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第一章1-6 幸運・・・? ◇

――――ユリアーナ――――



忘れてました・・・すっかり忘れていました・・・。


彼は人では、なかったんでした。


彼は、竜。


黒竜でした。



あははは・・・。


幸せ・・・。まあ、私なんかが黒竜の近くに入れるだけでも幸せなんでしょうね・・・。


たった一日で随分と人生経験が生れました・・・。


あははは・・・・。



乾いた笑い声が自然と出てきました・・・。


なにか、人間としての精神の扉が一つ開いたようです。





今は、キルア様は、馬車の荷台でライ麦パンを食べておられます。


人間の食べ物を気に入ってくれたようです。よかったです本当によかったです。


どうやら、キルア様は人間の知識をある程度は知っていたようです。


人語は両親に習ったと言われていました。


人間の政治や身分の区分なども知られていました。


買い物という概念もありました。




しかし、それは、本当に本当に知識だけ《・・》だったのです・・・。




まずは食事でした。


キルア様がお腹がすいたと、おっしゃられたので私は宿屋の奥さんにすぐに頼みました。



宿屋の主人や奥さんはすぐに戻ってきた私を不思議に思っていたようです。


当然でしょう。生きては戻れないという、死の谷に向かい。戻ってきたのです。


しかも、背中に黒髪の男を背負って。


正直に、宿屋の主人に「大洞窟まで行って黒竜をさらってきました」なんて言えません。


宿屋も背中の男に関して、何も聞いてきませんでした。さすが、商人です。



私は、大急ぎで昼食を用意してもらいました。


ちょうど昼だったこともあり、すぐ貰えました。


ライ麦パンにスープ。一般的な庶民の昼食です。


私はすぐに持って行きました。



どうぞ、と言い差し出しました。


キルア様は、差し出した昼食を見つめています。


やっぱり、庶民の料理など口に合わないのでしょうか?


