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チートのない中年たちのサバイバル日記 旧題)中年たちのサバイバル騒動  作者: 〇新聞縮小隊
第2章 少しだけ広がった世界
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水車小屋奪還作戦 その5

 結局、みぃ君は細工した翌日、アンジャの店の馬車に乗って早朝から移動するため、ドブレに様子を聞きに行くことは出来なかったが、グリュッグ領主の療養地から戻って来たら細かいことまで全部聞いて村へ帰ろうと思っていた。


 後もう一つ気になることは、まだグリュッグの町のパン屋たちだが、みぃ君たちはまだ挨拶へ行ってない。

 領主のアルフォン・フォン・グリュッガー伯爵にお目通りをして、何等かの答えが出なければ、パン屋たちに会っても、何を言っていいのか分からないからだ。

 療養地へ行く前に、伯爵へ会いに行くつもりであることをパン屋たちへ告げ様かどうしようか最後まで悩んだが、こういう事はどこから話が漏れて、邪魔が入るか分からないので、敢えて何も言わずに車上の人となった。


 アンジャの用意した馬車は、荷物を運ぶ為の物で、シンデレラが乗る様なコーチタイプの馬車ではなく、ただのリヤカーに組み立て式の天井が着いた様な馬車だった。

 日中は天井枠にだけ布を張り、夜や雨が降る日は、今は巻き上げられている側面の布を降ろすタイプだった。


 アンジャ曰く、豪勢な馬車は襲ってくれと言っている様なもので、馬車の中身がはっきり外から伺え、実際に大したものを乗せていなければ、盗賊も襲ってこないとのこと。


 一行は、アンジャ、みぃ君、ももちゃん、御者のおじいさん、護衛の3名で構成されていた。

 護衛は2名が男性で、1名が女性であるため、同性が一緒だとももちゃんがえらく喜んだ。


 朝陽が登るかどうかの薄暗い時間に全員が馬車に乗り、グリュッグの町を出た。

 日中は全員が馬車に乗って移動するが、夜は馬車で寝れるのはアンジャとみぃ君とももちゃんだけだ。


 御者と護衛は、女性も含めた焚火をし、その近くで寝るそうだ。

 寝ずの番などもあるので、その方が便利だし、大人3人が横になったら、馬車の荷台はいっぱいいっぱいだからだ。


 移動し始めてすぐに、みぃ君がアンジャに話しかけた。

 「今回は、こんなに助けてもらって、ありがとう。」

 「いえいえ、家の商売にも関わることですから、家としてもこの件は放置できません。」

 「そうですか・・・。でも、やっぱりありがとう。」


 「みぃさん。何で私たちがあなたたちに手を貸すかわかりますか?」

 「石鹸の販売のため?」

 「もちろん、それもあります。ですが、石鹸だけではなく、粉挽のからくりまでお作りになったのなら、あなたたちからはいろんな新しい商品が飛び出して来そうで、とても期待しているからです。」

 つまり、アンジャは他にも面白い商品があれば、家に卸してくれっと暗に催促しているのだ。

 「何か新しい物が出来たら、相談します。」

 みぃ君の返事に満足したのか、アンジャはぷっくりと丸い頭を満足そうに上下に振った。


 馬車はグリュッグの町を出てからずっと平原の中を通っている。

 草原の中を走る道は、土を踏み固められた道で、雨が降った直後に通ったらしい馬車の轍の跡がデコボコを作っている。

 前にみぃ君が調べてくれた通り、グリュッグの町の近くには森やジャングルなどなく、街道からかなり離れた所にまばらに木が生えているだけだった。

 移動中の景色は単調だった。


 護衛は馬車の前方に1人、後方に一人座って辺りを見回しているが、最後の一人は馬車の真ん中あたりに座って寝ていた。

 アンジャは、護衛の一人が寝ていても何も言わないので、みぃ君たちもそれについては何も言わなかった。


 移動を開始して、約1時間すると、みぃ君がガサゴソと座っている体勢を忙しなく変えていた。

 「よぉさぁ。馬車に乗るとお尻が割れるくらい痛いってラノベなんかに書いてあるやん。実際に乗ってみると、あれは誇張やないことを実感できるなぁ。」と、みぃ君がお尻の痛みに耐えながらなんとか笑顔を浮かべつつももちゃんに話しかけた。

