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誰も幸せにならない侍女病み回です。
非常に目が滑るのでさらっと読み流してください。疲れた…。
わたくしが姫と初めてお会いしたのは、姫が御生まれになってすぐのこと。
子どもを産んだばかりのわたくしは姫の乳母として姫のお側に仕えることになったのです。
美しいレースの産着に包まれた姫は愛らしい姿でベッドにちょこんと寝ておられた。
…なんと美しい姫君なのでしょう!
私は全身に震えが来るようでした。王族の姫君というのは赤子でありながらこんなにも神々しいのかと。こんな素晴らしいお方に仕えることが出来るわたくしはなんと果報者なのかと神に感謝しました。
幸いお乳の出が良かったわたくしは、姫専属の乳母になり、誰よりも姫の近くにいることが出来ました。
お可愛らしい口に乳を含ませるたび、それをわたくしだけが出来る誇らしさと喜びで感動に打ち震えたものです。
こうなると、我が子と言えども姫様がお飲みになる乳を共有するなど、とても考えれない不敬なので、子は夫の両親に世話をお願いしわたくしは家を出ました。
当然夫は怒り乳母を辞めるよう言ってきましたが、その頃にはすっかり姫も私に懐いておられたので、王女様にお願いして夫に離縁届けを書くように命じていただけたのです。
王命には逆らえず悔しげにわたくしを睨む夫を見て胸がすく思いでした。夫とは言え、たかが臣下の一人に過ぎない男が、姫からわたくしを引き離そうなどと許される事ではない!
幸い、わたくしは王女様にも気に入っていただいているので、乳母の役目が終わっても姫の侍女となる事が決まっておりました。何もかもを犠牲にし、何も顧みない私の献身ぶりが評価されたのでしょう。
こうして私はその地位を確固たるものにし、姫の一番信頼される侍女となったのです。
姫様が成長されるに従い、天使のようなお姿と愛くるしい仕草に誰もが虜になりました。
それはまさに神が我が国に与えたもうた至宝であると、神が気まぐれに遣わした天使であると皆が褒め称えました。
ですが神は残酷でもありました。
美しい姫様を早く神の元へお召しになりたいのか、幼い頃から姫様は病弱で何度も病に侵され、そのお命が危ぶまれた事も一度や二度ではございません。
病床で苦しむ姫様の姿をみるたびわたくしを含む全ての人間が涙し、どうぞ私の命を代わりにお取りください!と祈りました。
その祈りが通じたのか、ご病弱ではあられるものの長じるに連れお健やかになられました。
そんな姫様に、わたくしを含めた姫専属の臣下は皆、姫のために命を捧げる覚悟をもった仲間として一枚岩となりました。
姫様が喜ぶのであれば泥も喜んでかぶりましょうと捨て身の覚悟があるものだけが姫様にお仕えできるのです。
お体の弱い姫様の目に映るものは美しく優しいものばかりでなければなりません。醜く、姫様の御心を乱すようなものは全て排除する事が我々の使命であると、誰もが口にするまでも無く心得ていました。
姫様の御心を乱すものーーー。
それは小さな羽虫であったり、苦手なお野菜であったり、頭の悪い若い使用人であったり…。
そういった煩わしく醜いものをわたくしが上手に排除すると、姫様は天使の微笑みで『さすがわたくしのマーサだわ。大好きよ』とこの身には恐れ多いほどのお言葉をくださいます。
わたくしだけではありません。姫様に忠誠と献身を誓った者たちには皆平等にそのお言葉を下さいます。なんと慈悲深く愛に溢れたお方なのでしょう!わたくしの姫様は完璧な存在なのです。
ですがそんな完璧な姫様であっても得難いものがありました。
それは健康ーーー。
お小さい頃から床に伏せることの多かった姫様は大きくなられても普通の子どものように駆け回ったりは出来ないお体でした。
同じ年頃の子ども達が遠くで走り回ってるのをみるといつも悲しそうなお顔をされてました。
ある日、従兄弟にあたる王弟殿下のご息女が姫様のお見舞いに訪れた時、事件が起きました。
「ねえ!一緒に外にでましょうよ!外で遊べば元気になるわ!」
そう言ってその娘が無理矢理、姫様を外へ引っ張りだそうとしたのです!
慌てたわたくしは『姫様はお体が弱いのです!外気に触れるのは宜しくありません!』とその手を振り払いました。
その娘は、少し不満そうな顔をしましたが、何も言わず外へ駆けっていきました。
姫様は…肩を震わせ泣いておられました。
自分には無い健康的な姿をみせつけられて、挙句できないと分かっているのに嫌がらせのような真似をされて…。
わたくしは自分の無力さを呪いました!こんなに姫様が苦しんでおられるのに…!なにもして差し上げられない!
