夜の会議
ルンバとごんさんが若い男性を2人連れてルンバの舟まで戻って来た時、めりるどんもももちゃんも既にルンバの舟にいた。
もちろん、元々留守番していたみぃ君もいる。
「紹介するよ。ルンバの甥の2人だ。」とごんさんが日本語で3人に紹介したのは、ルンバの従兄の息子たちで、二人とも10代に見える。
ルンバが指で順に二人を指し、「パソとドブレだ。」とみんなに紹介した。
「家の従兄の次男と三男で、三男の方は今仕事を探しているところだ。」とのこと。
ももちゃんの口からいつもの「いいねいいね~。」が零れた。
「で、次男の方は数日だったら水車作りを手伝ってくれるそうだ。」とごんさんが説明してくれる。
「みんな少しは言葉が分かるから、挨拶しろよ。」とルンバが甥っ子たちに、外国語を話す4人に話しかける様に促した。
「パソと言います。染色工房に勤めているんですが、まだ見習いで週に2日の休みがあるので、休みの日はお手伝いできます。」とのこと。
こちらの工房やお店は週1日のお休みが普通だそうだ。ただ、見習いはまだ給与も低く、毎日来てもらっても役に立たないし、先輩工員や店員が新人教育に時間を取られない日を確保する為に、週2日はお休みがもらえるそうだ。
4人も二人に自己紹介をして、立ち話もなんなので、そこの酒場でちょっとお酒でもひっかけますかということになり、ルンバが舟を見張れる場所で飲めるように、港に面した酒場に入った。
木造建ての広々とした酒場だが、既に何人かは本格的に飲み始めている様で、カウンターや奥の席は結構埋まっていた。
通りに面した窓の横の席が空いていたので7人で座った。全員エールで良いとのことなので、ごんさんがエールを人数分とツマミをいくつか頼んだ。
「土地は買えたの?」とごんさんがめりるどんに尋ねた。
「うん。役所の登記まで済ませてきたよ。契約書もあるよ。」
「なんか目まぐるしくてついていけてないけど、ごんさんに任せた!」と横からももちゃんが口を出し、ごんさんの肩をポンポンと叩いた。
「ははは」と苦笑いしながら、「そうか、土地の登記まで終わったなら、水車小屋の話を進められるな。」と日本語で簡単に確認を取ったごんさんが、パソとドブレの方を向き、説明を始めた。
「今日、土地を買った。新しい商売を始める。この町にない新しい商売だ。まず、店を作る。そのためにいろんな物を作る。そして買う。店が出来たら店員がいる。店員は、ザンダル村の人と関係のある人がいい。店員は、店を作るところから手伝って欲しい。」
ごんさんがそう言うと、店員候補のドブレが、「店では何を売るんですか?」と真剣な顔で聞いて来た。
説明は全部ごんさんに任せるつもりなのか、3人はいつでも手伝える構えで、ごんさんを見守っている。
「小麦やとうもろこしを粉にする。ただ、粉にするのは機械だ。」
「機械?」
「そう、機械。木といろんな物を組み合わせて作る。それを使って粉にする。店員は機械の様子を見るだけ。掃除するだけ。後、お客に説明したり、お客を手伝ったりする。あと、店には店員だけ、一人で働く。」
「粉にするのに臼を挽かなくていいのですか?」
「そう、挽かなくていい。」
「どうやるのか、さっぱりわからないけど、あまり体力を使わない仕事ですか?」
「そう、体はあまり使わない。ただ、店を作る時はたくさん体を使う。」
ごんさんの説明を聞いても、水車など見たこともない少年には想像もつかないようだった。
パソは18歳だが、店員予定のドブレは16歳だ。
この世界では15歳で成人になる。
