ザンダル村では
パソは生まれて初めてザンダル村へ来た。
父親がこの村の生まれであることは知っていたが、家族で遊びに来たことはない。
村の港と言ってもただの砂浜だが、そこで商船から降ろしてもらった。
旦那様たちの家がどこにあるのか知らないし、この村での知り合いなどルンバたち数少ない親戚しかいない。
まだ真っ暗にはなっていないが、知らない村を無暗に歩き回って探すより、この時間にルンバがいる可能性が高い場所を尋ね、ルンバを頼るのが一番安心だ。何よりこの時間にルンバが居そうなのは、ルンバの家か、酒場だ。
ルンバの家も知らないパソは、とりあえずこの村の酒場を探すことにした。
海岸側から村の中心地へ向かって歩くと、すぐに酒場を見つけられた。
夜に煌々と灯がついているのは、どこの町や村でも酒場くらいしかないからだ。
スィングドアを開け中に入ると、果たしてルンバたちがテーブルで酒を飲んでいた。
「ルンバおじさん!サンバおじさん!」と安堵の気持ちを込めて、ルンバ達に声を掛けた。
「お!パソか。どうした。」とルンバは驚いた顔をした。
「からくりの旦那様たちに急いで知らせないといけない事が起きたんだ。だけど、旦那様たちの家がどこかわからなくて・・・。」
「わかった。ついて来い。」とルンバはすぐに席を立って、パソを連れて酒場を出た。
酒場からそんなに離れてはいないが、村の外れにある家までルンバは足早で歩く。
体の大きなルンバが足早で歩くと、パソは小走りになる。
その家の扉を開けて「おーーーい。入るぞ。」と言って、ずかずかと家の中に入っていく。
そこでは4人が夕食を摂っていた。
「おお!ルンバ、いらっしゃい。」とごんさんが席を立ってルンバを迎えた。
その大きなルンバの後ろ、ろうそくの光が届くか届かないかのところにパソが立っているのを見て、「どうした?」と驚いた顔をした。
「旦那様。からくりが、からくりが大変な事になりました。」
「故障して止まったか?」とごんさんが眉根を寄せてパソに聞いた。
「違います。グリュッグの町の領主が、からくりを接収してしまいました。」
「接収?」とももちゃんが聞き返すと、「取り上げられたってことです。」とすかさずパソが答えた。
「どうして?どうして取り上げた?」とごんさんの低いというよりドスの利いた声が発せられ、パソは背筋が少し寒くなった。
「旦那様たちがグリュッガーの領民ではなく、ガクゼンの領民なので、グリュッグの町で勝手に商売してはならぬと言われたそうです。」
「ガクゼン?」とみぃ君が聞き返すと、ルンバが「ここはガクゼン領って言って、グリュッグのあるグリュッガー領の隣の領になる。」と端的に説明してくれた。
「グリュッグの町は、土地を買えば誰でも商売していいんじゃないのか?店がない場合は、市場で場所代を払えばいいんじゃないのか?」と4人が思った疑問を、ルンバがパソへ投げつけた。
この国の税制については、以前モリンタに説明をしてもらったが、職業別に人頭税がある。
農産物を作ったり、狩りをする者とその家族は、一くくりに『農家』、工業品を作る『職人』、領主の仕事をする兵士も含めた『役人』、商売をする『商人』の4つのカテゴリーに分けられ、後に述べた順に人頭税が高くなる。
工房を持つ職人、店舗を持つ商人には別途人頭税以外にも税金が係ったのだろうか?とこの国の法律に明るくない4人はお互いに顔を見合わせた。
「税についは、この村じゃあ、モリンタのじいさんくらいしか分からん。じいさんを呼んで来てやる。」とルンバがすぐに扉から飛び出した。
めりるどんが、一旦夕食を台所へ下げ、テーブルを拭いたりして来客に備えた。
しばらくしてルンバがモリンタを連れて来てくれた。
この家のダイニングにはテーブル一つと椅子が4脚しかないので、モリンタとルンバに座ってもらい、4人からは女性陣が椅子に座った。