私は馬鹿です。


キルア様から不思議そうに「これはなんだ?」と聞かれて、そのまま「食べ物ございますが?」と答えてしまった。


キルア様は黙ってしまった。



やっぱり王族の口には庶民の味なんて合いませんよねっ。


なんて事を考えていました。



キルア様が困ったように「俺は黒竜だぞ」と言いました。


私はなんて馬鹿なんでしょう。


キルア様は黒竜で人間ではありません。


人間と違うのですから人間の食べ物なんて食べたことも無いでしょう。


なにを、勝手にキルア様を悪く思っているのでしょう。


さっきの質問は、純粋に何かわからなかったのでしょう・・・。



黒竜には黒竜の食べるものがあるのだ。




黒竜の食べ物・・・。たしか、宝石だったはずだが、今の自分には宝石を買う余裕は無い・・・。


死の谷で鎧と一緒に捨ててしまった。


残っているのは、馬車の荷物に隠していた金貨二枚と銀貨二枚、そして銅貨が数枚だ。


金貨も一枚は持っておきたいし、まだ王都までは距離がある。


金貨一枚は出発の用意に使わないといけない。


宝石など買えない・・・。


宝石は買えない。宝石の代わりに何が食べれるか聞くつもりだったが、キルア様は、「食べる」と言ってくださいました。



本当にいい黒竜です。


これまで私にいいとこなしです。


黒竜にかなり気をつかってもらっています・・・。




キルア様は、食べ方が解らないそうなので丁寧に教えて差し上げました。


これぐらい返さないと。





でも、キルア様が知らないことは食事だけではありませんでした・・・。


なんていうか、全てでした。


人間としての常識を全て知らない。言葉のしゃべれる赤ん坊です。



それも、当然ですよね・・・。


竜の体から人間の体に変化したんです。


歩くなど基本なことは出来ていましたが、風呂には入ることや、服をほとんど着て過ごす週間が無かったことはまだましだったんですが・・・。


生理現象? トイレの仕方を解っていなかったんです・・・。


なぜか私は、男と一緒にトイレに入らなければ、いけなくなったんです・・・。


しかもやり方を教えるなんて・・・。


ヤバイです。この体験を早く記憶から消したいです・・・。



救いは、キルア様の覚えのよさでした。


一回ですべて覚えてくれたので、二度もあんな経験しなくてよくなりました。


もう、ホンとに忘れたい・・・。


男の背後に回りズボンを下ろして教えるのだ。


何回、悲鳴をあげたのか解らない。


うん・・・。もう忘れよう。アレは夢だった。これでいいです。


とんでもない幸運かと思っていましたが、違ったようです。


いきなり、母親になった気分です。まだなのに・・・




昼食を時間をかけて教えながら食べさせた後。


キルア様を連れて、村の金物屋に行きました。


武器を手に入れるためです。


宿屋に聞いたら武器屋は無いが金物屋が武器を取り扱っていると教えてもらいました。


黒竜との戦いで鎧と大剣を失ってしまいましたから買わないと非常にマズイです。


山賊や魔物がいる森を通ったりするのに丸腰ではいくらなんでも無謀すぎる。


一番に手に入れなければいけない物だ。


キルア様を連れてきたのは武器を持たせるためでもありましたが、どこまで人間と接せられるかというテストだ。



テストしてみたら案の定ダメだった。


まず偉そうで、すぐに自分の正体を言いふらす。


そんなつもりはないと、わかってはいるが、村人に怪しまれていた。



これは、マズイ。


私は、武器を買ってから宿に戻り、まずは、口調を治すことにした。


散々脅かしたので偉そうな口ぶりや、黒竜と自分からバラさないだろう。



教え終わる頃には、夜になっていた。


部屋を二部屋借りる余裕はなかったので一部屋で眠ることに・・・。


明日のことを相談してからランプの明かりを吹き消す。


月明かりで薄っすら人の顔がわかる。


先手を打って床で寝ますと言ったが、キルア様はベッドに寝ろと言われました。


二人でベッドに入ります。


ゴソゴソとキルア様が服を全部脱ぎました。


・・・予想はしていました。ベッドに寝ろと言われたときに気づいていました・・・。緊張で目が覚めますっ!


確かに、心と体を差し出すと契約しました・・・。


しかし、早すぎです! まだ心の準備が出来ていません・・・。


怖いです、震えてしまいます。体中から冷たい汗が噴出します。



キルア様の腕が背中に触れました・・・!


ううーっ。


目をつぶります。初めてはものすごく痛いと聞いていますが、仕方ありません・・・。



「・・・・・んっ?」


いつまでたっても動く気配がありません。


「あれっ?」


キルア様の顔を確認します。


・・・熟睡していました・・・。


「・・・」



私は、また失敗したようです。






朝が来ました。


一睡も出来ませんでした。


何もしてこないといっても初めて男と同じ布団に寝ているんです。


眠れません。



まだ、朝日が昇り始めて間もない時間に静かにベッドから出ました。



少し早いですが出発の準備を始めました。


事前に代金を払っておいたので取りに行くだけでした。



まずは馬に餌を与え、馬車につなげて村の入り口に連れて行きました。


井戸にある馬用の柱に馬の手綱を結びつけ、店を回る。


事前に代金を渡していたので用意してくれていた。


まだ夜も明けていない時間なので、だめもとで行ったのだが店の人は早起きでもう起きていた。


疑問に思っていると店の亭主が教えてくれた。


死の谷の毒が薄まる時間が夜明け前らしい。


採掘者の村人は毒が薄まる時間に死の谷に入るためにこの時間には起きているのだ。


この村では、日が昇る前に起きて働き始めるのだ。


だからこの時間でも店は開いているそうです。



新たに疑問が生れた。


死の谷に入って平気なのかという疑問だ。


村人に再び尋ねると死の谷は奥に行くにつれて毒の濃度があがっていくために、奥には入らず谷の入り口で採掘すれば問題ないそうだ。


まあ、方法は死の谷の近くに、生れたときから住んでいるために出来ることで、よそ者には不可能な方法らしい。


死の谷の近くで生れた村人は毒にある程度なら耐性があるので短時間で毒が薄いと人体に影響しないらしい。




最後の荷物を荷台に乗せ終わっていた時。


ちょうど、キルア様がやってきた。


軽く朝の挨拶を交わした。 よかった。服をキチンと着てる。


キルア様が出発できるか聞いてくる。


荷物全て乗せたのですぐにでも出発できる。


キルア様の口調は完璧です。


偉そうな・・・爺くさい口調から、普通の青年のような口調に変わっています。


自分のことを「我」なんて変な一人称は、今の人間の姿のキルア様には似合わなかったので、やっぱり治してよかったです。


しかも昨日教えた最低限の常識をもう応用して使っています。


偉そうな態度が無くなって会話が緩やかに進むようになりました。



キルア様の提案どうり、店で朝食にライ麦パンとスープを買いました。


いよいよ、村を出発します。


これから森を越え、平原を越え、二つ山を越えたら王都につきます。


一人で片道一ヶ月。補給をしながら強行軍して一ヶ月です。


今は補給に使えるお金が無いのでどこかの街で働かないといけません。


急がないと・・・! 後半年しか時間は無いのです。


いや、半年はあくまで目安だ。出来るだけ早く王都に連れて行かなければ・・・!



私は馬の手綱を持つ手に力が入ります。


次の目的地は、一週間ほど進んだところにある街、グラールだ。



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