領都 その1
「うわ~。グリュッグも大きな町だったけど、こっちも可成り大きいねぇ。」
ももちゃんは石畳の道をかなりの速足で、周りのレンガ造りの建物を見ながら進んで行く。
「そんなに急がなくてもいいぞ。」
ももちゃんの後からごんさんとモリンタが一緒についてくる。
「そうじゃな。面会の時間までにはまだ余裕がある。それに町の規模としては、ここは少し小さいがなぁ。」
3人とルンバは、ルンバの舟でガクゼン領の領都、ガクジンリンに来ている。
みぃ君とめりるどんはザンダル村でお留守番だ。
本当は舟を買う可能性が高いということで、みぃ君も一緒に来たがったのだが、新しい水車小屋を整備したり、その間の石鹸や猿酒の製造量がぐっと落ちた事で収入が落ちており、できるだけ持ち金は舟購入に回したい事から、今回はみぃ君は留守番してもらうことに落ち着いた。
「やっぱり男って乗り物には興味があるのねぇ。」とももちゃんが言うと、めりるどんがクスっと割った。みぃ君は最後まで一緒に行きたがったが、今回は諦めてもらった
ルンバの他にはチャチャも一緒に来ているが、舟はルンバの舟だけだ。
ガクジンリンの大通りを歩く3人だが、ごんさんの手には飾り彫りがされている木箱があり、モリンタの肩にはギルから預かって来たサンダルがたんまりと入った袋があった。
グリュッグの町はほとんどが木造の建物で、大きな商店や官庁街はレンガ造りの建物や石造りのものもあったが、ここは殆どがレンガ造りの建物だ。
ザンダル村の家々は全戸が木造なので、ガクゼン領ではレンガ造りが主流というわけではなさそうだが、ここガクゼン領の領都ガクジンリンで簡単に手に入る材料がレンガなのだろうとももちゃんは推測しながら町を眺める。
舟での移動では、ジャングルが途切れ、周りに木々がない事が見て取れていたのと、街中の建物を見て、石よりはレンガの方が主流なのかと思っただけだった。
ザンダル村からガクジンリンまでは舟で1日半掛かる。朝早くに村を出ると、翌日の昼過ぎくらいに領都に着く。
なので、移動時に領都付近の地形等が舟から見て取れたのだ。
その点、最初にグリュッグへ行った時は、朝一番に村を出て、夕方遅くに到着するので、町の周りについては暗くて何も見る事が出来なかった。
各商店の規模は、グリュッグに比べると比較的小さく、町の大きさも少し小さい。
モリンタが言うには、領都の端から端まであるいても30分も掛からないとのこと。
町の規模などは、ガクゼン領の領主が子爵で、グリュッガー領の領主が伯爵であるのも関係しているかもしれない。
ごんさんとももちゃんは村からの移動中、モリンタからガクゼン領についてのレクチャーを受けた。
グリュッガー領に比べ、町の規模も小さいが、税収なども恐らくではあるがグリュッガー領よりは少ない。
商業もあまり大規模な物はなく、領地の半分はジャングルに覆われており、横に広いため、領地の端から端までの移動に時間が掛かることなど。だから領主である子爵自らが各村を回る機会は少ないことなどだ。
また、ガクゼン領の寄り親は、グリュッガー領とは反対側にあるモンジュール領の伯爵になることなどを分かりやすく説明してくれた。
グリュッガー伯爵とは直接の関係はなく、別に敵対はしていないが同じグループではないことなど、小さな村の村長であるモリンタには貴族間の繋がりについての知識は乏しく、これについては何も教えてもらえなかった。
税の徴収は、通常、徴税官が各町や村を周り、徴税して行く。税に関する疑問があれば、簡単な物であれば、徴税官が来た時に直接訊ねる事が出来、複雑な質問であれば手紙などで事前に問い合わせをし、徴税官が来た時に回答を得るのだそうだ。
今回、モリンタはももちゃんから頼まれていた会社に係る税制の相談と、ギルに頼まれていた定期航路の開拓の件で領都まで来た。
税についての質問は、徴税官にしなくても、役所や領主に直接聞くことも可能ではある。が、しかし、この場合には質問者がガクゼン領の領都まで移動しなくてはならない。
今回は舟での移動に掛かる費用をごんさんたちが持つという条件で、一緒に来てくれたのだ。
そしてモリンタの肩の袋には、売れる様なら領都でも売って欲しいとギルに託されたサンダルがかなりの量入っている。なのでサンタクロースの様に大きな袋を肩に担いでいる。
ももちゃんたちは今回舟の購入を考えており、今日良い舟があれば購入し、営業権も登録するつもりだ。
ただ、ここのところ収入が抑え気味なので、あまり高額な買い物は厳しいのが実情だ。
ルンバはもちろん、移動手段である舟の操作とごんさんたちが買いたいといっていた舟の目利きをするため頼まれてついて来てくれたのだ。
チャチャはその買った舟を操作するために一緒に来ている。
