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チートのない中年たちのサバイバル日記 旧題)中年たちのサバイバル騒動  作者: 〇新聞縮小隊
第2章 少しだけ広がった世界
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水車小屋がピンチーーー!

 ドブレはいつもの様に家で朝食を掻っ込んで、母親が作ってくれたお弁当を手に、水車小屋へ向かった。

 水車小屋の中は、粉を扱う場所なので、埃が舞いやすい。

 朝一番は、からくりの周りの粉をはたいて、床を軽く掃く。


 それが終わると、小屋の裏側に回り込んで、水門を開ける。

 ゆっくりと動き出す水車の動きを見て、ごんさんから教えられた箇所を目視点検する。

 異音も発生していないことを確認して、ギアから外していた挽き臼をギアに連結する。

 穀物を搗き臼や挽き臼のホッパーに投入する。


 精白した時にでる殻は、めりるどんから「ふすまパンを作りたい。お客様がいらないと言ったら、殻は捨てないで。」と言われているので、大きな袋にどんどんと貯めている。

 真っ白な小麦をパン屋たちに渡すと、味の良いパンができると喜ばれ、小麦の殻を持って帰るというパン屋は最近では一つもないのだ。

 ドブレには『ふすまパン』というのがどんな物か分からないが、パン(タコスのトルティージャ型)の一種だろうと想像している。

 とにかく殻が湿気ない様に、ごんさんが作った板製のパレットの上に袋詰めしたものを重ねて保管している。


 ドブレの仕事は、朝と終業前が一番忙しい。

 一旦からくりが動きだせば、ホッパーが空になったり、搗き臼の中身の入れ替え以外は、篩に気を配るくらいしか仕事がない。

 製粉し終わった小麦粉を袋詰めにする仕事もあるが、それもそれほど頻繁な作業ではない。


 グリュッグに戻って来て、ドブレにメンテの方法や、からくりの操作について教えてくれていたごんさんが1週間くらい前に村へ帰って行った。

 来月までは、4人の旦那様たちの誰もこの町へは来ない。


 不安がないと言えば嘘になるが、からくりが動かなくなって二進も三進も行かなくなったら、ごんさんから渡されたお金を使って、ザンダル村まで舟で移動すれば良いと言われて、だいぶん気が楽になった。

 今のところ、からくりも順調に動いており、何の問題もなさそうだ。


 「お~~~い。今日の午後から家の小麦の時間だから、持って来たぞ~。」と、みぃ君が2番目に契約したパン屋の小僧が水車小屋の入り口から声を掛けて来た。

 「はい。今、伺います。」とドブレは水車小屋の裏へ回った。

 川のところに小麦の入ったズタ袋を山と積んだ小舟が横づけされていた。


 本来ならば、穀物を水車小屋まで運び込むのはパン屋側の仕事なのだが、パン屋の小僧と一緒に運ぶくらいはしてやってもいいと思い、ドブレは時々運び込みも手伝っているのだ。

