表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チートのない中年たちのサバイバル日記 旧題)中年たちのサバイバル騒動  作者: 〇新聞縮小隊
第2章 少しだけ広がった世界
40/143

みぃ君の営業力

 みぃ君は日本で、営業をしていた訳ではなかったので、こんな言葉も通じにくい世界で、伝手もなく営業をしなければならないのは、正直言って苦しいと思ったが、他に誰もできないのなら、自分がやらなければならないと腹をくくった。


 もともとみぃ君は日本にいた時、近場の政治家を訪ねインタビューすることをライフワークの一つに位置付けていた。

 記事にするとかそういう為のインタビューではなく、選挙の時、正しく候補者の履歴を抑え、候補者の考えを理解し、自分が本当に地域や日本に必要と思える政治家を選ぶために行っているインタビューだ。憲法9条について、日本の経済問題について、マスコミの偏向報道、そして日本を取り巻く近隣諸国への対応など、質問は多岐に渡る。

 そしてそのインタビューは選挙の時期ではなく、普段から行っており、みぃ君のファイルには大勢の政治家とのインタビューの記録が書き連ねられていた。

 これは、選挙の時に時局を見て持論を変える政治家や、元から持論など持っていない政治家を見極めるためでもある。


 たかがインタビュー、されどインタビューだとみぃ君は思っている。

 メディアが取り上げない各政治家や候補者の忌憚のない意見を知ることができる。

 今、日本国民は一定年齢に達すれば、ほとんど全員が投票権を持つ。しかし、日本だけではなく、世界も、投票権を得る為に先達がいかに苦労して戦ってくれたか、そして現代ではいかに多くの人がそのありがたみと大切さを知らずに投票しないのかをみぃ君は憂いていた。

 

 憂いているのはみぃ君だけでなく、彼が所属するコミュのみんなが大なり小なりそう思っているのだが、実際に政治家にインタビューまでして日頃から情報収集に努めているのはみぃ君だけだ。


 インタビューは、実は、政治家の方でも大歓迎な面もあるのだが、真に知りたいことを尋ねるには、コミュニケーション能力が必要だ。

 なぜなら、政治家が質問に答えてくれても、通り一片の回答しか貰えなければ、わざわざ時間を作って、交通費を出してまでインタビューに行った甲斐がない。

 みぃ君は今まで何人もの政治家をインタビューしてきただけあって、コミュニケーション能力が高い。


 コミュのみんなはそれを知っているからこそ、みぃ君に営業を頼んだのだ。

 もちろん関西人としてのノリの良さも、みんながみぃ君に営業を任せる一因となっている。

 ただみぃ君としては、票が欲しい政治家へインタビューするのと、お金を出してまで粉挽のサービスを購入する必要のない人に、そのサービスの有益性を伝え、契約を結ぶのとは勝手が違うし、立場も違うと、不安な思いは隠せない。


 こっちの世界に来てから、自分にできることであれば率先してやってきたつもりだし、仲間から頼まれたら、よっぽどの事でない限り引き受けて来た。

 ザンダル村でのゴミ捨て場やトイレの穴掘りなんかも、本当はとてもきつかった。


 まだ体がジャングルの気温に慣れておらず、しかも一人で黙々と作業を進めるのは、孤独でもあった。

 残りの3人もそれぞれ出来る事を一生懸命やってくれているので、みぃ君としても不満はないが、お人好しなところがあるために、思わぬ仕事を引き受けることになるのが自分でも分かっていた。


 何にしても、今回自分の営業の成果が、水車事業を左右する要であることを理解しているし、その仕事を任せてくれたみんなの信頼にも応えたい。


 さぁ、営業をしなくっちゃ!

