生産拠点
ザンダル村に戻って来たごんさんをももちゃんとめりるどんの二人が迎えた。
「「おかえり~」」
「ああ、ただいま。」
めりるどんが椅子から立ち上がって、お茶を入れる準備をしながらお手製の蒸しパンを用意してくれる。
「疲れたでしょう?座って座って。話を聞かせて。」
「うんうん、今回は長かったね。ジャイブから少し話は聞いてるけど、実際には何があったの?」とももちゃんが椅子を引いて、ごんさんに座れとジェスチャーしている。
ゆっくりと自分の席についたごんさんは、ポンフィの事を二人に説明した。
「首にしなくて大丈夫なの?」とももちゃんが不思議そうに聞いてきた。
「一度、心底怖がらせておくと、今後は絶対に裏切らなくなるから大丈夫だ。」
「え?怖がらせたの?」とめりるどんも不思議そうに聞いて来た。
「ふふ。教育的指導をな。」とクスクス笑うごんさんだが、実際には何をしたのかは教えてくれなかった。
「で、グリュッガー伯爵の方は問題なかったの?」とめりるどんも蒸しパンを手に取って食べ始めた。
この蒸しパンはおからで作った蒸しパンで、砂糖もかなりの量が入っているが、しっとりさせるためにココナッツオイルが少し入っている。
卵が手に入らない環境なので、卵の代わりに隣村で購入している牛乳が入っているので、コクはちゃんとある。
後、乾燥させたナッツ類を砕いた物が入っているものもある。
酵母が入っているので、ふっくらしっとりの蒸しパンなのだ。
「ポンフィの親戚は兵士の任を解かれたみたいだぞ。」
「水車で小銭を稼ごうとしてかえって馬鹿をみたんだね~。」ももちゃんも蒸しパンに手を伸ばしながらごんさんに感想を漏らした。
「そうだな。まぁ、警備の方は俺たちの管轄じゃないから、伯爵に任せておけばいいよ。」
女性陣二人は頷きながら、「「まぁ、お疲れ様でした~。」」と明るく労をねぎらってくれた。
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水車小屋の方も落ち着いて、グリュッグには酒や石鹸を卸す事もあり、月に2~3度は4人の誰かがジャイブに舟で送ってもらっていたので、その後大きな問題もそんなには起きなかった。
ザンダル村の方では、最初の頃火を扱う部署の従業員は、火力の調節をうまくできなくて失敗が何度かあったが、それも丁寧に説明を繰り返し、火加減を体得するまでめりるどんが何度も付きっ切りで指導する事でなんとか様になってきた。
薪や蘭もどきの花などを集める子供二人は元々大人より低い賃金であることは納得済みだし、みんなの福利厚生である昼食作りのカリンカも最初から少しだけ他の仕事より給与が低い事は本人に告げているので、納得済みであった。この3人は元々雇ってもらえるだけで御の字だったので、他の者より報酬が低くても不平不満もなく力いっぱい働いてくれている。
開拓や農業、出汁関係の従業員もあまり大きな問題なく働いてくれている。
なんらかの臨時の仕事が増える時は、シミンを臨時雇いし、何とか凌いでいた。
臨時の仕事でもシミンにとっては貴重な現金を貰える仕事なので、嫌はなかった。
ポンフィの事件から1年が経った今では、それぞれの業務も卒なく熟しているし、大きな問題はない様にみえるが、4人の仕事がそこまで減っていない事が問題といえば言えるかもしれない。
そんなある日、昼食のために家に戻った4人は昼食食べていたところ、みぃ君がいつもの会話に織り交ぜながら、前から温めていた考えを3人に打ち明けてきた。
最近は、昼も4人揃って家で食事できるくらいには時間が取れている。
「出汁の粉の方は人手はいらん思うんやけど、畑の方は広げたいし、その分酒がぎょうさんできれば、もっと懐が潤う思うねん。」
「そうだね。みぃ君の言う通りだね。お酒も、ジュースを大量に作ってもらえれば、私の作業もそんなに手間じゃないから、量を増やすのは賛成だね。」とももちゃんも賛成の様だ。
「ただね、開拓や農作業の従業員を増やすだけじゃなく、従業員のとりまとめをする人を雇ってみたらどうかとは思うんだよね。そういう時期に来てると思うんだぁ。」とめりるどんがこの前から気にしていた問題点について話し出した。
作業に慣れてきた従業員たちの作業効率も高くなってきたが、何をどれくらい、いつまでに作ってもらいたいかなど、出来たものの質の確認や、従業員の体調の管理や不満があるかないかなど、今、こういうことは4人が気づいた時にやっているが、それだと誰が何を担当するか決まっていない空白の部分が出て来ているのだ。4人の内の誰かが気づけば大丈夫なのだが、毎回気づくとは限らない。