 「すまない。助かる。」といいながら小僧がドブレに軽く頭を下げる。

 「いいですよ。これくらい、お手伝いしますよ~。」とドブレの対応は爽やかだ。


 マヌルのパン屋程ではないが、このパン屋の運び込む小麦の量もかなりのものだ。

 ドブレより幼い小僧には、すべての小麦を運び込むのは時間の係る作業となるだろう。

 実際、川から反対側の道路側にある水車小屋の入り口までそんなに距離はないが、小僧は顔を真っ赤にして小麦を運び込んでいる。

 まぁ、早く仕事を終わらせようと持てもしないのに、複数の小麦袋を一度に運び込もうとしているのが原因といば原因だが。


 二人で全ての小麦の袋を運び込んで、袋の数を一緒に数える。

 「じゃあ、これ、よろしく。」と小僧は元気に舟に乗った。

 「はい、ありがとうございます。」とドブレは自分より年若の相手にも礼儀正しい。


 今日のお昼過ぎに、マヌルのパン屋の小麦から、2番目に契約したソロの店というパン屋の小麦に切り替えなくてはならない。

 朝と終業間際以外で忙しいのは、こういう顧客が変わる際だ。

 両方の店の小麦が混ざらない様にするのに、とても神経を使うのだ。

 臼を使う以上、どうしても前の店の小麦粉が少し臼に残ってしまうのだ。

 なので、切り替えの時は、両方の麦が混ざった状態になるので、その部分の小麦粉は横に除けておくのもドブレの仕事だ。

 切り替えの際、少量の小麦が製品として渡されない事は全ての顧客に説明済なのでクレームにはならないが、失う小麦粉の量を極力少なくするために、ドブレはとても神経を使っていた。

 ちなみにこの客に渡せない小麦は、ごんさんたちが月一で来た時に、ザンダル村に持って帰る予定だ。

 

 午前中の作業が終わり、母親に作ってもらったお弁当を食べ終わり、マヌルのパン屋の麦から、2番目のパン屋であるソロの店の麦に切り替えを行っている最中に、ドアの外が騒がしくなった。

 誰かが水車小屋へ来た様だ。


 「この小屋の主はお前か。」と入口で陽を背にした男が強い口調でドブレに誰何した。

 「いえ、私はこの店の店員です。」と相手の威丈高な態度に合わせ、ドブレは、少しへり下った感じで返事をした。

 「グリュッガー領主の嫡子、グリュッガー領主代行のアルド・フォン・グリュッガー様がお呼びだ。」とその男がドブレに詰め寄る。


 お呼びだと言われ驚いたドブレは、どこへ行けば良いのか分からず、きょとんとした顔していたのだろう、入口で領主の使用人らしい、入口の男が「こっちへ来い。」とドブレを促した。


