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いつも読んでくださってありがとうございます。
一話に詰め込もうと思ったんですが、しっくりこないんで二つに区切ります。
町のはずれにある大きな森。
その森へと続く小道の側に、小さな家がぽつんとたっていた。
以前は老夫婦が二人で住んでいた家だったが、老夫婦が息子の居る王都へ引っ越して行ってからはずっと空き家の状態で荒れ果ていた。
そんなあばら家に最近かわいい女の子二人が住みだしたと町で噂になっていた。
家を女二人でコツコツと修繕し、皆がその存在に気づいた頃にはすっかりかわいい外観のパン屋に変わっていた。
町から随分離れたところにあるにもかかわらず、そのパン屋には人が度々訪れていて、それなりに繁盛しているようだった。
そのパン屋の扉が鈴の音とともに開けられる。
カランカラン。
「あ、おかえりマリー」
「ただいま、エマ」
マリーは帽子と薄手のマントを脱いで壁のフックにかけた。
店のカウンターの奥では、エマが焼きあがったパンをかまどから出しているところだった。
エマはミトンを手から抜き取りながらマリーに話しかける。
「ちゃんと手紙出せた?変な人に絡まれなかった?」
「大丈夫よ、子どもじゃあるまいし。ようやくフレディに手紙が出せたわ」
「本当に良かったの?やっぱり最後に会って話したほうが良かったんじゃない?」
マリーはそれに答えず悲しげに微笑んで首を振った。
***
マリーの父親が王宮内へ無許可で立ち入った罪で一時拘束されている時、彼女は父オズワルドに自分の名前をアディントン家から除籍して欲しいと願い出た。
宰相立会いのもと行われた話し合いの場で、最初オズワルドは彼女が家名を捨てる事に反対した。
だが、自分の本当の父親がもしマリーを探しに来る可能性が少しでもあるなら、繋がりを消す為にアディントン家とは縁を切りたい、と言うとそれ以上は反対せず素直に従った。
「君は本当の父親に会いたくないのか?」
「会いたくないです。本当とか嘘とかよく分かりません。私の父親はお父様だけです。たとえあなたが私を嫌っていようとも」
オズワルドはマリーの思わぬ言葉にぐうっと唸った。唇を噛んで何かを堪える。
「そうか…色々すまなかった…こんな父親許さなくていいから…」
オズワルドは声がつまり言葉を切る。
「元気で、マリー」
マリーは驚いて父を見る。
謝られたのも、名前を呼ばれたのも遥か昔の記憶の中にしかない。幼い頃、幸せだった時の記憶が蘇りマリーは父から顔を背けて涙をこらえた。
父と、母と、マリーで手を繋ぎ歩いた記憶。
愛おしそうにマリーとマーガレットを見つめる父の顔。
あれは親に愛されない寂しい子どものマリーが作った夢なのかとも思っていた。
でも確かに自分が愛された時もあったのではないかと今は思える。
涙を飲み込んで、顔をあげる。
マリーは父をまっすぐ見つめ、別れの挨拶をする。
「さようなら、お父様」
これをもって、マリーはアディントンの名を捨て平民として生きていく事となった。
***
オズワルドの処分は厳重注意だけで済み、彼はフレディの待つ家へと帰って行った。
マリーは平民となり市井で暮らしていくことを決めた。護衛の男達や側近のノア、クリストファーも王宮で仕事を紹介するからここに残ったらいいのにと説得したが、マリーとエマの決意は固かった。
皆、女二人でどうするのかと心配したが、彼女達は報償金で古い家を買い、大工顔負けの働きであっという間にあばら家を可愛らしいパン屋に改装してしまった。
皆の憂慮など意に介さず、どこで覚えたのか店舗の登録や仕入れ先の手配などサクサクと事を進め、季節が一回りした頃にはマリーとエマは念願のパン屋をオープンしていた。
長い冬が終わり、季節はいま黄色い春告げ花が咲く頃となった。
