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清廉な令嬢は悪女になりたい  作者: エイ
第一章

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みんな気づいているけれど、ドヤ顔で名前伏せてた訓練生くんがやっぱりあの人だったよ、の回です。



その男は泥で汚れた衛兵の服を脱ぎ捨てると、顔を洗い隠してあった仕立ての良いシャツとトラウザーズに着替える。

訓練生の宿舎の裏口からそっと出ると、辺りを窺いながら隠し通路の鍵を開けそこへ入っていった。


その扉は王宮の中枢部へとつながっており、ごく一部の人間しかその存在を知らされていない。


執務棟へのドアを開け中へと入る。

ふと通路にあった鏡を見ると、髪がボサボサにおろされたままなのに気づいて、手で前髪をかきあげ後ろに流す。するとようやくいつもの政務官としての自分の顔が戻ってきた。


豪華な装飾の扉の前に立ち、控えめにノックをすると『入れ』との返事が返ってきた。


中には、この国の王太子であるクリストファー殿下が机に向かい書類の処理に追われていた。


「おい、お前が最近よく居なくなるからそのしわ寄せが私に来ているぞ。どうしてくれるんだ」


「少し前は私があなたのしわ寄せを食らってましたよ。仕事して下さい殿下」


「まったく…全然時間が作れないではないか。服を届けに行くと言ったのに…ん?ノアお前顔どうした?腫れてないか?」


それには答えず、ノアはソファに腰を下ろし、疲れたように天を仰いだ。そしておもむろにクリストファーに問いかける。


「…殿下は、あの女とどうなりたいんですか?」


「ど、どうって…それ言わなきゃダメか?さすがに幼馴染とは言えそういう話は恥ずかしいというか…」


「違うから。恋バナとかそういうんじゃ無いですから。大の男が恥じらうのとかホント気持ち悪いんでやめてもらっていいですか」


「お前…お前が聞くからだろうがぁ!」



幼い頃からずっと苦楽を共にしてきたこの乳兄弟であり主人でもあるクリストファーを、ノアは複雑な思いで見ていた。


「あなたが本当にあの女を好いておられるのは分かりましたが、あなたはもう姫とご夫婦なのですよ?

今の法律では側室も認めてないですし、彼女を口説いてそれからどうする気ですか?」


突然核心を突くノアの言葉に、クリストファーは怯む。痛いところを突かれた彼はしどろもどろになって答える。


「分かっている!だ…だからマリーに名乗れなかったのではないか。私がその王太子だと知れたら関係が終わってしまう。だが…初めて好きになった女なんだ。どうしても諦められない」


子どもっぽい我儘だ。この方はそういう心の成長をすっ飛ばしてきてしまったんだな、とノアは思った。


「じゃあいいですよ。どこか見つかりにくい監禁場所を探しましょう。どうぞ飽きるまで抱いてください。ただ姫や第二王子に気取られないようにしてくださいね」


そう言われてクリストファーはカッとなって立ち上がった。


「そんな事出来るわけなかろう!下衆な事を言うな!」


ノアもクリストファーを睨み返して言う。


「出来るんですよ。あなたは王太子で、それが出来る権力を持っている。訳ありのご令嬢の一人や二人如何様にしても許されるだけの力があるんです。それを踏まえた上で聞いてるんです。

あなたは彼女をどうしたいのか?」


ノアの言葉に衝撃を受けたようで、クリストファーは力なく項垂れた。返す言葉が見つからずしばし沈黙する。


「私は…ただあいつを好きだと思って…ただそれだけだ。心を通わせられたらいいと思っただけだ」


悲しげに呟くクリストファーを見て、ノアは小さな声で言う。


「…心を通わせても、その先にあるのは修羅の道です。あなたには妻がいる。

彼女は必ず不幸になります。それでも彼女を側に置きますか?」



ノアの決定的な言葉にクリストファーはしばらく逡巡し視線を彷徨わせたが、やがて観念したかのように口を開いた。


「分かっていた、未来などないと。それでもただ…少しでも一緒に居たかった。

彼女を不幸になど、それは本意ではない。

側に置きたい…など叶わぬ夢だな。もし姫と離縁しても彼女と結婚する事は許されぬだろうしな。今のうち素直に諦めろという事か」


自嘲気味に笑うクリストファーにノアは苦しげに言う。


「クリス様」


幼き日と同じ呼び方でノアは語りかける。



「私に…俺にとって大事なのはあなただけです。

あなたが幼い頃から誰よりも努力してきたのを俺は誰よりも知っています。

第二王子のミカエル様が持て囃されるようになって、皆に王の器でないなどと貶められるようになってからも、弛まず、腐らずただひたすらに努力を続けるクリス様を俺は誰よりも尊敬しています。

だから、そんなクリス様が欲しいと思うなら、ご令嬢の一人くらい好きにしてもいいと思ってました。

あなたが飽きたら適当に金をやって放逐すればいいと…でも…」


「でも何だ?」


「あなたが、彼女を不幸にするところを見るのが耐えられなくなったんです」


そう言ったノアの顔をクリストファーは見つめるが、ノアは目を逸らしたままだ。



「何故…急に気が変わった?以前は抱いてしまえなどと焚き付けていたくせに」


ノアは目を逸らしたままポツリと聞こえないくらいの声で呟いた。


「…メシが美味かったんですよ」


「は?なんと言った?」


「なんでもないです。彼女達は姫に知られぬように王宮から出します。もう殿下が関わる事はないでしょう」


「待て、そのまま帰るのはマリーにとって良くない筈だ。報償金がないまま帰るとマズイ事になると影から報告があがってる」


「アンタ影をどれだけこき使ってるんですか。通常業務の他に時間外で働かすのやめてください。

殿下に抱かれなきゃ報償金が出ないってのは方便です。そうでも言わなきゃ仕事しないかもしれないでしょう?宰相曰く元々報償金は出す予定だったそうですよ。

彼女の事情は分かってます。直接手渡して、父親に見つからないどこか落ち着く先まで送るので、殿下は心配しなくていいですよ」



そうか…と呟くクリストファー。


「これで本当に終わりなんだな…私は王太子と言っても、何一つ自由にならないな」


「記念に一度くらい抱いときますか?」


瞬間、ガツッとクリストファーがノアの頰に右ストレートを入れた。


「痛ってえ」


「その冗談は聞きたくなかった」


はは…と笑いながらノアはクリストファーを見返す。


「殴って殿下がスッキリしたらいいなと思いまして」


「もういい、殴って悪かった。冷やしてこい」


促されてノアは部屋を出る。


洗面所に行き、鏡で顔を見ると左の頰が随分と腫れている。


「あーあ、どいつもこいつも遠慮なく殴ってくれるよ」


鏡にうつる自分を見て笑う。


「まったく損な役回りだよホント」


これでクリストファーは彼女を諦めただろう。マリーのほうも、先程の反応を見れば恐らくこの仕事を降りたいと言ってくる筈だ。

宰相を遣わして手続きを済ませよう。




「これで終わりか…最後におかわりしときゃ良かったな」



その時の、鏡にうつる彼の悲しそうな顔を知るのは誰もいない。




男二人でモダモダしただけでしたね。

なんかすいません。

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