まぁ、今回必ず舟を購入するとは決まってないが、万が一のためにチャチャにも頼み込んだのだ。
「領主様には、まず儂から説明をさせてもらうが、『かいしゃ』とかいうものについての説明はお前たちからしなさい。」
「はい。」とももちゃんが頷く。
「どうやって説明するかは、もう考えて来たのか?」
モリンタが心配そうに聞くと、ももちゃんが頷首いた。
しばらく大通りを歩き、大きな広場を通り越した先にある館が領主の館だとモリンタが教えてくれた。
領主の館もレンガ造りの建物であった。
2階建ての立派な建物ではあるが、敷地はそれほど広くはなかった。
もちろん門番もいるので、まず、モリンタから約束があることを告げ、3人とも中に入れてもらえた。
玄関前はロータリー状になっているのだが、そこを徒歩で移動する。
玄関に着く頃には執事らしい男が迎えに出てくれていた。
「ザンダル村の村長、モリンタでございます。領主様とお約束がありまかり越しました。一緒におりますのは、村に住むごんとももという者です。」
モリンタが腰を低くして挨拶をした。
「伺っております。どうぞ。」と言って、玄関の戸を大きく広げ、3人の前を歩くのは、黒っぽい服を着た妙に姿勢の良い中年の男性だ。
こめかみの辺りに白髪があるので、年はいっててもおしゃれなナイスガイに見える。
窓はあるが、ガラスを嵌めてないので風が入って来ない様に小さ目にデザインされているためか、少し広い廊下が薄暗く感じる。
白い壁ではなく重厚な感じのエンジ色の地に金色の豪華な花模様が施された壁紙が貼ってあるのも、薄暗さの理由の一つかもしれない。
廊下をほんの少し歩いた手前から3つ目の部屋を執事らしき男がノックする。
「入れ。」中から低い声がした。
執事が扉を開け、自分だけ少し中に入り、「ザンダル村からの方々です。」と言いながら、部屋の前に立ち尽くしている3人の方を手で示した。
中の人物が頷首いたのを見て、執事が3人をソファへと導く。
3人が座ったのを見て、元々向かい側に座っていた比較的若い男が「私がガクゼン領の領主ソンリン・フォン・ガクゼンだ。」と名乗った。
ソンリンは、褐色の髪をし、後ろで少量の髪を括っており、中肉中背の男だ。
穏やかな顔つきなのだが、若さに似合わない貫禄の様なものが感ぜられる。
皆が対面で座っているソファの間にあるコーヒーテーブルには殻付きのクルミが盛られた艶やかな木の器がある。
ガクゼン子爵はゆったりとソファに背を預けているが、右手の中にクルミを2つ握り込んでおり、それをこすり合わせて指の運動でもしているのか、はたまたいら立ちが表に出ているのかは不明だが、休みなく動かしている。見ていて何となく落ち着かない。
「ザンダル村の村長、モリンタでございます。こちらにおります者は男がごん、女がもも。外国人ではありますが、今はザンダル村に住んでいる者たちでございます。」
領主の自己紹介に合わせてモリンタが全員の紹介をした。
「うむ。外国とはどこの国だ。」
「ニホンという国らしいです。」
「聞いたことがない国だな。」
「私も聞いたことはございません。」
「遠い、本当に遠いところ。」と、ごんさんが補足を入れる。
口を開いて良いという許可を得ず話し出したごんさんを幾分するどい目つきで睨んだモリンタだが、領主がクルミを持ってない方の手で大丈夫という感じをジェスチャーをしたのを確認し、もう一度ソファに腰掛けなおした。
「うむ。そうか。」ただ、領主の口からは短い肯定の言葉しか出てこなかった。
「本日、お時間を頂きましたのは、先日手紙にてお知らせした、この者らが始める新しい商いについて、どの様な税制を適用すればよろしいのかご相談したいのと、家の村におりますギルという者が始めた商いを展開するために、定期的な船便をご用意頂けないかというお願いで参りました。」
「うむ。」
ソンリンは億劫そうに、頷いた。
「先日、お手紙にてお役所にお伺いを立てたところ、直に領主様に問い合わせする様にとのことでしたので、こちらへ伺わせて頂いております。」
「うむ。」
「この者たちは、全部で4人、いずれもニホンという国から来た者らですが、新しい商いを始めようとしております。今現在も複数の商いを4人で行っております。」
「今現在の商いはどの様なものがあるのか。」領主は、今度はごんさんの方を向いた。
「この者たちは外国人で言葉がまだ流暢ではございませんが、こちらにいる女の方が比較的言葉が得意ですので、彼女から報告させて頂いてよろしいでしょうか。」
モリンタがすかさずアシストしてくれた。
「うむ。かまわん。」
対面で座っている領主を見ながら、ももちゃんの頭の中では開始のゴングが鳴った。