ルンバとごんさん、みぃ君、そして元バイト職員のパソは立ったまま、話を進めた。
「この村では、営業権というのは徴収していないんだが、大きな町などでは営業権を支払う必要がある。」
「営業権って?」モリンタの説明になぜかルンバが質問をした。
「土地を購入して、そこで工房や店を構える者は、営業権というのを毎年領主へ支払わなければならんが、開業してからの1年間は支払いの猶予がある。」
「なら、今回の接収は何故?」とももちゃんが言う。続けて「1年間の猶予があるのに、何故、接収?」とモリンタに向けて覚えたばかりの『接収』という単語を混ぜて質問をした。
「営業権は毎年12の月に支払わなければならないが、開業して最初の1年間はすぐに儲けもないだろうから、1年の間、いつでもいいから支払えば良いことになっている。これはおそらくグリュッグでも同じじゃ。国が定めた法律じゃからの。」と、モリンタは段階を追って説明を進める。
「今回、接収されたのは、法律の面から見たら違法じゃな。第一、接収するならするで、その前に1回や2回の警告がなければおかしい。おそらくじゃが、違法であっても接収したい理由が領主側にあったのじゃろう。」
「俺はその場にいなかったけど、弟が言うには、領主の嫡男が白い小麦粉が欲しくて、旦那様たちがグリュッガーの領民でないことを理由にして、からくりを取り上げたらしいです。」とパソが事情を説明してくれた。
ごんさんの目が怒りでいつもより輝いて見える。ごんさんの目を見て、めりるどんはそう思った。
こんなネガティブな感情で、瞳が輝くというのは変な表現かもしれないが、ギラギラとまでは行かないが、目が若干大きく開かれ、生き生きとした目に見えたのだ。
「取り戻すには方法はある?」また、ももちゃんがモリンタに質問した。
「う~む。難しいかのぉ。相手は領主だからのぉ。」
最初に立ち直ったごんさんが「ドブレは大丈夫か?」とパソに訊ねた。
こんな時でもドブレを心配してくれるところを見て、良い雇い主だなと思ったパソは、遠慮をかなぐり捨てて説明を始めた。
「からくりを動かせるのがドブレだけなので、からくりを接収した翌朝、つまり今日の朝一番からドブレをからくりで働かせています。給料は払うと言われたそうです。ドブレは、なんとかして旦那様たちに知らせたくて、俺をここへ寄越しました。契約しているパン屋3軒も、接収されたその日に説明に走り回ってました。ドブレ曰く、パン屋たちからは、旦那様たちがグリュッグに来られたら、直接話しをしてもらいたいと言われたそうです。それまでは、領主が関係しているので、パン屋は何もせずに連絡を待つそうです。」
「からくりを取り上げられたのは昨日なのね?」とめりるどんが経緯を確認する。
「はい、そうです。で、ドブレは領主代理に言われて、おとなしくからくりを動かしながら、旦那様たちがグリュッグに来られるのを待つそうです。」
「他に知っておかなければいけない事はあるか?」とごんさんが凄味のある声で聞いた。
「はい。グリュッガーの領主は今病気で寝込んでいます。グリュッグの町におらず、空気の良いところで療養していると言われています。からくりを取り上げたのは、その息子です。領主がいない間、領主代行をしています。領主は温厚ですが、その息子はそうではありません。私は直接会った事はないのではっきりとは言えませんが、グリュッグの町では、領主の息子には話が通じないというのは有名な話です。」
「話しが通じないかぁ・・・。」とごんさんは顎髭を触りながら思案している。
「話し合いができないとなると、どうするの?」と動転したももちゃんが日本語で話し始めると、他の3人も日本語で話し始めた。
「石鹸を卸してる店は、貴族とのつながりもあるって言うてたから、わてがグリュッグへ行って、アンジャの店でどないしたらええか相談してみようか。」
