水車小屋奪還作戦 その7
ももちゃんがまず話始めた。内容については既にみぃ君とアンジャと一緒に話し合って固めてある。
「まだ、言葉を不自由なく話せるレベルではありません。失礼があったら申し訳ございません。私たちが始めたからくりの事業について、まずは説明します。」
領主はうんともすんとも言わず、ただ聞いていた。
「からくりの事業は、大きく利益を生むという事業ではありません。ただ、大きな可能性を秘めています。」ももちゃんの説明に合わせ、みぃ君は水車で挽いた真っ白な小麦粉を領主の横にあったコーヒーテーブルに置いた。
「こちらが、からくりで挽いた小麦粉です。見て分かる通り真っ白です。味に雑味がありません。こちらはサンプルです。よろしかったらこちらの料理人に使って頂いて、どの様な味なのか確かめて下さい。パンとして食べるには味が薄いと感じると思いますが、肉などを挟んで食べると、小麦と肉だけの純粋な味が楽しめます。」
こちらの世界のパンはメキシコのトルティージャの様なパンなので、白い小麦粉で作るより、少しふすまが入っている方が滋味ある味になるし、とうもろこしで作った物も美味しい。
真っ白な小麦粉で作られたトルティージャはパンそのものとして食べるより、サンドイッチなどの様に間に何か挟む方が、具の味を邪魔しないパンになるので、その方が良いと思ったももちゃんのアイデアだ。
「美味しい食事は人生を豊かにします。それを手間なく用意できるからくりは、非常に役に立つ物です。そして、私たちはこのからくりだけでなく、『石鹸』と言うものを作ってます。」
みぃ君が石鹸をコーヒーテーブルの小麦粉の横に置いた。
「おお!これはこの前、お前が持って来た『石鹸』という物だな。ここでも使っておるぞ。」と領主がアンジャの方を見た。
アンジャも領主を見て、頷いた。
「『石鹸』は、一部の病気の原因を洗い流す力があります。全ての病気に効くわけではありません。でも、一部の病気に罹らない様にすることはできます。」
「そして、これは今試験的に作ってるスープの素です。」
またまたみぃ君が出汁の粉を少しだけ紙に包んだ物を石鹸の横に置いた。
「これは、スープを作る時に少量入れるだけで、複雑で美味しい味を作り出せます。少量しかありませんが、味見が出来る量を用意しました。」
「それで?」領主は、コーヒーテーブルの方を見ようともしない。
「まずは、私たちが何を作れるのかについて話しました。これらの商品をグリュッグの町で、アンジャさんを通して売り出す事が可能です。おそらくですが、これを売り出せば、グリュッガー領が流行の発信地となることが出来ると思います。」
「ほう、流行とな?」
「はい、流行です。流行を生み出す力を近隣の貴族たちに示す事ができれば、文化のレベルが高い領として認識される可能性があります。」
「それで?それが何の意味がある。」
領主のそっけない言い方に、ももちゃんはふっと笑った。不敬にあたるかもしれないが、ここで笑うことは芝居がかって見えるかもしれないが、プレゼンとしては意味があると思ったからだ。
「おかしいですね。貴族間では、他の貴族に尊敬されることは大きなアドバンテージになるはず。アンジャさんから聞いた領主様の印象では、領の文化レベルの高さが何を齎すか理解されている様に思えましたが・・・いかがですか。」
「一度や二度の流行発信では、一過性の物として一時期だけもてはやされる事になるだけだと思うが?」
「そうでしょうか?」
ももちゃんは恐ろしげもなく、領主の目を見て言った。
今までもラテン諸国に限るが、様々な国の大統領や高官などの通訳をした事があるので、要人に対するプロトコールを心得ているももちゃんは、普段ならでしゃばることを良しとはしないが、本当に話を聞いて欲しい時は目を見て話す事が一番効果的であることを経験で知っているのだ。
「『石鹸』も白い小麦粉も日常的に消費するものです。一度使い始めたり、食べ始めたりすると、次も欲しくなります。これらの商品を他領へ流すか流さないかを決める事が出来るのは、力と言えるのではないでしょうか?」
「ほほう。」領主の目が面白いものを見たという感じで、ももちゃんを見つめた。
「私たちは『石鹸』も白い小麦粉も、一定期間、グリュッグのみで販売しても良いと思っています。私たちは将来、王都に住むつもりです。その時はこれらの商品を王都でも売るつもりです。でも、それまではグリュッグでのみと思っています。」
「それでお前たちは、何時王都へ行くつもりだ?」
「まだ、具体的な計画は立っていません。でも、それに向けてお金などを貯めている段階です。」
ももちゃんは更に続けた。
「ここまでは、私たちに何が出来るのかの説明です。もし、お話しが決裂したら、これらの商品は他の領地で売ります。グリュッグでは売りません。では、ここからは、からくりについての提案です。」
顎で続けろと領主が示した。
「今現在接収されているからくりはこのまま差し上げます。その代わり、隣接する敷地に小屋を2つ用意して下さい。そこに新たなからくりを2つ建てて下さい。こちらの新しいからくりとその土地、建物は私たちの物です。こうすれば、領主様はご自分たちに必要な白い小麦をご自身で手に入れられます。また、私たちもこれまでのお客様に対して、からくりの商売を続けられます。」
「それでは、一方的にお前たちの方が損をするのでは?」
