えてもらえるんですか?」と飛び上がらんばかりに喜び、「いえいえ、勉強する間もちゃんと給料は払いますよ。」の一言に、もう夢心地になっていた。
「ただし、勉強中は実際には仕事はあまりできないので、給与は安くなるけどいいですか?」と聞いたところ、文字を習うのは貴族や大商人の子供や従業員でなければ機会がないとのことで、普段より安い給料でもお金を貰いながら文字などを学べるのは破格の扱いだとシミンは目にうっすらと涙を浮かべて喜んでいた。
ももちゃんは、シミンに文字を覚えてもらうために、DIYの得意なめりるどんに木で小さなお盆の様なものを作ってもらった。
お盆の中に砂を入れても零れない様な、高さにして3センチくらいの枠付きのお盆だ。講師用と生徒用の2つだ。
浜辺の砂を入れ、そこにこれもめりるどんに枝から切り出してもらったえんぴつの様な棒を2本用意してもらい、授業を開始した。
黒板の代わりに砂を使った薄いお盆で、文字を書き込んでいく。
シモンは飽きもせず同じ文字を何度も書き取りをし、覚えていく。
この砂板は、計算の時の筆算にも使われる。とにかく安上がりで良い。
一日の午前中と午後の1時間は文字の勉強。間に、浜辺やジャングルの作業小屋を見回り、夕方は計算の授業を1時間。
もちろん未だに日本人がやっている肝心要の作業については教えていない。
まだ勉強の途中だが、素材を詰める樽や箱の発注など、簡単にできる部分はシミンにまかせつつ、ごんさんには作業管理の表を作ってもらった。
ごんさんは、地球にいた時、週末は自分の店を開けて、週日はとある会社に正社員として雇われていた。ごんさんの仕事は、工作精密機械のプログラミングなどで、プログラムに大きく手を入れ、製造工程の手順が変わる時に等は、製造ラインの長などと一緒に作業手順表などの作成にも経験があるので、この仕事はごんさん任せとなった。
ごんさんは未だに獣用の罠を毎日仕掛けにジャングルの中に入ってくれており、かなりの時間をジャングルで過ごしているのだが、机に座っての作業も嫌いではないらしく、チャチャチャという感じで幾通りかの作業管理表を作成してくれた。
これにより、一週間の内、何曜日に何をどれくらい素材として生産しストックできるかの管理が簡単になった。
全ての生産活動は開始日を別々とした1週間のサイクルで管理することにした。
例えば、週の最初の日は、海藻の灰を所定の箱に10箱、1週間を通じて狙った量を生産できたかを作業管理表を使って管理するのだ。本来ならこの段階で品質も管理すべきなのだが、まだ品質に関してはシミンに教えていないので、まずは量を確保することに腐心してもらうことにした。
次の日はジュースで、これを1週間で30樽生産できているか。
その次の日は、蘭もどきのエッセンスを壺2つ、塩も壺2つ、ココナッツオイルを大きな壺に5つ。
週の4日目は出汁関係のもの全て。
週6日の内、6日目はお休みになるので、お休みの前の日は素材集め担当の男の子2人の在庫確認や、火作業の担当者が砂糖を決まった量生産できたかどうかなど確認といった感じで、シミンが生産量と在庫を管理する。
その生産数などを管理表に書き込み、男の子2人の集めてくる薪や海藻、蘭の花など、みんなの生産を支えられるほど収集されているかどうかも含め、週2回、日本人に管理表を提出してもらう。
その際に、緊急でない問題があった場合は、シミンが解決したとしても日本人に相談。
もちろん緊急の場合は、日時を問わず日本人に相談。
締め日の2日前くらいに生産が規定量の8割に達していない時は、生産担当の従業員と話をし、原因があるならそれを取り除き、原因がただの従業員の怠けなら、従業員のお尻を叩く。それがシミンの仕事だった。
「これで、管理表に出てくる文字は全て覚えてもらいました。」
「はい。」先生に対する様に、シミンがかしこまってももちゃんに答えた。
「本当は、もっと文字は存在しますが、お仕事に使うのはこれだけなので、一旦文字のお勉強はこれで終了にします。」
シミンの顔には、全ての文字を学びたい気持ちが強く表れているが、仕事で必要な分しか教えるつもりはないので、もし、本当に全部の文字を覚えたいなら、ももちゃんがグリュッグの貸本屋で借りた教本を書き写したものを、有料にはなるが貸し出しは可能なので、個人で仕事時間外に勉強することは出来る。
「まずは、今の仕事を覚え、その後、余裕ができたら教本を貸して頂けますか?」
「もちろんです。借りたくなったら言って来てください。貸し出し料は掛かりますが、貸す事はできますから。」
「はい。」
計算の授業も、文字の授業に先行して、先々週終わっていたので、これからシミンは生産管理の仕事に本格的に着手することになる。
管理は生産量だけでなく、品質も関連してくるので、いろいろと覚えてもらうにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
気を抜くと、少し焦げた感じの砂糖が出来上がっていたり、ジュースの味が変わっていたりするので注意が必要だった。
石鹸の材料については、めりるどんが、出汁の粉についてはみぃ君が、酒に関してはももちゃんが、都度シミンに仕込んでいく。
ごんさんは水車小屋担当なので、ザンダル村ではそこまで指導の仕事はないが、今は、工場立ち上げのためと、水車小屋管理のために、ちょくちょくグリュッグへ出向いてくれている。
ももちゃんがシミンに言葉や計算を教えている間、ごんさんが平行してグリュッグ側の事を着々と進めてくれていたので、大変助かっていたのだが、こと肉に関しては、ごんさんが長期に不在だと、残り3人の食卓が肉不足になるので、数か月単位の不在は避けてもらい、数日間づつ村と町を行ったり来たりしてもらった。
そのおかげもあり、2か月もすると、グリュッグの中に石鹸工場と酒蔵が建った。
実は、水車小屋も含め、同じ川のほとりに建てたのだが、それぞれの工場の敷地は少し離れている。
これも、それぞれの工場の従業員が、別の工場での生産内容を知る必要がないことと、下手に地続きに関連の工場を建ててしまうと、何がきっかけで知識の漏洩が起こるか予測がつかないため、それを避けるための措置として物理的に工場同士が隣り合わせにならない様にした。
但し、指導や管理をしなければならない日本人側が移動に苦慮するのも本末転倒なので、そこは舟ですぐ移動できる様に、同じ川の左岸で、できるだけ理想的な距離内で物件を探したのだ。
後、天然酵母に関しては、ザンダル村からジュースの樽と砂糖を舟で運びこみ、ベッグ村で作ってもらうことにした。
つまり4人の事業の生産拠点は今のところ3つの町や村となった。
「いい具合に生産拠点がバラけたね。」とは、めりるどんの言葉だ。
これで、4人の始めた事業の大量生産化が実現した。