「そうだね。後、もしかしたら貴族に会う必要があるかもしれないから、言葉の問題もあるかもしれないので、ももちゃんも行った方が良くない?」とめりるどん。
「わかった。私も行く。」
「・・・・俺も行く。水車小屋を奪還するための細工をする。」
「「「細工って?」」」とごんさんの言う細工に何も思い当たらない3人が思わず聞き返した。
モリンタがじっと彼ら4人が日本語で話しているのを見ているのに気づき、みぃ君が、「夜も遅い。来てくれてありがとう。いろいろ分かった。助かった。送って行く。」と、モリンタを労う。
残りの3人もモリンタに礼を言い、手土産に少量の酒を渡した。
みぃ君がモリンタを家まで送っている間に、ルンバとパソに「夕食はまだ?みんなで食べましょう。」とテーブルに5人分の夕食を並べた。
もちろんルンバの楽しみであるお酒もたっぷり付けた。
そうこうする内に、みぃ君も戻って来た。
寝室から持ち出した長持を椅子替わりにして、6人で食べ始めると、ごんさんが徐に「水車に細工して、動かなくさせる。」と漸く3人に答えた。
「どうやって?」こういう時、いつも好奇心を押さえられないももちゃんを押さえて、今回はめりるどんが質問を発した。
外国人と接することの多いももちゃんが、ルンバとパソに4人が日本語で話しをする非礼をわびた。
事が事なので、今の内に4人で話を煮詰めて、明日の朝以降対処しなくてはいけないのでと断りを入れたところ、気にぜず日本語で話し合ってくれとルンバが言ってくれた。
ももちゃんは要所要所で通訳するつもりだが、こちらの事は気にせずにルンバとパソの2人でお話しして、遠慮せず夕食を食べて欲しい事を告げた。
「からくりを取り返す相談です。」と言って、にやりと悪い笑顔を浮かべたももちゃんを見た2人は、頷くと2人で話し始めた。
「水車と心棒の連結を壊す。で、俺たちがいなければ水車を使えない様にする。」
「でも、そんな事をするとドブレが疑われるのでは?」と、ももちゃんが心配気な顔をした。
「それなら、ドブレにアリバイを作ってやればいいだけだ。」
ごんさんが何かを考えている様で、残り3人はその作戦を聞きながら食事を終えた。
「ルンバ、明日舟を出して欲しい。」と、ルンバたちも食事を終えたところを見計らってごんさんが足の確保に走った。
「わかった。明日の朝一番に舟を出そう。」
「助かる。乗るのは、パソとみぃ君、ももちゃんと俺だ。」
「わかった。」
「パソ。明日、グリュッグの町へ着いたら、ドブレと話したい。家へ行っても安全か?」
「問題はないと思います。水車小屋には領主の関係者がいるかもしれませんが、うちの家には来ないと思います。それでも万が一ということもあるので、まずは俺が家に入って、安全だったら合図をするので、その時は家に入って下さい。駄目な時は、自分が一旦外へ出るので、その時話して決めましょう。」
「わかった。それと、まだお礼を言ってなかったな。よく、急いで知らせに来てくれた。ありがとう。」
パソは、ドブレに頼まれた時は少々渋ったのだが、彼らの様子を見て、仕事を休んでまでここに来て良かったと思った。
それに仕事を休んでまで知らせてくれたことに対し、結構な金額をお礼として貰えた。
「パソ君、今夜は私たちの家で寝てちょうだい。寝るのはハンモックになる。一晩くらいなら大丈夫かな?」とめりるどんが言うと、「俺のベッドで寝ればいい。俺はハンモックに慣れているから問題ない。」とごんさんが、自分のベッドをパソへ明け渡した。
明日は早い時間での出発となるために、ルンバは仲間たちに挨拶をしに酒場に寄って、すぐに帰宅するそうだ。
そんなルンバを見送り、4人は明日グリュッグへ持って行く物の支度して、寝支度に入った。