 最後の方は、馬車が道にあった石に当たってガタンと揺れたため、舌を噛んだ様だった。


 くすくすと笑ったももちゃんは、大きく頷いた。

 「これは、スライムや綿をいっぱい使ってクッションを作るかないねぇ。」とももちゃんは以前読んだラノベを思い出しながらスカートの襞を上手に重ね合わせて、少しでもお尻の被害を軽減しようと画策していた。

 「あ、その作品。わても読んだことあるでぇ。」とみぃ君もその作品を知っていた様だ。


 一行はその夜、大き目の村に着いた。

 村であるにも関わらず、この領の要衝の一つであることから、小さいながらも宿屋があった。

 もちろんこの宿での宿泊料はみぃ君たちが持った。

 夕食は宿で、その日の定食、つまり簡素なスープとパン、わずかばかりの肉が振舞われた。


 移動2日目は、野宿が決定しているので、朝出発する時からももちゃんがワクワクしている様だった。

 「寝ずの番とか、すごいよね~。」とご機嫌だ。

 自分は見張りなどしなくて良いので、完全に野次馬のノリだ。


 草原の中を大きくクネッた道を馬車はゆっくり移動していた。

 少し前方へ丘の様な物があり、御者が後ろを振り返った。

 「あそこの丘は、よく盗賊が出るポイントです。」と注意を促して来た。


 護衛たちは外から見える様に武器を持ち、アンジャさんは金目の物は外から見えない様に隠した。

 もちろん馬車の真ん中に座っていた護衛も起きて、自分の武器を持った。

 ももちゃんたちも持って来た荷物は最低限なのでとても小さく、足元に置けば外からは見えない大きさだった。


 小高い丘を何事もなくぐるっと回る様にして通り過ぎ、そのまま先へ進んで行った。

 御者と護衛たちは心の中でほっと息を吐いた。

 この丘のあたりは本当によく盗賊が出るので有名なのだ。


 そんなことを知らないももちゃんたちは、今日も移動中は上下左右に大きく揺れる馬車のせいでお尻が痛いなどと会話しつつも、初めての馬車の旅にはしゃいでおり、現地人たちは呆れと共に寛容な眼差しを向けていた。


 その夜は予定通り野営となったが、街道沿いの比較的平らな場所に馬車を止め、以前に誰かが焚火をしたであろう黒く焼けた土の所で、同じ様に焚火をした。

 護衛は3人で見張りの順番を決めた様だった。


 護衛は、ごんさんたちが水車の試運転で使用した時間の長さが分かる線香を持ってきており、きっちり1晩を3人で分け、寝ずの番をするそうだ。

 しかし、こうやって担当を決めても、3人が3人とも一晩中寝ないそうだ。

 座って見張りをする1名を除いて、残り2人は大きな石がごろごろしている様な寝づらい地面を選び、横になるだけだそうだ。

 もし眠ったとしても仮眠程度だ。


 護衛が3人ともまともに寝ていないのなら、十分な休養も取れておらず、まともな護衛はできないのではないかとみぃ君が訪ねると、日中馬車に乗っての移動なので、順番に寝るそうだ。

 そう言えば、この旅が始まった時から、馬車の中央に座った護衛1名は寝ていたことを思い出した。

 しかも、彼らは適当に場所と役割を交代していたなと思い当たった。

 襲撃を考える者からしてみれば、乗り物に乗って移動しているのを襲うよりは、一か所に留まっている時の方が楽に襲えるのだそうだ。なので、移動中であれば2人だけの監視で十分で、一人が睡眠をとっていても大丈夫なんだそうだ。

