領主代行の災難
朝来てみると水車は動かなかった。
ドブレは、すぐさま見張りに報告した。
まず水門を見て、問題がないことを確認し、次いで小屋の内側についている扉から水車に向かった。
果たしてそこには半分に折れた水車の円板が塀に寄りかかる様にして転がっており、水受け板も半分近くがなくなっていた。
円板の他にも釘が数本地面に散らばっていたので、一見すると水車に何かがぶつかって壊れた様に見えた。
ドブレは現場を確認して、さすが旦那様たちだと変に感心した。
実際には地面に散らばっていた釘の数は、水車に打ち付けてあった数よりかなり少ないのだが、水路から川へ流れ出たとするならおかしくない数だった。
ご丁寧に円板にも数本釘が差したままになっている箇所もあり、それが余計にリアルに見えた。
細工されてこうなっていることを知っているドブレには、これがごんさんたちの細工による物だと分かるが、そういう先入観がない者が見れば、大きなゴミか魚が水路に入り込み、水車を壊してそのまま水路から排出された様に見えることだろう。
ドブレが報告した見張りは、昨日の夜の見張りではなく新たに交代した見張りになっており、急遽領主の館に連絡しに行った。
領主の館からは、以前領主の息子に付き添って水車小屋に来ていた使用人が来て、今朝の見張りに昨日の夜の見張りを呼んで来る様に指示を出していた。
寝入る前に呼び出された昨夜の見張りは幾分顔を青くして水車小屋に出頭した。
「昨日の夜、または朝方に何かおかしな事はなかったか?」と領主館の使用人に聞かれ、「いえ、特にはおかしな事はありませんでしたが、夜中に一度大きな水音がしました。」と昨晩の見張りは答えた。
「それについて報告がなかった様だが。」
「はい、水音がしてすぐに川の方へ行き、しばらく川の方を確認しましたが、特に何もなく人影などもありませんでしたので、大きな魚が飛び跳ねた音が夜間なので大きく響いたのではないかと思いましたので、報告をしませんでした。」
報告しながら昨夜の見張りの顔色はだんだん青くなってきている。
「川を確認した時、からくりは確認しなかったのか?」
「はい、確認は致しませんでした。水音は、からくりの所からではなく、川の方からしましたので、しばらくそこに留まり、松明などで川を確認しました。表の方も長い間無人にしていては、見張りの任務が遂行できないと思い、川に異常がなかったのを確認し、表側に戻りました。」
「それではからくりが壊れた時の音は聞いていないのか?」
「申し訳ありません。一晩中立って見張っておりましたが、からくりが壊れる音はしていませんでした。」
「それはおかしいだろう。これだけのからくりが壊れるなら、相当固いもの、あるいは大きいものに当たって壊れたと思うが、違うか?」
「何に当たって壊れたかは、自分には分かりませんが、音はしませんでした。」
「もしや寝ていたのではないだろうな。」
「寝ておりません。もし、この様にからくりが壊れる時に発せられる音なら、万が一寝ていたとしてもたたき起こされることでしょう。」
昨夜の見張りは顔を青くしながらでも、あらぬ疑いを掛けられるのを避けるため、一生懸命頭を働かせて反論した。
「これは何が原因でからくりが壊れたと思うか。」と今度はドブレに向けて質問をして来た。
「私には詳しいことは分かりません。おそらく大きなゴミか大きな魚が水路に流れ込んで来て、からくりを壊したのではないかと思いますが、私の知識ではそれも定かではありません。」とドブレが卒なく答える。
「それでは、大きなゴミか魚がからくりを壊したとして、大きな音は出るか?」
「よく分かりませんが、水門を閉めた後、止まっているからくりに当たったのなら、それもいつも回る方向にからくりが押されつつ壊れるのであれば、そこまで大きな音はしないかもしれません。からくりが動いている時に、回っている方向とは別の方向にからくりを押せば、大きな騒音が出るかもしれません。ただ、私にも、その辺の事は良く分かりません。」
ドブレのこの発言で、見張りの主張する大きな魚が飛び跳ねた水音という意見が強く全面に出された様になった。
そして昨晩の兵士の顔色も少しだけ復活したようだ。
「水路の入り口には異物が入り込まない様に、柵が設けてあったのではないか?」と使用人がドブレに確認すると、「水流を妨げない様にある程度幅を開けて設置してあるります。魚は横向きになると大きくて通る事ができませんが、正面を向いて水門から入ってくるのなら、魚の体の幅も縦に細長いので、角度によっては入り込む事があるかもしれません。」という回答が返って来た。
「このからくりは、昨日お前が帰る時には動いていたか?」とドブレに聞いた。
「はい、昨日、兄が迎えに来てくれた時、このからくりが動いているところを見たことがないと言いましたので、終業時間直前にからくりが回っているところを一緒に見ています。」
「私も、彼らがここを出る直前までからくりが動いていた音を聞いています。」と昨夜の見張りが横から答えた。
領主館の使用人は、「う~~~む。」と考え込んでいた様だが、もう一度ドブレに向き直った。
「お前はこれを修理できるか?」
「いえ、申し訳ございません。こちらのからくりを作ったのは旦那様たちだったので、私は小屋の中の臼のからくりしかお手伝いしておりません。こちらのからくりは何がどうなっているのか分からないのです。」とドブレは、水車の残骸を指さして答えた。
領主館の使用人は眉間にしわを寄せて考え込んでしまった。
しばらく唸りながら考えていた使用人だが、「わかった。」と言い、更に「ここはこのままにして触らない様にしてくれ。」と続け、ドブレには粉に仕上がっている小麦粉を袋に詰めた後帰宅する様に告げ、朝交代した見張りにはこのまま小屋を見張る様指示を出して、領主館に戻って行った。
領主館に戻った使用人は、朝食を食べていた領主の息子アルド・フォン・グリュッガーに水車小屋の事件を告げた。
「なんだと!」と声を荒げたアルドは、「本当に修理は出来ないのかっ。」と再度使用人に確認をし、修理できないと答えられると、エールの入った金属のコップを使用人に投げつけた。
アルドの欠点は長所と同じでいろいろあるが、短気はその最たるものだった。
なので、物が飛んでくるのには慣れている使用人は、コップ本体だけは避ける様に動き、エールを被っただけで済んだ。
「折角手に入れたからくりがほんの2日で使えなくなるとは、どういうことだっ。」
一通り怒りをまき散らした後、アルドは使用人に「修理が出来ないなら、新たにからくりを作ることはできないのか?」と使用人に聞いた。
「からくりの肝心な部分は所有者たちが作ったらしく、店員は詳しい事を知らないそうです。」
「くそっ。」と悪態を吐いて再び当たり散らした挙句、「からくりは捨て置け。」と言って朝食を切り上げた。
「店員はいかが致しますか?」と使用人がドブレの処遇についてお伺いを立てると、「動かないからくりに店員はいらないだろうっ。」と吐き捨てる様に言ったアルドは、そのまま館内の執務室へ向かった。
「わかりました。では、この2日間の仕事に対する報酬だけ渡しておきます。」とアルドを追いかけながら使用人が言うと、苦虫を噛み潰した様な顔になったアルドは「わかった。それはお前に任せる。」と言い捨て、執務室の中に入り、ドアを力いっぱい叩きつける様に閉めた。




