表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
清廉な令嬢は悪女になりたい  作者: エイ
番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/40

影さんは最近仕事が楽しい2

 ***


 姫側の侍女があれから何度も宰相に接触しているが、そのほとんどがマリーさんに関することだった。ただただマリーさんに関する罵詈雑言を吐くだけの無駄な時間だ。

 それを聞かされる宰相もうんざりしているようだったが、その裏にある姫側の本音が伝わらないせいで何度も聞く羽目になっていることに気付いていない。

 屋根裏でその話を聞いている俺と報告を受けた殿下は理解しているのに、無能すぎだろあの宰相……。

 姫の侍女は自分たちが指示したことになるのを避けたいのか、はっきりとは口にしないが、要は『そちらの責任であの女を処分せよ』ということらしい。

 最初の面会でなにがあったか分からないが、マリーさんが姫の逆鱗に触れたようだ。

 姫至上主義の奴等はマリーさんを罰したいようで、なんとか宰相の判断でやらせようとしている。まあ鈍い宰相には伝わってないのだが。


 それにしても、姫側はなにをそんなに焦っている?

 やっていることも、支離滅裂だ。自分たちで提案して、わざわざ連れてこさせた代理母を殺す気か? 

 殿下も警戒を強めていて、俺に定期的にマリーさんの身辺に異常がないか度々監視に向かわせた。

 小屋の周囲や森の中を一通りチェックするが、罠が仕掛けられている様子はない。姫の配下も特段変わった動きは見せないので、マリーさんたちも表面上は穏やかな日々で、毎日楽しそうに過ごしている。

 だが、マリーさんの侍女はなにやら画策しているようで、仲良くなった衛兵から情報を引き出そうとしているのをたびたび見かけた。特に年寄りの衛兵には姫の動きを探らせている。

 仲良くなった衛兵を利用するのは悪くない考えだが、いかんせん相手が悪すぎる。一介の兵士が下手に密偵の真似事をすれば、あちらがどのような対応にでるか分からない。隠密の立場としては悪手だと言いたいところだ。

 マリーさんが指示しているわけではなく、エマさんの独断のようだ。

 もともと主従の意識が無さそうな二人だったが、エマさんはちょっと勝手が過ぎるかな。確かにマリーさんはぽやぽやしているから、自分が主人を御す立場だと思っているのかもしれないが、完全に越権行為だ。


 主人を侮っているタイプの侍女なんだろうと、この時の俺は少し嫌な気分になっていたのだが……それが間違いだったと思い直す出来事を目にする。


 それはいつも通り彼女たちの様子を屋根の上から見下ろしていた時だった。


 朝から選択をしていたマリーさんだったが、どうやら小屋に残されていた石鹸が残り僅かになってしまい、どうしようかとエマさんと相談していた。


「石鹸、これで最後なんだけどどうしようかしら。石鹸代わりになる植物があるって聞いたことあるけど、エマ覚えている?」

「石鹸もだけど、着替えもそろそろ生地が傷んできたから、新しいのが欲しいのよね」

「うーん、まあそれは繕えばいいし……あ、でも下着はもう無理かなあ」


 軟禁生活が長引くにつれ、小屋に残された在庫だけでは色々限界が来ているようだった。これは急ぎで報告だな、と思っているとエマさんが話を続けた。


「じゃあ、アーロンさんたちに石鹸も頼んで持ってきてもらうよう頼んどくわ。石鹸の一個や二個、懐に入るでしょ。でも下着は……アーロンさんじゃ無理ね。エドさんにでも頼もうかしら」


 この間、巨大な塊ベーコンを服に詰めて持ってきたくらいだから、服も懐に入れてきて貰えば……と笑って言うエマさんに対し、マリーさんは同意しなかった。


「ダメよ。アーロンさんたちは善意で私たちに食料を提供してくれているんだから、それを当たり前と思ってはいけないわ。食料なら料理でお礼ができるけど、石鹸や服はただ貰う一方になってしまうんだから、頼んではダメ」


 その時のマリーさんは、いつも通りの声音だったにも関わらず、なぜか反論できない圧を感じた。エマさんはサッと顔色を青くし、『ごめん』と一言謝ってこの話は終了した。


「……へえ。ちゃんと根っこの部分では、ちゃんとマリーさんが主人なんだな。おもしろ」


 普段、マリーさんをコントロールしているのはエマさんのほうだ。主従の区別ができていないグダグダな関係かと思ったら、やっぱり主軸となっているのは主人であるマリーさんだった。

 叱られて真っ青な顔で俯くエマさんに、マリーさんはいつもと変わらない明るさでもう別の話をしている。しばらく反応がにぶかったエマさんだったが、明るい笑顔につられるようにすぐいつもの調子を取り戻していった。

 その様子をつぶさに観察しながら、俺は彼女たちの関係性をもう一度考え直していた。


「エマさんは、マリーさんを支えているように見えるけど、けっこう精神的には依存しているのかな。マリーさんに何かあったら簡単にぶっ壊れそう」


 エマさんのような、ああいう計画的なタイプは案外神経が細い。

 彼女が衛兵に無理を言って情報を集めようと画策しているのも、恐らく不安の表れだ。

 純粋にこの生活を楽しんでいるマリーさんと違い、エマさんはこの状況にじわじわとストレスを貯めている。そのうち限界がきて、無茶をし出すかもしれない。

 あまりゆっくりはしていられないな、と彼女たちを見下ろしながら、殿下への報告のため執務棟へと戻る。


 ***


「殿下、例のご令嬢に差し入れを持っていったら好感度上がると思いますよ」

「……は? なんだその報告は?」

「石鹸が無くなりそうで困っているそうですよ。ちょうどそこへ、殿下が欲しかったものを持って現れたら、ご令嬢はすごく喜んで殿下への好感度も爆上がりするんじゃないですか?」

