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いつも読んでくださってありがとうございます。
サバイバルも終わりです…寂しい…。
その日はいつもと違う朝だった。
昨日泣き疲れて寝てしまったマリーは、いつもより起きるのが遅くなってしまい、常なら夜明けとともに起きるところが今日は随分と日が昇ってから目が覚めた。
エマはもう朝の仕事を始めているのだろうか。急がなくてはと思い、マリーは顔も洗わずに着替えて外に出た。
外に出ると、衛兵のアーロンとイーサンの隣に男が立って何か話をしている。誰だ?と思い少し身構えるが、そのマリーの肩をエマが叩いた。
「大丈夫、フードを被って良く見えないけどあれは宰相様よ。どのツラ下げてのご登場かしら」
「宰相様?なんの御用かしら?まさかこれから殿下の元へ、とか無いわよね?」
「…マリー、そうだったらどうするの?アンタどうするか決めたんでしょ?言ってよ」
不安げにマリーを覗き込むエマに彼女は微笑み返す。まだ何も言ってないのに、この幼馴染には何故分かってしまうんだろう。たしかにマリーは昨日一晩考えた結果、心を決めてしまっている。
「…このお役目は降りるわ…。その事をどうにかして宰相様に伝えなきゃと思っていたけど、ちょうど良かったわ」
「マリー…」
その後どうするのか、と問いたい気持ちを抑えてエマは微笑む。
「マリーが決めたんならしょうがないね。まずは宰相様に話すのが先ね。本当今更何しにきたのかしらあのオッサン」
その時宰相がこちらに気づいて近づいてきた。
「あーー…マリー殿…この度は誠に申し訳なく…」
「お久しぶりですね宰相様…そろそろ私達が飢え死にしたか確認にきたんですか?」
エマが嫌味たっぷりで迎える。
宰相は苦虫を嚙み潰したような顔で謝罪する。
「本当に申し訳もなく…あなた方のお世話を手配してあったはずなのですが…ええーーと行き違いが…ございまして…いえ、その事ではなく、今日は大事な話がございます。よろしいですか?」
もちろんマリー達に否やは無い。宰相に椅子を勧め、マリー達もテーブルにつく。衛兵の二人も立ち会ってくれるようだ。
宰相がテーブルに一枚の書類と重みのある袋を置いた。じゃらり、という音からお金かと推察出来る。
「この度はこちらの不手際で多大なるご迷惑をおかけしました。これはそのお詫びを含めたお役目の報償金です。こちらの受け取りにサインをお願いします」
「……は?」
「報償金?ていうかもう帰っていいって事?」
宰相が大きく頷きながら言う。
「ええ、報償金はマリー殿のお父上にも支払われますのでご心配なく。後ほど手紙とともに送りましょう。
あとーーこれは殿下からの提案なのですが、もし家に戻られないのでしたら、お父上からの逃亡を手伝います、との事です。どうなさいますか?」
とんでもない提案にマリーはおろかエマですらポカンとしている。
いち早く正気に戻ったエマが宰相に掴みかかる。
「えっ?!本当に?!なんで?何故そこまでしてくれるわけ?」
ガクガクと宰相の胸元を掴んで揺するエマ。
「おおおお落ち着いてください。殿下はマリー殿のご事情を把握しておられます。此度の我々の不始末のお詫びとして生活の目処が立つところまでお世話して差し上げろとのご指示なのです」
「ふうん。随分と太っ腹でいらっしゃること。何か裏がありそうで怖いわ」
「こちらにもメリットがあっての事です。なにせ口止め料を含めてのことですからね。それに殿下と姫のご事情を知ってしまったマリー殿にはどこか遠くへ逃亡していただけるほうがこちらも有り難いので」
なるほど…とマリーは思った。それにしても渡りに船である。あの父に見つかる可能性はまだあるが、逃亡も手伝ってもらえるなら跡を追えないようにしてくれるはずだ。幸い父へもお金を出してくれるようだから、もう使い道の少ないマリーの事は見逃してくれるかもしれない。
もらえないと思っていた報償金も頂けるし、どこへ行っても生活出来るだろう。
一気に目の前が晴れた気がしたマリーは喜び勇んで宰相に言う。
「ありがとうございます!助かります!じゃあもう早速行きたいんですけどいいですか?!」
「マリー落ち着いて。まだサインもしてない。ここを出るにも準備が必要よ」
