報告 その1
ごんさんもみぃ君も朝、眠けを感じつつもベッドから起き上がった。
羊毛のベッドはとても快適な睡眠を提供してくれたが、そのせいで実はまだめちゃくちゃ眠たい。これまでの疲労から解放されたいと体が悲鳴を上げているかのようだ。
しかし、ごんさんが罠を仕掛けないと新鮮な肉が手に入らないし、みぃ君は出汁の粉が気になって、多少体が悲鳴を上げていてもなんとか気力で起き上がって来た。
ごんさんは朝食を掻っ込んで直ぐに作業小屋へ向かった。
みぃ君は家に残って、めりるどんからの報告を受ける事にした。
二人が居間のテーブルについて話し始めたのを横目に、ももちゃんは酒造りの作業に入った。
「出汁の粉の話の前に、昨日忘れてたけど、これ。」と言って、みぃ君は綺麗なリボンを5本テーブルの上に置いた。
「ああ!よく覚えてくれてたね。ありがとう。いくらだった。」
めりるどんとももちゃんが考えていたソープバスケット用のリボンだった。
こっちの世界にもちゃんとリボンがあったんだと、失くさない様にすぐに棚にある箱の中に仕舞った。
値段は1本5千円くらいだった。というのも色によって若干値段が違うのだ。サテンの単色のリボンで、赤、青、黄色、白と水色だった。
共通の資金箱からリボン代を取り出し、箱の中の紙に何にいくら使ったかを書いて箱は棚に戻した。
出汁の粉の方が気になるのかみぃ君はリボンを何に使うのか聞いてこなかった。
その様子を見て、めりるどんは早速出汁の粉の報告を始めた。
「結論から言うとね、煮干しだけが黴て、何日干しても結果は変わらなかったのね。でね、ちょっと付いて来て欲しいんだけどいいかな。」と二人は裏庭に回った。
村の家は、村の端の家でない限り、両脇に隣家が建っているのが普通で、裏庭へ行く場合は家の中を通るか、隣の家との間にある細長いスペースから裏庭に回るしかないのだが、4人の家は村の端だし、ちょっと先に村のゴミ捨て場があるのでジャングル側のスペースは広々としている。
それを利用して、トイレや酒樽等を入れている倉庫などをジャングル側に広く土地を取って作っているのだが、めりるどんがみぃ君に見せたいものも、本来の裏庭とされるスペースからは少し外れたところにあった。
「ジャジャーン!」
めりるどんが両手を広げて誇らしげに見せたのは、ももちゃんと一緒に奮闘し移築した小さな石窯であった。
「おおお!石窯やんけ。どないしたん?」
「半分壊れた古い石窯が酒場にあるってももちゃんがモリンタから聞き出してくれて、購入したの。移築したのは、ももちゃんと私でやったのよ。」とめりるどんが説明している間も、みぃ君はペタペタと石窯を触って確認している。
掃除されているので綺麗にしてあるのだが、古い石窯というよりは現役の石窯の様に見えた。
「これ、もう、使ったん?」
「うん。イリコだけ実験的にこの窯で水分飛ばしてみた。」
「おおおお!で、どうだった?」
「短時間窯に入れるだけで、ちゃんと乾燥できて黴は生えて来なかったよ~。」
「そうか!」みぃ君は嬉しそうに両手の拳を握り、ガッツポーズをした。
「イリコの分量と、石窯に入れている時間についての考察は、後で表を渡すね。あ、ただね、最初この扉は付いてなくて、昨日漸く取り付けたんだよね。だから、イリコは扉なしで試したんだよね。」と、石窯の両開きの扉を指さしながら説明する。
「うぉ!すごいな。留守にしてた間に、いろいろ工夫してもろうて、おおきに。ほんまに助かった。なんならイリコは扉開けたまま作業したってええんやしね。まぁ、ここまでやってももうてたら、後はちょっとした調整だけで済みそうや。おおきに。」とみぃ君は軽く頭を下げた。
「いやいや、本当はね、みぃ君がいない間に勝手に色々して申し訳ないって思ってたんだよね。」
「ええ?」
「あははは。だって、みぃ君がどれくらい出汁の粉作るのに努力してるか知ってるしね。勝手にいろいろしちゃいけないかなっと思ったんだけど、あれ程努力して進めてたの見てたから不在中にできるだけ進めておくのがいいのかなとか、かなり悩んだんだよぉ。何かするより先に相談できれば良かったんだけど、こっちじゃ電話もスマホもないからねぇ。連絡が取れなくて・・・。だから、勝手にお金まで使って石窯を買って申し訳ないって気にしてたのよ~。」
「いやいや。おらん間にちゃんと進めてもろうて、感謝しかおまへんでぇ。」
「なら、良かった~。」
本当に気に病んでたらしく、みぃ君から感謝の言葉をもらってめりるどんの顔が一気に明るくなった。
そっから先は、乾燥に関するデータや、どれくらい生産できたかのデータについて、居間に戻って確認を始めた。
「順調やな~。良かったわぁ。難儀なデータ取りをしてもろて、ほんま、おおきに。」
みぃ君の留守の間にやった事を粗方伝え終って、二人はその日の作業に移る事にした。
みぃ君は家を出る時、ももちゃんに「わいは浜辺の作業場へ行って、その足でジャングルの方へ行ってくる。留守中にロミーたちが何ぞ言ってきたらいつもの様に頼んますわぁ。」と家を出る前に一声掛けた。
「はーーい。」
ベッドの羊毛を外で干し、酒の樽を洗っていたももちゃんは、樽の掃除をしながら答えた。
浜辺では、従業員3名がみぃ君が姿を現したのを見て、作業中の物を置いて、みぃ君を囲んだ。
