アンナの告白 その1
それはもうすぐ正午という時であった。暇つぶしでベッドに寝転がってスマホをぽちぽちしていた時、異世界の扉がノックされた。
ミーヤが来たと思った俺はスマホを机の上に放り投げて起き上がり、そちらへと足をむける。そして扉を開くと、扉の前に立っていたのはいつもよりラフな格好をしたアンナさん一人であった。
「あれ、アンナさん一人ですか?」
俺はそう言いながらも、アンナさんの格好に少し驚いていた。帯剣はおろか、何時もつけている騎士の胸当てもしていない。そのせいでいつもより体のラインがはっきりと分かってしまい、少しどきっとしてしまった。
「は、はい」
俺の言葉に、アンナさんはぎこちなく頷づく。
「その、タナカ様に一つお伝えしたいことが」
「そうですか、とりあえず中に入ってください」
何やら訳ありだと考えた俺は、アンナさんを部屋の中へと招き入れた。それから椅子に座るように勧めようとした時、アンナさんが再び口を開いた。
「タナカ様」
「はい?」
立ったまま振り返る俺。
アンナさんも同じく立ったまま俺を見つめており、その顔は何か焦っているようにも見えた。
「えっと、その、タナカ様は私のことをどのように思っておりますでしょうか」
「え、どうって……」
唐突な質問に、応えあぐねる俺。
どのように思っていると言われても……。
「その、俺にはもったいないくらいの、立派な騎士だと思っておりますよ」
「いえ、そうではなくて、その……」
自分なりに応えたつもりだったが、どうやら求めていた解答ではなかったらしい。
珍しく歯切れの悪いアンナさん。数秒口ごもった後、目を積つむって一度大きく息を吐いた。
次の瞬間、アンナさんが大きく俺の方へと一歩を踏み出した。
至近距離に近づいてくるアンナさんの顔。思わず俺が後ろにたたらを踏むも、アンナさんは構わずそれ以上に距離を詰めてきた。
「タナカ様をお慕い申し上げております」
それはあまりに唐突な告白だった。あまりに唐突すぎて、一瞬なにを言っていのか脳が処理しきれなかった。
「私を女として愛していただけないでしょうか」
至近距離ではっきりとそういうアンナさん。そしてその表情が徐々に朱をおびはじめる。
数秒を要してようやく事態を飲み込み始めた俺の脳は、一瞬にしてオーバーヒートした。
「え!? いやいや、ちょ、ちょっと待ってください!」
いくらなんでもあまりにも唐突すぎる。
俺は慌てて半歩さがろうとするも、ベッドが後ろにありこれ以上下がれなかった。
「ほ、本気ですか?」
「本気です!」
アンナさんは力強くそう宣言した。その顔は緊張で汗ばんでいる。
俺の鼓動も、急激に激しくなってきた。
「タナカ様は、私が嫌いでしょうか?」
「いや、嫌いなわけないですけれど……い、一度落ち着いてください」
アンナさんの瞳に吸い寄せられそうになりながらも、僅かな理性を総動員させて、俺はアンナさんの両肩をつかんで少し下がって貰った。
そして自分もなんとか落ち着きを取り戻そうとする。
俺にはミーヤがいる。……そうミーヤがいるんだ。
ミーヤの笑顔が脳裏に思い浮かんだら、少しだけ落ち着けた。
アンナさんの気持ちは嬉しい。でも俺にはミーヤがいるから、アンナさんのとつきあうことは出来ない。あれほど俺を真っ直ぐと好きだと言ってくれたミーヤを裏切るなんて出来なかった。
「ごめんなさい、私にはミーヤさんを裏切る事なんてできません」
だから俺はそのことを、自分なりに真摯に伝えた。
「……そうですか」
俺の答えを聞いたアンナさんの顔が曇る。そして俯いてしまった。
申し訳ないことをしていると思う。けれど俺にはアンナさんを慰めることは出来ない。
だからせめて、精一杯謝ろうとしたその時、アンナさんが急に抱きついてきた。
驚いた俺は慌ててアンナさんを受け止めようとするも、支えきれなかった。
ベッドの上に倒れ込む俺と、それに覆い被さるアンナさん。アンナさんは俺の胸に顔をうずめたまま、ぎゅっと抱きついてきていた。アンナさんの柔らかい部分が直に俺に触れている。
「ちょ、ちょっ、アンナさん!」
アンナさんの鼓動が直に伝わる。
まるで金縛りにあったかのように、俺は抵抗の意思を奪われていた。
その時、密着していたアンナさんがおもむろに顔をあげた。
その顔は赤く、同時にどこか嬉しそうにも見えた。
「タナカ様」
アンナさんが俺を見つめる。
そのまま上体をだけを起こして、俺にまたがった形になるアンナさん。俺を見下ろすその口角は、僅かに上がっていた。
「私は、タナカ様に告白を断られてとても悲しかったです」
慈しむような表情を浮かべたアンナさんが言う。
「ああ、これが『答え』だったんですね」
アンナさんはそう言って笑った。
俺はアンナさんが何を言っているか分からず、戸惑いを覚えた。