「おい、影。殿下に変な入れ知恵するなよ。そんな調査頼んでないだろ」

「いや待て、詳しく話をきかせろ」


 報告ついでにアドバイスを付け加えたら側近のノアさんにちょっとキレられた。愛する我があるじはがっつり食いついてきたので、マリーさんが森に一人になる時間帯なども教えて差し上げた。


 その後、本当に差し入れを持ってマリーさんの元を訪れた殿下は、恐らく殿下史上最高のニコニコ顔で森から戻って来られた。ご機嫌の殿下をノアさんがこれまた見たことないくらい渋い顔で出迎えていたので、その様子が可笑しくて俺は笑いが止まらなかった。


 ***


 俺の最近の仕事は、マリーさんの監視および護衛、姫の側近たちの調査、そして時々紛れ込む間諜の捕獲と後処理などが加わり、とにかく忙しい。

 マリーさんの監視は楽しいけれど、最近余計な仕事が増えそうな気配がする。

 エマさんが、衛兵に余計な頼み事をしたせいだ。

 姫の従者たちの情報が欲しいと頼まれた衛兵が、姫の療養所の周囲をうろつくようになったのだ。さすがに直接従者たちに声をかけたりはしないが、その近辺で働く使用人たちに雑談と称して色々聞き込んで回っている。

 会話する声を拾い聞く限り、姫の従者たちの様子を調べているようだった。


「掃除をしていただけなのに、騎士に殴り飛ばされたんだ……」

「汚らしい下女が近づくなって怒鳴られたわ……」

「……だから、その下働きの奴が折檻されているのを見て、俺は怖くなって……」


 長年王宮に勤めている老年の衛兵は顔見知りも多く、相手も警戒心を抱かないようで割と口が軽くなって、普段ならタブーとなっている姫の従者たちへの愚痴や不満をポロポロと漏らしている。

 聞こえる話は大抵、従者たちの傍若無人な態度に対する不満に恐怖が混じっている。

 こういう下の者の話は報告としては上がってきていなかったので、俺は心の中であの衛兵に感謝を述べる。彼が動いて聞きまわってくれなければ知り得なかった情報だ。是非有効活用してやろうじゃないか。


 それにしてもここ最近、姫の従者たちは以前にも増してピリピリしているようで、周囲で働く使用人たちはいつ難癖をつけられるか分からないので皆怯えて、配置換えを希望する者が増えているそうだ。

 こちらの国を見下している彼らは、最初から平民の使用人たちを粗雑に扱っていたが、ここ最近はそれに拍車がかかり、八つ当たりのように平気で暴力をふるうようになっている。


 衛兵が聞き込んだ情報は有難かったが、これ以上目立つとあの衛兵の身も危なくなってくる。

 姫の騎士と揉めて刃傷沙汰にでもなれば、国軍が黙ってはいない。その責任を取らされるのは、夫であるクリストファー殿下だ。


 部隊長を通して釘を刺すか……と考えているうちに、聞き込みをしていた衛兵が、療養所の裏手に潜り込もうとしているのを見つけてしまった。


 怪しまれないよう注意を払っているが、彼らが気を配るのは従者たちだけで、隠密の存在に気付いていない。

 案の定、隠密が衛兵の動きを察知して様子を窺っている。これでまた、文句と苦情のオンパレードだろうなとげんなりしていたら、なんと隠密の手に得物がにぎられているのが目に入った。


「おいおい……まさか殺す気じゃないだろうな?」


 隠密の後ろについてそう声をかけると、相手は驚いて手にしていたナイフを取り落としそうになっていた。それだけで隠密としては三流だと分かる。


「……姫様の屋敷に入り込んだネズミを放置する馬鹿がどこにいる」

「ネズミじゃないんだわー。うちの国軍所属の兵士なんだわー。ココ、姫さんに与えられた屋敷だけど、元を正せばウチの国の敷地だからね? アンタらの国の領土じゃねえのよ、分かる?」


 国軍兵士が近づいたからとて、不法侵入などという主張は通らないと懇切丁寧に教えてやると、相手は手にしていた得物をそっと鞘に納めた。衛兵が診療所の建屋には近づかず戻って行ったからというのもあるが、ことを荒立ててはあるじの首を絞めることになりかねないと判断したのだろう。

 こちらを一睨みして、隠密の男はすっとその場を離れていった。


「あれ、止めなきゃマジで殺すつもりだったか?」


 ポリポリと頭を掻きながら、さきほどのことを思い返すが、どうにも違和感が拭えない。

 姫の従者たちは、もとよりこちらの人間を信用していないのを隠さず、使用人すら受け入れていないが、だからと言って、療養所に近づいただけで強硬手段に出ようとするのは、いくらなんでもおかしい。


「なーに隠してンのかねー」


 隠しているなら暴くまで。

 人嫌いなせいで、普段侮られがちなクリストファー殿下だが、知略には長けている。恐らく俺がこれから持ち帰る情報も、奴らを追い詰める材料のひとつになるだろう。


「近く、事が動くかもな」


 ***



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