マリーはようやくお店が軌道に乗って安定してきたので、かねてより心配だった弟のフレディに手紙をだした。
本当は会って別れを言いたかったが、会ってしまえばお互い未練が残るとマリーは思い、これまでの経緯とアディントンの家名を捨てた事、今はパン屋で元気に働いて暮らしている事を手紙で伝えた。
「これで本当にあの家とは縁が切れちゃったね。ただのマリーだわ」
「いいじゃない、これからはパン屋のマリーだわ」
「なにそれ素敵ね。じゃあ今日から私、パン屋のマリーって名乗るわ」
二人で笑いあっていると扉の鈴の音が鳴った。振り返るとエドとサムが大きなふくろを抱えて入って来るところだった。
「おはよう、マリーちゃん、エマちゃん。頼まれた小麦粉持って来たぞーどこに置けばいいかい?」
エドは肩から小麦粉の袋を下ろしながら二人に話しかける。
エドとサムは衛兵の仕事を辞めて、今マリーとエマのパン屋を手伝っている。年齢的にちょうど引退の時期だったのもあり、マリー達が城を出る時に辞表をだしそのままマリー達の護衛がわりに着いて来てしまった。
家の補修が済んで、生活の目処が立った今でも、年寄りの道楽だと言ってはこうして王都の自分の家から二人の手伝いに通って来ている。
「おはようございます。そこの棚下に置いていただけると助かりますー」
勝手知ったる店のなかで、元衛兵の二人は開店の準備を手伝う。すると、開店の札を下げる前にまた店の扉が開いた。
「マリーちゃんエマちゃんー遊びに来たよー手伝う事ある?」
若い衛兵のアーロンとイーサンが扉をくぐって入って来た。
「あ、なんだエドさん達も今日は来てたんスね。店ん中は人手足りてますか。じゃあ薪割りでもしようかな」
この二人もまた非番の日はここへ訪れ、パンを買って行ったり手伝いをして行ったりと、かなりの頻度で入り浸っている。
「手伝いは有難いけど、狭いんだからみんなが集まると窮屈ね。外にテーブルを出すからそこでお茶でもしててください」
エマは若い衛兵達を家の外に追い出しマリーと二人パンを並べていく。
準備が整い開店の札を下げると、チラホラと人が訪れパンを買っていく。王都から離れた辺鄙な場所にも関わらず足を伸ばして買いに来てくれるお客も少なくない。
とはいえ大繁盛とはいかないので、昼前には大客足が途切れそれほど忙しくもない。
並んでるパンも少なくなった頃、またパン屋の扉が開いて、見知った人物が入って来た。
マリーはその人の顔を見るとぱあっと笑顔になり駆け寄って行く。
「クリスさん!ノアさん!お久しぶりです!」
クリスと呼ばれたクリストファーは蕩けるような笑顔でマリーをハグする。
「ああ…マリー、忙しくてなかなか会いに来れなくてすまない。何か困ってることは無いか?こんな人気の少ない森の側で女性が二人きりだなんて心配で心配で…」
クリストファーはマリーの頭にスリスリしながら近況を問う。
「殿下、友達ってのはそんなに長くハグしないです。そろそろ離れてください」
ノアが二人の間にはいり距離を取らせる。
「む、そうか。だがひさびさの再会だったのだから少しくらいいいだろう」
「クリスさん、女二人ですけど昼間はエドさん達が来てくれますし、夜は影さんがしょっちゅう来てくれてるんで心配ないですよ。元衛兵と隠密が出入りする家なんて怖くて泥棒も入れないですよー」
「なに?影のやつ、しょっちゅう来てるの?ホント油断ならないなアイツ」
ノアが呆れたように言う。
「マリー、マリー、影やエド達が来ていれば私は来なくても平気ということか?いやむしろ邪魔なのか?」
クリストファーは泣きそうになりながらマリーに言う。
「邪魔なんて!クリスさん達も来てくれなかったら寂しいに決まってます!忙しいのに来てくれて、会えて嬉しいのに!」
マリーは心外だと言わんばかりにちょっと怒りながらクリストファーに掴みかかって言う。
会えて嬉しい、と言われたクリストファーは両手で顔を覆い、天を仰いで神に感謝している。
