とうもろこし畑でつかまえて その2
ごんさんはゆっくりと20数え、その後、すぐには動かず、近くに転がっている石を数個拾い始めた。
ズボンの両方のポッケとベストのポッケが小石でいっぱいになると、今度はしばらく動かず周囲の音を聞いた。
かなり離れた所で乾いた草が擦れ合う音が聞こえた。
ゆっくりと、できるだけ足音を立てずにそちらへ移動する。
まぁ、できるだけ足音を立てないと言っても、乾燥したとうもろこしの葉など擦れる音などが発生するのは止められない。それでも走って移動することに比べれば、発生する音は小さい。
一方、ポンフィは馬鹿なのか、一か所には留まらず、走りながら盛大に音を立てて移動している様だった。
相手が走っていても、畑の端っこ近くになったら同じ方向への直線移動はできない。
どこかで方向を変えなければならない。
もちろん、30分間とうもろこし畑から出ないというルールを守ればだが、もし守らない場合は、本当に目にものを見せてやるつもりでいる。
ごんさんの頭の中には、今自分が広大なとうもろこし畑のどの辺にいるのかが凡その地図となって浮かんでおり、自分と相手のいる場所が分かっている。
もし、畑の端っこに近くなったとして、ポンフィがどちらへ方向転換するかをいくつかの可能性を考えながらゆっくりと歩いていく。
目算が違ったとしても30分も時間があるのだ。
最終的には、ポンフィの位置が分かるはず。
そう思ってゆっくりと自分の足音は極力抑え、ポンフィが発する音を拾って行く。
開始から10分くらいでポンフィの移動音が止まった。
ずっと走るのは大変なので、一か所に座って休んでいるんだと思ったごんさんは方向を変えずゆっくりと進む。
果たして、少し先で粗い息が聞こえる。
とうもろこしが陰になって直に目で確認は出来ないが、人が座った事でとうもろこしの穂が少し斜めになっている辺りに拾って来た小石を一つ投げ込む。
「ひっ!」多分小石が体のどこかに当たったのか、近くに落ちたかしたので、ポンフィが上げた驚きの声だろう。
試しにもう一つ小石を投げ込んでみる。
今度は、声は上がらずザザザっととうもろこしをかき分け走り出した音が聞こえる。
ごんさんは、先ほどよりも少し速足でポンフィが消えた方向に歩きだす。
相手の発する音を聞き分けるため、極力自分が出す音は抑えようとするが、先ほどよりも速足なので、それなりに音は出てしまっている。
が、しかし、ポンフィはそれどころではなく、とにかくごんさんがいる所から離れようと、周りの音に注意を払わず移動を続ける。
走っていればいずれ疲れてしまい、足を止める時が来る。足を止めないまでもそのあゆみはゆっくりとなる。
移動する先で、少しでもスピードを緩めると、また小石が飛んでくる。
それも狙った様に自分の足元にだ。
ごんさんの姿は見えない。
どっちの方向から小石が飛んで来たのかも分からない。
次はどっちへ逃げればいいのか?
ポンフィには、この広いとうもろこし畑のどこが安全なのかわからなかった。
闇雲に走り回ることしかできない。
「はぁ、はぁ。」自分の吐く粗い呼吸の音が自分の耳に大きく響く。
本来なら、ごんさんの立てている音が耳に入ってくるのだが、今のポンフィは緊張しているのと、自分の呼吸音でごんさんがどの辺にいるのか見当もついていない。
冷静になれば、自分の右斜め前からごんさんがこっちの様子を窺っているのが分かるのだろうが・・・。
また、小石が飛んで来た。
もう方向とか分からないまま、ポンフィはもう一度走り出す。
「はぁ、はぁ。」
息が上がっているので、数歩走るとわき腹が痛く、呼吸音が無駄に大きくなる。
ごんさんはスキンヘッドで、がっしりとした体つきをしている。そして、喧嘩慣れとでもいうのか、ある種の雰囲気を纏っている。
みるからにポンフィでは太刀打ちできなさそうなごんさんに殴り倒されたら、痩せた自分では本当に殺されてしまうかもしれない。
それ程ごんさんの目は怒りを発していた。いや、途中からは怒りすら発しておらず、「今日はいい天気ですね。」と同じ調子で「お前の両目を抉り、両腕を切り落とす。」と言っていた。
見つかったら殴り倒される、確実に。でも実際には、いつもすぐ側にいて、こっちの居場所を知っていて、小石を投げてくる。いつでも捕まえる事はできるとごんさんは態度で示しているのだが、何故かまだ捕まっていない。
どうしてすぐ近くにいるらしいのに、襲ってこないのか、ポンフィにはごんさんの考えは全く理解できなかった。
理解できない物は恐怖の対象になり得る。
この背の高いとうもろこしの間では、何をされてもすぐには他人に見つけてもらうのは難しい。
もしや、ちょうど良い場所に誘導されて、そこで嬲り殺されるでのは?と思い立ったら、もう他の可能性など考えられなくなった。
ポンフィの呼吸は余計に粗くなり、その呼吸も乱れて来た。
「はぁ、はぁ、すーーーっ。はぁ。」
とにかく先に進んで、少しでもごんさんから離れなければ。
それか、畑の端まで移動して、何をされても他人に発見してもらいやすくする方が良いのか。
考えながらも移動することを止めない。
畑の端まで移動しても街道側の端でなければ、人に発見もしてもらえない。ほぼ真四角に整えられているとうもろこし畑、一面は街道に面しているが、他の三面は他の畑に面しており、人通りなどない。
どうしたらいいのか。
わずかな小遣い稼ぎの為に、何故ここまで怖い思いをしなければならないのか?