 みぃ君はそう自分を鼓舞し、今朝からごんさんにメンテナンスを教わっているドブレを引き連れて営業を開始した。

 「穀物屋かパン屋、大きな食堂で売る。」とドブレに伝えると、ドブレはしばらく考えて、「穀物屋は、臼の貸し出しでも収入を得ているので、私たちのからくりは商売敵になる可能性があります。穀物屋を回るよりは、小麦粉を大量に消費するパン屋から回るのが得策だと思います。」と彼の考えを教えてくれた。

 ドブレが水車のことを「私たちのからくり」と、ちゃんと自分もこの事業の一員だと感じてくれていることに嬉しい気持ちを隠せないみぃ君だった。

 営業については、この町に詳しいドブレの考えを組み入れてパン屋から回ることにした。


 ドブレはこの町で生まれ育ったので、どこにどんな店があるのか分かっているという強みがある。

 そして、彼ら4人にはない特技、そう言葉が、それも敬語ができることが、営業をする上で助けになるのだ。

 ルンバの従兄、ドブレの父は、洋装店で働いている。ジルバが働いている店の店主はめったに店に来ないので、ドブレも幼い頃から父について店に行き、父が接客しているところを何度も見て育っているので、多少の敬語は話せるそうだ。


 みぃ君はドブレの意見を上手く引き出し、それに沿った営業を開始した。パン屋の選定も大きなパン屋から回ることをドブレに伝え、営業しやすそうな店をドブレに選ばせた。


 一番最初に尋ねたのは、グリュッグで一番大きなパン屋『マヌルのパン屋』だ。レンガ造りの洒落た店構えだ。

 みぃ君は表の入り口からは入らず、レストランで言えばアイドルタイムに当たる時間を選んで裏から声を掛けた。


 果たしてみぃ君の目論見は当たって、店を訪ねた時、店内に客は1人だけだった。

 粉挽についての営業に来たので、今手が空いていたらお話しをさせて欲しいとドブレに教えてもらった敬語を使って、自分から声を掛けた。


 店主は粉挽と聞き、すぐに会ってくれた。

 店の裏には小さな裏庭がついており、井戸もあった。さすが食べ物屋だ。

 その裏庭には丁稚等が休むためなのか、切り株を椅子の様に配置してあったので、そのまま全員それに座る。


 「粉挽の代行って言ってたが、いくらでやってくれるのか聞かせてくれ。」パンを焼くには太すぎる腕を持つ、大柄な店主がまず口火を切った。

 「敬語はできません。簡単に説明。粉挽のからくりがある。大きいからくりだ。毎月決まった日にちと時間に使える。からくりを動かすのは、このドブレがやる。からくりは3種類ある。どれも1時間で小銅貨3枚だ。」と、まずドブレに教えてもらった『敬語はできません。』と言うフレーズから話し始めた。

 そして、持参した試運転で得られた粉などを店主に見せた。


 「何?そんなに高いのかっ!話にならん。」とケンモホロロに断られたが、そこですかさずドブレが「この粉の状態をご覧ください。均一で、色も白いし非常に良い状態だとは思いませんか?それも店の人手は使わずに、この品質の粉が手に入るのですよ。そんなに高くないと思いますが、いかがですか。」とフォローしてくれる。


 「うん、粉は良い感じに挽けているな。1時間でどれくらい挽けるんだ?」

 「からくり3種類、全部で5台ある。詳しくはドブレが説明する。」と、細かな話はドブレに振る。

 「ドブレと申します。先ほどは横から口を出し、失礼しました。よろしくお願い致します。穀物の殻を外す精白を行うからくりが2台、こちらは1時間に1台で2.5ザマ(キロ)、粉挽をするからくりが2台、1時間に1台で6ザマ、最後に篩が1台で、1時間で2.5キロです。全て人の力ではなく、からくりが勝手に作業をします。どなたかが横についていて頂いても良いですし、物だけお持ちいただいてからくり任せにして頂いて、出来上がる頃に取りに来てもらっても良いです。」


 「つまり家の店の人間の手はわずらわせずに、こちらが頼んだ量の粉を挽いてくれるということだな。」

 「はい。ただ、使用時間での契約となる。」とここからは、みぃ君が引き取って返事をした。

 「穀物を運ぶのは家の人間がやるのか?」

 「はい。ただ、からくりに穀物を入れるのは、ドブレがやります。」

 

 「う~~~ん。値段は若干高めになるが、それだけの量を定期的に粉にしてもらえるなら、いいかな。家は丁稚2人に粉を挽かせてるが、外注できるなら、人手が空くので、他の仕事をやらせたり、仕事を覚えさえる時間ができるな。食堂への配達業務ももっと増やせるかもしれん。」と独り言の様につぶやきながら、店主が腕を組む。


