わけあってサポートキャラ辞めます。
「おはよう」
もうすぐ通い始めて一週間の聖翔桜丘学園の校門が見え始める場所で、前方で立ち止まっていた女の子と目が合ったと思ったら、そう挨拶された。
ふわふわと風になびくピンクの髪、大きくてぱっちりとした瞳、幼さの残る丸みを帯びた頬、愛らしい唇。
彼女の姿を初めて近くで見た私は、ごんっと頭に水の入ったバケツをぶつけられたような衝撃を受けた。
それと同時に、今の私が辿った事のない記憶が怒涛の勢いで流れ込んでくる。
目の前で、大丈夫?と首を傾げる彼女、確か名前を小笠原由依といったはずのクラスメートの姿を、もう一度上から下まで確認した。
「『きみらぶ』のヒロイン……?」
思わず、そう呟いてしまった私を見て、小笠原由依の可愛らしい顔がぎょっとして、目を見開いた。
「何でそれ……、もしかしてあなたも転生者?」
「て、転生? あーそっか」
彼女にそう言われて、そういう事かと改めて自分の姿を見下ろした。
思わずきゅっと握り占めた手には、最後に覚えているネイルアートなんて、した事もないような、健康的に子供らしく整えられた爪。
「……今、由依の姿見ていきなり思い出したから、まだちょっと混乱してる」
「今思い出したばかりなの!?すごーい!わたしを見て思い出すって、相当『きみらぶ』やりこんだって事?」
「うんうん、ゲームめっちゃはまったよー。ネットから離れられなかったし」
「わかる!わたしもわたしも!わたしは子供の頃から記憶があったから、この学園に来るの凄い楽しみだったんだぁ」
そう言って、えへへとはにかむ微笑みが、ヒロイン補正なのかやたら可愛い。
いや確かにゲームのヒロインを張るだけあって、容姿はとても可愛いのだけれど、何かオーラみたいなものを感じる。
「それはヒロインとして転生したからには、テンション上がるでしょ」
「うん!これからの高校生活のためだけに生きてきたって言っても過言じゃないもの」
今度はえっへんと胸を張る姿まで可愛い。
いいなぁと思ったところで、ふと自分の容姿を思い出し、あ、と気づいた。
「私、サポートキャラじゃん!」
「そうなの。ゲームだと初日にかがり様の方から話しかけてきてくれるはずなのに、いつまで待っても話しかけてくれる感じしないから、これは自分から行かなきゃって思って」
「んー確かに別に席が近いとかってわけでもなかったし。何かこんなに近くに来るまで、意識した事なかったかも」
「ひどいっ!わたし、どれだけかがり様に話しかけて欲しかったか…!」
ちなみに、かがり様とは私の事だ。
『きみらぶ』のゲームは、ボタン一つで相手の親密度が分かるゲームと違って、サポートキャラのかがりに情報もらいまくるある意味、乙女ゲーム初期型みたいなシステムだった。
しかも、このかがり、仲良くならないと何であなたに自分が集めた情報を教えないといけないの?っていうかなり手のかかるサポートキャラ。
友情エンド用だとわかっていても、お願いします、かがり様ぁ!って台詞を何度言わされた事か。
このヒロインである由依も、素でかがり様と言っちゃってるあたり、ちょっと面白い。
「待って待って。さすがに今はかがり様はやめて」
「あ、つい癖で。じゃあ、かがりちゃんでいい?本当にかがり様って呼ばなくて平気?」
「平気平気。私も普通に由依って呼んじゃったけど、いい?」
「うん。わたしもゲームやってる時は、由依って呼び捨て派だったし……、ぶっちゃけて言うと、あの頃は本名入れてゲームしちゃってたけど」
「そこは、お互いの黒歴史っていうか、お互い隠そうよ!」
まさか、こんな話題でいきなり盛り上がれるとは思わず、二人して我に返って吹きだした。
登校時間のために、立ち止まって二人で盛り上がる私達のそばを、いろんな生徒が一度はこちらを見てから通り過ぎていく。
「あーかがりちゃんがいい人そうで良かった。ゲームの世界ってわかってても、今は現実でしょ?ゲームよりも、すっごいプライド高かったりしたらどうしようって思ってたの」
