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変な時間にひっそりと更新…
「旦那様っ!!!」
マリーの父が彼女の手を取ったその時、エマが部屋に飛び込んできた。
「さっきの侍女…何かおかしいと…思ったらこういう事ですか。
旦那様、こんなところで何をなさってるんですか」
あーもう戻ってきたかあ、とにこやかに言いながらもマリーを引く手を緩めないマリーの父にエマは総毛立った。
「旦那様…マリーはまだ病み上がりで…移動は無理です!どうかお待ちください!」
マリーの父はそんなエマを見下ろしながら笑みを消し冷たく目を細める。
「お前は誰に口をきいてる?使用人は黙って主人に従うものだ。第一、コレをどうしようと僕の自由なんだけど」
ーーーコレは僕の所有物だからね。
全く笑わない瞳で、口元だけつり上げて笑みを作ってみせながら恐ろしい事を言う男に、いつも冷静なエマですら足が震えて上手く対応できない。
いつもの人を食ったような雰囲気ではなく、本気の怒りをその瞳に宿しているのが見て取れた。
ただ迎えに来たのではない、とエマは気づいた。マリーが自分から逃げ出す可能性を感じ取ったからここまで行動を起こしたのだ。
もう誤魔化しは効かないと悟ったエマは、恐怖を押し殺して男に対峙する。
「マリーは…マリーは物ではありません!マリーは…マーガレット様では無いのですよ!どうかもう、その怒りをマリーに向けるのはやめていただけませんか?
もう充分では無いですか?マリーも母親の事で散々苦しんできました。もう解放してくださってもいいと思います!」
マリーの母、マーガレットの名が出た途端に男の目に狂気が宿った。
「…充分だと?お前に何が分かる?僕をこれ以上ない形で裏切ったあの女の娘だ。彼女の代わりに僕に償う必要があるんだ」
「マーガレット様の娘であっても…あなたの大事な娘でもあるじゃないですか!」
「違うよ」
「えっ」
「だから違うと言っている。コレは僕の娘じゃないよ。そんなのはマーガレットと結婚する時から分かっていた事だ」
それを聞いたエマとマリーは絶句した。
血の繋がりを疑うどころではない、最初から知っていたという言葉に衝撃を受け二人は呆然と男の顔を見つめるしかなかった。
「ああ、まあ知らなかったよね。いい機会だから教えてやろうか?」
そう言うと男はマリーもエマも知らない衝撃の過去を語り出した。
***
オズワルドは裕福な商家の長男として生まれた。いわゆる豪商というのだろうか、家には沢山の使用人が居て父や母は貴族さながらの羽振りの良い生活をしていた。
商才に恵まれた父は、家の商いのほかに経営コンサルタントのような仕事もしていた。
領地経営が上手くいっていない貴族などに対し、その経営方法の指南をしていた。いくら豪商などと言っても所詮平民、と貶される父はいつか爵位を得たいと思って貴族との繋がりと下地作りをしていたようだった。
オズワルドも成人を間近に控え、父の仕事についていって勉強するようになっていた。
そんな時、コンサルの仕事をひとつ担当してみろと言われ父と二人ある貴族の屋敷に訪れた時のことだった。
「アディントン子爵、この度は我々をご用命くださいまして誠にありがとうございます。見習いではありますが、愚息が全面的にサポートさせていただきます。必ずご満足いただける結果をあなた様にご提示出来るでしょう」
「スタンリー商会の評判は社交界でも有名です。きっと我が家の財政を立て直してくださいよ」
父と子爵が挨拶を交わしているが、オズワルドは全く耳に入って来なかった。子爵の隣に座る女性に目が釘付けになっていたからだ。
ーーーなんて美しい人だろう!