 「営業時間は朝7時から夕方の6時まで。場所は倉庫通りの真ん中あたりに粉挽の看板が出ているところです。」とドブレが気を利かして補足してくれる。


 「倉庫通りと言えば、裏に川が流れているな。舟で運ぶ事もできるのか?」

 「はい、店の裏側になりますが、細い通路を作っているので、舟から運び込むこともできます。」とドブレの口調も滑らかだ。

 水車が設置させている側には、外から水車が見えない様に塀で覆ったのだが、ドブレが舟での搬入の可能性を指摘してくれた事により、小屋裏の一部は通路として塀を作らなかったのだ。


 店主はしばらく迷った様だが、かなり気持ちが動いた様で、「おい、今からその粉挽屋まで見に行くことはできるか?」と聞いて来た。

 「もちろんです。」とドブレが答え、店主が丁稚に店番を命じた後、三人で水車小屋へ移動した。


 陸路での移動だったが、粉挽屋の扉をくぐり中にはいると、水車小屋の粉挽部分が見える。

 「うおぉ!」とパン屋の店主がのけ反った。 「これがからくりかぁ。ちゃんと動くのか?」と顔を顰めながらみぃ君を見た。

 「もちろん。」と答え、ドブレに水門を開けてくる様に言う。

 ごんさんが、搗き臼1台と挽き臼1台に小麦と精白された小麦を入れる。


 すぐに水車が回り出し、搗き臼が大きな音を立てながら動きだした。もちろん挽き臼も同時に動き出し、しばらくすると挽かれた粉が臼から出て来だした。それを臼に取り付けられた刷毛で粉受けに開けられた穴に粉を集めだした。


 「おおおお!これがからくりか。人が全然働かなくても粉が挽けるのかっ!」と店主は口をあんぐりと開け、みぃ君を見た。

 ドブレがすかさず「如何ですか?」と店主の答えを促した。


 店主もびっくりしつつも、「よし、分かった!契約しよう。」と即決してくれた。

 「家の店で1か月に必要な小麦粉は400ザマだ。そうなるとここを何時間借りればいいんだ?」


 月400キロの小麦を挽かなければならないとなると、一番低効率の挽き臼に合わせて計算しなければならない。

 「12日と2時間。」とみぃ君が黒板に数式を書き込みアッという間に計算をした。

 店主もドブレをもそれを見て、とても驚いていたが、店主は、それを今度は金額で示して欲しいと言って来た。

 みぃ君は再び黒板を使って筆算をして、「月、銀貨13枚と銅貨2枚です。」とすぐに答えを出した。


 「そんなにすぐに計算できるとは、すごいなぁ。」と思わず店主が言うと、ドブレが同感といった感じで頷いている。

 「よし、分かった。契約しよう。切りの良い様に、月12日と半日使わせてもらおう。できたら月始めと月の真ん中の2回に分けたい。」

 「はい。毎月1日から7日の午前中5時間。それと、15日から20日。これでいいか?」

 「わかった。それでお願いする。」と店主は計算が苦手なのか、みぃ君が言う通りに契約してくれることとなった。


 みぃ君もごんさんも自分ではうまく言葉で説明できないので、事前に伝えておいた付則事項をドブレから店主に説明してもらう。

 「こちらの精白をする臼が最初の工程になります。あちらの挽き臼や篩はその後の工程となりますので、精白の作業が一定量終了してから作業を開始します。先ほど、ご契約頂いた通り、毎月1日の7時に精白の臼を使い始め、7日の11時まで精白の臼をお使い頂けます。最後の工程になる篩の終了時間は、7日の11時に精白し終わった小麦の篩が終わるまでです。ですので、最後の小麦粉の運び出しは少し時間がズレます。」