すでに冷静さを取り戻していたエマがマリーを嗜める。
「その通りです。こちらも準備がございまして…出立は今日の夜中にさせていただきたいのです。王宮の裏門から出ますが、そこまでの道のりも人目につきたくないもので…」
「わかりました。本当はもっと色々言いたいし聞きたいですけど、もう関係無くなりますからね。手厚い待遇にも感謝してますし。では夜お待ちしています」
エマがそう言い終わると、宰相はいつかのように急ぎ足で森の道を帰っていった。
残されたエマとマリー、そして二人の衛兵が顔を見合わせる。
アーロンとイーサンの泣き笑いのような顔を見たマリーは…涙を堪える事が出来なかった。
「マリーちゃん、エマちゃん…良かったな…」
「二人ならどこへ行っても楽しく暮らせるよ」
「うわああああああーーん」
マリーが子どものように泣き出した。短い時間だったとはいえ、食卓を囲み家族のような時間を過ごした。楽しかった時を思い出してマリーは涙が止まらなかった。
「アーロンさん!イーサンさん!」
マリーは二人に抱きつく。
アワアワと戸惑っていた二人だが、泣きじゃくるマリーを見てふっと笑い、背中にそっと手を回しゆっくり撫でた。
「元気でな…」
マリーは一人ずつぎゅうっとハグを交わし、最後の挨拶をする。
「二人と出会えて良かったです…色々ありがとうございました。お元気で…」
「マリー、鼻水すごいから拭いて。…本当に二人にはお世話になりました。もう一生ここでいいかなって思うくらい楽しかったです」
エマともハグを交わし、ようやく二人は護衛の定位置に戻って行った。マリーとエマもこれから荷物をまとめて夜出発する準備をしなければならない。
小屋に入り、中を見渡す。
最初こそ、空き家だなんだと憤ったエマも、すっかりここに愛着が湧いてしまい、いざ離れると思うと涙が溢れた。
「…掃除しようか」
「うん」
楽しい時間をくれたこの小屋へのせめてもの恩返しに、二人は時間をかけて掃除をした。
これで本当に終わりなのだ。
結局なんの仕事もせず、軟禁されただけだったが、思わぬ方へ好転した。
結局殿下にお会いする事もなかったが、このように見ず知らずのマリーにも多大なご慈悲をくださる素晴らしい方なのだなと、会ってお礼を言いたかったと思い、少しだけ寂しい気持ちになった。
ゆっくりと陽が傾き、夜の帳が下りるーーー。
この生活もこの夜をもって終わりなのだと、落ち行く夕陽を見ながらマリーはもう一度泣いた。
***
灯りを抑えた薄暗い部屋に、ごく控えめなノックの音がなる。
返事を待たず一人の女が、足音を忍ばせて入って来た。その女は、室内の椅子に腰掛ける年嵩の女にそっと話しかけた。
「宰相が動きました」
「そう、ようやく始末する手筈が整ったのかしら」
「いえ、どうやら放逐するようです。護衛の男にそのような話をしていました」
「なんですと?!それは誠か?」
年嵩の女は慌てたように立ち上がり、後ろを振り返る。そこには豪奢なベッドに半身を起こす若い女が居る。その女の顔色を伺って、年嵩の女は緊張した面持ちで謝罪する。
「…申し訳ありません」
柔らかそうなクッションにもたれながら女は答える。
「本当にこの国の男は察しが悪くて嫌だわ…何故わたくしを煩わせるのかしら…」
「…どう、なさいますか…?」
問いかけされた女は怒りに目を見開いた。
「どうするか?マーサあなたわたくしにどうするかって聞いたのかしら?賢いマーサなら何をすべきかよく分かるはずよ」
マーサと呼ばれた女は震えながら答える。
「も、申し訳も、ございません…」
「…あの女が、あの顔を晒して生き続けるのが罪だと思わない?ねえマーサ?」
それを受けた年嵩の女は弾かれたように立ち上がり嬉しげにこう言った。
「…っはい!その通りでございます!このマーサ、必ず姫様を煩わせる羽虫をすり潰してごらんにいれますわ」
「…潰れるところを見たら心が晴れると思うわ」
「ええ、ええ、必ずそのように」
うふふ、と女はあどけないと言っても良い幼げな笑顔を見せこう言った。
「さすがわたくしのマーサだわ。大好きよ」
そろそろ物語も佳境です(多分)
たくさんのブクマ、評価をいただけたことに支えられ、ここまで書き続けることができました。本当にありがとうございます。
宜しければ最後までお付き合いください。