「んー普通でごめんっていうか、謝らないといけない事はあるかなぁ」
「え、何何?やっぱりかがり様より上の、もっと凄い呼び方しろとか、プレゼントをまず持ってきなさいよとか?」
「いやそういうんじゃなくて、もっと簡単な……」
不思議そうに首を傾げるヒロイン由依に対して、思い切って言葉を続ける。
「私、これといって男達と仲良しってわけじゃないから、ゲームみたいに親密度とか一切わかんないよ」
「え?」
攻略対象として存在する彼らの事を、そういう目で意識して見た事は一度もない。
確か、俺様生徒会長と、鬼畜メガネ副会長。風紀の鬼畜先輩に、美術部の天然先輩。
同学年では女に軽い茶髪君と、不良の赤髪君。隠しキャラが確か同じクラスにいたはずだ。
入学してから一週間では、学園で人気が高い先輩達の噂話は軽く耳に入っているけれど、その程度。
同学年の三人、チャラ男と不良は見た事ないし、同じクラスの隠しキャラは……残念ながら影が薄くて、記憶をたどらないとちょっと……という感じ。
まあ、この後教室に行ったら、折角なので意識して見てみようとは思うけど。
「っていうか、ある意味お互いゲームフルコンプ状態だよね。私の存在って別にいらなくない?」
「あ、ああああそっかあああ!」
考えた事もなかったと、由依が驚きの声を上げる。
「学校が始まったらまずはかがり様と仲良くなって、しか考えてなかった……」
しゅんと落ち込む由依だったけれど、ふと思い出したように顔を上げた。
「あ、でも私ゲームはさらっとやって違う方に力注いでたから、ゲームの流れの記憶って実は曖昧なの」
「え、そうなの?」
違う方って何だろう?
「うん。だからやっぱりかがりちゃんの力は必要だと思う」
「んーよくわかんないけど、まあ出来る事があるなら手伝うよ。とにかく由依はヒロインなんだから頑張って! 私は皆がヒロイン通じて知り合って、絡んだり言い合いしたりするの楽しみに待ってるわ」
「……ねえねえ、もしかして、かがりちゃんもいける人?」
今まで可愛いがデフォルトだったヒロイン、由依の目が怪しく光る。
背筋がぞわっとしたんだけど。
「え、な、何?」
「もう隠さなくていいよ!ぶっちゃけ私の一番の楽しみもそれだから」
「だから、何の事ってば」
「誰と誰にくっついて欲しい?」
「え、ちょっと待って」
もう嫌な予感しかしない。
焦る私に全く気付かない様子で、由依は今日一番の笑顔を見せた。
「私は絶対貴仁先輩×壱夜なの!そうなるように、私すっごく頑張るからっ!」
ぎゃああああっ
このヒロイン、いわゆるあれだった。腐女子と呼称される、男同士が好きな人!
「ちょ、ちょっと待って!私違う!」
「え、だってさっき皆が絡むの見たいって言ってたじゃない」
「それ何か違う!私が言いたかったのは、接点の無いイケメン達がヒロイン通じて友達みたいになってく、つまりファンディスクみたいなのを、リアルで見たいっていう話!」
「えええ、でもほら似たようなものじゃない?」
「全然違うっ!」
そういう趣味な人を否定するつもりは無いけれど、私はいたってノーマルカップル押しだ。
ファンディスクみたいに、彼らが面白おかしく絡むには、全員とある程度仲良しの逆ハーレム状態に持って行かないといけないはず。
皆のお相手は私じゃなくてもいい。ヒロイン自体目の前にいる事だし。
出来れば傍で、そんな彼らの姿を近くで見たい。
由依には、そっち方面に頑張ってほしいと思ったんだけど……
「でも私そっち系に進める気しかないんだけど…。だって私腐女子ヒロインだし」
「自分で言うな!」
由依には悪いけど、全力で拒否させて頂く。
「自分の恋愛は、別に攻略対象じゃなくていいの。ゲームだと彼らしかいなかったけど、ここはリアルだし、彼ら以外にもいい人って絶対いると思うんだよね。皆には……うふふふふふ」
怖っ!!!
