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チートのない中年たちのサバイバル日記 旧題)中年たちのサバイバル騒動  作者: 〇新聞縮小隊
第2章 少しだけ広がった世界
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ごんさんのメンテ講習

 ごんさんは、みぃ君が営業を始める前に、ドブレにどれくらいまでメンテナンスについて教えるかを相談することにした。


 見たから、そして作るのを手伝ったからといって、ドブレに水車小屋が作れるかどうかは定かではないが、技術の流出はできるなら避けたい。

 雇った人間がいつの間にか同業他社になって、こちらの営業を圧迫するなんてことになったら目も当てられない。


 水車で挽ける穀物の量が思ったよりも少なくて、生活に必要な食材なので値段設定もあまり高くできない。はっきり言って、そこまでうま味のある事業だとは思えないが、一応予防線を張っておかないと、これまでの投資分や、自分たちの費やした時間が無駄になる。


 かと言って、普段はドブレだけで水車小屋を回していかなければならない。それには当然メンテナンスも業務の内に入る。

 もし、みぃ君やごんさんがザンダル村に帰ってすぐに、水車小屋に不具合が出て、水車を動かせない時間が長くなると問題だ。

 将来の顧客の信用を失うことにも繋がる。


 みぃ君やごんさんが安心してザンダル村へ帰えれるくらいにはドブレにメンテナンスを教えなければならない。

 一旦水車小屋が完成してからは、ごんさんの頭の中ではこの問題がぐるぐるぐるぐる回っている。


 「みぃ君、ちょっと相談が・・・。」とごんさんからみぃ君へ日本語で話しかけた。

 彼らの横では、ドブレが水車小屋の掃除をしてくれている。


 技術漏洩を避けながら、営業に支障がない様にメンテナンスをしてもらうには、どこまでドブレに教えるか、二人は頭を悩ました。


 「ごんさん、水車作りで一番大事なことは何やねん?」

 「真円であることが一番重要かな。後、水受けの板の角度や、水車と心棒の心出し(2つのパーツの中心と中心を合わせる事)かな。」

 「メンテとして必要な事は教えな営業でけんからなぁ。じゃあ、その3つについては教えんということでええんやないかなぁ。」

 「ただ、心出しは毎日でも点検してもらわないと、装置の寿命が極端に短くなるから、それについては教える方向でいくか!」

 「うん、ほんでええと思うで。メンテに関してはわいに出来る事は少ないので、ごんさんの方で詳細は決めてもらわへんとやな。」

 「わかった。」


 2人で話し合ってドブレの教育について大まかな方針が決まった。

 明日から、ドブレはみぃ君の営業を手伝うことになっているが、営業は相手の邪魔にならない時間に行う必要があり、1日の大半は水車小屋での作業となる。

 メンテの講習も明日の空き時間から始めることにした。





 「今日から、仕事を教える。今は、みぃ君のお手伝いが一番大事。空いてる時間に、仕事を教える。」

 「はい、旦那様。」

 ごんさんは、翌朝一番に水車小屋で集合したドブレに業務連絡として、そう伝えた。

 営業は、もう少し後の時間ということなので、朝一番は水車小屋について少し説明することにした。


 ごんさんは水車を指さし、日本語で「水車」と言い、その名前をドブレに覚えさせた。

 そして、水車から順に各装置を説明していった。

 「水車。水で回る。」ごんさんが説明する度にドブレは頭を縦に振って一生懸命理解していることをアピールしている。

 「軸受け。柱を支える。」軸受けは日本語のままだが、心棒は柱としてこちらの世界の言葉で説明した。

 「臼。粉にする。」

 「臼。皮?を外す。」

 「はい。殻を外して精白するのですね。」とこちらの言葉でドブレが答える。

 「そうだ。」

 「臼。全部で4つ。順番、大事。」

 「はい。」と言いながらドブレが頷く。

 「粉にする臼。使わない時、これから外す。」と言って、心棒側の歯車を指さす。

 「臼の台、動く。動くと外れる。」と言いながら、台を動かし、実際に歯車同士がかみ合わないところまで臼を移動させた。「粉にする臼は端っこ。」と再度念を押した。

 「だから、粉の臼は両端に置いてあるのですね。」

 「そうだ。」


 なんとかドブレに理解してもらえたので、ホッとするごんさんであった。

 たかだかこれくらいの事も、知っている単語で何とか表現しようとすると、かなり骨の折れる作業となる。

 果たしてこれで、ちゃんとメンテナンスの事を教えることができるのかと、少し不安になるが、物が目の前にあるのだから、多少単語を知らなくても指さしでいいやと思い直し、みぃ君の営業の合間を縫ってドブレに教えていく。