「それがそうとも言えません。まず、今のからくりの隣の土地をからくり2台分、小屋も含めてご用意ください。私たちの土地を差し上げますので、その土地を私たちに下さい。そして、今私たちが雇っている店員ともう一人新たに雇う店員に、これら3つのからくりを同時に運転してもらいます。ただ、その給料は全て領主様に払ってもらいます。今の給料よりも少し高い金額をお支払い下さい。今の給料はからくり1台で働く場合の金額ですから。3台になるので少し値段を上げて下さい。」
実は、ももちゃんは最初、今の水車小屋を無料で領主に差し出すことに納得がいかなかったので、その案を出したみぃ君にどうしてなのかと尋ねた。
みぃ君曰く、事業で一番高額な経費は人件費だ。その人件費を全部領主が持ってくれるなら、あたらしい水車小屋での事業も大きな黒字を生み出す。
土地や建物、水車自体も、1軒分を渡せば2軒分を貰える。
もちろん、水車等を作らなければならないので、手間は係る。手間は係るが、一度作った物なので、おそらく簡単に2台目、3台目を作ることはできる。
資材も何がどれほどいるのか分かっているので、調達しやすい。
水車小屋を一つ進呈することで、却って自分たちはその水車小屋のメンテという武器を持つことになる。
壊れた時、直すすべもない領主たちに比べ、こちらは知識と技術に裏打ちされた強みがある。
つまり、領主は4人を無碍に扱うことができなくなる。
ましてや、これからグリュッグの町へ戻ったら、領主は水車が壊れている事実に対面せざるを得ず、メンテナンスの重要性に否が応でも気づかされるのだ。
そう説明され、ももちゃんはようやく納得したのだ。
また、今回、酒も交渉の材料にするかどうか、ごんさんも含め何回も話し合ったが、ザンダル村の中でさえ、需要を満たせていないのが実情だ。グリュッグに卸すとなると村に酒を卸すことができなくなる。
そんな事になれば村にいることが難しくなるので、今回は酒については触れないということで3人の意見が一致した。
「設備と土地はただでやるから、新しいからくりの土地・建物と人件費を出せというのだな。」と領主がももちゃんに念を押した。
「そうです。ただ、店員2人では、からくりの調子が悪くなったり、壊れたりした時に直せません。それは月に一度私たちが直します。」
「からくりの調子を整えると言うことだな。」
「はい。こちらがからくりの調整をする人手を提供します。領主様からも人手、つまり2人の店員の労働力を提供して頂きます。」
「そちらは1人分。こちらは2人分だが?」
「こちらは技術と知識を提供しているのです。こちらが損をしているくらいです。」
ももちゃんはそう言い切った。
領主は面白そうに顔を綻ばせた。
少しの間が空いたが、それが先を促していると取ったももちゃんは更に続けた。
「もう一つお願いがあります。」
「更に願いがあると?」
「はい。領主様のからくりで、好きなだけ小麦粉を作ってくれて良いです。ただ、値段はこちらの設定した値段と同じにして下さい。」
「ほう、値段を決める権利をお前たちが持つということだな。」
「そうです。とても安い値段で売られると、私たちの商売が成り立ちません。」
ももちゃんがここまで長々と話した事を領主は吟味しているかの様に黙って考え込んでいた。
「わしが、からくりを直に見てみんことには、何とも言えんなぁ。」
にやりと笑った顔をももちゃんに向けながら、意地悪そうに言った。
「私たちはグリュッグに戻ったら数日で村へ帰ります。グリュッグにいる間に見て、決めて下さい。そうでなければ話が流れたと理解し、他の領地で商売をします。」
「おいっ!」とみぃ君がそこで慌ててももちゃんの肩を掴んだ。
みぃ君からしてみたら、平民が領主の行動に期限を切るなんて、とてつもない不敬に当たると思ったので、ももちゃんを守るためにも止めなければならないと思ったのだ。
「よいよい。言いたい事は分かった。わしもそろそろ町に帰って、自分の仕事をせねばならんところだったので、お前たちと一緒にグリュッグへ戻ろう。」と領主が今までの態度をコロっと変えた。
「ただ、今日移動するという訳にはいかん。出発は明日だな。」
アンジャはできたら今日出発したかったのだが、領主からの要請であれば、それを飲まないという選択肢はない。
結局一行はその夜、領主の別荘に泊めてもらい、伯爵の要望に応えてももちゃんとみぃ君が出汁の粉入りスープと、白い小麦で作った肉とチーズを挟んだタコスを作って領主に試食してもらった。
領主は、特にスープがいたく気に入った様で、お替りまでしていた。
みぃ君はその後、ももちゃんからももちゃんが言う「ドイツ形式」の意味を教わった。
まぁ、この「ドイツ式」という言葉はももちゃんが勝手に命名したそうなので、みぃ君が知らなくて当然なのだが・・・。
つまり、本当にレリーフを掘ったり、段差を付けたりせず、壁の平面に陰影をつけた立体的な絵で遠くから見たら如何にもそこにレリーフや彫刻、段差がある様に見せかける手法のことらしい。
ドイツの古い教会や大聖堂などは、内部は薄暗い。そういう絵であっても、遠くや下から見ると、本当にそんな彫刻や段差がある様に見えるのだ。
絵画的な意味ではすごい技術だが、建築的はどうなのかなぁ~って感じだそうだ。
翌朝は晴れた良い天気だった。
日の出前の暗い時間から、領主とその兵たちと一緒に移動することとなった。




