新たな日常 その1
畑の開拓は、雇った5人に交じってごんさんやみぃ君も進め、あっという間に農地の面積が増えた。
今までの4倍の広さになった。
ジャングルだと意外と太い木がなく、あ、まぁ、細くもないのだが、比較的楽に伐採できたからというのもあるだろう。
「ふぅ。家の畑を開拓する時、家族総出で作業したんだけど、ここまで早いやり方じゃあなかったな。」服の背中部分を汗でぐっしょりと濡らしたまま、渡されたシャベルを立てて、その柄で上半身を支えながらモミノが同じ作業をしていたシミンに話しかけた。
モミノは農作業用に雇った5人の内の一人だ。
シミンも全身ぐっしょりと汗に濡れていたが、同じく配給されたシャベルを持ってモミノの方を見た。
「このシャベルを使うと、かなり早く作業できるな。足でぐいぐいっと土に食い込ませる事が出来るのがいいよな。」
「シャベルの貸し出しとかしないのかな。」
「どうかな?これは旦那様たちがジョビに作り方を指導したらしいからな。貸し出すとしても有料だろうな。」
「いや、もちろん有料なのは当たり前として、ここで使わないときは村の者には貸し出すとかすれば、村の畑もぐ~んと広がって、今よりもいろんな野菜が食べられる様になるんじゃないか?」
シミンとモミノのやり取りを遠くで聞きながら、一緒に開拓作業をしていたごんさんは道具の貸し出しも悪くないな。今晩にでも3人に相談してみようと考えた。
「旦那様!休憩に入っていいですか?」とシミンが大きな声で聞いて来たので、「おう、みんな少し休め。水を飲むのを忘れない様に。」と、素焼きの水入れを顎で示した。
ジャングルでの作業は汗をかくので、こまめな水分補給が必要だ。
最初の頃、村で物々交換した時ももちゃんが喜んでいた素焼きの水入れだが、これが驚くほど水を冷やす。
みんな順番に水入れの水を飲んでいる。
この素焼きの水入れは小さな、それこそ目に見えないくらいの穴が開いており、その穴から中の水が少量にじみ出て水入れの表面に薄っすらと水の膜が出来、その水が気化する時、中の水の熱が吸収して冷たくなるらしい。
キンキンに冷えてる訳ではないが、ジャングルの暑さからすると十分冷たい水なのだ。
説明してくれたももちゃん自身も、本当のところでは原理をあまり理解していないらしく、当時説明してくれたスペイン人の説明をそのまま繰り返しているだけの様だ。
火を扱う作業場には、もう一つ素焼きの水入れがある。
あっちも相当熱いので、体調管理のためにと、わざわざ専用の水入れを置いている。
開拓作業を従業員と一緒に行っていたごんさんとみぃ君もゆっくりと作業小屋まで移動して、水入れの水を飲んだ。
そんな作業を毎日繰り返して、更に畑を広げていった。
植えるサトウキビもどきやバナナもどき、ヤシの木もどき、芋もどきなどは、開拓作業の後半になってごんさんとみぃ君であっちこっちから採って来た。
しかし、一旦、開拓が終了した後も、まだまだ植えるべき植物が必要量集まってなかったので、畑担当全員で移植するためにチーム分けしてジャングルの中を探し回った。
芋だけは、じゃがいもの要領で種芋式を採用している。
「旦那様~~。あっちにヤシの木の群生があったよ~。全部で10本くらいはあったよ。」
「ん?道案内が必要な感じか?」
「そうだなぁ。ほぼ真直ぐ歩いて20分くらいかな。途中、大きな岩がある所をそのまま真直ぐ進む感じ。」
「ああ、欄の花が咲いているところの大岩のことか?」
「そうそう。その大岩のところを、そのままあっちの方向に進んだ感じ。」
「分かった、ラインズ。ちょっと行ってみる。どうしても分からなかった時は、道案内を頼むな。」
「はい。じゃあ、僕は、海の方へ行って来ます。」
「おう、気をつけてな。」