「まだいつから店をはじめるか決まっていない。月々のお金や、仕事の時間はこれから決める。この仕事はいつも店にいないといけない。それでも働く気はあるか?」とごんさんが聞くと、「僕は、家から通えて、家にちゃんとお金が入れられれば働きたいです。仕事量も今のお話しだとあまり良く分からないので、そのあたりも後日相談させて下さい。」と迷わずに答える。
16歳だというのに、しっかりした子だ。
「月のお金、いくら欲しい?何時間働ける?」
「お店の丁稚だと、給料ってあってなきがごとしなんですけど、もし、丁稚ではなく店員として雇ってもらえるなら、月に銀貨10枚以上は欲しいです。時間は一般的なお店が開いている時間は働けます。」
ドブレが遠慮深そうに言うと、ルンバも横から助け舟を出す。
「村だと給料ってそんなに高くないが、町だと物価が高いので、その分給料も高くなる。所帯を持った男なら、月銀貨18枚くらいが普通だが、ドブレはまだ若くて働いたこともないから、経験がない。その辺を考えたら妥当な金額だと思うぜ。」
「分かった。できるだけ調整する。それと、いつからなら働けるか?いつまでなら働かなくても待てるか?」
「そうですね。働くのは明日からでもすぐに働けます。待つのは・・・・、今から店を立ち上げるとのことなので、最大1か月くらいなら待てます。でも、できるだけ早く仕事はしたいです。」
ドブレははきはきと話をし、自分たちとは違って敬語が使えるようだ。ルンバの親戚でもあるし、これは良い人材ではないだろうか。
そのことを日本語で残りの3人に問いかけたところ、3人ともコクリと頭を動かし同意を表した。
「よし、ドブレ。君を雇おう。仕事はできるだけ早い内に始める。俺たちは明日一旦村へ帰る。早くて1~2週間後にここへ戻ってくる。パソにも工事を手伝ってもらいたい。ただ、俺たちが戻るまでは何もない。ここへ戻って来たらドブレに知らせる。その時仕事の始まりを知らせる。これでいいか?」
「「はい」」と良い返事が返ってきた。
ごんさんは、ルンバの方を向いて「舟を来週か再来週に出してもらう事ってできるか?」と足の確保について聞いた。
「来週舟を出すならチャチャが、再来週なら俺が舟を出すよ。」
「今度は、舟は待機する必要がないから、ここまで来たら一泊で村へ帰ってもらえるしね。頼みやすいかもね。」とめりるどんは日本語で言った。
これで足は確保できたので、4人ともほっとした。
今後、連絡をつけやすい様に、また水車小屋の位置を知ってもらう為に、ルンバとはここで分かれて、まず購入した土地をみんなで見て、その後パソとドブレの家へ二人を送って行った。
宿屋に戻った時は、もう日が暮れていたので夕食を食べながら話を詰めることにした。
「水車と水車小屋の内部を作るための建材を購入するのは、ドブレ君に頼む事もできるでしょうが、私たちの誰かが直にやったほうがいいよね。」とめりるどんが口火を切ってくれた。
「そうだな。水車は乾いた木で作らないといけないので、その辺気を付けないといけないな。」とごんさんは思案顔だ。「それと、ここで水車を作るのは、俺はもちろんだけど、みぃ君にも手伝ってもらいたいんだけどいいか?」と続けた。
「ええでぇ。やり方さえ教えてもろうたら、日曜大工だけどやるでぇ。」
「じゃ、こうしない?」といつも仕切るももちゃんがここでも仕切り始めた。「私とめりるどんが村に残るみたいなので、今回村へ帰ってごんさんにはとにかく肉を大量に確保してもらって、私たちが飢えることのない様に準備してもらいつつ、みんなで粉挽事業について詰めていく。これでどう?」
「今度は乗客が2名だけだから、村に置いてある工具も、もしかしたら軽い建材ならそれも舟に乗せてこっちに来れるね。」
ももちゃんが、めりるどんの意見に頭を縦に振りつつ「で、ごんさん、水車小屋そのものは何日あれば完成しそう?」と段取りの話に持って行った。