 しかし、これだけ激しく揺れる馬車の中で寝れるとは、すごいなぁというのがみぃ君とももちゃんの感想だった。


 今夜の野営地について、焚火を準備すると、次は食事だ。

 ももちゃんとみぃ君が持って来た保存食と、みぃ君が作った出汁の粉を作ってスープを作った。

 出汁の粉を使うのには理由があった。

 いわゆる現地の人たちでモニタリングをする為だ。つまり出汁の粉が現地の人に受け入れられるかどうか、彼らで実験させてもらうのだ。

 

 出汁という文化のない国で、出汁を使ったスープは全員の舌を虜にした。

 「こ・これはっ、あなた方が作ったのですか?この魔法の様な粉!」とアンジャは口から唾を飛ばしながらみぃ君にのしかかる様に問うた。

 「ああ、それはみぃ君が中心になって作ってる調味料です。今量産する方向で開発を進めています。」とももちゃんが比較的流ちょうな現地語で説明した。


 「これっ!これも家で売り出したいです。」

 「これはまだ試しに作ってる。どれくらい作れるか分からない。」とみぃ君が説明するが、アンジャの目はがっちり出汁の粉が入った入れ物にロックオンされていた。

 「まだ試作なので、ちゃんと作れる様になったら、また相談させて下さいね。」とももちゃんが横からフォローした。


 この世界では調味料と言えば塩だ。素材の味と塩で味つけるのだ。

 そんな世界に海の幸の香りと味が加えられたのだ。

 それもちょちょっと粉をスープに入れるだけでそれが実現したのだ。

 商売人アンジャがそれを見逃すことはありない事だった。


 夕食も終わり、アンジャ、みぃ君、ももちゃんは馬車の荷台に川の字になり、馬車の側面の布を降ろし寝る準備に入った。


 御者は焚火のすぐ近くで既に雑魚寝をしている。

 最初の見張りは、女性の護衛の様だ。

 他の2人も御者からあまり離れていない場所で地面の上に横になった。

 そしてよく見てみると、護衛たちが横になっている地面には石がたくさん転がっていた。



 翌朝、馬車の荷台から起き上がった3人は、固い板面に直に寝たために、体がカチカチになっており、多少伸びをしたくらいではコリは取り除けなかった。

 ももちゃんがラジオ体操の歌を鼻歌で再現しながら、順番を無視しつつ覚えている体操を全部やっているのを見て、アンジャと護衛たちはびっくりした様だったが、段々その動きがコミカルに見えてきたのか、女性の護衛も見よう見まねで体操を始めた。


 興が乗って来たみぃ君も一緒になってラジオ体操を始めると、「これ、意外と体がすっきりするよ!」との女性護衛の一言で全員がラジオ体操を始めてしまった。


 「これは、あなたたちの国のダンスなのですか?」とアンジャが聞いて来た。

 「いえ、これは『体操』と言って体の調子を整えるものです。」とももちゃんが答えた。

 「あなた方の国は、この国にはない面白そうな物がたくさんありそうですね。」とにっこり笑って言ったアンジャの目は、決して笑っておらず、得物を見つけた猛獣の様な目だった。


 移動も3日目となると、どこまでも続く草原に段々と辟易してきたももちゃんやみぃ君はだんだん口数が少なくなって来た。

 寝る番の護衛にとっては静かになってとても助かったのだが、ももちゃんたち2人はそれに気づいていなかった。


 景色に飽いてきたみぃ君たち2人にとっては、移動中の乗り物の中は普通なら居眠りにもってこいなので寝れば良いのだが、これだけ揺れる馬車ならそれは無理な話だ。

 護衛の人たちの様にはいかない。

 お尻も日を重ねる毎に痛さを増し、もうとにかく早く目的地へ着いてくれ!というのが2人の共通した思いだった。


 そんなこんなで、その日の夕方、湖畔にある大きな村へ漸く到着した。

 早速宿を取り、領主へは、明日お伺いを立てるので、今日はもう寝ようとアンジャに促され、3日間の埃と疲れを拭うべく、温かいお湯で体を拭き、早々にベッドに入った一行だった。


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