簡単な問題なら都度都度対処すれば良いが、根本的な問題点が潜んでいた場合、やっぱり一人の人間が責任を持って管理する方が問題点を事前に察知しやすい。
めりるどんの主張はこんな感じだった。
「でも、めりるどんは石鹸を作ってくれてるし、私もお酒作ってるし、みぃ君は出汁の粉だし、ごんさんは罠とかでお肉と農業担当だし、それぞれそれなりに仕事を抱えてるから、誰か一人に仕事が偏ると大変だよ?」
「ももちゃんが言ってのるのは、私たちの誰かが監督するってことだよね?私が言いたいのは、こっちの人を一人雇って、全体を見回してもらうってことなのよ。」
「う~~ん、でも、こっちの人文盲率高いよ~。下手したら計算できないし。ってか、この村では読み書きできる人はいないよ~。だから、私がグリュッグで文字を習ったんだしね。」とももちゃんは納得がいっていないみたいだ。
「教えればいいんじゃない?」
「え?どうやって?学校とかないよ?」
女性二人のやり取りにみぃ君が何かを思いついたのか、少し手を挙げて二人の注意を自分の方に向けさせた。
「ルーティンワーク化すればええんやないか?」
「ん?ってことは作業書みたいな感じのもの作って、それに沿ってやってもらうってこと?」と工場での通訳経験がそれなりにあるももちゃんは、みぃ君が言いたいであろう事を少しでもくみ取ろうとした。
「そうやねん。簡単な単語と足し算と引き算だけ教えたって、後は、手順に沿って管理してもらう。掛け算なんかは自分で計算してもらわんでも、九九表みたいなの渡しとけばええねん。」
「そんなに簡単に行くかな?」めりるどんはちょっと懐疑的だ。
「問題が起こったり、起こりそうだったら、俺たち4人の誰かに連絡してもろうたらええねん。全部をその人にやってもらわんでも、異常があるってことだけこちらに知らせてもろうたら十分やねん。」
「おお!そういう考え方があったね。」と、今度はももちゃんよりもめりるどんの方が乗り気だ。
今日の昼食はステーキとサラダとスープという簡単な食事だが、口の中のステーキを飲み込んだところでみぃ君が案を出した。
「一週間の内、何曜日までに何をどれくらい用意する様にって感じで、作る物に合わせて曜日管理してもらうねん。で、ぎりぎりの日程で物の量とかをチェックしても、実際には出来上がり品が足りないってこともあるやろうから、日本で言う土曜に納品なら木曜辺りに一度出来上がってる数をチェックしてもろうて、こちらが決めたラインより生産量が低ければ事前にこちらに知らせてもらうねん。で、なんでその生産が遅くなったかまでは、そいつに調べてもらうねん。」
「「「おお!」」」みぃ君以外の3人が同時に叫んだ。
「それだといいかもね。それを一覧表みたいにして、そこにチェックとか数値を書き込んでもらったら、こっちも管理しやすいよね。」と一足早く昼食を食べ終わっためりるどんが自分の使ったお皿をシンクに置いて、その足で棚から紙を取って来た。チェック表を作る気満々だ。
「そうやねん。で、印刷とかの技術がないから、チェック表を作ったらそれを版画にして、大量に同じ表を作って管理してもらうねん。」
「「「おおおーー!」」」
全員一致でこの方法で行こう!ということになり、残りの3人も急いで昼食を終え、テーブルの上を片付け、雁首揃えて表づくりを始めた。
「で、この表の管理とかだけど、誰にしてもらうの?」と、表を書き終わっためりるどんが一番重要な疑問を声に出した。
「そうだよね。そこが問題よね。今働いてくれている誰かを昇格されるとか?それともグリュッグとかの大きな町で、多少の読み書きできる人を雇ってこの村へ移動してもらうとか?」と、ももちゃんは自分で言いながらも、どちらの案も実現不可能そうだと思っているのがまんまその顔に出ているのを隠せていない。
「都会であるグリュッグから、多少現金収入もらえるからといって、この村に来る人って早々いないと思うな。いたとしても、グリュッグで生活できなくなったとか、訳ありの人が来そうだな。」とももちゃんがぼんやりと考えてた事を、ごんさんがズバっと指摘した。
「ほなら、シミンなんかどうや?」
「「「う~~~ん。」」」みぃ君の提案に難色を示す3人。
「シミンなら人を纏めるの得意そうやったでぇ。」
「でも、みぃ君、彼は仕事が遅かったし、多分だけど火の手の持ち主だと思うよ。」とめりるどん。
火の手とは、どんな植物も枯らしてしまう所謂緑の手とは対極にある人を指しているらしい。
