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羊の話

 あれから1年が経った。家はだんだんと整備されてきて、家具が揃って来た。

 机や椅子、箪笥、棚などが整備されて、居間の壁際で保管していた酒樽も、めりるどんが家の横に作ってくれた倉庫で保管することができるようになり、居間も広く使えるようになった。


 今、4人が作ろうと思っているのはベッドだ。ただ、村人たちが使っている様な萱を藁の様に箱の中に入れて作ったベッドではなく、綿か羊毛でできた布団でベッドを作りたいのである。


 それは、「ねぇねぇ、そろそろベッドが欲しくない?ハンモックも慣れると快適なんだけど、やっぱり地に足を付けて寝たいよね。」といつもの様に突然ももちゃんが切り出したことに端を発している。

 「いやぁ、ベッドなら直接足は地についとらんやろう。」とニヤリと笑ったみぃ君が混ぜっ返すが、「あの藁?萱?をただ箱に詰めただけのベッドよりはハンモックの方がいいなぁ。」とのめりるどんの一言で、ももちゃんの目がきらりんと光った。


 「ふっふっふっふっふ。萱では作らないよ~。」とももちゃん。

 「この前ね、グリュッグへ行く舟が羊毛を乗せてたのよ~。でね、ダンガさんに聞いたんだけど、グリュッグの商人が隣のベッグ村で商売をして買い取ったもので、ここで売るのではなくグリュッグへ持って行って売るための物だろうってことだった。」と続けた。

 グリュッグとは、ここザンダル村(そう、1年過ごす内に村の名前も判明したのだ。)から舟で1日のところにある中規模だが、ここいら一帯で一番大きな町なのだ。


 「隣村かぁ。ほなら、舟借りてわてらでも買い付けできるんやないか?銀貨もかなり貯まって来たしな。」とみぃ君がベッド派に転向してきた様だ。

 「羊毛っていつ刈り取られるの?」とめりるどんも、羊毛ベッドならと気持ちがベッドへ傾いた様だ。

 「いつでしょう?それは今でしょう~。」とももちゃんがドヤ顔で言う。「ダンガさんが言うには今頃がピークで、来月あたりまでは続くそうよ。」


 「それなら、ルンバ達に舟を一艘都合してもらって隣村まで買い付けに行くか?」とごんさんまでがベッド派になったようだ。

 「おおお!いいねいいね。お願いする~。」と、またももちゃんが独断で進めるが、誰も反対を唱えない。「ただね、4人分のお布団分だから、舟は2艘の方がいいかもよ~。」と締めくくる。


 4人の当面の目標は、早く大きな町へ移り住み、もっといろんなインフラが整備されているところで起業する事なのだが、それにはまず先立つものがいるし、この世界の常識や言葉、商習慣などについても情報を集めなければならない。

 だからこちらの世界へ飛ばされて凡そ1年経った今でも、あの家を借りているのだ。

 村では、ゴミ捨て場を改良したことや、酒を飲み屋に卸していることや、液体せっけんの便利さに慣れた村の主婦たちに絶大な人気がある事から、すんなりと迎え入れられているので、ある意味居心地が良い。

 新しい町へ移動すれば、最初から人脈を築かねばならず、人脈を構築するまではいろいろと物入りになるであろうことから、潤沢な資金があった方がよいと意見がまとまり、未だ4人はこの村に住んでいる。


 「私ね、前にも話したことあると思うけど、スペインに住んでた時、3か月だけ仕事のない時に、アビラ州の田舎に住んだことがあるんだよね。人口80人の村だったんだけど、その時仲良くしてもらった羊飼いのおじいさんが最近は羊の毛は売れないから、羊毛を捨てるって言われてね。だから無料で羊毛を貰った事があるんだ。」

 「えええーーー!何それ、すごい。」とはめりるどんが、朝食を食べる手を止めて顔をももちゃんへ向けた。

 

 「おじいさんがね、無料であげるのだから、羊毛は洗ったものはあげられないが、食べてる時にごめんね、糞や砂や草木が混じっている状態で良いのならあげるよって言ってくれて、自分で家の裏で羊毛を洗って使ったの~。」

 「全然大丈夫!それって洗うの大変だったの?」と興味を持ったのか、めりるどんが身を乗り出す様に聞いてきた。


 「うん、かなり。水だけだといろんな汚れ取れないし、お湯もあまり熱い物はウール洗いと一緒でダメだろうなぁって。まず、結構な量の虫の死骸がついていて、何日間かお水の中に漬けて、時々揺すって、水をやり変えてっていう作業をしてね、その後、何度もぬるま湯で揉む様にあらって糞を取り除いたよ~。」

 

 「で、ももちゃん、その洗った羊毛はどうしたの?」と興味津々のめりるどんが目をキラキラさせながら身を乗り出す。


 「村のね、一番お年を召したおばあちゃんを紹介してもらって、羊毛の紡ぎ方を教えてもらったの。あの当時はもう村に糸紬の手回し機もなくてね。それで簡単な糸紬の道具を自分で作りなさいって教えてもらったの。スペインの中華料理店では、自分がその店で使った箸を無料で貰えるので、それを貯めてたんだけど、それを一本犠牲にしてね、片方の端に切り込みを入れて羊毛の端を括り付け、もう片方の端は紙粘土とかを巻き付けて重りにしたの。で、羊毛の端を持ってその箸をくるくる回しながら毛糸を作っていったの。めっちゃ時間が掛かったけど、太目の毛糸になったので当時の彼氏にセーター編んだ。で、のこったのはクッションにした~。」