 水車小屋を出ると、目の前に豪華な馬車が止まっていた。

 使用人の男に強く肩を押さえつけされ、ドブレは両膝を土の上につく様な姿勢にさせられた。


 ドブレが目線を下の方に向け、心持ち頭を下げたのを見届けた使用人が何か合図をした様だ。

 豪華な馬車の扉がゆっくりと開き、中から上等な靴を履いた足がドブレの目の前に降り立った。


 「これが今噂の粉挽のからくり小屋か。」

 馬車から降りた御仁から言葉が発せられたが、貴族と口を利いた事もないドブレにしてみれば、どんな対応をして良いのか分からない。

 困ったドブレは、恭しく頭を下げたまま様子を伺う事しかできなかった。


 「おい。お前!すぐに返事をせぬかっ。」とドブレの肩を押さえている使用人が、ドブレの肩を強く押した。

 肩を押されて態勢を崩したドブレが慌てて「は、はい。水車というからくりでございます。」と答えると、更に貴人から質問が発せられた。

 「これはお前が作ったのか?」

 「いえ。水車は店の旦那様たちが作りました。私は一部、お手伝いをさせて頂いただけです。」


 「この店の持ち主は誰だ。」

 「ごん様、みぃ様、めりる様、もも様の四人です。」

 「その者らは、どこにおる。」

 「ザンダル村です。」

 「何?このからくりはグリュッガー領の者ではない者が作ったのかっ。」

 「は、はい。」

 このグリュッグの町は、グリュッガー伯爵家の領地であるグリュッガー領の領都で、ザンダル村はグリュッガー領の隣、ガクゼン領に属するのだ。


 「それでお前もガクゼン領の者か?」

 「いえ、私はこのグリュッグの町で生まれ育ちました。」

 「そうか・・。中を見るぞ。」アルドは使用人の方に声を掛け、ドブレをおいてさっさと水車小屋の中へ入って行った。


 「ここは音が酷いな。」とアルドが声を張り上げるが、搗き臼の杵が臼を搗く音がすさまじく、ひっついて話をしないと、なかなか会話が成り立たない。

 アルドは身分がある分だけ、御付きの者たちもこの騒音の中会話が出来る程まで側に寄る事が難しい。

 会話にならないと見て取ったアルドは、ドブレが製粉された小麦粉を詰めていた袋に片手を突っ込み、小麦粉を手に取った。


 「ふむ。白いな。」

 本当は白いだけでなく、均一な大きさの粒に製粉されているので、キメも細かいのだが、自分では料理などしない伯爵の嫡子には、そこまでは分からない。


 騒音に辟易したのか、アルドは一旦水車小屋を出て、ドブレに向き合った。

 「我城の小麦をこのからくりで粉にする。」と宣言した。

 「えっ!?」

 ドブレにしたら、もう営業時間は全て契約で埋まっており、領主の息子に突然製粉をする様に申し付けられても、どうしていいのか分からない。


 「どうした。謹んでお請けしないか。」とアルドの使用人がまたドブレの肩を押さえつけ、ドブレの両膝を土につける様に促した。

 「わ・私は、ただの店員でございまして・・・・。」とドブレが言葉を濁すと、「そうか、こやつでは返事が出来ぬか。ここはグリュッガー領だが、ガクゼン領の者が勝手に商売を始めているのなら、このからくりは接収しなければならぬな。」とアルドが言い始めた。

 「えっ!」とドブレの声が漏れると、横にいた使用人が更にドブレの肩を更に押さえつけた。


 本来なら、土地を買い登録して、開業1年以内に営業権を取得すればどこの領の者でも商売ができるのだが、この前代未聞のからくりを接収してしまえば自分の自由にできると思ったアルドは、この施設を接収するという案がとてつもなく良い案に見えた。

 「ふむ。我ながら良い案だ。」とアルドは悦に入った表情をしている。

 

 ドブレは何かこの事態を上手く納められる言葉を発しなければならないと思いつつも、平民がこの地の領主代行に異議を唱えるというのは、命を懸けることになる。

 ただの店員である自分が、そこまですることは出来ないし、やり方すら分からない。


 「アルド様。このからくりを動かすのは、この者しか出来ぬかもしれませぬ。」と、ドブレの肩を押さえている使用人が進言をした。

 「そうか・・。」とアルドはじっとドブレを見て、「よし!お前はこのままこのからくりを動かす様、ここで働け。明日、小麦を持ってくるからに、ちゃんと働けよ。」と命令を下した。

  

 「心配せずとも、ちゃんと給金は払う。よいな。」と言い捨て、ドブレの返事も待たずに馬車に乗り、そのまま去って行った。


 ドブレの横にいた使用人は、強制的にドブレに道案内をさせ、ドブレの家まで一緒に移動した。

 領主代行の使用人が同行したのは、ドブレの住む場所を確認し、逃げられない様にするためだ。


 真っ青な顔をして領主の使用人と一緒に戻ってきたドブレを見て、母親は慌てた様にドブレの側まで走る様に近寄った。その母親を無視して、使用人はドブレに詰問を続ける。

 「それで、お前の名前は?」

 「ドブレです。」

 「明日、朝7時には小麦を運び込むので、からくりのところで待っている様に。」と家族構成や、ドブレの年齢など一通りドブレの個人情報を確認した後、そう言い捨て、領主の館へ帰って行った。


 領主の使用人はいなくなっていたので、もう誰に遠慮することもないので、とうとう母親は声に出して「お前、大丈夫なのかい。何があったんだい。」と心配そうにドブレを覗き込む。


 「粉挽のからくりを領主様の息子が取り上げたんだ。」

 「えっ?」

 「城の小麦を優先的に製粉する様に言われたんだけど、既に契約があって、もう空いた時間はなかったんだ。僕には、勝手に返事する事が出来なかったんだ。そうしたら、旦那様たちがグリュッガーの領民ではなくて、ガクゼンの領民だから、勝手にグリュッグの町で商売をしているから、からくりを取り上げるって言われて・・・。」