「ちゃうねん。それは、シミンを農作業要員として見てるからや。そうじゃなく、農作業とかはせず、生産管理と在庫管理、従業員を纏める作業のみをしてもらうんや。それだったらあいつの性格はこの仕事に合ってると思うでぇ。」
「そうか!そういう風に考えたら適任かもね。」とめりるどん。
「そろそろ俺たちも首都へ移動してもいいくらい金も溜まって来たから、ザンダル村とグリュッグでの作業を俺たちがいなくても回る様にしないと、とてもじゃないが首都へは行けないぞ。」とそれまで比較的発言せず、聞き役に回っていたごんさんがとうとう首都行きの話を持ち出して来た。
「そうなんだよね~。当初の予定では、私たち首都に行って、少しでも文明的な生活をしようっていうのが目的だったんだよね~。」
「ももちゃんも、男性陣も首都に住むっていう希望は今も変わってないの?」
「うん、私は首都に住みたいとは思ってる。そういうめりるどんは?」
「私も首都の方が、お金があるのなら住みやすいと思うんだよね。」
男性陣2人も首都行きには賛成であることを確認し、そこからは、4人が首都に住むために今の事業をどの様に管理していくか、首都では何をやるかなどの話に切り替わっていった。
「石鹸にしても、お酒にしても、出汁の粉にしても私たちの手がまだ入ってるけど、最終目的は私たちが何もしなくても収入になることがベストなんだよね。」というももちゃんに、残りの3人も頷く。
「う~~ん。それでね、前から少し考えていたんだけど、グリュッグで商品の最終形態を作るのはどう?」
「え?最終形態?何それ?」とめりるどんがももちゃんを見つめる。
「えっとね、ザンダル村で作ってる材料をそれぞれの入れ物に入れて、例えばジュースは樽A、海藻の灰は箱Bみたいに常に一つの材料は、同じ大きさの入れ物に入れて、グリュッグに工場を数件作って、そうねぇ、石鹸工場と酒工場みたいに完成品に合わせて工場を分けるとかしてもいいわねぇ。それで、ジャイブの舟に乗せて運んで来た素材をそれぞれの工場で製品に加工するの。例えば樽Aのジュースに、そうねぇ、天然酵母を樽Bってことにすると、グリュッグの工場では樽Aと樽Bを混ぜて攪拌して寝かせるだけの作業をしてもらうの。まぁ、後は寝かせる期間を管理とかの作業も当然入ってくるけどね。でもって、誰がその作業をしても同じ物が出来る様に、作業書を作るの。つまりね、ザンダル側の従業員はその材料が何かは知っているけど、配合の割合なんかは知らない状態のままで、反対にグリュッグ側の従業員は材料の詳細は分からないけど、こっちが設計した通りの分量と材料を決まった手順で混ぜるだけみたいな。」
「ん?何それ?それって、グリュッグ側の従業員は樽や箱の中身が分からないって前提なの?」とめりるどんが今一理解できないよ~っという表情をももちゃんに向ける。
「うん、だってね、石鹸の灰の箱があるとするでしょ?灰だってことは分かっても、それがわざわざ乾かした海藻の灰だってことは、灰を作ったザンダル側の担当者は分かるけど、グリュッグ側の工員には分からないと思うんだよね。」
「でもね、ももちゃん。それでも灰ってことは分かっちゃうよ?」
「うん、でも、ただの灰で石鹸を作ろうと思っても、海藻の灰程うまくは作れないでしょ?」
「あ、そうか!そういうことかぁ。」
「うん、そういう事!ジュースにしたって、こっちのジュースが何と何のフルーツで作られているか分からないでしょうしね。天然酵母だけ、ベッグ村の誰かに下請けに出したっていいんだしね。生産拠点をバラけさせれば、舟があるんだから運搬は出来るしね。」
「とういうことは、計量とかはグリュッグ側でする様にすれば、ザンダル村側は材料が分かっても配分が分からないってことかぁ。」とごんさんも納得の様子。
「もともといろんな製品の材料を製造してもらってるから、どの材料が何になってるかはザンダル村の人たちは分かってないしね。」とももちゃん。
「後は、ジャイブに中身が何ぞっていうのをグリュッグ側に絶対に漏らさへん様に指示出さへんとやな。」
「それな!」
「まずは、ザンダル村の作業小屋チームのまとめ役が必要だから、シミンが引き受けてくれて、ちゃんと役に立つところまで教育できるかどうかだね。」
「そうだね、めりるどんの言う通りだね。」
「ってか、ももちゃんどこか他人事みたいだけど、文字や計算を教えるのはももちゃんの仕事になると思うよ。」
「ええええーーーーーーー!」
「がんばりたまえ。」また、めりるどんが何の物真似かしらないが作った声音で言い、ももちゃんの肩を叩いた。