 「というと、先ほど決めたからくりの使用日時は、精白の臼を基準としていて、最後につかう篩は、もっと遅い時間に終わるということだな。」

「さようでございます。ただ、精白する穀物の量は、製粉する臼の1時間3ザマに合わせます。」


 店主が理解してくれたところを見て、ドブレは更に続ける。

 「ですので、1日の7時には、精白の臼以外は他のお客様の小麦や、他の穀物を製粉していたりします。穀物の入れ替え等はこちらで致しますが、他のお客様の物と間違ったり混ざったりをご心配でしたら、そちらのお店の方にこちらに来て頂いてご確認頂くのは問題ございません。いつでもお越し下さい。」


 穀物の入れ替えは、穀物の搬入と同時にできるので、それほど面倒でもなく、店主も納得してくれた様なので、契約書を作りサインしてもらうこととなった。

 契約書はももちゃんが、ザンダル村で日にちの欄と金額の欄、氏名の欄を空白にした形の物を複数作ってくれていたので、それをそのまま使い、該当欄に数字だけを入れ、作成日として本日の日付を入れ、店主とごんさんがサインをして終了した。


 「いつから粉を運んでいいんだ?」と店主が聞いてきた。

 「今から運んでもらっていい。」とみぃ君が答えると、「今は17日だが、今月は残り4日しか使えないのか?」と聞かれたので、みぃ君とごんさんはその場で話し合った。


 今は他の契約がないので、空いている時間は使ってもらっていいが、この後の営業で他の顧客が入れば、空いている時間枠もすぐに埋まるかもしれない。

 結局、空いていれば使ってもらって良いこととし、他の契約が入り、本来その人が使う時間を使いたいと言われれば、そちらを優先すること。今月に限り、使った時間の合計で金額を出すので、この契約書に書いてある値段は来月から適用することなどを決めた。


 ドブレに、片言の言葉で説明し、ドブレから店主に説明してもらった。

 店主は納得してくれ、すぐに丁稚に舟で小麦を運ばせると言い、速足で店に戻って行った。


 1件目の契約が無事終了し、別の店での営業は明日からドブレと一緒に行うこととなった。


 この世界のパン屋では、南米のトルティージャの様な物を作っており、それが主食となっている。

 挽いた粉の状態がダイレクトにパンの品質と繋がるために、粉挽きの状態を見せればすぐに契約してもらえるかもと言っていたドブレの意見とは反対に、2軒目のパン屋では門前払いをされた。


 「粉挽ぃ?家では丁稚がやってるから、そんなもんいらんぞ!帰った、帰った。」とサンプルの小麦粉すら見ずに追い返された。

 外国人だから胡散臭いと思われたのか、元々粉挽代を払う程儲かっていなかったのか、取りつく島もなかった。

 ケンモホロロに追い返されたが、長々と営業した後に駄目だった場合と比べると、すぐに次の店へ営業しに行けるので良いと、すぐにみぃ君は気持ちを切り替えて、営業を再開した。


 みぃ君の営業はドブレが大きな助けとなり、1軒目のパン屋と契約した日を除いた残りの12日と半日は、他のパン屋さんですぐに埋まった。埋まったというより、4軒目に営業し、契約したパン屋などは、もっと多くの時間使わせて欲しいと言われた。しかし、一月の中で日にちと時間を決めて使ってもらう契約なので、1件目のマヌルのパン屋と、3軒目に営業したパン屋でほとんどの日にちが埋まっており、4軒目のパン屋さんとは月2日しか契約できなかった。4軒目のパン屋は泣く泣くこの条件で契約をしてくれた。


 からくりをもう一台建設する時は、優先的に契約の声を掛けて欲しいとまで言われた。

 今のところ、2台目を建設する予定は皆無だが、一応愛想良く、次建てる時は最初に声を掛けると約束した。


 「食堂とか、粉屋も回ろうと思っていたけど、存外簡単に営業できたなぁ。」とみぃ君が感想を零した。

 「それは、みぃ君の才能のお陰だな。」とごんさんが感謝の念を込めて返した。

 「いやいや、ドブレがいい働きをしてくれたし、的確に粉挽が必要そうなパン屋を教えてくれたから簡単だった。功労賞はドブレやな。」


 二人の会話に自分の名前が出たので、二人の方を振り返ったドブレを見て、みぃ君が「契約。ドブレのお陰。ありがとう。」と言うと、照れたようにドブレは笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