「それに、ほら、触ってください、タナカ様」
そう言って、俺の手をとったアンナさん。
そしてそのまま導かれ、俺の手はアンナさんの胸をわしづかみにした。
俺の五本の指が、たわわなそれに沈む。その向こう側から伝わる鼓動。俺の神経が全て指先に集中していた。
「すごく、鼓動が早い」
そう言ってうっとりするアンナさん。
それからおもむろに、異世界の扉の方に向かって声をあげた。
「ミーヤ! ミーヤ!」
「え!?」
アンナさんの言葉に、俺は慌てて異世界の扉の方に目をやる。
異世界の扉。その扉が、アンナさんの言葉に反応するようにゆっくりと開いた。
不味い、と思ったがもう手遅れだった。
扉の向こうから現れたのはミーヤ。
ベッドで密着し、俺にまたがったアンナさんと、アンナさんの胸をもんでいる俺。
そんな俺達を見つけたミーヤの目が、一瞬にして見開かれる。
俺は必死に、弁明の言葉を探した。
「や、ミーヤ、これは……」
「あ、アンナさん! 何やっているんですか!」
『これは違うんだ』、そう弁明しようとした俺を無視し、ミーヤはアンナさんに向かってそう言った。
ミーヤは少し拗ねたように口をとがらしている。
「ミーヤ、聞いてくれ! 『答え』が見つかったんだ!」
アンナさんがミーヤに向かってさけぶ。
先程から言っているその『答え』とは何なのだろう。
アンナさんが再び俺を見る。
「私は、タナカ様を愛しているんだ」
アンナさんはそう言った。
「では、告白は上手くいったんですか?」
「いや、ミーヤがいるからと断られた」
ミーヤの言葉に、アンナさんがはっきりと言う。
俺はいよいよ混乱してきた。どうやらミーヤはアンナさんが告白することをしっていたらしい。
「しかし、私は諦めるつもりはないぞ。何故ならタナカ様を愛しているから」
そう言って、アンナさんは胸に押し当てた俺の手を、強く握りしめた。
「ぬ、抜け駆けは駄目です!」
脳内パニックなその時、ミーヤがつかつかと歩み寄ってくる。
そしてベッドにダイブしてきた。
気付けばベッドの上で、俺を中心として左側にミーヤ、右側にアンナさんが密着していた。
二人とも俺の両腕にしっかりと、腕を回している。俺は状況が意味不明すぎて、一周回って少しだけ落ち着いてきた。
「え、えと、お二人とも、その、これはどういう状況で……」
「その、アンナさんに負けないようにって思って」
「私はタナカ様を愛している喜びを噛みしめているのです」
俺の質問に、二人はそれぞれそう答えた。
「その、そもそもミーヤさんはアンナさんがこうすることを知っていたんですか?」
「えっと、告白をするというのは教えて貰っていました。だから家の前で待っていたんです。ですがここまでするとはちょっと予想外でしたけれど……」
ミーヤの答えは俺にとってかなり意外だった。
「ミーヤさんは俺がアンナさんとつきあっても良いんですか?」
思わずミーヤの方に顔を向けて尋ねる俺。
至近距離にあるミーヤの顔は、俺やアンナさんと同じく少し朱色である。ミーヤははにかみながら頷いた。
「ずっとこうなるような気はしていたんです。それにアンナさんなら良いって思えるんです」
ミーヤの言葉に、俺は口をつぐむ。
「タナカ様」
アンナさんが俺の耳元で囁く。
顔をそちらに向けると、アンナさんが俺を見つめていた。
「お慕い申し上げております、タナカ様。私とつきあっていただけないでしょうか」
アンナさんがそう言った。その表情はいつもの凜々しいものではなく、まるで恋する乙女のようだと思った。
その瞬間、俺の胸の奥に重量を持った何かがずしんと落ちた。まるで雲の中にいるような気分だったのに、いきなり地に足が着いたような、踏ん張るべき地面を見つけたような、そんな感覚になった。
そしてそんな感覚を教えてくれたのは、間違いなく俺の両脇にいる二人の女性である。
テンパっていた脳が、少しだけ冷静さを取り戻していた。
「……はい」
俺は自分の意思で頷いた。
「「「「ブラボー!」」」」
その瞬間、いきなり大人数の声が横から聞こえてきた。
驚いて上体を起こして、その声の方を向く俺達三人。
そこには、テーブルの上で拍手をする、大精霊達の姿があった。
「よくやったです、タナカ。へたれなお前でもやれば出来るです」
「これから寝ても覚めてもやりまくりです?」
「ぼて腹、ぼて腹」
そう言って俺達を祝福(?)する大精霊達。
「だ、大精霊様」
大精霊の姿を見たアンナさんは、慌ててベッドから降りて、床に跪いた。
「ダークエルフよ、これからもタナカとただれた関係を築いてゆくです」
「やってやってやりまくれです」
「はっ! 了解いたしました」
大精霊のとんでもない要求に深々と頭を下げるアンナさん。
一方その横で驚いた表情をしているミーヤであった。