 グリュッガー領の領主である伯爵は、とても温厚で道理の分かる領主であることが有名なのだが、その嫡子であるアルドは父親とは性格や考え方が違うのは有名な話だ。

 領主である父親が今は病床にあり、空気の綺麗なところで療養しており、その不在の間は、将来のグリュッガー領主になるであろうアルドに領主代行をさせているのだ。


 白い小麦がおいしいと評判になってきたこの町で、庶民がそんなおいしいものを口にしているにも関わらず、貴族である自分の口に入らないのは我慢がならなかったのかもしれない。もしそうなら、ドブレの勤めている粉挽屋は領主が直に運営し、ドブレは放り出されるのではないかとドブレの母親の心配は尽きない。


 「で、俺にそのままからくりを動かせって言われて、明日の朝、7時にからくりのところへ来いって言われたんだ。」

 悔しそうにドブレが言うが、母親にとっては雇い主が領主になる方が、仕事が固いので、ありがたいと思いこそすれ、嫌はない。得たいの知れない外国人たちに雇われるよりは安心だ。

 「給料は出るのかい?」

 「うん、いくらかは知らないけど、払うとは言われた。」

 ドブレの母親としては、給料が出るなら、領主直営の方が良いが、問題はそれを領主その人の判断ではなく、その人の息子が判断したという事だ。

 領主様は今この町にいないが、病気が治れば、この町へ帰ってくる。

 その時また水車小屋の持ち主が変わる事もあるかもしれない。


 「早く旦那様たちに報告しに行かないといけないし、契約しているパン屋3軒にも、事情を説明しないといけない・・・。なのに、明日の朝7時からからくり小屋に詰めていたら、旦那様たちは何も知らないままだ・・・。」とドブレは非常に落ち込んでいる。

 水車小屋はごんさんたちと力を合わせて、一から作り上げていったのだ。知らない技術を惜しげもなく、いっぱい伝授してくれたし、何より旦那様たちがいない間の留守を守ることが自分の仕事なので、その仕事が出来ていないことが何よりも悔しいのだ。


 とにかくなんとしてでも旦那様たちに知らせるべく、ザンダル村まで行かなければいけない。

 しかし、ドブレは明日の朝早くに、水車小屋へ出勤しなければならない。その後も一日中、作業をしなければならない可能性が高い。自分が行けないとなると、代理を立てて、ザンダル村にいるご主人様たちに連絡する必要がある。

 そこまで考えが至った時、すぐ上の兄パソが頭に浮かんだ。


 パソなら、旦那様たちとも数日一緒に仕事したので、顔見知りでもある。

 旦那様から預かっているもしもの時の船賃をパソに渡して、パソにザンダル村へ行ってもらうしかない。


 そこまで考えると、パソに事情を説明して、仕事を休んでザンダル村へ行ってもらう様、手配しなければならないことに思い当たった。

 今日は、仕事の途中で家まで強制的に帰らされたので、今はまだ夕方にもなっていない。善は急げと、まだ仕事中のパソを探しに、パソが勤めている工房まで走っていった。

 「ドブレ!どこへ行くんだい?」と心配気な母親の声を背中で聞いて、時間がないドブレは振り返らず走り続けた。




 「パソ~。弟さんが来てるよ~。」と同僚のナナダが間延びした口調で工房の作業場に現れた。「急ぎだってよ~。」


 作業の途中だったが、急ぎと言われればしかたない。

 よいしょっと席を立って、工房の裏口へ行くと、果たして汗だくのドブレが居た。

 「はぁはぁ、兄さん・・・。はぁ。明日と明後日、仕事を休んで・・。はぁ。」

 「まぁ、お前、ちょっと落ち着け。仕事を休めだ?どうして?」

 「俺の仕事の事で大事件が起こった。急いでザンダル村まで行って欲しい。はぁはぁ。俺が行きたいんだけど・・・はぁはぁ・・・今はどうやっても行けないんだ。詳しい事情は今夜家で話すから、とにかく今日帰る前に親方さんに休みを2日申請してくれ。頼む。」


 「え?何で俺が?」

 「とにかく頼む。俺は急いでからくりのお客様のところへ行かないといけない。ごめん。」と言い捨てて、ドブレは契約しているパン屋3軒に向かって、今回の事情を説明する為に走り出した。


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