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夕方になり、皆が帰ると急に静けさが耳について、エマは食器の片付けをしながら少し寂しい気持ちになった。
思えば色々な事がこの短い間にマリーの身に起こり、急激に環境は変化した。それはマリーと共にいたエマも同じだ。
ちらりとマリーのほうを見ると、傾き始めた太陽をぼんやり眺め何か物思いにふけっているようだった。
陽の光が頰に映りその顔を輝かせている。深蒼の瞳はいつもより薄く、日の光の色に染まっていた。
美しい鼻筋が影を落とし、少し憂いを帯びた様子で、普段と違うマリーが知らない人のように見えてしまう。
マリーが遠くに行ってしまうような不安に襲われて、エマは胸が苦しくなりぎゅうっと自分を抱きしめた。
結局この短い期間でマリーは家を捨て、名前を捨て、家族も失った。
それだけ聞くとものすごく不幸なひとみたいではないか?誰が聞いても同情するような内容だ。
マリーは本当はどう思っているのだろうか、明るく過ごしているけど、辛い気持ちを押し殺しているのではとエマは急に不安になり、未だ遠くを見つめるマリーに呼びかける。
「…マリー、マリー」
「えっ、なあにエマ。ごめんぼんやりしちゃってた」
「ねえ、マリーは、今しあわせ?」
マリーはエマの問いかけが不思議だったのか、パチパチと瞬きをしてエマを見返す。だがすぐ穏やかな笑顔に変わり、彼女に言う。
「幸せよ。今だけじゃなくて、きっと明日も明後日も、ずっとずっと幸せだろうなって今日思った」
「…またきっと環境は変わるのよ。ずっとずっと変わらないものなんてないよ?」
エマにそう言われて、マリーは少し考える。
「今、ずっとずっと幸せって思った気持ちは、永遠なんじゃないかしら。いつかまた辛い事が起きても、きっと思い出せると思うの」
そう言うと、マリーは急に立ち上がり『洗濯物干しっぱなしだった!』と慌てて立ち上がり森の方へかけて行った。
「今、幸せって思った気持ちは『永遠』かあ…」
エマはマリーの言葉を噛みしめて、マリーらしい答えだな、と可笑しくなる。
きっとこの先どんな事があっても、マリーはマリーのままなんだろうと思うと愛しさが込み上げてきて涙が溢れた。
じっとしていられなくなり、森のほうへかけて行ったマリーをエマは追いかける。
「マリーーーーー!!!」
いつも冷静なエマが大声で叫ぶのでマリーは目を丸くして振り向いた。エマが走ってきてマリーに飛びつく。
「マリー!大好きよ!」
「きゃあ!」
エマが勢いをつけて飛びかかったので、二人ともそのまま転んでしまった。草と土まみれになってしまい、その姿のお互いを見て大声で笑う。
森では、大声に驚いて目が覚めたモモンガが、樹のウロから顔を出し二人を見つめていた。
けれどマリーとエマは、その幸せな光景に気づくことはなく、いつまでもいつまでも抱き合って笑いあっていた。
おわり
これにて完結です!お付き合いくださって本当にありがとうございました!
恋する王子が思いのほか可愛くなってきたので、いつかマリーちゃんとくっつけてやりたいなあと思ったり。いつか続きを書いてたらそっと生暖かく見守ってください。




