とうもろこし畑でつかまえて
翌日、ごんさんは朝一番に水車小屋まで行き、ドブレを捕まえた。
「例の件、伯爵に確認した。奴の独断で小遣い稼ぎをしてた様だ。」
そういうと、ドブレは暗い顔で俯きながら「そうですか。」と答えた。
特段、ポンフィと仲が良いという訳ではないのだが、これでポンフィは解雇され、新しい従業員が来るのだろうと思ったのだ。
新しい従業員イコール、また最初から仕事を教えないといけないということなので、ドブレ的には朝から暗くなる話題であった。
「今日、これからポンフィを呼び出して、教育を行う。その間、お前には3台のからくりの面倒を見てもらわないといかん。」
ごんさんの説明に、教育を施すという事が含まれているので、ポンフィは解雇ではないかとドブレは少し驚いた。
「はい。大丈夫です。それで・・・ポンフィは首ではないのですか?」
「今は何とも言えん。今日、教育をして、それでもダメなら他の奴を雇う。」
「わかりました。」
「今日はもしかしたらずっとお前一人でからくりを操作してもらう様になるかもしれん。」
「わかりました。ちゃんとやっておきます。」と、答えたドブレに、ごんさんは「うむ。」と頷いて、別の水車小屋にいたポンフィを呼び出した。
「おはようございます。旦那様」
ドブレの呼び方に倣ってポンフィもごんさんたちの事を「旦那様」と呼ぶ。
「おはよう。」
挨拶も終わって、水車を動かすための点検を始めるためにポンフィが背中を見せたところ、「おい、今日はそれより先にしなくちゃいけないことがある。ついて来い。」とごんさんがポンフィを連れ出した。
二人は歩きで水車小屋がある倉庫街から出て、海とは反対側、川を遡る形で移動する。
どこまで行くのかとごんさんの後ろをついて歩いていたポンフィだが、とうとうごんさんが町の北門を潜った所で、「旦那様?」と疑問形で声を掛けた。
「まだもう少し先だ。」ごんさんの声は落ち着いている。
黙ってごんさんの後をついて行くポンフィ。
ごんさんは、町の門から徒歩で15分程移動した所にあるとうもろこし畑の横で立ち止まった。とうもろこしと言っても、もどきではあるが・・・。
いつもは小麦だけをからくりで製粉しているが、とうもろこしでパンを作る店もあるので、とうもろこしの調査か何かでここに来たのかと思ったポンフィを連れて、ごんさんは他人の畑の中をズンズン進み、広大なとうもろこし畑の真ん中で立ち止まった。
自分の方を振り返ったごんさんと対峙する形になったポンフィだが、今から何を言いつけられるのかと指示待ちの状態で、特段ごんさんの行動に疑問も感じていなかった。
「おい、一昨日の夜、からくりを夜中まで回してたな。」
突然、怖い形相で詰め寄ってきたごんさんに、ポンフィは2歩ほどよろける様に後ずさった。
しかし、そこは平地ではなくとうもろこし畑の中である、土は街道などに比べやわらかい。
とっさに後ずさったせいで、均衡を保てず、尻もちをついてしまった。
「ごまかしても無駄だ。」ごんさんの声はいつもより低い。
どうやって言い訳しようかと、素早く頭を動かすポンフィだが、ごんさんの気迫に押されてすぐには言い訳すら出てこない。
それでもどうにかこうにか「伯爵様から頼まれた仕事が時間内に終わらず、残業になりました。」と言い訳をひねり出した。
「ほう。残業な。」とニヤリと笑ったごんさんが、尻もちついたままのポンフィに顔を近づける。
「は、はい。旦那様。」
「伯爵には夜からくりを回すほどの仕事の量がない事は確認済みだしな、お前、定時で終わって一度ドブレに挨拶して帰っただろう。」
ポンフィの肩がぎくっと大きく揺れた。
「残業なら、ドブレに一旦帰った様に見せる必要はないだろう。」
ポンフィの額からどっと汗が出ているのが見える。
「そ・それは・・・・。」と、ポンフィは一生懸命考える。
返事をするには遅い長い間の後、漸く「ドブレ先輩にも残業してもらうのが申し訳なくて帰ったフリをしました。」と言い募ったが、どうみても嘘なのはポンフィの様子からすぐに分かった。
「それが本当なら、その答えが出るまでどうしてあんなに時間がかかったのか?」とポンフィの前にしゃがんでいたごんさんが、急に立ち上がった。
「お前、いい加減にしろよ。どれだけ嘘を吐けばいいんだ。言っとくが、お前の親戚の警備兵も今頃伯爵に絞られてるだろうよ。」
それを聞いてポンフィの肩が再びびくっと揺れた。
「お前が小遣い稼ぎのために無断でからくりを使っていたことはもう調べがついてるんだ。一昨日が初めてでないこともな。」
今度はポンフィは何も言わず下を見つめたまま固まっている。
「主人の許しなく勝手にからくりを使っていけないことは、どんな人でも分かることだろう。それを敢えてやったっていうなら、もう一度教育しないといかんな。」
ごんさんの教育という言葉でポンフィの頭にはクエスチョンマークが浮かんだ。
自分は首になるのではないのか?