「そうだな・・・。1週間・・・・、いや2週間あればできると思う。自分たちも入れて4人でやるならそれくらいあれば、多少問題があっても解決しながら完成できると思う。」
「建材の購入先とかもドブレの方が良く知っているだろうから、ごんさんとみぃ君がここに戻って来たらすぐにドブレを雇うのはどう?」めりるどんがみんなの顔を見回しながら言い、最後はごんさんを見た。
「そうやな。到着が夜になるから、翌日はいろんな算段をしぃひんといけんし、1日間を置くくらいがちょうどええかもしれへん。」と、ごんさんが答える前にみぃ君が答えた。
「じゃあ、そういうことで。ただ、ドブレ君にも予定があるかもしれないから、到着した翌日には一旦連絡を取った方がいいかもね~。給与とかは、これから計算しないといけないから、今すぐには提示できないけど、話が折り合わなくても店の準備期間に働いてもらった分はちゃんと報酬を出すって言うのはどう?」といつもの様にももちゃんが仕切る。
「そうだな。その事は今度ここに来た時、まっさきに伝える様にしよう。」
「給与は販売価格や、土地の購入代や設備代も加味しないといけないから、今すぐ決めるのは無理だね~。」とめりるどんも頷く。
みぃ君とももちゃんの今日の市場調査で小麦の値段もとうもろこしの値段もわかっていたので、どうやって粉挽の値段を設定するかを村に戻ったら考えようということになった。
この世界の粉挽事情だが、グリュッグの様な町だけでなく村でもだが、家庭に臼がある者もいるが、そうでない者は、小麦を売っている店に臼が置いてあり、お金を払ってその臼を使わせてもらうのが一般的な方法だ。
村でもグリュッグの町でも小麦はズタ袋に入れられ5キロや10キロ単位で売られていた。10キロといっても製粉する前の状態でだが。
こちらの世界でも度量衡はあるが、キロやメートルと同じくらいの単位なので、4人はついついキロやメートルで考えてしまうが、名前が違うだけで実質は同じ様なものなので、4人で話す時はそのままで通している。
石臼で小麦10キロを挽くには、手動で根を詰めてやっても6時間強かかってしまう。モーターが搭載されていば4時間強でできるだろうが、人力だとそうもいかない。
その店で小麦を買って、半日、臼を借りると小銅貨2枚、凡そ100円を支払わなければならない。もし、10キロ買ったら臼は1日借りることになるので、レンタル料も倍だ。
小麦などを買わずに、石臼だけ借りるともっと高くなる様だ。
これを基準にしようと4人の認識を共有したところで、ルンバに夕食を運ぶためにごんさんは港に向かった。
宿に残った3人は、まだ食堂で話を続けていた。
「こんなに早く水車小屋の話が進むとは思わなかったけど、グリュッグに水車小屋の土地だけを探しに来るというのは現実的ではないので、今回ごんさんが即決で土地を買ったのは英断だね。」とエールが入って少し顔が赤くなってるももちゃんが唐突に話し出した。
「そうやなぁ。ちょっと急展開すぎて慌ててしもうたが、雇える人まで見つけて来たから、一気に現実味が出てきたなぁ~。」
「水車小屋については、詳細に準備していないから、儲けが出るかどうか分からないけど、もし水車小屋が駄目なら、お店とかできそうな土地だったしね。まぁ、なんとかなるでしょ~。ごんさんは日本でもお店経営していたしね。この中で一番経営について分かってるのはごんさんだから、水車小屋についても勝算があるんだと思う。ごんさんの言う通りにみんなで準備しよう~。」とめりるどんも2人の顔を見て感想を述べた。
食堂はだんだんと酔っ払いが増え、給仕のお姉さんたちに絡み始めた人が増えたので、めりるどんとももちゃんの安全のため、3人はごんさんの帰りを待たずに部屋へ戻った。