そんなクリストファーをマリーは不思議そうにペシペシ叩いた。
そこで外で薪割りをしてくれていたアーロンとイーサンが外から声をかけてきた。
「おーい、薪割り終わったよー腹減ったよーマリーちゃん」
マリーは呼びかけられ『あっもうお昼だ!』と慌ててキッチンへ駆け込む。
「殿下と政務官殿もお昼一緒にどうぞ」
エマが二人を外のテーブルに誘う。ほかの男たちは勝手に椅子をどこからか持って来て各々自由に席についている。その光景を見たクリストファーが側にいたアーロンに尋ねる。
「…なんだか皆、我が家のように馴染んでいるのだな…そんなに頻繁に来ているのか?」
「あーハイ。俺たちも毎週来てますし、エドさん達はほぼ毎日来てるんで、もう一緒に住んだらいんじゃ無いかって言ってるくらいです。あとあんまり会わないですけど、影さんはきっと屋根裏に住んでるんじゃないかってくらい来てるってエマさん言ってました」
「……!!!っノア!」
「殿下、ダメです。無理です。お忍びで今日来るのも大変だったんですから、勘弁してください」
「まだ何も言ってないぞ!」
そんな会話をしているところにマリーとエマが昼食を運んで来た。
「今日はミートパイと芽キャベツのスープ、春野菜のサラダです。デザートに苺のタルトもありますよ」
料理が並ぶと、みな子どものように喜んで食べ始める。クリストファーもマリーに取り分けてもらっておずおずと口に運ぶ。焼きたてのパイは熱々で、皆ハフハフしながら夢中で食べている。
身分も年齢も性別もバラバラな人々が、こうして食卓を囲んでいるのを見て、マリーは胸がいっぱいになった。
大切な人達が、この短い期間でたくさん出来た。
その人達が、マリー達の作った料理を一緒に食べ喜んでくれる様は、この上ない幸せな光景だと、思わず涙が溢れそうになった。見られまいと横を向いたら隣に座るクリストファーと目が合ってしまった。
「マッ、マリー!どうしたのだ!熱かったのか?!大丈夫か?見せてみろ!」
パイが熱くて涙目になってるのかと心配したクリストファーがマリーの顔をつかんで引き寄せる。
「あっ違います…なんか、えっと嬉しくて」
潤んだ瞳で微笑むマリーにクリストファーの目が釘付けになる。
あまりの可愛さに思わず吸い寄せられるように顔を近づけるクリストファーだったが、それをノアが冷静に引き離す。
「何やってんですか殿下。さすがにそれやったら友達の枠を逸脱してますけど」
引き離され我に返ったクリストファーは、今己がしようとした事に驚き赤面し、手で顔を覆ってしばらく動かなくなってしまった。
この光景を見ていたエドが、ボソッと呟く。
「気づいてないのに、殿下まであんなデロデロにしちまうんだもんなあ…知らん人が見たらどんな悪女かと思われちまうよ…ウチの娘は…」
それを隣で聞いていたエマが吹き出す。
「確かに!…でもあの子悪女になりたかったんだからいいんじゃないかしら。
…マリー!アンタ念願の悪女になれたみたいよ、良かったね」
いきなり呼びかけられたマリーはきょとんとしている。
クリストファーを除く男達が皆『ああ…うん確かに…』と心の中で呟いた。
「私いつのまにか悪女になってたの?でも媚薬も睡眠薬も使わないままだったわよ?そういえばアレもう捨てたんでしょ?エマ」
「捨てないわよ高かったのよアレ。私が使うんだからちゃんと持ってきたわ」
「「「「「「使うの?!」」」」」
皆が一様に驚く。
「私だってオトしたい人が居たら悪女になるわよ。そうねだからみんな飲食物には気をつけてね。なんて」
それを聞いた全員が、期待と不安の入り混じった眼差しで目の前の皿を見つめていた。
マリーだけが『すごいわエマ!』と興奮気味にエマ褒め称えていた。
こうして代理母が縁で出会った人々との楽しい昼食時間は過ぎていくのであった。
次で終わりです!次はエピローグ的なアレなんで短いです。