小遣い稼ぎがバレたとしても首になるくらいの事だろうと思っていた。
この仕事は体力もそんなに使わないし、店主が側にいて目を光らすわけでもないし、給料に比べ仕事量が少ないので良い仕事場だが、最悪首になってもグリュッグくらい大きな町なら仕事は他にもある。
店主がこの町の住人ではないので、もし、首になっても他の店などに自分の悪評をふりまいたりはしないだろうから、再就職には困らないと踏んで小遣い稼ぎをしていたのだ。
それなのに首にならない?これはどういうことなのか。
それに教育?とうもろこし畑で教育?いったいどんな教育なんだろう?
ポンフィがそんな事を思っていたら、続けてごんさんが、「お前の性根を叩きなおすために、このとうもろこし畑で鬼ごっこをやってやるよ。」
「鬼ごっこ?」ポンフィにはごんさんが日本語のまま言った鬼ごっこが何か分からなかったが、敢えてこの状態で説明を求めることはできなかったので、頷くこともせず、ただただ大人しくしていた。
「そう、ここで俺が20数える間、このとうもろこし畑の中ならどこへ逃げてもいい。ただし、俺がお前を見つけたら思いっきりぶん殴る。」
「え?」
「殴るのは一回じゃないぞ。もしかしたらお前死ぬかもな。」と口の片側だけにやっと持ち上げたごんさんを見てポンフィの顔が引きつった。
ポンフィの体躯はごんさんに比べれば細く背も低い、年もごんさんより上、対するごんさんは筋肉隆々でスキンヘッド、目つきもすごんでいるせいか、とても鋭い。
そして何より、ごんさんから放たれる何か、殺気でもなく、威嚇でもないのに、身の危険を感じる何かが発せられていることから、ポンフィの怯えは止まらなくなっていた。
「いや、お前ごときの為に、俺が人殺しになるのは嫌だから・・・そうだな、両目をナイフで抉って、両腕を切り落とそうか。ふふふふ。」と、ごんさんはベストの内側から大きなナイフを取り出した。
先ほどの「お前死ぬかもな。」発言の時は、ごんさんも凄みを効かせていたのだろう、分かりやすい怖さだったが、両目や両腕を~の時は、覇気もなにもなく、どちらかというとボソっと発言されたのだが、その静かな話し方の方が先ほどよりよっぽど怖いのは何故だろうとポンフィは感じていた。体がブルっと震えるのを抑えることができなかった。
「逃げるのは今から30分間。その間はこの畑からは出てはだめだ。畑から出たら、その場で処分する。畑の中ならどこへ行ってもいいがな。で、30分間俺から逃げ切ったらお前の勝ちだ。その時は説教もしないし、首にもしない。」
30分間、この広い広い畑の中、大人より少し低いくらいにまで育ったとうもろこしの中で走って逃げる。
もしかしたら出来るかもしれない。処分という言葉には慄いたが、たった30分なら逃げ切れるかも。
そう思ったポンフィの目に光が浮かんで来た。
その目を見たごんさんが、「よし、やる気になった様だな。じゃあ、始めるぞ。」と言うと、ポンフィは無言で頷いた。
すかさずごんさんは右腕を持ち上げ両目をふさぎ、「いーーーち、にーーーい・・・。」とゆっくりと大声で数をかぞえはじめた。
ポンフィは慌ててごんさんとは反対の方へ走りだした。