まだ色事に疎いオズワルドにとってその美しさは衝撃であり目の前の令嬢に一目で虜になった。
目を丸くするオズワルドを見て、子爵が笑いながら彼女を紹介してくれた。
「一人娘のマーガレットだ。もう適齢期はとうにすぎているのだがね…未だにいい縁に恵まれなくてね」
マーガレットはオズワルドを見て妖艶に微笑みかける。年上の美女に微笑まれ、オズワルドは顔を赤くしてしどろもどろになってしまい盛大に恥をかいた。
結局挨拶もろくにできず、魂が抜けたように惚ける息子を父が引っ叩いて屋敷を辞した。
帰りの道すがら、オズワルドは父に話しかける。
「とんでもなく美しい人でしたね、あのマーガレット様という方…」
それを聞いた父は少し難しい顔をしてこう言った。
「あの方は社交界では有名だよ。男を取っ替え引っ替えして評判があまりにも悪いから、未だに結婚が決まらないんだろう」
お前もつまみ食いされるかもな、と父は下品な顔をして笑った。
オズワルドはマーガレットの悪評に驚いたが、あれほど綺麗な人だ、彼女が悪いわけじゃなくて周りが放っておかないから仕方ないんだろうと彼は思った。
オズワルドにとって初めてのコンサルタントの仕事は、アディントン家の借財を洗い出すところからだった。
その作業に取り掛かってすぐに、コレまずい、と彼は思った。
正直なところ、貴族というのは経営にこれほど無関心なのか無知なのかと、頭を抱える程の杜撰さと借金の多さだった。自転車操業どころではない。信用貸付だけで金を借りてるから、ひとつでも綻びが出れば坂道を転がるように家は傾くだろう。
経営方法を見直したところで、それが利益を産み出すようになるまで年単位で時間がかかる。恐らくそこまで持たないだろうと判断したオズワルドは、包み隠さず現状を子爵に報告した。
報告を聞く子爵は、どこか他人事のように冷静な態度だった。
「ーーーという訳で、我々としてももう手の打ちようがありません。申し訳ありませんがコンサルとして出来る事はもう有りません」
子爵は片眉をあげてこともなげに言う。
「まず借金を返せばよいのだろう?スタンリー商会がそこは建て替えてくれればいいじゃあないか」
「申し訳ありませんが、回収が困難な債権を商会で買い取るのは出来かねます。それは別の業者とご相談いただければ」
失礼とも取れるほどキッパリと断りを入れたオズワルドに子爵は気分を害した様子もなくこんな提案をしてきた。
「債権ね…だったら、お前にマーガレットをやろう。そして爵位をお前が継げるようにする。これならどうだ?」
とんでもない提案にオズワルドは驚愕した。その場で返事もできず、持ち帰って父に相談すると、半ば予想通りの展開だと思っていたらしくオズワルドは再び驚いた。
「あの家が破綻寸前なのは予想がついてたよ。かなり追い詰められた状態でウチに依頼してくるから爵位でも売りつける気かと思ったら…お前を婿に取る作戦だったか。あの娘を同席させた時点で狙ってたんだろうよ。他の貴族にはもう見向きもされない彼女の、いい利用方法だ」
父は『どうするかはお前に任せる』と言ってくれた。オズワルドは一も二もなくこの話に飛びついた。たとえ借金のカタであってもあのマーガレットと結婚出来るなんて夢のようだ。持参金として、商会からの金で借金さえ返せれば財政を立て直す事は可能だ。あちらにとってもこれ以上いい話は無いだろう。
かくしてオズワルドはアディントン子爵家に婿入りする事が決まった。彼の頭の中はバラ色だったが、結婚を決めてすぐに大変な事実が発覚した。
マーガレットが身籠っていたのだ。
これにはさすがにオズワルド父も猛抗議したが、子爵は『産まれたら養子にでも出せばいい』とにべもない。意図的に隠していた子爵側に対して不信感しかない父は、ではこの話は白紙撤回すると言ったが、オズワルドは承諾しなかった。
「マーガレット様のお子です。誰の種であろうと僕が自分の子として育てます」
あれだけ美貌の娘を、豪商とはいえあえて平民に差し出すのだ。なにか悪評以上の瑕疵があると最初から思っていた。
たとえ誰の種かも知れない子を宿していたとしても、彼はマーガレットの全てを愛せるとこの時は確信していた。
その事を彼女に告げると、マーガレットは涙を流して喜んだ。そして盛大な感謝を述べ、これからはあなただけを愛するとその美しい唇で語った。
マーガレットの腹が目立ってきていたため、結婚式は教会で招待客もほとんどない状態でひっそりと行われた。
結婚後ほどなくしてマーガレットは産気づき、マーガレットによく似た可愛い女の赤ん坊を産み落とした。
赤子を見たとき、オズワルドは正直ホッとしたのを覚えている。もし男で、子の父親を連想させる顔をしていたら流石に複雑な気持ちになるのではと危惧していたから。
実際産まれてみれば、マーガレットに生き写しかと思える可愛い女の子だ。嬉しい気持ち以外心にない事を確認してオズワルドは手放しで喜んだ。
歪な形で始まった家族だったが、オズワルドにとって今が幸せの絶頂だった。
若いオズワルドは、この幸せが未来永劫続くと信じて疑わなかった。
パパの自分史が長い…!
すみませんもう少しおっさんにお付き合いください。