 「軸受け。」ごんさんが指をさしながら説明を続ける。「柱を支える。油が必要。油がないと柱が細くなる。」

 「油があると柱は細くならないのですか?」とドブレはきょとんとした顔をしている。

 「布と布、擦る。たくさん擦ると布は薄くなる。」

 「ああ、木でも擦れると削れてくるのですね?」

 「そうだ。油で、石がつるつるになる。木がくるくる回りやすい。木が薄くなる時間が遅くなる。」と、軸受けの石を指さしながら説明した。

 ごんさんは、心棒に作ったタイルの様な穴に、油を沁み込ませた穀物の殻を押し込む。そして、殻が出て来ない様に、穴と同じ大きさにカットした樫材を上からはめ込んで、どの様に潤滑油を塗布するのかをやって見せた。

 ドブレは、何故油が塗布されると心棒の摩耗が軽減されるのか、やはり理解できなかったが、言葉の壁や知識の壁があり、すぐに理解はできない様だと、一旦は作業の手順を覚えることにした。

 「時々やり変える。」と、殻を押し込んだ場所をごんさんが指さす。

 「どれくらいで交換ですか?」

 「それはまた今度教える。」

 まだ、長時間運転してみないと、ごんさん自身、どれくらいの頻度での交換がベストかわからないのだ。


 

 水車の点検では、水受けの板を指さし、「この板で水を受ける。水を受けると回る。この板は大切。割れていないか。ズレていないか。見るのは大事。」と説明する。

 「なるほど。この板に、川の水があたる事で、このからくりを動かしているのですね。」と水車を指さしながらドブレがごんさんに確認する。

 「そうだ。」

 「だから、この板が今の様な状態でないといけないし、そうでなければこのからくりが動かなくなるということですね。」

 「そうだ。毎日見る。必要。」

 「分かりました。毎日点検しますね。」



 挽き臼のところでは、臼の下に設置した粉受けを指さす。

 「粉はここに落ちる。これで」と言って、今度は上臼に取り付けた刷毛を指さす。「粉を集める。」今度は、粉受けに一か所だけ開けてある穴を指さす。「粉はここから下へ落ちる。」

 「なるほど。上の臼が回る時、一緒に刷毛も動くので、落ちてきた粉を刷毛のからくりが集めるのですね。」

 「そう。刷毛の高さ、大切。上過ぎると粉を集められない。」

 「分かりました。時々刷毛の高さを確認すればいいですね。」

 「違う。粉が下に落ちない時、見る。」

 「わかりました。」

 この世界にはまだ、予防保全や事後保全といった考え方がないのだとごんさんは見当をつけた。

 ほとんどの事は予防保全を適切に行う事で様々な不具合を回避できるが、事後保全のやり方も大事で、どの作業を予防にするのか事後にするのかを考えることも、メンテナンスにおいては重要な事だ。

 果たしてドブレがそれに気づいてくれるかどうかは、怪しいとごんさんは思っている。

 言葉の壁や、知識の壁がなければ教える事もできるだろうが、今の状態でそこまで教えるのは難しい。


 ごんさんとドブレのメンテ講習は、みぃ君の営業の間を縫って、着々と進められていく。

 片言でのやり取りなので、ごんさん自身心もとないが、それでも伝えなければならないことは順次伝えていった。


 毎朝、点検しなければならないところは、ドブレと二人で点検して回る。

 試運転も兼ねて、何度も穀物を投入し、不具合が出たら、都度、何を以てして不具合とするのかを教えねばならず、メンテナンスを教えるのは難しいと今更ながらに痛感するごんさんであった。


 半面、ドブレはどれもこれも新しい事だらけで、「からくり」「からくり」と嬉しそうだ。彼にとってはおもちゃの様なものかもしれない。

 そして、ごんさんの説明をしっかりと聞き、毎日ごんさんと一緒に決められた点検を粛々と行っている。

 仕事を覚えようという姿勢が見て取れるので、ごんさんもみぃ君もドブレに対する評価はすこぶる高い。


 最初の面談の時、この店ではごんさんたち4人は普段居らず、ドブレだけでこれらのからくりを動かさなければならず、故障した時などもごんさんに教えられた通りに対応しなければならないと説明を受けており、ドブレにしてみたらかなり心細く感じている。


 ごんさんがドブレに教えたのは、簡単なメンテナンスのみなのだが、それでも機械に慣れていないドブレにとって、その簡単なメンテナンスだけでも大仕事であった。

 体力を使う仕事ではないが、覚えなくてはいけないこと、これまでの常識のみでは対応できない事が多い仕事でもある。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 水車小屋が完成してから1週間経ったドブレとパソの実家、つまりルンバの従弟、ジルバの家では、その日の仕事が終わり帰宅したドブレがキッチンのテーブルにだらりとうつぶせになって座っていた。