 「なんかアルプスの少女ハ〇ジの様な生活だねぇ。」とめりるどんがしきりに感心する。

 「実際、ベッドは普通だったけど、近くに牧場があってね、家から鍋を持って行ってそこで生乳を買ってたし、バターもね、その生乳から採った生クリームをね、インスタントコーヒーの空き瓶に塩と一緒に入れて、暖炉の前に座ってTVを見ながらしつこく上下に振ってバターを作ったりもしたなぁ。でも、めっちゃ振らなければいけないから、1度しか作ったことはないけどね。」とニカっと笑うももちゃん。懐かしそうに遠くを見る。きっと当時の事を思い出しているのだ。


 「村のおばさん連中と一緒に林の中を散歩してね、まつぼっくりを拾ったり、野生のアスパラガスや、じゃがいもとは違うんだけど野生のお芋を探しながら家に戻ったりして、楽しかったよ~。知ってる?松ぼっくりって数種類あって、松の実が採れる松ぼっくりは傘が閉まっていてね、外側が樹脂でちょっとベトベトするの。それをね、暖炉の火の近くに置いておくと、徐々に傘が開いて中にある松の実が採れるんだよ~。」

 「うぉぉぉぉ!なんかすげぇ。」とみぃ君もノリノリだ。「できたらここでもバター作りたいなぁ。」とは、さすが食学の先生だけはある。

 「いやいや、そりゃバターがあったら嬉しいけど、あれを作るのは・・・めっちゃ大変だよ。」とすかさずももちゃんが止めに入った。

 「まぁ、ここでは牛乳そのものがないからなぁ。」とごんさんが残念そうにつぶやいた。

 「え?でも羊毛があるのなら、羊がいるってことでしょうから、羊乳があるのでは?」とめりるどんが思案顔で答えた。

 「う~~ん、羊乳は臭いがキツイよ~。」とはももちゃん。スペインで食べた山羊のチーズの臭いが強烈だったのを忘れられないので、いくぶん鼻に皺を寄せている。

 「それって山羊じゃないの?羊の乳は臭くないって言われてるよ~。」とめりるどんが、その豊富な知識の中から思い出して訂正した。めりるどんは共感覚といって、文字を見ると色を感じるのだ。たとえば、『ももちゃん』という文字を見ると小豆色を感じる。普通ならももちゃんなので桃と連想して、ピンク色などを思い浮かべると思うが、彼女にとっては文字の塊が色を発するのだ。『ももちゃん』だと小豆色だが、ももちゃんの『も』の字だけだったり『もも』だけだとまた別の色が見えるそうだ。なので、何かを読むと、色として記憶され、なかなかその記憶を消去できないという。


 その話を聞いた時、ももちゃんは、「文字を見るという感覚と、色という感覚、もしかしたら理解するなどの感覚、記憶するという感覚とかが共鳴しているから共感覚っていうのかな。」と言い、それを聞いためりるどんは自分のことながら『共感覚』という名称をそういう意味で名づけられた言葉である可能性があると思ったことがなかったので、何かストンと理解できた気がしたらしい。


 めりるどんのこの共感覚で、実はこの4人はこの世界での生活を形成するための助けを多く得ていた。

 例えば、ももちゃんの砂糖シロップ作りは、うろ覚えの知識しかなく、偶然にも1回でシロップができたが、これはあくまで偶然だ。一方、めりるどんの共感覚で得ていた記憶のお陰で、以前作った子供の靴のキットの説明文から、難しい靴のパターンをほぼほぼ正確に再現できたことは、めりるどんの持つ能力のお陰だ。非常に役に立つ能力であった。


 今回も山羊の乳と羊の乳の違いについて試飲したこともないめりるどんが意見を述べることができたのは、以前に読んでいたブログでの知識を共感覚で覚えていたからだ。

 『山羊の乳』という文字を思い浮かべて浮かんでくる色と、以前見たことのある同じ色が頭の中でカチっとリンクさえすれば、その時読んで記憶したことがふっと思い浮かんでくるのである。


 ただ、最近のめりるどんは、この色が漠然としか判別できなくなってきているそうだ。

 例えば、紺色にもいろんな紺色があるが、その微妙な違いが以前はすぐに判別できていたのに、最近は加齢のせいか、紺色はほぼほぼ2~3種類の紺色としてしか識別できず、若い時分に識別していた多彩な紺色と結びつかなくなってきている。

 彼女にとって、記憶とは色で彩られ、その色を辿るのはたやすい事だった。だから他人よりも良い記憶力は彼女の特徴の一つでもあったが、最近では色の識別が緩く記憶力が落ちてきた様に感じる事が多い。それでも同年代の人に比べれば断然良い記憶力を誇るのだが、本人はもどかしい思いがぬぐえない様だ。


 そんなこんなで、羊の乳ならば購入を視野に入れ隣村へ行くべく、ごんさんを通してルンバに舟を都合してもらうこととなった。

 「なぁに、酒を少し分けると言えば、きっと2艘くらいは喜んで都合してくれるよ。」とごんさんは笑った。

 羊毛は洗浄していない方が断然安い様なら、洗浄していないまま購入した方が、セーターや手袋などの衣料分も買い込めるかもしれないので、その辺も考えようということになった。


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