モリンタの憂鬱
「それじゃあ、よろしく頼んます。」
そう言って皮を鞣すのが得意なギルが玄関から出て行った。
ギルは村の裏のジャングルの開けたところで農業をやってる男だ。
背中が少し曲がっていて、足もがに股だ。こげ茶の髪にこげ茶の目で、少し瘦せている。
そして、このところ金回りが良い。
前までは細々と麦を作っていただけだが、最近ではサンダルやそれを飾るものを革などで作って儲けている。
今日、わしの家に来たのも、作ったサンダルを別の村等で販売したいから、定期的な船便を設ける事はできないか、定期だと厳しいのなら近隣の村の定期便が数回に一度、この村にも停泊する様に頼めないかという相談で来たのだ。
このギルだが、1年ちょっと前からこの村に住み着いた余所者4名が作ったサンダルが村の女性たちの間で流行ったから、その作り方を4人から教えてもらい作り始めた様だ。
ギルは自分では何もせず、棚から牡丹餅式に作り方を教えてもらい楽な生活をしているが、畑もまだ続けている。
この男は愚直で、やらなければならない事をコツコツとやるのが得意だ。だから、ギルが船便について相談してくるとは思わなかった。
おそらくそれは、最近できた婚約者からお尻を叩かれたのだろう。
見端が悪くて女にモテなかったギルに婚約者が出来たのは、今の羽振りの良さが無縁ではなかろう。
このサンダルを考えた4人組がどこからここへ来たのかは分からない。
ある日突然、村の入り口まで歩いて来て、言葉が通じないのに物々交換をしようとした。
線だけで描いた単純な絵だったが、意思疎通をするのには問題なかったので、彼らが持ってきた商品が魅力的だったこともあり、物々交換を許可した。
最初は食料を交換してきたが、2回目からいろんな色の籠を持ってきた。
村の女たちがキャイキャイと姦しく騒いで交換し、今では年頃の女性や比較的若い奥様連中は、必ず一つは持っている。中には2つ3つと持っている強者もいる。
石鹸や酒など、今ではこの村に必要となった物も彼らが作った。
自分たちが建てた小屋が潰れたから村に住まわせてほしいと頼まれた時は、正直どうしようかと悩んだ。
得体の知れない人物であり、言葉もそんなには通じないのである。
違う文化を持つ者らが、村の者とぶつかる事もあるかもしれん。
ただし、彼らが持ってくる物はとても興味深い物が多い。なので追い返したらその後物々交換ができなくなるかもしれん。そう思い悩んだ。
結局、ルンバと酒場の女将等と話し合って、結局は数年前に亡くなったオルハばあさんの家を貸すことにした。
オルハばあさんの家は村はずれにあり、村のゴミ捨て場の近くだった。
何かあっても村のはずれなら、村への影響は少ないだろうと踏んだのだ。
あそこは匂いがきつくて、オルハばあさんが亡くなった後、誰も住む者がいなかった。
それをどんな魔法を使ったのかはしらんが、ほとんど匂いが気にならない様に、あの4人が改造した様だ。
ゴミ捨て場も平場に放置していたゴミを、大きく深い穴を掘って、その中に捨てる様にして、臭いの問題を解決した様だ。
これには正直とても感謝した。
風の強い日はオルハばあさんの家でなくても、村中にゴミの臭いが漂う事があったのだが、最近は前に比べるとほとんど悪臭がしない。
そして何より、あの4人の家はトイレの嫌な臭いがしないのだ。
わしらはオマルを使って用を足し、中身は毎日畑に撒く。
しかし、オマルはずっと中身が入っており、寝室で保管し、畑に行く時のみ家から出しているのだ。蓋つきであっても当然匂いは多少する。
それがあの4人の家では全くしないのだ。
ノコノコらが言うには、トイレを屋外に作ったとのこと。それが原因だろう。
4人が作ったトイレは、とっても快適だと言っていたので、ノコノコたちも使わせてもらっているのだろう。
これもノコノコから聞いたが、シャワーなるものも作ったらしく、毎日水で体を洗っているらしい。
部屋に入って紐を引っ張るだけで、頭の上からちょろちょろと水が降ってくるらしい。
最近4人は村の者を雇って商売をしている。
浜辺で魚の加工をしている様だ。
聞くところによると、給料はお金で払っているらしい。
物々交換が基本のこの村で現金で払ってもらうというのは珍しい。
ただ、昔はお金を貰っても、村中に金を使えるところなどなかったのだ。
それが、ルンバたちがあの4人に協力して、しょっちゅうグリュッグへ行っているので、村人が必要とする細々した物も手に入りやすくなった。
だからお金も使う機会が増えてきている。
ありがたいことだ。
今度はもっと村人を雇いたいと言って来た。
税金についていろいろ相談されたが、正直あんまり理解できなかった。
領都へ行って、税制を確認しなければならないが、まだもう少し放置してても大丈夫だろう。
最近、漸く男性2人が村に戻って来たので、少し安心だ。
やはり女性二人だけで住むとなると、いろいろと気を遣う。
男性陣がいないと酒を造る量が劇的に減るしな。
あと、ごんとかいう奴がいないと、肉も売ってもらえんしな。
モリンタは4人とギルの事を頭に浮かべた。
はてさて、あの4人はこれから何人くらい雇うつもりだろうか。
たくさん雇ってもらえたら、各家の次男・三男など、家督を継げない家の子供たちにもちゃんと仕事が行き渡る。
ありがたいことだ。
さて、船便はどこに相談しようか・・・・とモリンタはちょっと憂鬱になった。