ラインズとアルボンは、群生地が見つかったらみぃ君に知らせて貰うようにして、普段は薪と海藻等を中心に採集してもらっている。
拾って来た海藻を何本もある木の柱に渡されたロープの上に引っ掛けて干すまでが二人の作業だ。
ロープは二重になっており、一枚海藻を挟むと、ロープの上下を入れ替えて次の海藻を挟み、またローブの上下を入れ替えて~と、洗濯ばさみがいらない様、工夫がされている。
石鹸用の欄の花やソープバスケット用の木の実も採集いなければいけないので、普段から中が2つに分かれた背負子を背負って、ジャングルと海の間を行ったり来たりしてもらっている。収穫物が混ざらない様に、背負子の真ん中に壁を一つ取り付けたのだ。
3種類以上の収穫物がある場合は、携帯している袋などを使って工夫してもらっている。
ジャイブは毎朝、村から作業場がある川の河口まで従業員を舟に乗せ、その後は、貝やエビを確保してもらっている。
昼過ぎに一度~二度、フルーツジュースの入った樽や、石鹸の材料等の入った甕や木箱などを河口からみぃ君たちの家の裏近くに作った倉庫へ運んでもらっている。
小川を大き目の舟で遡るのは人力が必要になるのと、川底の高さなども関係してくるので、ジャイブは小川と海がクロスする河口までしか舟で移動しない。
ジュースの入った樽などは、以前メリルどんが作った様な筏をいくつも作り、従業員が作業小屋から河口へ人力で運んでいる。
人力といっても水の浮力を活用しているので、成人男性なら問題なく数回往復できる。
もちろん女性も使えるが、筏にジュースで満タンの樽を乗せるのは、流石に男性の仕事となる。
この様に、作業小屋で用意されたフルーツジュースの入った樽や、石鹸や砂糖を舟で運ぶため、河口と村を何度か行き来たりし、夕方、従業員たちを河口で待ち、村まで移動する仕事がルーティンワークとなっている。
ジャイブには、たまにベッグ村までお使いに行ってもらい、牛乳やヨーグルトなどを購入してもらっている。
牛乳は、4人の食卓を彩るだけでなく、従業員の昼食作りにも活かしてもらっている。
めりるどんがカリンカにクリームシチューの作り方を教えると、かなりの頻度で従業員の昼食にシチューが登場する様になった。
暑いジャングルで熱いシチューはどうかなどと、最初めりるどんは気にしていたが、牛乳の入った滋味豊かなシチューは従業員の大好物となった。
中にはお金を出すので、自分の家族用に牛乳を売って欲しいという者も出て来た。
村人全般に売るとなると、4人の人頭税が職人から商人の額に上がってしまうことや、舟の営業権を登録しなければならなくなるので、従業員のみ、余った牛乳を傷む前に処分するという形で、売る事にした。
これなら、牛乳の売買を目的としているのではなく、仕入れた物を無駄にしないという言い訳が出来るからだ。
だが内実は、従業員が希望すると自分たちが牛乳を買うタイミングに合わせ、余分に牛乳を購入し、販売したりしている。もちろん、交通費等が掛かっているし、購入の手間などもあるので、購入額よりも多少割高な値段にはなっている。
従業員のランチについては、出汁の粉製造の3人にはメリットはないが、小さな子供がいるロミーなどは、自宅に戻って料理できる今の状態がありがたいと言っていたので問題はない様だ。
ただ、牛乳などが欲しい時は、作業小屋の従業員と同じ様に、注文してくる事があった。
もちろん、浜辺組みにも作業小屋組みと同じ様に便宜を図っている。
イリコに関しては安価な値段で村の酒場に卸している。
出汁の粉は高くて村の人たちでは購入が難しいが、イリコだけであれば、安価で手に入れる事ができる。
作業小屋でのランチのお陰もあり、従業員を中心にイリコの愛好者が増えてきているのは嬉しい誤算だった。