「だから、お願い!やっぱり私の本望を成し遂げるには、サポートキャラのかがりちゃんの力という名の、ゲームの記憶が必要なの!手伝ってくれるよね!」
答えはノー!断固拒否だ!
どれだけヒロイン補正で、きらきら輝く笑顔を見せられようと、絶対に嫌だ。
完全に由依に対して、引いてる私が答えを言う前に、違う方面から声が響いた。
「おい、そこの二人。時計を見ろ。遅刻するぞ」
よく通る落ち着いた男性の声音。
顔を上げると、少し離れた校門の前には、攻略対象の一人。
風紀委員の鬼畜先輩、高円寺雪也が立っていた。
「す、すいません」
慌てて由依が走り出す。
一瞬見た横顔が、獲物を見つけた肉食獣の目の輝きを放った事に、本気でびびった。
一押しカプは、生徒会長の俺様貴仁先輩と、たらしの壱夜と言ってたけど、たぶん雪ちゃん(ゲームで仲良くなるとこう呼ばせてくれる)の事も誰かしらとくっつける気満々のそんな目だ。
これはまずい。
私も慌てて彼女の後を追いかけるように走り出す。
そこで、ふっと記憶が舞い込んできた。
入学して一週間、遅刻すると駆けるヒロインと、校門前で挨拶のために立っている風紀委員の雪ちゃんとの出会いイベントのスチル。
そうだ、確か校門に辿り着く、雪ちゃんのそばを駆け抜ける直前で、ヒロインが何もないところでこけて、それを咄嗟に雪ちゃんが腕を伸ばして支えて……
そんな事を考えながら走ったのがまずかったのか。
華麗に駆ける由依の後ろ姿になびく、ピンクのふわふわの髪が綺麗だなぁって思ったのがまずかったのか。
あ。
と、思った時にはバランスを崩して、急激に近くなる地面。
思い切りこけたのは私だった。
ゲームのように受け止めてくれる腕もなく、思い切り地面に両膝を打って倒れこんだ。
は、恥ずかし過ぎる……!
慌てて立ち上がろうとした私の前に、すっと手が差し出された。
由依だと思って、ありがとうと手に捕まりながら顔を上げれば、まさかの美形雪ちゃんのアップ。
ぎゃっと声に出さなかった私を誰かほめて欲しい。
「気を付けろ。…結構派手に転んだな。教師には俺から話しておくから、クラスと名前を言って、お前はこのまま保健室に行け」
「え、あ、B組の望月かがりです」
言われて見下ろした両膝は、薄っすらと赤くなって血がにじんでいた。
雪ちゃんの後方を確かめると、ヒロイン由依の姿は無い。
あの子、本当にゲームの記憶が曖昧なのか、華麗に雪ちゃんとの出会いイベントスルーしましたよ。
「歩けるか」
「はい、ちょっと痛いけど大丈夫です。お手数をおかけします、本当に申し訳ありません」
言いながら頭を下げる。私の馬鹿丁寧な言い方は、あれだ。
これ前世で仕事で失敗した時に使っていた、常套句。思わず出てきちゃった。
顔を上げると、奇妙な顔をした雪ちゃんと目が合った。
「そこまでかしこまる必要もない。行くぞ」
「はい」
歩き出す雪ちゃんの後ろに従って、慌てて私も早歩きで彼の後を追った。
じんじんする膝は意識すると痛さが増す気がして、気付かない振りをする。
背の高い彼のブルーブラックの髪が、風にそよぐ後ろ姿を見ながら、私は心に決めた。
サポートキャラ辞めよう。
彼らをヒロインから守って、まっとうな高校生活を送れるように頑張らねばと。
なんだか逆ハー狙い=ビッチみたいなのばかり見かけたのでミ(ノ_ _)ノ=3 ドテッ!
悪役にするにはしょうがないんだけど、こういうのも面白いかなぁって考えて序盤だけ投下!
この後は、いかに男同士でくっつけようとするヒロインと
ライバルキャラに転身した二人の戦いとなります(笑)
読んで頂き、ありがとうございました(>Ц<●)