何で自分はからくりを夜使うなんて考えを持ってしまったのか?
もう、どこを走っているのかわからない。
わき腹がいたくて、まともに呼吸ができない。
畑の端を目指して速足で移動を始めると、すぐ横で音がする。
そっちを見てもごんさんは見えない。
そうすると、反対側で音がする。
移動する時間なんかない程直ぐに音がしているのに、音の発生源は反対側。
どういうことか?
そうこうしていたら、目の前の穂が大きく揺れる。
怖くなったポンフィは後ろを向いて、また走り始めた。
実はごんさんは糸を使って複数のとうもろこしの穂を動かして音を出したり、ポンフィの目の前で穂を揺らしてみたりしているのだが、ポンフィにはそのからくりは分からない。
糸は括りつけているのではなく、長い糸を二つ折りにし、とうもろこしの茎を真ん中にし、二つ折りにしていることで出来ているループに糸を潜らせる事で極力時間を短縮して操作しているのだ。
走り疲れて、わき腹の痛さを堪えるために、少し立ち止まった間に、そんな細工がされているとはポンフィには思いもよらないことだった。
走った先でまた小石が飛んで来た!
時間は後どれくらいだ?
「今、開始から25分、後5分だな。」と自分の考えを読んだ様なごんさんの発言が、自分の背中の方から聞こえてきた。
それも至近距離で。
直ぐに真後ろを振り返るが、ごんさんの姿は見えない。
後、5分!
絶望的になったポンフィはまた走り始める。
今度は走っている最中に小石が飛んで来て、自分の体のあっちこっちに当たって来る。
こちらの居場所を把握されている証拠だ。
こうなったら、一か八かでいいので、畑の端まで移動して、助けを求めるしかない。
そう思って、より走るスピードを上げようとした所、目の前にごんさんが立ちふさがった。
「ぶっぶーーー!」
どういう意味なのかは分からないがごんさんが大きな声で言った。
「時間切れだな。」
畑の端までは行けなかった。
このとうもろこしに囲まれた場所で、自分はなぶり殺しにされるのだろうか?
それとも、さっき言ってた様に目を抉り出されて、両腕を切り落とされるのだろうか。
ポンフィは、とっさに後ろを向いて逃げようとしたが、すかさずごんさんが足を引っかけて来て、地面に押し倒された。逃げられない様にごんさんがポンフィの背中を両ひざで押さえつける。
背中を押さえつけられているごんさんの膝にも痛みを覚えるが、地面に転がる小石などもポンフィの体を地味に痛めつけている。
「鬼に見つかったのに、まだ逃げるっていうのはルール違反だぞ。」
鬼ごっこが何なのか知らないポンフィには、ごんさんの言う事を理解することができなかったが、ゲームエンドであることは理解できた。
「さて、右目からがいいか?それとも左目?」と言いながら、ごんさんが大きなナイフをポンフィの目の前にかざした。
「す・すんません!俺が悪かったです!」と思いっきり叫んでみたポンフィだが、依然ナイフはゆっくりと目に近づけられているので、気が気がじゃない。
「すんませんっ!許してくださいーーー!旦那様ぁぁぁぁ。」
足をバタバタさせてみても、自分の背中に乗ったごんさんはびくともしない。
「じゃあ、右目からな。」と言って、一旦目の近くまで来ていたナイフを振り上げられた。
ポンフィは怖くて両目をつぶった。
そして、怖さから失禁してしまった。
ごんさんのナイフがポンフィの右頬に細い線を描いた。
「おい、俺たちを騙したり、勝手にからくりを使ったら、今度こそ目をくり抜くぞ。言葉だけじゃないからな。」ごんさんはそう言って、ポンフィの背から立ち上がった。
「今度何かしたら、こんな優しい教育だけじゃ済まないからな。早く仕事へ戻れ。」と言われ、ポンフィの頭は忙しく上下に動く。
「これからはなんでも言う事を聞けよ!」と捨て台詞を残し、一足先にごんさんはとうもろこし畑から姿を消した。