その時、姫様の横に跪いていた護衛の者が立ち上がりその娘の元へと行ったのです。
その護衛の男は…事故に見せかけて娘に大怪我を負わせました。
その報告をしにきた護衛の男に、姫様は輝く笑顔を見せ『さすがわたくしのゲイリーだわ。大好きよ』というお言葉とともに彼の頰にキスを落としたのです。
事故に見せかけたとは言え、王族の者に怪我を負わせた罪は重く、護衛の男は重罪に処されました。
処刑される最期の時までその男は誇らしげに胸を張っていました。姫様のお心を乱す者を排除し、そのお顔に笑顔を戻すことが出来た喜びに溢れていました。
それをわたくしは羨望の思いで見ていました。
この事件からわたくしは、自分の愚かさに、頭の悪さに打ちのめされておりました。
こんな簡単な事に思い至らなかったなんて!!
姫様が健康を得られないのはどうしようも有りません。わたくしには健康にして差し上げる力は有りませんが、それを持つ者から『奪う』事は出来るのです。あの素晴らしい死を遂げた騎士のように。
これからも、姫様が持ち得ないものを持つ輩が姫様を苦しめるのであれば、そのようにすればいいだけの事。
誰よりも姫様の心の機微に聡いわたくしでなければならないのです。
姫様は察しの悪い人間がお嫌いなのです。これからは誰よりも早くそのお気持ちを汲んで、姫のお言葉を代弁できる人間にならねばと心に誓ったのです。
そんな姫様も年頃になられますとそろそろご結婚を、という声が出始め、その動きが活発になってまいりました。
病弱であるとの話が近隣諸国に広まっている為、なかなか姫の嫁ぎ先は決まらぬままでした。一度大国の王に望まれたのですが、側室が何人も居るような好色な男であったため姫様は泣いて拒否されました。
万策尽きた陛下は、数段格下の小国の王子を候補に持ってまいりました。そこは側室が廃止された一夫一妻制の国で、その王子はまだ年若い見目麗しい男です。
格下ではありますが、これ以上の好条件はもう望めないとあり、陛下も貿易でかなりの好条件を相手に差し出す形でのお輿入れと相成りました。
これほどの美貌の姫君を妻に娶れる王子はなんと幸せものかとわたくしは思いました。
病弱という事でかなりこちらが譲歩する形での結婚です。あちらの国に条件が良過ぎると思わないでもなかったですが、姫は王子の見目を非常に好ましく感じておられたので姫様の幸せならば仕方がないのだと考えるようにしたのです。
ところが、着いてすぐわたくし達は非常に無礼な王子の態度に、煮え湯を飲まされるような気持ちでした。
姫を迎えた王子は事務的な挨拶を一通りしただけですぐ臣下の者と輸入品の話などを始めてしまいました。こんなにも美しい姫様が目の前におられるのに褒め言葉のひとつも出ません。
結婚式においても一事が万事その調子で、これから初夜だというのに、わたくしは絶望感でいっぱいになりました。
式を終えて部屋に戻った姫様は…泣いておられた…。『殿下は少しもわたくしを見てくださらない』そう言ってはらはらと美しい涙を零してらっしゃいました。
わたくしは怒りで目の前が赤く染まる様でした。本来ならば大国の絶世の美女である姫様に跪いてその美しさを讃え愛を乞うべきなのに、あの男は、仕事をこなすように淡々とした態度で目も合わせないと言うのです。
その後も姫様のご機嫌を伺うでもなく、つまらなそうな態度で閨に向かう男を、姫様の代弁者であるわたくしは受け入れるわけにはいきませんでした。
殿下の態度に傷ついていると申し上げたにも関わらず、許しを乞うでもなく『何が不満だ』などと尊大に姫様に詰問する姿に、わたくし達姫の従者一同は怒りに震えました。
挙句姫様が病に倒れられると、碌に見舞いにも訪れず『国で療養してこい』と言いすてるのみ。堪らず抗議を申し入れるとなんと『子が産めないのなら離縁だ』などと不遜な言葉を返してきました。
ですが、これに関しては非常にまずい問題があったのです。この婚姻の成立は姫様がお子を授かるには問題ない体である事が大前提だったのです。
一夫一妻制を取るこの国では、側室に子を産ませるということが出来ないため、当初、病弱の姫様のお輿入れに反対されてました。なので姫様がお体は弱いが妊娠には問題ない事を伝え、あちらの望む貿易条件を飲んだ形でようやく決まったのです。
離縁などと、姫の瑕疵になるような真似をさせるわけにいきません!
ならばどうする?とわたくし達姫様の従者で話し合いました。そこで姫騎士の一人がこう提案してきました。
『お子を用意すればよいのでは?女を用意し殿下のお子を産んで貰えばよいのです。姫の髪と目の色さえあっていれば姫と殿下のお子として披露しても違和感はないでしょう。貿易の利益を失いたくない宰相は離縁よりもこちらを選択すると思いますよ』
良い案だと思いました。
実は姫様は病を得る前から月のものは不安定で、ここ数年は年に一度あるかないかの時もあるほどでした。
病気が快癒なされてもお子の問題はつきまとう以上、代理母のそれは最良の方法に思えたのです。
姫様もこの件を了承されました。殿下が他の女に種付けする事をお厭いになるかと心配しましたが、意外にも『女嫌いの殿下には辛いお仕事でしょうけど』と笑っておられたほどです。
こうして、代理母となるあの女が、宰相によって連れて来られる事となったのですーーーー。
わたくしわたくし書きすぎてわたくしがゲシュタルト崩壊。癒しが欲しい…。