 自分の仕事から戻ってきたばっかりのパソと、長男のマンボはそんなドブレを見てからかう。

 「おいおい、店が完成してから1週間でもうグロッキーなのか?」

 「仕事が面白い、給料が良いってはしゃぎまくってたが、高い給料にはもれなく辛い仕事がついてくるって漸く分かったかっ!」

 からかわれても返事すらする元気のないドブレは、そんな兄たちを放置して、相変わらずテーブルに伏している。


 「あんなにからくり、からくりって繰り返し言ってたのに、もう飽きたとか?」とパソが更に突っ込む。


 「およしよ。仕事を始めたばかりの弟をからかうのは。あんた達も仕事を始めたばっかりの時は、こんな風に疲れ切って家に帰って来てたでしょ?」とドブレを避けながら夕食をテーブルに並べている母親が間に入った。


 「「はははは。」」笑いながらマンボとパソは夕食の席に着いた。

 「ドブレや。そんなに仕事が大変なのかい?」ととうとう父親からも心配の声が上がった。


 そこで初めて姿勢を正したドブレが、「大変といえば大変だし、簡単といえば簡単なんだ。」

 「なんだ?それは。」とパソが笑う。

 「仕事自体は至って簡単だ。だけど、大規模なからくりを使うのでそのからくりの整備が大変なんだ。」


 「ああ、あのからくりはすごかったな。」と2日間だけ手伝いに来ていたパソが頷く。

 「今まで見たこともないからくりで、もともとそのからくりを作り上げているいろんな物が、この国では見たことがないものばっかりなんだ。だから、旦那様が手入れの方法を教えてくれるんだけど、どうしてそれをしなければいけないかという説明を理解するのが難しいんだ。」


 「それもあるかもしれないが、言葉があまり通じないからじゃないか?」とパソが言う。

 「いや、言葉は確かにスムーズには話せないみたいだけど、意味はちゃんと伝わってるんだ。だって、実際に物を指さして説明してくれるから間違い様がないんだ。」


 「言葉の問題じゃないんなら、なんで理解できないんだ?」と長男のマンボまでが興味を持って追及してくる。

 「旦那様たちは、計算もあっと言う間にできちゃうんだ。それも、とっても難しい計算まで。だから、あのからくりは、そういう頭の良い人でないと、ちゃんと理解できないんじゃないかと思う。」とドブレは少し自信なさそうに心の内を吐露する。つまりは、水車の概念設計が理解できない事に不安を感じているのだが、それをどう言葉にしていいのかドブレ自身が分からないのだ。


 「じゃあ、この仕事は続けられそうにないのかい?」と母親が心配そうにドブレの顔を覗きながら言った。

 ドブレはちゃんと躾られた若干大人しめの子で、成人してからすぐに仕事を探し始めていたが、どういう訳かなかなか勤め先が見つからなかった。

 仕事を選ばなければ就職は簡単だったが、親としては3人の子供たちの中でも優秀なドブレなので、本人がやりがいを感じられる仕事であれば良いと、3年という期限を切って、仕事探しに専念しなさいと猶予期間を与えていた。

 そんな時に、ルンバが連れてきた外国人たちがドブレを雇うと言い出し、ドブレ本人もとってもやる気になっていたので安心していたのだが、もし、この仕事が合わないということになれば、またドブレは仕事探しをしなければならない。そんなこともあり、母親はとても心配していた。


 「いや、仕事はおもしろいんだ。今までにない仕事だし、いろんな事を教えてもらえるし、給料だってとっても良い。旦那様たちもやさしいし、駄目だって言う時も怒鳴るでもなく、どうして駄目なのかちゃんと説明してくれる。」

 「なんだってーーー!俺のところはすぐに物が飛んで来るぞーー!」とパソが混ぜっ返す。


 「僕が疲れているのは、もしかしたら僕には能力がないかもしれないと悩んでいるからなんだ。」

 「兄弟の中で一番頭の良いお前が駄目なら、この町の大抵の男はその仕事はできないだろうなぁ。」とめずらしくマンボが末っ子を誉める。


 「仕事を覚える事がとても難しいってことかぁ。」とジルバが呟くと、「いや、父さん。そうじゃないんだ。ちゃんと理解できる様に説明してくれるんだ。ただ、旦那様たちがすごく頭が良いから、そんな人たちが作るからくりを僕がちゃんと理解できるか、理解できていたとしても、それを本当に正しく理解できているのかっていうのが心配なんだ。」と、ドブレがもどかし気に説明をする。


 「それはな、ドブレ。旦那様に直に聞くと良いよ。だって、それを本当に理解しているのは旦那様たちだけだろうし、もしお前に足りないところがあれば、それを補う様に工夫してくれたり、別の方法で説明してくれると思うぞ。」というジルバの言葉にドブレは、はっと気づいた。自分の優秀さを見せて、旦那様たちに認められたいとの一心で、背伸びをしていたことに。そのことに気付くとドブレの心は少しだけ晴れた。

 もともとドブレは、水車小屋の仕事を気に入っている。だが、この仕事は、初めての事が多く、少し自信喪失になっていた様だと気づいた。

 ごんさんに実は不安だから、村へはまだ帰らず様子を見て欲しいと明日お願いしてみようと思った。そう思ったら、自分の中でモヤモヤしていたものが少し薄れた気がした。


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