「みんな、元気?問題はなかった?」
「「「大丈夫でしたよ。おかえりなさい。」」」
「留守にして、ごめん。今日からまたよろしく。」
そんなやり取りをしながら、留守中の様子を3人から聞き取りをした。
大きな問題もなくほぼいつも通りだったが、窯が出来たのでその作業が新しく増えたとロミーから報告があった。
後、浜辺の作業小屋もできており、彼女たちが日差しを気にせず作業できる環境が整ってほっとした。
めりるどんはみぃ君への報告を済ますと、ももちゃんと考えて作ったフルーツを運ぶ筏を持って、作業小屋へと一足先に移動していた。
作業小屋の裏手にある畑では、罠の確認の済んだごんさんが、雑草や畑に迫りくるジャングルの伐採などに精を出していた。
「ごんさぁぁん。私、竈のところで石鹸を作ってるね~。」
「おおー!分かった。」と、めりるどんはお互いの作業やいる場所の確認の後、今やルーティンワークと化した石鹸づくりを始めた。
畑は作業小屋の裏にあり、竈は小屋の前にある川のすぐ横に作っているので、作業中はお互いの姿が見えないのだ。
だから、小屋に着いた事を簡単に伝えたのだ。
昼前にはみぃ君も作業小屋エリアに来て、薪やフルーツの収集を始めた。
薪などを小屋の前に集めていたみぃ君が、竈前のめりるどんに背を向けて作業していたところ、めりるどんが後ろに立ち、「みぃ君。あれ、あの筏でねフルーツとかを運んでたんだ。背負子にも入れ、筏にも乗せて運ぶと、結構な量をいっぺんに運べるよ。」と川岸にころがしている筏を指さした。
くるっと振り返ってめりるどんが指さすミニ筏2つ並べてあるところまで移動した。
「おおお!ごっつうええなぁ。よぉ思いつたな。」と思わず感想が漏れるみぃ君。
実際にかなりの量のフルーツを乗せて川へ浮かべても、浮力でフルーツの重さをあまり感じずに引っ張れる。
「でかした!ええ思い付きやぁ。」とひとしきり感心していた。
スコール前に一度浜辺まで移動するのがみぃ君の日課なので、その時、筏を一つ使って運んでもらうつもりだ。
「ほんで、これ、2つしかあらへんの?」
「うん、私とももちゃんしかいなかったからねぇ。」
「ほな、今日は浜辺に行った後、もう二つ筏作っとくわぁ。」
「おお!それ、めっちゃ助かる~。よろしく!」
このミニ筏はその後ごんさんにも褒められた。
昨日の夜は帰宅の予定を知らなかったので、料理が簡素なものになった。
今夜は豪勢な食事にしようと夕方からももちゃんが奮闘していた。
料理は、この4人の中で一番苦手なのがももちゃんなのだが、村での作業を担当しているため、夕食作りは必然的にももちゃんの両肩に乗かっている。
まぁ、下手といっても食べれない様なものは作らないのだが、いかんせん、残りの3人の料理の腕前が良いので、結果としてももちゃん飯はちょっと残念な感じだ。
「♪ふんふんふんふ~~ん♪」
ももちゃんが鼻歌を歌いながら、裏庭の横にある石窯でパンを焼いてる。
ようやく昨日竈の扉が届いたのだ。
最初のパンを焼く時、4人揃ってて良かったと思いながらパンを作っている。
ただ、卵も牛乳もないので、小麦粉、天然酵母と塩、砂糖、オイルだけで作ったパンだ。
それでも石窯からおいしそうな匂いがしてくる。
今日は、エビの身を使ってフライを作りサラダを添えた。スープは干し肉とみぃ君ブランドの出汁の粉入りだ。それにルンバから買った海魚の塩焼きにフライドポテトを付け合わせにした。
昨日の干し肉入りの具沢山スープもそうだが、今は生肉がないので、メニューが偏ったが、今日のメインはももちゃん的には焼き立てのパンなのだ。
今まではここの人たちと同じく、タコスに使うトルティージャの様なパンで食事をしていたが、これからは天然酵母と石窯があるのでパンもいろいろ作れるのだ。
ももちゃんは商業高校卒業だったので、18歳からお勤めしていたのだが、その頃の同僚、といってもおじさんだが、どうにも苦手な人が会社にいて、結構ストレスを貯めていた時期があった。
そんなストレスを解消するために、会社帰り、2ブロック先のビルでパン教室に通っていた時期があり、その教室では機械を使わずにパン生地を手で捏ねていたのだ。
材料を混ぜて発酵させたりした途中から調理台にパン生地を叩きつけるのだが、ももちゃんはその会社のおじさんの顔を思い浮かべ、スナップを効かせてバシバシと叩きつけていた。
スナップを効かせたのが良かったのか、力任せに叩きつけたのが良かったのか、いつも先生にパン生地作りを褒められていた。
そのパン教室にはおじいさんと言っていいような年齢の男性も通っており、彼は店を始めたいのか真剣に教室に通って、先生が教えてくれたことはほぼ全てノートに書きつけていた。
先生に褒められるももちゃんに、そのおじいさんがどうやればそんなに上手にパン生地を作れるのかと真剣に聞かれたが、「会社の嫌な奴の顔を浮かべて調理台に叩きつけてる。」などと答えられず、答えに困った事は今でも覚えている。
そんなももちゃんが作ったパンである。まずいはずはない。
料理はあまり得意ではないが、パンは得意なのだ。でも、ケーキは何回作っても綺麗なスポンジが出来たことはない。どこかちょっと料理では残念なももちゃんであった。




